第179話 終結


 みんなの視線がエクシエさんに移る中、彼女は表情も変えずに話を続ける。


 「何かしら情報を手にしている可能性があっても、それはあくまで可能性の話。確証できる証拠も不十分な上、レオンの仲間である彼女にこれ以上追及する必要はないかと考える」

 「……エクシエ、それはマスターが考える事ですわ」

 「無論、結論はマスターに一任する。ただ、私はこれ以上話を長引かせても、押し問答になるか、彼ら<魔の刻>がこの国を出るかの二択しか想像できない」


 俺は流暢に話すエクシエさんを見て、ただただぽかんとしていた。

 何故なら、スカーレッドの情報を知り得たいのは、他でもないローゼリアだと思うからだ。


 クライスナーと縁のあった商人一家が殺された。

 その事にローゼリアは激怒していた。

 なので、彼女は地の果てでもスカーレッドを追い続けると思っているのだが……


 「……ローゼリアはどう思う?」


 俺と同じ思考なのか、マスターはそう話を振る。


 「……それは私の一存で決めてもよろしいということでしょうか?」

 「いんや? 意見を聞きたいだけだ」

 「……」


 ローゼリアがちらりと俺に視線を向ける。


 正直、エクシエさんの案を否定するかと思っていた。

 それも即答で。

 ただそうしないのは、彼女が私情ではなく冷静に考えて言葉を選んでいるからなのだろう。


 「……本当ならば、クライスナー家の次期当主としてミリカちゃんに話を聞くべきなのでしょう」


 俺を見据えながら、ローゼリアは言葉を続ける。


 「ただ、もう彼らの無念は晴らしました。それだけで正直満足していますの。それにわたくしはスカーレッドのことを憎んでおりませんわ」

 「えっ? そうなの?」

 「えぇ。商人一家の件はスカーレッドに罪をなすりつけようとした別の山賊ですし……ってレオンが話していたじゃない」

 「まぁそうだけど……間接的にスカーレッドも関わっていたから」

 「……スカーレッドが現れてから、賊による被害が大幅に減ったと聞かされれば……怒りなんて湧いてきませんわ」

 「……え? そうなの?」

 「……はぁ。貴方が時折間抜けに見えますわ」


 残念そうに俺を見るローゼリアから視線を外し、マスターを見る。


 「本当のことだ。スカーレッドが現れてから、賊による被害はほとんど無くなった。村同士の争いもあったようだが、幸い死者は出ていない」

 「……なるほど」


 マリーはこの事を知っているのだろうか?

 もし知らないのならば、命を失った者がいるとは言えど、救った命も大勢あると教えてあげよう。

 そうしたら多少罪の意識も軽くなるはずだ。


 「レオン君、僕の方からも聞いていいかな?」


 そう言葉にしたルイスさんは、間を持たせずに続ける。


 「直感で構わない。スカーレッドが達成した目的がランド王国に何かしら被害を与えるのか、そして、再び山賊を集め犯罪組織を再度結成する可能性はあるのか……君の意見が聞きたい」


 キラキラとしているルイスさんは真剣な表情で俺を見つめている。

 ルイスさんは善人の中でも特に心優しい人である。

 罪を犯した者にも自分のことのように寄り添い、殺しは極力避けるような人間だ。

 そんな人が今案じているのは、きっとランド王国で暮らす民のことだろう。


 俺は真剣な眼差しを送るルイスさんに決然として答える。


 「二つとも無いと思います。でも万が一そのような事が起きれば……今度は必ず俺が捕まえます。それは約束しますよ」

 「……うん、それだけ強く言ってくれるのなら安心だ」


 ルイスさんはそう言って、にこっと微笑んだ。

 危ない危ない。

 俺が女の子だったらやられているところだ。


 「ふむ、では、そうなった時にはレオンが必ず対処する、ということで良いかな?」

 「はい。任せてください」


 俺は何の迷いもなくマスターに返事をした。


 「よし、では、スカーレッドの件はこれで終いとしよう。事後処理は私に任せてくれ」

 「分かりました。あとマスター……できれば、ミリカと友達? でいてほしいんですが……」

 「ん? 別に今回の一件でミリカに対する態度が変わったりなどしんよ。今までの実績は本物であって、スカーレッドの情報を知っているというのはただの憶測でしかないからな」

