第190話 一目鬼の森
「ここがマスターが言ってた森だな」
大昔からそびえ立つ巨木が並ぶ森の前で、俺たちは立ち止まる。
剣士は昨日とは違い、機嫌がよさそうだ。
ミャーにも集合した<月の庭>の中で、頭を下げていた。
まぁこの依頼を遂行できればCランク冒険者になれるのだ。
嫌な空気のままで、ミャーに失敗されても困ると思っているのかもしれない。
「じゃあ、さくっと終わらせましょ」
もう何度目かも分からない取り繕った笑顔で、魔術師は歩き出す。
自分は何もしないくせに、先頭で歩く姿についため息が出てしまう。
「にゃ~。空が見えないにゃ~」
緊張感がなさそうな声を出しながら、上を向いているミャー。
太陽の光は届くものの、高い木々は空を覆っており、感じるのは自然の息吹のみ。
基本的に
それに弱虫な性格なので、もし仮にこんな所で出くわしても、突然襲われることはないだろう。
その事をマスターから聞かされていた為か、<虚>のメンバーは皆リラックスしているようだった。
ミャーはすぐに対応できるだろうから分かるけど……この二人はもっと緊張感を持てよ。
ここは
「なぁ、お前」
そんな事を思っている俺に、剣士が声を掛ける。
「なに?」
「マスターが角を二本必要って言ってたよな? 考えたけど、それ一本お前一人で取って来いよ」
つまり今回の依頼は、二体の
「ちょ、ちょっと待つにゃ。みんなで行動してた方が安全にゃ!」
「でも、気にくわねぇんだよ。昨日俺らを馬鹿にしたことがな。ミャーが居ないと何もできねぇって言ったんだから、お前もミャーを頼りにはしねぇよな?」
「それ私も思ってた。別に昨日の事を謝ってくれるんだったら、許してあげないでもないけど?」
「リゼまで……」
ふむ。
ここまで性根が腐っていると笑ってしまうな。
馬鹿たちを何とか思い留ませる為、ミャーは二人を説得している。
この現状を治めるには、俺が頭を下げればいいだけ。
だが、心に籠ってもいない謝罪をするのも馬鹿馬鹿しい。
「うん、分かったよ」
そう返す俺に、ミャーは俺の身を案じてか、強めな口調で言葉を放つ。
「レ、レインそれは危険にゃ!」
「大丈夫だよ、俺こう見えても少し強いんだ」
「ふ~ん。なら、それで決まりな」
「意地張って死んでも知らないからね~」
う~ん、本当に頭が足りないなこいつら。
俺が仮に死んで
それに気づかないうちは一生Eランク……いや、ミャー抜きだとFランク冒険者のままだ。
「レイン……」
「本当に心配しないで。ミャーは二人を守ることだけ専念してよ」
本当にそうしてくれ。
マスターに全員死なせないと約束した手前、こんな奴らでも生きて帰らせなければならないのだから。
「一応、今のまま一緒に行動していいよね?
「好きにしろよ」
剣士の了承を得て、俺たちは森の中を突き進む。
後数十分歩けば、
さぁその前にやる事をやらねば。
「じゃあ、俺はこの辺で一旦離脱するよ」
「レイン、気を付けてにゃ」
「うん、じゃあまた」
まだ
そうして少し経ち、周囲を確認してから、木々の上に飛び乗った。
マスターの考えた作戦はこうだ。
あのパーティーが窮地に陥るように俺が仕向けて、剣士と魔術師の本性を現す。
そうして猫人族の考えを改めさせようとするもの。
本来は
気配を探って同時に複数体を相手にしなければいけない状況を演出したり、
だが、あのパーティーと離れてしまった以上仕方がない。
とりあえずはさくっと
「おっ、発見」
巨木の大枝から大枝へ飛び移っていると、さっそく目的の
その魔物の正面に着地した俺はすぐに剣を抜いた。
「ごめんね、これも仕事なんだ」
ぶるぶると震えている
知能は無いが、生存本能が危険だと言っているのだろう。
今にでも逃げ出しそうなへっぴり腰だった。
そんな
柔らかな魔物の身体など、極めれば剣圧だけで斬り裂くことができる。
もちろんそれが有効的な魔物はそう多くないが。
抵抗も出来ず、真っ二つになった
「よしっ、じゃあ戻るか」
ものの数秒で角を確保した俺は、<虚>のパーティーが進んでいった方角へ足を進めた。
俺は耳がさほど良くはない。
ただ先程から聞こえる地響きはこの場に居ても聞こえてくる。
問題はないと思うが、一応念のために駆けつけよう。
そう思うと、再び大枝の上に飛び乗り移動する。
そして、すぐにミャーが
「くっ、こいつしぶといにゃ」
「ミャー、早く終わらせろよ~。さっさとけりつけて、あいつより先に帰ろうぜ」
「ね~、ウラン。これが終わったらどうする~?」
「そりゃ祝勝会だろ。朝まで飲み明かそうぜ」
「いいね~」
ふむ。
あいつらの心臓には、毛でも生えてるんじゃないだろうか?
なんでそこで悠長としてられるんだ?
あの馬鹿たちと戦闘をしているミャーとの距離は近い。
とりあえず危なくなったら助ければいいか。
俺は大枝の上で腰を下ろし、戦闘の様子を観察する。
流石は猫人族なだけあってか、
ただ
片手で目玉を抑えながら、ぶんぶんと棍棒を振っている
長くなればなるだけ危険は増える。
今は俺が居るので大丈夫だが、もう少しミャーは魔物と戦う術を覚えた方がいいだろう。
やっぱりランクっていうシステムは偉大だな。
再度認識したその事に考え深く思っていると、
「ん~! じゃあ、こうにゃ!!」
ミャーは
そして、瞬時に目玉へと飛び掛かると、両手で短剣を捻じ込んだ。
「ぐごぉぉぉぉぉぉぉおお」
そんなうめき声を上げる
そして、ようやく動かなくなった
「楽勝だったにゃ」
「おお~、やるな~」
「凄いわミャー」
まるで他人事のように褒める剣士と魔術師。
はぁ、これじゃ何の意味もない。
ただいつも通りにミャーが頑張っただけだ。
俺ももうそろそろ降りるか……いや、その前に今から複数の
どうせ俺が
それなら……!?
「っ!?」
ミャーも俺と同じタイミングで気づいたのか、身体を震わした。
血の匂いにつられたのだろうか。
まさかここまで来るとは想定してなかったのだが……
それはぬるりと、そしてさもそこに居たように、悠然として<虚>の前に佇むのであった。
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