第182話 距離感


 「レオ~ンさ~ん、受け取ってくださいよ~」

 「だから、冗談だって言ったろ?」


 あれから詳しい内容を聞いた俺は、カレンと共に一階へと降りる。


 「でも、無償なんてーーむっ!?」

 「静かにして。聞かれるとやっかいなんだから」


 報酬に関しては結果的に要らないと断った。

 もちろんそれは最初から決めていた事だ。

 マスターのゴミを見るような目に耐えかねたわけでは……ない。


 「カレンもう一度言うよ? あれは冗談だ。元から俺は君に協力するつもりだった」

 「よしっ、決まりだ。もっと詳しく情報を頼む、キリッ。って顔してたのにですか~?」

 「う、うん。もちろんだよ」


 くっ、これは相当引っ張られるな。

 年上としてもっとどんと構えれば良かったか。

 ていうか、そんなにパンツをあげたいのかこいつは。


 まだ俺の顔を真似ているカレンに、はぁとため息をつく。

 すると、


 「あれ? レオン? それにカレンちゃんも」

 「あっ! シャルさんじゃないですか。依頼を終えたんですか?」

 「ええ。そうなんだけど、何の話してたの?」

 「えっとですね……」


 カレンが俺をちらりと見る。

 流石にありのままあった事を伝えられない。

 そう思っているのだろう。


 「別に大した話じゃないよ」

 「そ、そうですね。何もありませんよ」

 「ふ~ん、なんか嫌な感じ」

 「シャ、シャルさん、私依頼の鑑定しますよ! ささっ、どうぞあちらへ」


 何だか複雑そうな顔を見せたシャルは、何も言わずにカレンの後を付いていった。


 ……ふ、ふむ。何か誤解されてそうだが、真実が言えないので仕方ない。


 俺は休憩スペースに一人腰を下ろし、カレンから聞いた情報を思い返す。


 Eランクパーティーの<虚>は三人組らしい。

 その中の二人は恋仲らしいが、猫人族は特にそれに関しては何も思ってなさそうとのこと。

 恋のいざこざなら正直俺の出番は無いと思ったのだが、カレンは別の理由で猫人族が虐げられていると感じたそうだ。

 その理由とは、<虚>が依頼から帰るとたまに猫人族だけが泥だらけで帰ってくるのだと。

 「何かあったの?」 とこっそり聞いても、 「別に何もないにゃ」 と笑っていたそうだが、カレンは徐々にその二人が何かしているのでは、と疑うようになったらしい。


 う~ん、本当に虐げられているのだろうか?

 正直これだけでは何とも言えない。

 猫人族は前衛らしいので、衣服が汚れても仕方がないと思うが……でも、男の方も確か剣士って言ってたっけ?


 まぁ結局のところ会ってみないと分かりそうにもないな。

 このままここで待ち伏せしておくか。


 そう思うと、シャルが鑑定から帰ってくるのが見えた。


 「今日はもう終わったの?」

 「うん、今日はセリアちゃんとロイの一ヶ月記念日だから」

 「……一ヶ月記念日?」

 「そう。付き合ってからね」

 「えっ!?」


 あ、あいつらそういう関係になったのか!

 確かに以前幽霊騒動に行った際、やけにセリアとロイの距離感が近かったけども……それなら俺もロイの事を祝福しなくては。

 お酒という祝福を。


 「レオン、悪い顔してる」

 「い、いや、そんなことないよ」


 頬をつんつんとつつかれた俺は、シャルと少し距離を取る。

 その行動にシャルは寂しそうな表情を浮かべた。


 「ねぇ……レオン」

 「ん? 何?」

 「どうして最近……ううん、やっぱり何でもない」

 「……」


 無理やり笑顔を作ったシャルを見て、俺はどう言葉を掛けていいか分からないでいた。


 シャルとの距離感がおかしくなったのは、ここ数ヶ月の事だ。

 以前は何も気にしないで、他愛のない会話が出来ていたが、今は違う。

 頭の中で色々と考えていくにつれて、自然とシャルから距離を取ってしまうようになっていた。

 きっとこうなってしまったのは、レティナに向けて俺が阿保な事口走ったからだ。


 (シャ、シャルと俺が付き合っても、レティナは受け入れてくれるって……心がその方が安定するからとかなんとか)


 今にして思えば何故そんな事を言ったのか理解できない。

 心が安定するからなど誰に言われたのか思い出せないし、多分適当な事を言ってしまったのだろう。

 その結果、レティナは調査が必要と言ったきり、その件に触れてこない。

 当たり前のことだ。

 昔から嫉妬深いレティナがそんな口から出たでまかせを信じたとしても、許してくれるはずがない。


 「……じゃあ、もう行くね」

 「うん。気を付けて」


 ……??

