第181話 カレンの頼み


 「じゃあ、行ってきます」

 「は~い、気をつけてね」

 「いってらっしゃ~い」


 レティナとルナに見送られて、俺は拠点を出る。


 「あっ、そうだ。マスターにショートケーキでも買っていくか」


 外套のフードを深くかぶった俺は、ゆっくりと街の大通りに向けて歩みを進めた。


 あの日からもう半年が経った。

 この王都は何一つ変わらないが、身の回りでは大分変化があった。

 まずはマリーの事だ。

 今、マリーは以前よりも多く依頼へと出掛けている。

 護衛依頼から採集依頼まで幅広くこなしており、人の命が掛かっている依頼に関しては率先して引き受けている。

 そのお陰で助かった人が沢山いるそうだ。

 カルロスとネネと共にお墓参りをして、何かしらの心情の変化があったのだろう。

 スッキリとした顔で、


 「レオンちゃん、私これからもっと頑張るわ」


 という言葉通りに、困っている者に対して尽力しているらしい。

 まぁ、ミリカのように無茶しすぎることもマリーなら無いだろう。


 次にレティナの魔力の話。

 元通りとはいかないが、大分魔力が回復してきた。

 ただ上級魔法を扱えるほどの魔力量はまだなく、今はルナと二人で拠点で過ごす毎日を送っている。

 数か月前までは不安でレティナと一緒に居てあげたのだが、中級魔法が行使できるのなら多少は安全だ。

 全ての魔力が回復するのもそう遠くない未来だろう。


 最後に俺の話。

 黒い感情と何かが足りないと感じる時はたまにある。だが、夢を見ることはなくなった。

 悩みが改善傾向に進んでいると思う。

 そして、何と言っても変わったのが、一週間に数回<月の庭>に顔を出していることだ。

 これはネネの告白からそうしようと決めたことだった。

 拠点で自堕落しているよりも、<月の庭>に居た方が何かあった時に迅速に対処できる。

 ただ<魔の刻>のみんなはあまり賛成ではないようで、毎日<月の庭>に顔を出すことは反対された。

 まぁ優秀な冒険者は沢山いるので、未だに俺の手を借りるといったことはないのだが。


 ケーキ屋で買い物を済ませた俺は<月の庭>へと辿り着く。

 いつも通り密かに二階へと階段を上ろうとした時だった。


 「あっ、レオンさん!」


 遠慮のない声で呼び止められて、はぁとため息をつく。


 「……カレン。ちょっと声大きすぎ」

 「あっ、すみません。いつもの癖で」


 ぱっと手で口を押えたカレンは辺りを見渡している。

 この子は最近受付嬢になった新入りであり、西の村のあの少女であった。

 お姉ちゃんのような被害を防ぐために、<月に庭>に熱く志願したようだ。

 自頭も愛想も良かったのもあるが、何よりもその熱い思いがマスターの心を動かしたのだろう。

 とても競争率の高い<月の庭>で即採用が決まったカレンは、今や冒険者に大人気である。

 ただ……


 「レオンさん、もしかしてそれはケーキですか!?」

 「う、うん。そうだけど……」

 「じゃあ、早速マスターに会いに行きましょう!」


 とても距離感が近い。

 最初こそは節度ある距離感だったが、数か月経って慣れてきたのか、今ではすぐに腕を組んでくる。

 俺としては悪い気は起きないが……


 うん、殺気を感じるな。


 冒険者からの視線がいつも痛いのが難点だ。


 「カレン、分かったから腕離して」

 「え~? 何でですか~? あっ、もしかして照れてるとか?」

 「違う違う。周りの目がさ……」

 「ちぇっ、そういうことなら……」


 カレンは残念そうに腕を離す。

 俺には少し生意気なところもあるが、こういう素直さが人気の秘訣なのかもしれない。


 仕事は大丈夫なのだろうか、という心配はありつつも、俺はカレンと二人でギルドマスター室の扉をノックする。


 「む? 誰だ?」

 「マスター、レオンさんが来ました~」

 「はぁ……入れ」


 ため息交じりの返事を聞いて、扉を開ける。

 すると、カレンは軽やかな足取りで高級なソファにぼすっと座った。


 「カレン、仕事は?」

 「もちろんばっちりです!」

 「い、いや、そういうことではなくてだな……」

 「大丈夫ですよ。今は休憩中なので」

