第191話 一目鬼の森②


 王都ランド周辺の魔物は基本的に弱い魔物しかいない。

 だが、その周辺から少しだけ離れている森の魔物は、一目鬼サイクロプスのようにFランクやEランク冒険者では歯が立たない魔物の方が多くなる。

 こいつもその一種だった。


 「死喰いの獣デッドイーター……」

 

 魔術師が声にならない声を出した。

 冒険者になって間もない人でさえも知っているこの魔物は、大狼ジャイアントウルフと同様森の奥深くに生息している。

 この魔物の厄介なところはどれだけ逃げても、必ず獲物を捕食するまで追い続けるところだ。

 夜行性ということもあり、視力や嗅覚が優れているのだろう。

 獲物となった対象者の息の根を止めると、ゆっくりと捕食する。

 その時間は長く、他の獲物が逃げ出したとしても完食するまで動こうとはしない。

 だから、人が被害に遭ったとしても大抵は一人に限られる。


 「に、逃げるにゃ。ミャーが時間を稼ぐから」


 ぎゅっと短剣を握り、身体の震えを抑えるミャー。

 自分より格上だと瞬時に理解したのだろう。

 だが、剣士と魔術師は死喰いの獣デッドイーターの圧に動き出せない。

 のそのそと一目鬼サイクロプスの亡骸に近づく死喰いの獣デッドイーターから、ミャーは二人を守るように距離を取った。


 「い、今のうちに……」


 死喰いの獣デッドイーター一目鬼サイクロプスの亡骸に夢中のようで、ゆっくりと食事を取っている。

 このまま走って逃げても追われることはないだろう。

 だが、俺はこんな状況を待っていた。


 窮地に陥っているここで俺が……


 「麻痺パラライズ!」

 「……えっ?」


 腰を上げたはいいものの、視界に映った唐突な出来事が理解できずにいた。


 「……にゃ……にゃっんで……」

 「ウラン! 早く逃げるわよ!」

 「お、おう! じゃあな、ミャルネ!」


 痺れているミャーを残して、二人は走り去っていく。

 人間というのは危険が迫れば迫るほど、冷静ではいられなくなる。

 それはもちろんあの二人も同じだ。

 だが、まさか麻痺パラライズを使ってまで生き延びようとするなんて……


 あいつらが行った行為はいわば生贄である。

 きっとあの魔術師は、死喰いの獣デッドイーター一目鬼サイクロプスの亡骸を食べ終えた後の事を考えたのだろう。

 少しでも生存率を上げる為、今まで二人を守り続けたミャーが、ただの時間稼ぎとして選ばれた。

 全員で生存できる道もあったのにも拘わらず……


 耐えがたい悲しみが押し寄せているのか、ミャーは一人で泣いている。

 俺は大枝から地面に降り立ち、そんなミャーの近くに寄った。


 「だから、言ったでしょ。あいつらから嫌な匂いがするって」

 「レ……インっ?」

 「いつかこういう日が来るとは思ってたんだ。でも、良かった。それが今日で」


 俺は魔法鞄マジックポーチから解麻痺ポーションを取り出し屈む。

 すると、


 「……に……げる……にゃ。レ……インだけでもっ」


 ミャーは俺の服を掴みそう懇願した。

 つい先ほど裏切られたはずなのに、俺の命を優先するなんて並みの理性じゃできないことだ。


 ……あいつらにはどんな仕返しをしようか。


 俺はミャーの身体を起き上がらせると、解麻痺ポーションを飲ませる。

 ごくごくと喉を鳴らせたミャーは、その全てを飲み切った。


 「痺れは治まった?」

 「お、治まったにゃ。で、でもそんな悠長にしてられる時間なんて……」

 「まぁまぁ、落ち着いて。少し目を瞑ってもらえるかな?」

 「にゃ……?」


 俺はミャーの瞼に手をかざす。

 そして、素直に俺の言う通りにしてくれた事を確認すると、ゆっくり立ち上がった。


 一目鬼サイクロプスはもう身体半分まで食い尽くされている。

 俺が立ち上がっても見向きもしない程に、死喰いの獣デッドイーターは食事に夢中だ。

 ここまで注意を引けないAランクの魔物などきっとこいつしかいないだろう。


 俺はそんな事を思いながら剣を抜き、死喰いの獣デッドイーターとの距離を一瞬で縮める。

 そしてようやくこちらに視点を向けてくれたのだが、もうその時には当然遅かった。


 ズンと鈍い音を立てて、死喰いの獣デッドイーターの首が落ちる。


 魔物の血って独特な匂いがして嫌いなんだよな……


 「レ、レイン……?」


 その声に反応して後ろを振り返ると、ミャーは瞳を開けていたのか、大きく口を開けていた。


 「え、えっと……これで一件落着だね」


 戦いにすらなってないところを見られた俺は苦笑する。

 本当は死喰いの獣デッドイーターを討伐した後、その亡骸を隠そうと思っていた。

 真の実力を見られたら、色々と追及されると思ったからだ。

 だから、目を瞑ってとお願いしたのだが……


 「レインは何者にゃ……?」

 「何者って聞かれても、ただのEランク冒険者なんだけど……それよりももっと考えるべき事があるでしょ」

 「……っ」


 ミャーは先程の事を思い出したのか、瞳を俯かせる。


 ふむ、これでひとまず話を逸らせることに成功したが、一体どう声を掛ればよいのやら。


 少し気まずい空気の中、俺は何も言わないミャーを見て口を開いた。


 「とりあえず、<月の庭>に戻るか。色々と報告しなきゃいけないし」

 「にゃ……」


 元気なく頷くミャーと共に歩き出す。

 ここから逃亡したあいつらはきっと無事だろう。

 どこまで逃げたか分からないが、おそらくあの二人はミャーが死んだと思い込んでるはず。

 だから、王都からいなくなっているということも考えずらい。


 マスターに報告した後は、ミャーと一緒にあいつらの宿屋に向かおう。

 その為には、まずミャーの頭の整理が必要だ。

 あんな事をしておいてまで許すということはないとは思うが……少し不安だ。


 俺は下を向いて歩くミャーの歩幅に合わせる。

 純粋な想いはとても素晴らしいものとは思う。

 ただ事実から目を背けて、全てを信じてしまう人はただの馬鹿だ。


 頼むから、選択を間違えないでくれよ。


 そんな事を思いながら、俺はミャーと共に<月の庭>まで戻るのだった。

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