第180話 心のしこり
コンコンッ
「何だ?」
「カルロス様、お話があります」
はぁ、どうせ来るだろうとは思っていたが……やけに早ぇな。
スカーレッドの事件が終結してから、もう一ヶ月が経った。
その間に起きたことなんてほとんどねぇ。
あったのはマリーの傷が完治したことくらいだ。
あいつは償いとして冒険者を続けることと、亡くなった奴らの墓参りに行くことを決めていた。
レオンが救えなかった女の墓にはもう行き終えている。
問題は今俺が休んでいる宿屋のこの地……クライスナーの商人一家の墓だ。
俺が返事をしてないのにも関わらず、ネネは配慮などせず扉を開けた。
「おい、なんで入ってきてる?」
「カルロス様がお返事をしてくれなかったので」
「なら、なおさら入んじゃねぇよ」
「……」
少しだけ威圧を込めるが、あいつが鍛えただけのことはある。
ビビりもしねぇ。
「……マリー様の元へ向かいます」
「ダメだ。部屋で寝てろ」
「嫌です。カルロス様もお分かりになってますよね? マリー様が危ないと」
「……それでもだ。あいつが一人で行くって言ったんだ。おめぇは素直に言うこと聞け」
ネネが不安になるのも、まぁ仕方のねぇ話だ。
商人一家の墓はクライスナーの屋敷の敷地にあった。
いくらその敷地が広いと言っても、大貴族の敷地に墓石を置くなんざ、普通はあり得ねぇ。
相当親交が深かったんだろう。
そこに何も関係が無かったマリーが突然訪問すりゃ、疑われるのは明白だ。
マリーがスカーレッドだっつーことを。
マリーとローゼリアは別に仲良くねぇ。
気が強い者同士だからか、マリーがいつも素っ気ないからなのかは分からねぇが、ローゼリアがレティナに向ける視線やら甘ったるい声やらをあいつに送ってるところを見たことがねぇ。
だから、マリーの正体に気づいちまえば……一触即発の場面になるだろう。
ネネはベッドに身を預ける俺を睨みつけている。
出会った当初は、震えを我慢できなかったはずだが……もう慣れたのか。
「カルロス様はマリー様の事が心配ではないのですか?」
「あぁ。別に何も思わねぇな」
「……っ。私が聞いた<魔の刻>は、何よりも仲間の事を想い、仲間が窮地に陥れば自分の命も顧みない。そんな冒険者パーティーでした」
「だから、仲間の事を想ってここで待機してるんだろーが」
「ここでぐうたら時間が過ぎるのを待てと……?」
「そういうことだ」
「……そうですか。マリー様がお話ししてくれた貴方と、現実の貴女は全くの別人ですね。マリー様がここで待つようにと仰られましたが、あまりにも危険すぎる。私はもう大切な人を失いたくないので……貴方はそこで寝ていればいいですよ」
こいつの過去は聞いてある。
家族全員が賊の手によって死んじまったって。
だが……
「行かせると思うか?」
「っ!?」
俺は瞬時に動き、開きかけていた扉を強制的に締める。
「ネネ、てめぇ自分の立場分かってっか? 俺らはあくまで付き添いだ。あいつが選んだ選択にあんま首突っ込んでんじゃねぇよ」
「……レオン様に言われました。マリー様の事をよろしく頼むと」
「んで?」
「命を救ってくれたあの方の想いが私にはあります。このままこの場所で過ごせば、レオン様に顔向けできません」
「……」
今、レオンはレティナの側に居る。
まだ魔力が戻っていないレティナを置いて、俺らに付いていくことができなかったリーダー。
きっとあいつが一番この地に来たかったはずだ。
マリーと一緒に罪を償おうと口にしていたから。
だから、レオンの想いは俺も確かに受け取っている。
だが、マリーは……そんな俺たちを置いて、一人で向かうと言ったんだ。
だから、俺はあいつの意思を何よりも尊重してやらなければいけねぇ。
「それでも行かせられねぇな」
「……」
「お前が行ったところで何も変わらねぇよ。時間稼ぎにもならねぇし、死ぬだけだ。そういえば、俺もレオンに言われてたなぁ……”お前たち”を頼むって」
「っ。カルロス様は本当に……本当にマリー様をご心配してらっしゃらないのですか?」
不安そうに俺を見上げるその瞳は少し潤んでいた。
俺はレオンじゃねぇ。
だから、女の涙なんてもんは効かねぇ。
「別に……心配してねぇよ」
「カルロス様……」
何だか複雑そうな表情をするネネから視線を逸らす。
その時だった。
「っ!?」
「っ!?」
少し距離のある場所から突如として膨大な魔力を感じた。
レティナと遜色ない程の卓越した魔力。
マリー!!
自然と身体が動いていた。
ネネを置いて宿屋の二階から飛び降りる。
全速力で向かえばぜってぇ間に合うはずだ。
あいつが何も無しにやられるわけがねぇ。
仮に<三雪華>のメンツが揃っていても俺が駆けつける時までは……
心臓がドッドッドッといつもより早く脈打っているのが伝わる。
(カルロス様は本当に……本当にマリー様をご心配してらっしゃらないのですか?)