 「……レオン、どう責任を取るつもりだ」

 「……これで許してください」


 俺は片手に持っていたケーキをマスターに見せる。

 ギルドマスター室はもちろんのこと休憩する場所ではない。

 重要な書類を纏めたり、誰にも見せてはいけない文書などが保管されている、言わばマスターの仕事場である。

 俺は諸事情でこの場所にいつでも訪れていいと言われているが、カレンはまた別であった。


 「ふむ、許そう」

 「しょうがないですね、許してあげましょう」

 「いや、お前がそれを言うな」


 腕を組み満足げなカレンの隣に腰を下ろす。

 俺が<月の庭>に訪れると決まってカレンも付いてくる。

 マスターの聞くところによると、仕事は熱心に取り組んでいるようだが、手が空くと同じ受付嬢の誰かしらにべったりらしい。

 皆年上だからだろうか、甘えるのも上手で人間関係は良好とのこと。


 まぁそれでもこの場所に来るのはまた別の話なんだが……きっと寂しがり屋なんだろう。

 あの悲しい事件からまだ半年しか経っていない。

 カレンがあの時の女の子ということは、<月の庭>の関係者皆知っている。

 だから、マスターもカレンには少しだけ甘い。

 かくいう俺もそうなのだが……


 「れおんひゃん、どうひまひた?」


 口一杯に頬張ってケーキを食べているカレンが首を傾げている。


 誰が食べていいって……はぁ、まぁ元気ならそれでいいか。


 「何でもないよ。はい、これマスターのイチゴショートケーキ……っていつの間に!?」

 「ふゅむ。えおんがなにやらこんごえごとをしてひたのでな」

 「は、ははは……」


 いや、そんな口に含んで喋られても分からないよ。


 カレンと全く同じ食べ方をするマスターに愛想笑いをする。

 <月の庭>のトップに立つ人なのに、今のマスターの表情は一切威厳がない。


 念のため三つケーキを買っておいて良かった。

 まぁマスターが二つ食べる想定だったけど……


 俺は残りのケーキを食す。

 レティナとのデート時に訪ねたケーキ屋。

 今では行きつけの店になってしまった。


 他愛のない話をしながら数十分。

 ふとマスターが口を開く。


 「カレン、もうレオンにあの話を相談したのか?」

 「え、えっと……」

 「ん? ケーキはもうないよ?」

 「人を食いしん坊みたいに言わないでください」

 「じゃあ、なんの話?」

 「そ、その……」


 言い淀むカレンを見て、不思議に思う。


 ん?

 本当にどうしたのだろう。


 じっとカレンの言葉を待っていると、彼女は不安そうな表情で口を開いた。


 「レオンさん。お願いがあるんです」

 「……何?」

 「調査してほしいパーティーがありまして……」

 「ふむ。とりあえず話は聞こう」


 おそらく深刻な話になるだろうと勘づいた俺は表情を切り替える。

 今もなお表情が変わらないカレンの顔は、半年前にお姉ちゃんを助けてと縋りついたあの時と一緒だ。


 「Eランク冒険者パーティーのうつろって知ってますか?」

 「いや、知らないね」

 「最近話題になっているんですけど、そのパーティーの中に猫人族が居るんです」

 「ほう」


 俺は顎を触ってカレンの話に耳を傾ける。


 猫人族、犬人族、他にもドワーフやエルフ。

 様々な種族がこの世界に存在するが、どの種族も人間と比べれば数は多くない。

 猫人族と犬人族は嗅覚と聴覚、ドワーフは筋力、エルフは魔力に秀でている。

 ただそんな種族もエルフ以外は物珍しいわけではない。

 冒険者をしていても特別驚かないが……


 「その猫人族がどうしたの?」

 「虐げられている気がするんです……パーティー内の仲間に」

 「気がする……? 何か証言とか証拠とかは?」

 「いえ、何もありません。きちんと依頼をこなしてくれますし、一日で受注する依頼も多くて……」

 「それだけ聞けば有能なパーティーだけど……さっき言ってた話題になってることと関係するとか?」

 「いえ、あくまで話題とは別です。ミャーちゃんが……って、猫人族の子なんですけど、Eランク冒険者とは思えないくらい強いようで、もしかしたらレオンさんも知ってるかなって…… FランクからEランクまでは一か月も掛からずに昇格したんですよ」

