第183話 裏の顔


 綺麗な夕焼けがこの街を茜色に染めている。

 あと一時間もしない内に、辺りは照明で照らされるだろう。


 ……できれば早く夜になってほしいんだが。


 俺は家の路地裏に身を隠しながら<虚>の動向を探っていた。

 夜になれば家の屋根に乗ってもっと近づくことができるが、こんなにも明るければ街の住人に視認されてしまう恐れがある。

 騒ぎになることを杞憂して、地に足を付けて尾行し続けているのだが、今のところ変わった点は見られない。

 まぁ会話は聞き取れないのだが。


 う~ん、もう少し近づきたいけど、あの猫人族に気づかれたらめんどくさいな。

 こういう時にカルロスが側に居てくれれば、会話を聞くこともできるんだろうけど。


 猫人族は尾行してからずっと笑顔だ。

 俺に気づいているという節もない。


 「……?」


 カレンの思い違いじゃないかと再度疑った時、突然剣士の男が何かを探すように魔法鞄マジックポーチを探った。

 魔術師の女の子も猫人族の子もどこか慌てているようだ。


 俺はその様子を見て、すぐに会話が聞き取れる場所に身を隠した。


 「ほんとにないの?」

 「ねぇ……やっちまった」

 「大変にゃ! もう一回戻って確認するしかにゃいにゃ」


 一体何があったんだろう。

 途中からの会話だけでは何も分からない。


 「リゼに渡したとか……ないよな」

 「うん、あの時ちゃんとウランが受け取ってたよ」

 「道に落ちてるとかじゃないかにぁ?」

 「それならもう誰かに拾われてるね」

 「はぁ、ちくしょう。銀貨二枚もったいねえ」


 ほう、なるほど。

 報酬を落としてしまったのか。

 Eランク冒険者の銀貨二枚って相当痛いな。


 「……なぁ、ミャルネ。悪いんだが、さっきの銀貨”三枚”くれねぇか?」

 「にゃ?」

 「こんな事言いたくなかったけどよ、俺たち今困ってんだ。他の奴に金借りちゃってよぉ」

 「で、でも、ミャーもお金がにゃいにゃ。昨日もウランたちに全部渡しちゃって……」

 「すまね。でも、俺たち”仲間”じゃねえか」

 「うっ……」

 「ウラン。諦めよ? ミャーも困ってるみたいだし、あのお金は自分たちで何とかするしか……最悪私の身体で……」

 「っ!! そ、そんな事する必要にゃいにゃ! ミャーのお金でにゃんとかにゃるにゃら上げるにゃ」


 猫人族は腰に携えてあった魔法鞄マジックポーチから銀貨三枚を手渡す。


 ふむ、借金ねぇ……?

 本当にそうなのか?

 それに報酬を落としたってのも引っかかるな。


 俺は<虚>をずっと目視で確認していた。

 もちろんすれ違う人たちで、視認できなかった一瞬もあったが、何かを落とした瞬間は見ていない。

 それに魔法鞄マジックポーチに入れてあれば、絶対に落とすようなことはないのだが。


 「ミャー、ありがと」

 「すまねぇな。助かるぜ」

 「全然いいのにゃ。助け合うのがにゃかまにゃ」

 「じゃあ、私たちはこっちだから」

 「にゃ。また明日いつものとこで集合にゃ~」

 「おう!」


 剣士はそう返事をすると、魔術師と共に歩き出す。

 さて、別々の方向へ歩き出したが……追うのは二人の方か。


 俺はそそくさと二人の後を付ける。

 もしも先程の事が嘘ならばどういった対処をしようか。

 猫人族本人に騙されていると言ったところで、信憑性は皆無だ。

 もちろん俺の素性を明かせば、多少なりとも信じてはくれそうだが、この先また同じ手口に引っかかるかもしれない。


 ……まぁ全ての発言が真実なら、何も問題はないんだけど。


 そんな事を思っていると、剣士の方がふと辺りを見渡した。

 魔術師の女の子も挙動不審に周囲を確認している。


 「……いねえな」

 「うん、もう大丈夫そ。でも、部屋に入るまでは……ね?」

 「ああ、そうだな」


 何やら不穏な事を言いながら、二人は宿屋の中へと入っていく。

 壁越しで耳をすませばおそらく会話を聞き取れるだろう。

 だが、宿屋の中を素通りできるわけがない。


 ……仕方ないか。


 俺は二人から少し遅れて中へと入る。


 「いらっしゃい。宿泊になりますか?」

 「すみません。驚かないでくださいね」

 「……えっ?」


 外套のフード取った俺に店主らしき人は声にならない声を出した。


 「Sランク冒険者のレオン・レインクローズと申します」

 「え、ええ。存じ上げていますとも」

 「少し内観を見させてもらってよろしいですか? 出来ればこの事はご内密に」

 「は、はい。大丈夫です。どうぞ好きに見て行ってください」

 「あっ、それと今帰ってきた二人組。何処の部屋で泊まっているか教えてもらってもよろしいでしょうか?」

 「い、一階の奥の部屋ですが……あの二人が何か?」

 「いえいえ。ただ同じ冒険者だったので挨拶をと思いまして」

 「ほえ~。律儀に挨拶だなんて、Sランク冒険者はやはり違いますね〜」

 「そんな事ないですよ」


 俺は店主に軽く会釈をした後、二人の居る部屋へと向かう。


 こういう時にランクというのは役に立つ。

 並の冒険者ならば、個人情報を教えてくれたりはしなかっただろう。


 店主が言っていた部屋に辿り着き、耳を澄ます。


 「ははっ。まじでちょれえな」

 「あいつ会った時から、馬鹿だよね。全部信じてくれるんだもん」

 「聞いたか? あいつ宿屋の金滞納してるらしいぞ? どうする?」

 「う~ん、あの強さは捨てたくないよね」

 「ああ。じゃあ、ギリギリになって金を渡すか。その方がもっと信頼してくれるだろ」

 「いいね、それ」


 はぁ……やっぱりか。


 この部屋に入るまで下衆な会話をしなかった辺り、相当用心深く本性を隠していたのだろう。

 だが、あの猫人族から銀貨三枚を強請った時点で、ほぼほぼ黒だと察していた。

 こんなにも早く尻尾を掴めたのはいいが……


 (殺せ。)


 黒い感情がふと溢れ出す。

 俺はそれを首に掛かっていたネックレスを握りしめて抑制する。


 「んじゃ、今日はぱーっと飯でも食いに行くか」

 「うん! どこのお店にする~?」


 これ以上ここに居ても、意味はないな。


 そう思った俺は歩き出し、宿屋を後にした。


 さて、まずは今の会話をマスターに報告しよう。

 俺の証言だけで何かと手を打つことはできるが、もっとあいつらをおとしいれるためには、言い逃れもできない証拠が必要だ。

 俺の頭では有効的な手立てが浮かばないが、マスターならきっと良い案を出してくれる。


 それにしても、カレンの着眼点って凄いな。

 もしもあの子が依頼を出していなければ、もっと酷い事態になっていたかもしれない。


 そんな事を思いながら、俺は再び<月の庭>へと向かうのであった。

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