くそが。
そんなもん口にしても、しなくても状況は変わらねぇんだよ。
人生に同じ過ちを二度犯す奴なんざ、ただの馬鹿野郎だ。
だから、俺が馬鹿っつーことは自覚してる。
一度目は間に合わず、二度目も同じだった。
駆けつけた時には全てが遅かった。
だが、三度目は必ず間に合ってやる。
だって、誓ったんだよ。
俺が守れる奴は全員守ってやるって。ぜってぇ同じ過ちは繰り返さねぇって。
今度こそは必ず……間に合ってくれ。
「カ、カルロス……?」
「はぁはぁ……んだよ、ちゃんと無事じゃねぇか」
墓石の前で自前の太刀も小太刀も握らずに、ただ膝をついているマリー。
見る限り、傷はどこもねぇ。
どうやら間に合ったみてぇだ。
「……何? カルロス。今大事な話をしてましてよ」
「へ~? 揃いも揃って何の話か俺にも聞かせてくれよ」
魔力を開放しているローゼリアの隣には、ルイスとエクシエも居るが、二人からはあまり戦闘する意思は感じられない。
そんな三人と向かい合った俺は、後ろにいるマリーを庇うように相手の出方を待った。
「はぁ、決まっていますわ……今は亡き大切な方たちのことよ」
「後ろの奴らのことか? 知らねぇな。俺らには全く関係ねぇよ」
「誤魔化してももう無駄ですわ。それともまさかこの状況で勝てると思ってるのかしら??」
「はっ。当たりめぇだろ。一対三でも余裕だっつーの。なんせ俺はこの世界で二番目に強ぇからな」
「……」
流石はSランク冒険者。
殺気も魔力も一般の魔術師とは段違いでやがる。
だが、そんなもん関係ねぇ。
ゾクゾクと血肉が震える。
最高の相手だ。
何の不足もねぇな。
「早く来いよ。てめぇが魔法を放った瞬間が合図だ」
「……ローゼリア。止めておこう」
「はぁ……これだから男って……」
俄然やる気な俺とは違い、ローゼリアはルイスの言葉で肩を落とし、すっと魔力を抑制した。
「なんだ? やんねぇのか?」
「もうこんな脳筋と話すのはこりごりですわ。ルイス」
「はいはい。カルロス君、安心してくれ。最初から僕たちは、彼女に危害を加えるつもりなんてなかったよ」
「はぁ? 全力で魔力を開放してただろ。どの口で言ってやがる」
「ごめんね。あれはローゼリアなりの挨拶みたいなものさ」
「……それならそれで別にいい。やらねぇっつーなら、俺らはこのまま帰るだけだ」
「あっ……」
マリーの手を無理やり取り、ズカズカと<三雪華>の前を通り過ぎる。
ネネもどうやら到着していたようで、いつ戦闘になっても加勢できるように、短剣を握りしめていた。
俺はそんなネネに撤収の合図を送る。
「……マリー。最後に一つだけ」
背後から聞こえてきたその言葉に、俺は足を止め振り返る。
「貴方はこれからどうするつもりなのかしら?」
真剣な瞳で言葉にしたローゼリアに対して、マリーはその瞳を見据えながら答えた。
「もちろん冒険者を続けて、たくさんの人を救うわ……みんなと一緒に」
繋いでいた手がぎゅっと握られる。
<三雪華>にどこまで話をしたかは検討もつかなかったが、ローゼリアはその言葉に納得したのか、視線を逸らして背中を見せた。
「そう。では、もう行きなさい」
そう告げたローゼリアに背を向けて、俺たちはクライスナーの屋敷を後にした。
一瞬だけ焦ったが、これで目的の地は全て回った。
後は拠点まで帰るだけだ。
「カルロス」
「あ? なんだ?」
「いつまで手を握っているの?」
「っ!! か、勘違いすんじゃねぇ。忘れてただけだ」
焦りながらぱっと手を放すと、マリーの隣にいたネネが口を開く。
「カルロス様、先程は申し訳ありませんでした」
「あぁ? 何だ急に」
「マリー様の仰る通りでした。カルロス様は情に厚く、とても仲間想いでしたのに……私は……」
「ん? 何の話?」
「私が疑ってしまったんです。カルロス様が動こうとせず、宿屋で待機してらっしゃったので……マリー様を心配してないのだと……」
「あぁ、なるほど……」
「うぜぇ、こっち見んな」
ちっ、どうでもいい事喋りやがって。
マリーの視線を感じるが、俺は無視したまま歩いていく。
すると、隣にいたマリーは俺の前で立ち止まり、申し訳なさそうな表情をした。
「……不安にさせちゃってごめんなさい」
「はぁ……こいつの勘違いだっつーの。真に受けんじゃねぇ」
「ううん、そんなことない。だって、カルロス必死だったもの」
「……」
こんな時にレオンの頭が欲しいと思う。
あいつなら上手くマリーを慰めれるだろうが、生憎俺はそんな口達者じゃねぇ。
ぽりぽりと頭を掻きながら、俺はマリーから視線を外す。
「あ~、じゃあ、飯おごれ」
「えっ?」
「それでチャラにしてやるよ」
「……ふっ。分かったわ。何でも好きなものおごってあげる。もちろんネネにもね」
「よ、よろしいのですか?」
「当たり前じゃない。ここまで付き合ってくれたんだもの」
表情がここに来る前よりもスッキリしてやがる。
本当の意味で心のしこりが取れたんだな。
「ありがとね、二人とも」
……たまにはこんな表情を見るのも悪くねぇな。
穏やかな表情を見せるマリーと嬉しそうな顔をするネネと共に、俺は雲一つない空の下ゆっくりと歩みを進めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます