第187話 不信感②


 小鬼ゴブリン討伐と一緒に採取依頼を二つこなした俺たちは昼になったこともあり、少し食事休憩を取っていた。


 「後は人狼コボルトを討伐するだけか」

 「思ったより早く終わりそうね」

 「あぁ、そうだな」

 「レインの索敵が凄いにゃ! そのお陰でいつも以上に楽にゃ」

 「いやでも、そいつ戦ってねぇじゃねぇか」

 「ほんとそれ。薬草採取なんて誰でもできるわよ?」

 「……」


 確かにこいつらの言っている通りだ。

 俺は基本的に周辺の索敵と依頼の薬草採取しかしていない。

 では、当の本人たちは何をしているのか。


 答えはミャーの戦闘を見守るだけで、ただ談笑しているだけ。

 最初は目を疑った。

 小鬼ゴブリンが居ることを察知した俺は<虚>に報告。

 すぐにミャーが動き出したかと思えば、こいつらは当たり前のようにその場で立っているだけだった。

 それからも戦闘に加勢することなく昼になったのだが……


 どうしてミャーは何も言わないんだろう。

 正直こいつらがこの場に居る方が危険が増える。

 自分たちが泊っている宿屋で寝ていた方がまだマシだ。


 二人の言葉を無視した俺は、魔法鞄マジックポーチから取り出したホットドッグを頬張ろうとした。

 その時、瞳に映ったミャーの様子に疑問を抱く。


 「あれ? ミャー食事は?」


 昼食を取っている剣士と魔術師とは違い、ミャーはただただ座っているだけ。


 「ミャーは大丈夫にゃ」

 「えっ? 大丈夫って?」

 「えっと……お腹減ってにゃいにゃ」


 いや、そんなことないだろ。

 さっきまであんなにも動いていたんだから。


 そう思うのと同時にやはりというべきか、ミャーのお腹がぐぎゅ~っと鳴る。

 剣士と魔術師に目を向けるが、先程ミャーが俺を褒めてしまった為か、知らん顔をしていた。


 本当に塵屑だな。


 「ミャー、こっちおいで」

 「にゃ?」

 「いいから」


 俺の呼びかけに首を傾げながら立ち上がったミャーは、そのままとことこと歩いてくる。

 その様子を見た俺は手に持っていたホットドッグを半分にちぎった。


 「はい、これミャーの分」

 「にゃ!? べ、別にいらにゃいのにゃ」

 「いいから、ほら」


 ミャーが素直に受け取れるよう俺は優しく笑顔を向ける。


 「じゃ、じゃあ……ありがとにゃ。レイン」


 そう言ったミャーは隣に腰かけて、ホットドッグを頬張る。

 それを見た剣士は小さく舌打ちをしたのだった。





















 「では、報酬の銀貨六枚になります」

 「ありがとうございます」

 「昨日よりも一枚多いにゃ!」

 「たった一枚じゃねぇか。昨日の方が稼げたぜ」

 「ウラン、そういうこと言わないの」

 「そうにゃそうにゃ。レオンが居たおかげで凄く楽だったにゃ」

 「……ちっ」


 ふむ。

 魔術師の方はまだ表面上を取り繕っているが、剣士の方はずっとイライラしている。

 俺に対してもそうだが、きっとこうやって褒め続けてくれるミャーに不満を持っているのだろう。


 性格が塵なのにも関わらず、プライドだけは高い。

 一番関わりたくない人間だ。


 「じゃあ、はい。これレインさんの分」


 魔術師は笑顔を装って、銀貨二枚を差し出す。


 「……いいの?」

 「もちろん。それでこれはミャーの分ね」

 「ミャーも二枚貰ってもいいのかにゃ?」

 「当たり前でしょ。仲間じゃない」

 「嬉しいのにゃ。ありがとう、リゼ」


 そんな様子を受付嬢が見守っている。

 依頼をこなしている時とは明らかに別人な彼女。

 裏表が激しすぎて、気分が悪くなってくる。


 俺は早くその場から立ち去りたくて、銀貨二枚を受け取り言葉を発した。


 「じゃあ、また明日」

 「……ええ」

 「またにゃ。レイン」


 お礼を言わなかったことで腹が立ったのか、顔を引きつらせながら手を振る魔術師と、満面の笑顔を向けるミャー。

 言うまでもなく、剣士の方はそっぽを向いている。


 とりあえず今日はミャーの宿屋を突き止めよう。

 あの子の居場所を把握しているだけで動きやすい。


 そう思った俺は、<月の庭>を少し歩いたところで監視できるように身をひそめる。


 今日一日で大分ミャーとの心の距離は縮まった。

 あいつらと同じくらいとはまだ言えないが、これなら明日の作戦も上手くいくだろう。


 それにしても……あの二人最後まで酷かったなぁ。


 思い出すだけでため息が出てしまう。

 結局依頼をちゃんとこなしたのは、俺とミャーだけであった。

 魔物も討伐せず、薬草採取もしない。

 その事を俺がマスターに報告したところで、ミャーが庇ってくれると彼らは思っているのだろう。

 だから、俺の前では表情を取り繕ったりしない。

 ミャーの優しい性格につけこんで、甘い汁を啜る。

 本当に救いようのない奴らだ。


 冒険者は皆、善人というわけではない。

 金の為だけにやっている者や、自分以外の命はどうでもいいと思っている者。

 俺にはその気持ちが分からないが、その思考は理解できる。

 だが、その限度を超えて悪事に手を染めれば、それは賊と何ら変わない。


 ……全員シャルみたいな純真さがあればいいのにな。


 そう心の中で呟くと、<虚>のみんなが<月の庭>を出るのが見えた。

 ある程度距離を保って、尾行する。

 それから十分程だろうか、剣士の方が突然立ち止まり、何かミャーに言っている。

 俺はその様子を見て、即座に会話が聞き取れる位置まで移動した。


 「ま、待ってほしいのにゃ。今日は絶対お金が必要で……」

 「おいおい、ミャルネ。前に言っただろ? 資金を集めて拠点を買うって」

 「言ったけど……」

 「ミャー? 文句言わないの。二日に一回はみんなの依頼料を貯めるって決めたじゃない」

 「で、でも、ミャーはもうずっと宿屋のお金を払ってにゃいのにゃ。だから……」

 「それは無駄遣いした貴方が悪いわ」

 「……にゃっ?」


 動揺しているミャーに魔術師は続ける。


 「ほらっ、早くさっきの報酬渡しなさい」


 思わず割って入ろうとした自分を止める。

 今はまだ駄目だ。

 魔術師も今日の一件で今までよりも横暴になっている。

 あいつらに痛い目を遭わせることもそうだが、ミャー自身があいつらの悪意に気づくことが一番大事な事だ。

 今の現状はそれを理解するためには必要な事。


 そう自分に言い聞かせた俺は、その様子を黙って見届ける。

 すると、ミャーは俯きながら魔法鞄マジックポーチを漁って、差し出された手のひらに銀貨二枚を乗せた。


 「うん、ごめんね。少し強く言い過ぎたかも」

 「……」

 「うしっ、じゃあ、俺らこっちだから、また明日な」

 「にゃあ……」


 満足そうな顔を浮かべた魔術師と剣士はそのまま宿屋へと歩いていく。

 そんな二人のことを哀愁漂う様子でミャーは手を振っていた。


 ミャー、今だけだから。

 明日には必ず今までの行いを悔い改めさせるから。


 二人の姿が見えなくなったところで、ミャーは歩き出す。

 俺はそんなミャーに見つからないよう、再び距離を取って後を付けた。

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