第189話 不信感④


 コンコンと扉をノックする。

 すると、数秒経ってからゆっくりと扉が開かれた。


 「あれ、ミャー? それにあんたも……一体どうしたの?」


 俺を見ただけで明らかに嫌そうな顔をした彼女は、ミャーに視線を移す。


 「リゼ……ちょっと話があるのにゃ」

 「……なに?」

 「えっと……お金がやっぱり必要で」

 「……はぁ。ミャー、それさっき話したよね?」

 「そ、そうだけど……ミャー、宿屋を追い出されて……泊まる場所がなくなったのにゃ」


 言いずらそうに言葉にするミャー。

 本当は自分のお金なのに、何故こうも申し訳なさそうな顔をするのか。


 (殺せ。)


 そう囁いた黒い感情を悟られないように、俺はネックレスを握りしめる。


 「”私たち”のお金で、宿屋の代金を支払うってこと?」

 「うぅ……」

 「はぁ……申し訳ないけど、今日は勘弁して。一日くらい外で寝泊まりすることもできるでしょ? それに何でそいつ連れてきてるの? もしかして勝手についてきたとか?」

 「ち、違うにゃ! レインはミャーの事を心配してくれて……」

 「へ~……心配とかほんとにしてるの? ミャーに下心あってそう言ってるんじゃない?」

 「な、なんでそんな事言うのにゃ……」


 あぁ、やっぱりそうか。


 俺は心の中で納得する。

 ミャー一人だけで来ていたら、こんな事にはならなかったのかもしれない。

 ただ俺が居ることがこいつにとって気にくわないのだろう。

 今日一日、ミャーに頼られていた俺が居ることに。


 ミャー、ごめんね。

 ここに来る前から、薄々察してたんだ。


 「うるせぇな……何の話だ?」


 部屋の中から剣士の声が聞こえてきて、顔を出す。


 「ウラン、なんかミャーがお金無くて止まる場所が無いんだって」

 「はぁ? それ俺たちに関係あるか?」

 「で、でも……仲間は助け合うって」

 「おいおい、勘違いするな。金に関しては別だろ」

 「……何が別なの??」


 もう黙っていられなかった。

 だって、ミャーが泣きそうになっていたから。


 「泊るお金も無いって話してる仲間の手を取らなくて、いつ助けてあげるつもり?」

 「なんだお前」

 「碌に働きもせず、ペチャクチャと話すだけ。全部ミャーが居ないと何もできないでしょ、君ら」

 「てめぇ!!」


 剣士は顔を真っ赤にさせて、俺の胸ぐらを掴む。


 (殺せ。殺せ。)


 この感情に流されるのはダメだ。

 そう思った俺は、必死に抑制する。

 そんな俺たちの間にミャーは慌てて割って入った。


 「も、もういいにゃ! だから、ウラン抑えてにゃ!」

 「うるせぇな! てめぇ部外者だろうが! 何も関係ねぇ奴が出しゃばんなよ!」

 「ウラン!!」

 「ミャルネもいい加減にしろよ! 人が泊ってる部屋勝手に教えやがって」

 「うぅ……」

 「……ちっ」


 今にでも泣きそうなミャーの顔を見て、少し冷静さを取り戻したのか、剣士は掴んでいた俺の服の襟元から手を離す。

 そして、何も言わずに部屋へと入っていった。


 「ミャー、ごめんね。ウラン、今日ちょっと気が立ってて。明日になればいつも通りに戻ると思うから」

 「うん……」

 「じゃあ、おやすみ」

 「……おやすみにゃ」


 ミャーがそう返事をすると、部屋の扉がパタンっと閉まる。

 そうしてやっと俺の黒い感情もすぅっと消えていった。


 「……レイン。ごめんにゃ」

 「いや、俺の方こそ余計な事言っちゃってごめん。とりあえず、外に出ようか」


 もう笑顔を取り繕う元気もないのか、ミャーは静かに頷く。

 あいつらの本性を見せる為には、これが一番効率がいいと思っていた。

 現に剣士はミャーに対しても怒鳴っていたし、魔術師の方も<月の庭>に居た時よりも冷たかった。

 ただミャーのこの顔を見ると、もう少しやりようがあったのではないかと考えてしまう。


 重々しい足取りで宿屋の外に出ると、俺は腰に携えてある魔法鞄マジックポーチから金貨一枚を取り出す。


 「ミャー、これで君が払えなかった宿屋のお金って足りる?」

 「た、足りるけど……」

 「じゃあ、これあげるよ」

 「にゃ!? そ、そんなの受け取れないにゃ! レインが頑張って稼いだお金にゃろ?」

 「そうだけど、このままミャーを置いて帰れないよ。本当はあの二人が助けてくれると思ってたんだけどね……」

 「……っ」


 唇を噛んでいるミャーに金貨を渡す。

 そして、街行く人を見ながら言葉を続けた。


 「俺はソロだからこう言っても説得力はないと思うけど、もう一度本当の仲間ってのを考えてほしいな。今日一日通して、ミャーの辛そうな顔が多かったから」

 「……にゃ」

 「じゃあ、明日に備えてもう帰ろうか。一人で帰れる?」

 「帰れるにゃ。その……これありがとうレイン。絶対返すにゃ」

 「うん、いつでもいいからね。じゃあ、また明日」


 俺はそう言って拠点を目指す。

 明日上手くいけばミャーはあの二人を必ず見放すだろう。

 そうなってくれなければ、ここまでした意味がない。


 はぁ、それにしても俺が受ける依頼はどうしてこうも気が滅入るものばかりなんだ。

 たまには何も考えずに、魔物をただ討伐するだけの依頼とかそういうものを受けたい。

 ……とりあえずみんなの顔を見て、癒されよう。


 そんな事を考えながら、俺は早足で帰路につくのであった。

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