第186話 不信感


  「ふむ。集まったか」


 予定通りの時間にギルドマスター室へと入った俺を見て、マスターがそう口にした。


 「え、えっと……この方は?」


 先に集まっていた<虚>の魔術師が、少し緊張した様子で俺に視線を向ける。


 「あぁ。君等と同じEランク冒険者の……」

 「レインです」

 「そう。レインだ。唐突ではあるが、今日は君等四人に提案を持ってきた」

 「て、提案?」


 剣士の男はよく見ると、少し震えている。

 まぁそれはそうだろう。

 この世界で一番と言われているランド王国の冒険者たちを束ねている人だ。

 威厳があるし、圧がある。

 そんな人に高々Eランク冒険者の自分たちが呼び出しされるなんて思ってもいなかったのだろう。


 「あぁ。<虚>とソロのレイン。その噂はかねがね耳にしている……なぁ、今の自分のランクに不満はないか?」

 「えっ? それって?」

 「最近になって思うのだよ。ランクというシステムは古いのではないのかと。ランクというのはあくまで保険だ。実力に見合わない依頼で命を落とさぬようにな。だが、私の見込みでは君たちは……Cランクまで上げてもいいのではないかと思っている」

 「はっ? マジですか?」

 「ふっ、私"は"嘘を吐かんさ」


 そう言って、マスターは何故か俺を見る。


 う、うむ。

 ショートケーキでも買ってご機嫌取りしよう。


 そんな事を思いながらもポーカーフェイスを装う俺から視線を外し、マスターは言葉を続けた。


 「提案というのはまぁ簡単な依頼だ。今日は君等四人でいつも通りに依頼をこなしてくれ。そして明日、北の森に居る一目鬼サイクロプスを討伐してきてほしい」

 「一目鬼サイクロプス……?」


 猫人族はその魔物の事を知らないのか、首を傾げた。

 一目鬼サイクロプスはBランク指定に認定されている魔物だ。

 動きは遅いが、破壊力があり、傷をつけても再生する特性がある。

 ただ弱点の目玉から潰せば、その特性も無くなり討伐することが容易になる。

 最近ではCランクの認定に下げようかという話が出ているくらいだ。


 「あぁ。一つ目の大きな魔物だ。頭に生えてある角が万能薬の材料になってな。それを求めている商人が居るのだよ」

 「なるほどにゃ」

 「どうだ? 受けるつもりはあるか? まぁこのまま時間を掛けてランクを上げてもいいとは思うぞ? 他にも頼める者はいるのでな」


 <虚>のメンバーが顔合わせる。

 こんなうまい話に乗っからないはずがないだろう。

 もちろん金に貪欲そうなこの二人が。


 「一ついいっすか」

 「ん? なんだ?」

 「その提案受けたいんですが、初めて会うこいつと一緒に行動したくないんで、別々で動いてもいいっすか?」


 いや、それはこっちも同じだよ……


 怪訝な顔で見る剣士の言葉に、マスターは凛とした表情で答える。


 「いや、だめだ。君等四人で動くことが条件になる」

 「……なるほど」

 「ウラン、これはチャンスにゃ! ミャーが居るからそんなへんてこな魔物すぐ倒せるにゃ!」

 「うん、そうね。ウラン、私も受けた方がいいと思う」

 「……二人がそう言うのならいいか」

 「うむ、レインは?」

 「俺も受けます」


 そう了承すると、俺たちは少しだけマスターと話し、ギルドマスター室を後にした。

 そして、今は魔術師と剣士が二人で今日の依頼を選んでいる最中である。


 「レインはいつから冒険者になったのにゃ?」

 「えっと……三ヶ月くらい前かな。君は?」

 「二ヶ月くらい前にゃ。あっ、ミャーのことはミャーって呼んでくれればいいにゃ」

 「うん、分かった。ミャーの故郷って西の方だよね?」

 「そうにゃ」

 「この王都に来てからどのくらい経つの?」

 「それも二か月前くらいかにゃ~」

 「へ~。じゃあ、ここに来てからすぐ冒険者になったんだ。ちなみに、あの二人と組んだ理由って何かあるの?」

 「たまたまというか、運命みたいなものにゃ。ウランとリゼが小鬼ゴブリンと戦ってたから、加勢したのにゃ。それでそのままパーティーに誘われて」

 「……そうなんだ」


 運命ねぇ。

 悪運だったの間違いじゃないかな。


 もちろんそんな事は言わず、俺は視線を二人に移す。

 もう手には三枚ほどの依頼を持っている。

 それでもまだ受注しようとしているのか、掲示板とにらめっこしていた。


 「……何か困った事とかない?」

 「にゃ?」

 「いや、あの二人ちょっとだけ匂うんだよね」

 「匂う?」

 「うん、俺も君と同じように鼻が利くんだ。あの二人からは何処か嫌な匂いがする」

 「……っ」


 おっと、この反応は意外だ。

 てっきり二人の悪意に気づかずに冒険していたと思っていたのだが。


 ミャーは少し渋い顔をして、口を開く。


 「嫌な匂いってのはミャーは分からにゃいけど、一つだけあるにゃ」

 「それって?」

 「たまに悪ふざけがあってにゃ……ミャーを転ばせたり、泥沼に突き落としたりするのにゃ」

 「……ほう。他には本当にないの?」

 「ないにゃ。仲間だから多少ふざけてるのはしょうがにゃいけど、嫌な気持ちににゃるのにゃ」

 「そっか……それって本当に仲間って言えるのかな」

 「にゃ?」


 あいつらがやっている事は、許すことのできない罪の証だ。

 今のミャーでは気づいていないようだが、その事に加えてお金も貪っている。


 (殺せ)


 俺は胸に手を当てて落ち着き、ゆっくりと言葉を発した。


 「俺の知っている仲間っていうのは、絶対にそんな事はしない。例え悪ふざけだろうとね」

 「で、でも……それでも、ミャーの仲間にゃのにゃ」


 ふむ、とりあえず今はここまででいいか。

 これ以上言ったところで初めて会う俺の口からではいまいち信頼性に欠けるだろう。


 でも、良かった。

 少しでも不信感があるのならば、あいつらの化けの皮を剥がすだけでよさそうだ。


 「おい、持ってきたぞ」

 「あっ、ありがとう」

 「……足を引っ張るのだけはやめてね」


 魔術師の言葉につい引いた顔をしてしまう。

 まぁ顔は見られてないので問題はない。

 とりあえず様子見しながら、やりたくもない依頼をこなすか。

 そう思った俺は<虚>のパーティーと共に、<月の庭>を後にするのだった。

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