 「へ〜」


 そんなに強いって言われているのに……虐げられているか。

 これがエルフならまだ分かる。

 だが、猫人族が虐げられる理由などありはしない。


 マスターをちらりと見るが、普段と変わらない表情。

 <月の庭>とは関係なく、完全にカレンの頼みって事か。


 「……調査してほしいって言ったよね? つまり依頼ってことで合ってる?」

 「はい、そうです」

 「えっと、ちなみに知ってるか分からないから言うけど、Sランク冒険者への指名依頼は……」

 「金貨三十枚ですよね」


 そうカレンが即座に答える。

 Sランクリーダーの指名ならもっと依頼料は高くなるがそれは置いとくとして、マスターも意地悪なことをするものだ。

 ここが<月の庭>ではなく、別の場所なら無償で引き受けていただろう。

 だが、ここは冒険者が集うギルド内だ。

 依頼者が報酬を提示し、冒険者がギルドを通して依頼を受ける。

 それが一般的な流れなのだが、もしもここで俺が無償の依頼を受けてしまえば、その関係性が崩れることとなってしまう。


 教育みたいなものかな……?


 そう思った俺はごほんっと一つ咳払いをした。


 「よく考えた方がいいよ。金貨三十枚っていう大金を支払ってでも、頼みたいことなの?」

 「はい」

 「俺以外ならもっと安く済むけど? 調査の依頼なら例えばミリカとか」

 「いや、レオンさんにお願いしたいです。きっとレオンさんなら、後の事までしっかりやってくれると思うので」


 後の事って……依頼が終えた後の事かな?

 頼ってくれるのは嬉しいけど、そんな大金あるんだろうか?


 「でも、私金貨三十枚は持ってなくて……」


 ふむ、やっぱりか。


 俺は再びマスターを見る。

 きっとマスターは依頼者の気持ちを分からせる為に、黙っているのだと思う。

 双方の合意があればおそらく無償で依頼を引き受けることもできるはず。

 ただ<魔の刻>のリーダーが、依頼を無償で引き受けてくれるという噂が流れてしまう可能性があるが……


 まぁ、そんなこと考えなくてもいいか。

 今は暇だし、二人に口止めすれば大丈夫だろう。


 「カレンーー「でも、金貨三十枚の価値がある物はあります!」


 俺の言葉を遮って、カレンは続ける。


 「ミャーちゃんはとてもいい子なんです。きっといい子過ぎてあの二人に騙されてるんだと思います!」

 「う、うん。そう思うのはいいけど、その代わりになる物って?」


 カレンはまだまだ甘いな。

 冒険者が欲するのは基本的にお金だ。

 お金以外の報酬になれば、渋る冒険者は沢山いる。

 もちろんそれ相応の価値がある物なら話は別だが、そもそもそんな価値のある物なら売って依頼料の足しにすればいい。

 つまりここで提示される物は、金貨三十枚にも満たない物ということ。


 ふざけた提案なら説教をしよう。

 仮にも俺はSランクリーダーだ。

 普段気楽に接してくれるのは構わないが、仕事となれば話は別だということを教えてあげるか。


 俺はキリっとした表情を作る。

 すると、カレンは元気いっぱいに言葉を発した。


 「私のパンツです!」

 「よしっ、決まりだ。もっと詳しく情報を頼む」

 「さっすがレオンさん! 分かってますね~」

 「……」


 喜ぶカレンとは違い、マスターは心底落胆した表情で頬杖を付くのだった。

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