第185話 セリアの気持ち
「おい、セリア。どうしたんだいきなり? 師匠困ってたぞ?」
ロイがそう言って、私の隣を歩く。
彼は少し抜けているところがある。
もちろんそこ含めて好きだ。
でも、少しくらい察してくれてもいいんじゃないかなと思う。
私があんな態度をした理由を。
「レオンさんのことロイはどう思う?」
「どう思うって何が?」
「人間的な意味で」
「……??」
「例えば、本当は悪い人で裏では女の子を泣かせまくってるとか」
「絶対ないな。師匠に限ってそんなこと」
真剣な瞳で彼はそう言葉にする。
私が変な事を口にしたためか、少し怒ってるようにも感じた。
「そうだよね……」
Sランク冒険者は皆、あのマスターに認められた者にしかなれない。
力はあっても人格が良くなければ、この国じゃ精々Bランク止まりだ。
だから、レオンさんがそんな人ではないということは理解している。
でも……
「どうしてシャルのこと……」
ぽつりと呟いた言葉が街の雑踏に掻き消される。
私の一番の親友であり、一番の理解者。
世界で誰よりも幸せになってほしいと思える存在。
シャルの応援もあって、私は今ロイと付き合っている。
冒険者になった理由もシャルが私を誘ってくれたからであり、私がこんなにも幸せでいられるのは、全部シャルのおかげだ。
そんなシャルは最近悲しい顔をすることが増えた。
冒険に出ても上の空で、少し危ない場面になることもあった。
もちろん理由は明白だ。
彼女の好きな……いや、大好きな人が突然距離を空け出したから。
何故、そんな事になったかは定かではない。
シャルはとてもいい子だし、嫌われるような事をするはずがない。
にも関わらず、唐突にあの人は……
「ねぇ、セリアちゃん」
「ん? どうしたの?」
「最近ね、レオンの様子がおかしいの」
そうシャルから聞かされたのは数か月前の事だった。
いつもレオンさんの話になると、凄く嬉しそうな顔をするのに、今回に限っては表情が暗かったのを覚えている。
「え? どうしてそう思ったの?」
「なんか話しても目が合うことがあんまりなくて、すぐ会話も途切れちゃうの。何処かよそよそしいって言うか、避けられてるみたいな……」
「ん~、何か心当たりはないの?」
「うん。それが分からなくて……」
そんな些細な相談事。
その時の私は何も良いアドバイスが出来なくて最終的に、
「シャルの勘違いじゃないかな? レオンさんも忙しい人だから、時間が経てばいつも通りになってると思うよ」
「そうかな……それならいいんだけど」
そうやって会話を纏めた。
本当に親身になってあげたのか?
自分から何か行動してあげたのか?
そう問われれば、首を縦に振ることはできない。
だって、本当にシャルの勘違いだと思ったから。
レオンさんは誰に対しても優しいけど、シャルに対してはもっと優しい。
見据える瞳も表情も、言葉も行動も。
まるで両想いなのではないかと思う程に。
だから、何故今でも状況が変わらないのかが分からない。
「シャル……」
シャルは今でも悩み続けている。
それなのにレオンさんはいつもと変わらずに別の女の子と仲良くしていた。
お揃いの外套を着ながら、楽しそうに。
そんなの腹が立つに決まってる。
人の気持ちが分からない人ではないはずなのに、何ならシャルの想いにもきっと気づいているはずなのに……
だから、弟子である……いや、自称弟子のロイにあんな事を聞いてしまったんだ。
「会いに行くか」
「……えっ?」
「シャルに」
唐突な言葉に驚く私に対して、ロイはやれやれといった表情で言葉を続けた。
「<金の翼>の作戦会議だ。今回は今までよりもでっかいからな。まずあいつの気持ちをまた確かめに行こう。な?」
その満面の笑みはまるで温かいお日様の光のように感じた。
今日はずっとロイがエスコートしてくれた。
だから、きっとこの後のことも考えてきてくれているはずだ。
なのに……
「……好きだよ。ロイ」
「えっ!?」
急な話の変わりようにびっくりするロイ。
頬が赤くなってるところが可愛い。
シャルもこうやって素直に言えればどれだけ楽だったのだろう。
でも、言えない気持ちは痛いほど分かる。
だって、告白したところで振られる可能性の方が高いから。
レオンさんにはレティナさんがいる。
二人の間に介入したところで、万に一つもその想いを揺るがすことはできないだろう。
ただそうは言っても、シャルが絶対に振られるというわけではない。
レティナさんとシャルの二人をレオンさんが幸せにするという選択肢もある。
それが許容できるかはレオンさんではなく、レティナさんの方だと思うが。
「一ヶ月記念日なのにごめんね」
「いや、そんな事気にすんなって。セリアが謝ったら、なんか俺がシャルのこと何も考えてない奴だって思うだろ」
「確かにそっか。じゃあ、宿屋まで一緒に行こ?」
「おう!」
ロイの気合の入った返事と共に宿屋へ向けて歩みを進める。
ここ半年の間で私たち<金の翼>は、指導を受けた当初よりもレティナさんと仲良くなった。
その理由はレオンさんの拠点に遊びに行く際、必ずレティナさんが居るからだ。
ずっと依頼をこなし続けたので、今は長期の休みを取っているそうだが……まぁそこは深く考えないようにしよう。
「……一番はシャルの気持ちを優先すること」
「ん」
ロイは私の呟きに小さく返事をする。
アドバイスは色々とできる。
ただ私とロイが介入してしまうのは違うと二人で話し合った。
やりきれない気持ちはもちろんある。
レティナさんにシャルを受け入れてくれませんか、と頼み込むことも、レオンさんの優しさに付け込むようにシャルとの仲を保とうとすることも、やろうと思えばできるかもしれない。
でも、それじゃあシャルはきっと納得してくれない。
親友だからそう思うのだ。
あの子が泣くことになっても私が側に居てあげよう。
そう心に誓いながら、外套に照らされている街の中を私たちは歩いていくのだった。
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