 すぐ行くかと思ったけど、まだ何かあるんだろうか。


 シャルは立ったまま俺を見つめている。


 「……またね」


 そう言葉にしたシャルは、ふっと寂しそうな表情を浮かべて走り去っていった。

 そんなシャルを呼び止めようとする気持ちをぐっとこらえる。


 これでいい。

 今の距離感が正解なんだ。


 今まで曖昧な態度で接してしまっていた。

 シャルの笑顔が見たくて、シャルの悲しい顔なんて見たくなくて。

 でも、それは間違っていたんだと思う。

 シャルと出掛けたり、お酒を飲んだり、依頼だって本当は行かなかった方がよかった。

 だって、その思い出があるから、なおさら心にきてしまう。


 「切り替えなきゃな……」


 そう口にするも、思考が止まってしまった俺は、ソファで時間が過ぎるのを待つのであった。



















 「はぁ、今日も歩き疲れちゃった」

 「だな~。まぁでも、もうすぐDランクだ。そこまで行けばもっと金になる」

 「ミャーに任せるにゃ~」

 「うん、頼りにしてる」


 あいつらが……<虚>か。


 俺はフードを深くかぶり、その様子を注意深く監視していた。

 男と女、それに猫人族。

 カレンが言っていた情報通りだ。


 男は剣士と言うこともあり、筋肉質で身長は俺と同じくらい。

 女の方は魔術師なのか、背中に杖を背負っている。

 後は……


 「これが今日の分にゃ」

 「わ~、今日も凄いね。ミャーちゃん」

 「当たり前だにゃ~」


 ……ふむ。

 確かにEランクとは思えないくらいには闘気が洗練されている。

 ただ驚くようなほどではない。

 何故なら俺は過去に噂になっていた本当の強者を見ているからだ。


 マリーとカルロス。

 あの二人は出会った当初から、別格であった。

 猫人族のランクで言えば、Bランク程度だろう。

 だが、他の二人は実力通りのランクだ。


 「お待たせしました。これが今回の報酬の銀貨五枚になります」

 「ありがとにゃ~。いつも通り三等分って……にゃ? 三等分できにゃいにゃ」

 「俺たちが三枚でいいぜ。ミャルネが二枚持ってけ」

 「にゃ? いいのかにゃ?」

 「いいのよ。仲間じゃない」

 「助かるにゃ~」


 ……これもしかしてカレンの勘違いじゃないか?

 見てる感じ問題どころか、ミャルネって子に優しく接しているが。


 カウンターにいるカレンと目が合う。

 その表情はとても真剣なもので、調査を続行してほしいという思いをひしひしと感じた。


 まぁカレンの不安が晴れるまで、調査をしてやるか。

 尾行してもおそらく気づかれないだろうし。


 <虚>の三人が動き出す。

 そのまま出口に向かうと思っていた。

 だが、


 「にゃー」

 「えっ……」


 どうしてか分からないが、猫人族は一直線に俺の方へと歩いてきて、立ち止まる。


 「ミャーたちに、にゃにか用かにゃ?」

 「い、いや、用なんてないけど……」

 「じゃあ、にゃんでこっち見てたにゃ?」

 「え、えっと……」


 し、視線に気づいていたのか。厄介だな。

 ここで俺が上手く誤魔化さなければ疑われてしまう。

 そうなれば、調査に支障をきたすかもしれない。


 まずは見ていた理由から話すか。

 これだけ周囲に気を気張っていたのだ。

 実力はともかく頭は切れるかもしれない。


 そう考えた俺は、ひとまず口を開く。


 「噂になってる<虚>だよね? ちょっと気になってたからさ」

 「にゃるほどにゃ。気になったから見るのはしょうがにゃいにゃ」

 「え?」


 猫人族はうんうんと一人頷いている。

 すると、


 「ミャー早く帰るよ~」


 魔術師の一人が出口付近で手を上げていた。


 「分かったにゃ~」


 返事をした猫人族はそのまま二人の元へ向かっていく。


 ……落ち着け俺。

 そんな簡単に納得する奴がいるのか?

 俺の服装は自分で言うのも何だが、どう見ても怪しい。

 まさか……泳がされているとか?


 「ばいば~い、にんげ~ん」


 満面な笑顔で手を振る猫人族に、俺は動揺しながらも手を振り返す。


 「知り合い?」

 「知り合いってどういうことかにゃ? お尻はつけてないにゃ」

 「いや、そうじゃなくて……」


 ……う、うん。

 泳がされてないな、これは。


 そう悟った俺は、猫人族に気づかれない距離を保ちながら、尾行するのだった。

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