 「そうですか。なら、良かったです」

 「うむ……それにしても、一回り年下の友達……か」

 「あっ、それはただミリカが言ってたことで……」

 「……悪くないな」


 ふ、ふむ。

 マスターの友達ってあんまり聞いたことがないけど……いや、これ以上踏み込むのは止めよう。

 絶対に面倒な事になる。


 そんな事を思っていると、


 「話は終わったようですし、わたくしたちはもう行きますわ」


 そう言ったローゼリアは立ち上がる。


 「うむ。ご苦労だった。もうクライスナー領に戻るのか?」

 「はい、これ以上長居をしてもすることはありませんし、あちらでやることが沢山ありますので」

 「そうか。では、<光銀の庭>のマスターによろしく言っておいてくれ」

 「はい、伝えておきますわ」


 ローゼリアがマスターに返事をすると、エクシエさんとルイスさんも立ち上がる。

 その様子を見た俺は、ローゼリアに向けて口を開いた。


 「いつ頃ここを出発するの?」

 「ん~、わたくしは今日でも構いませんが……」

 「問題ない」

 「僕もそれでいいよ」

 「では、そうしましょう。それとレオン、貴方に渡したい物がありまして……エクシエ?」


 ローゼリアに呼ばれたエクシエさんは、その意図が伝わったのか、魔法鞄マジックポーチの中に手を入れて、ごそごそと何かを探している。


 渡したい物って……変な魔道具とかじゃないよな?


 前科があった為、少しだけ警戒する俺に対して、エクシエさんは魔法鞄マジックポーチから取り出したとある物を差し出した。


 「えっ……これって伝魔鳩アラート?」

 「そう、有事の際いつでも連絡が取れるように、<魔の刻>も持っておくべき」

 「あ、ありがとうございます」


 俺は小さな鳥を模して作られている伝魔鳩アラートを受け取る。

 何度かマスターが目の前で使っていたのは見たが、自分が使用したことは一度もない。


 「えっと、これってどう使えば……」

 「手紙を渡す相手の顔を思い出し、伝魔鳩アラートに取り付けてある羽ペンで伝えたい内容を記す。その後、そのくちばしに手紙を置けば、防御結界が発動し、相手の元に届くという仕組み」

 「なるほど……相手の顔を思い出しながら書くと……それって要するに、知り合いにしか手紙を出せないってことですよね?」

 「最初だけはそう。二度目に関しては相手の顔を思い出さずとも、名前が分かるだけで手紙が届くようになっている。ちなみに、それは伝魔鳩アラート自体に登録されている為、差出人が他の者でも問題ない」

 「へ~、それはとても便利だ」


 俺はエクシエさんの説明に、一人感心しながら頷く。


 つまり、俺が顔を知っている人に伝魔鳩アラートを一度送れば、素顔を見たことのない<魔の刻>のメンバーも名前だけで手紙を送ることができるということか。


 ……エクシエさん疑ってごめんね。

 また恐ろしい魔道具を俺に押し付けるかと思っていたよ。


 心の中で謝る俺に対して、マスターがふと口を開く。


 「ちなみにそれは白金貨五枚分の価値があるぞ」

 「えっ!? は、白金貨五枚!?」


 先程の感心が吹き飛ぶほどの衝撃に、俺は口を閉じることができない。


 Aランクに指定されている獅子蛇キマイラ一匹分で金貨二枚。

 白金貨は金貨百枚分の価値がある為、この魔道具一つで俺は、獅子蛇キマイラを二百五十匹倒さないといけないことになる。

 ちなみにSランク冒険者に指名依頼を出す場合は、最低金貨三十枚ほど必要になるが……


 いやいや、こんなの気軽に渡していい物じゃないだろ。

 そりゃ世に普及されないわけだ。


 愕然とする俺に、黙って聞いていたローゼリアが口を開く。


 「有難く受け取っておきなさい。それは今回のお詫びよ」

 「……ローゼリアは伝魔鳩アラートの制作において、何もしていない」

 「エ、エクシエ!? そ、それは今言うべき事ではないわ!」


 <三雪華>のリーダーである威厳を見せつけたかったのかもしれないが、エクシエさんの言葉により大きく動揺するローゼリア。


 お詫びって、俺を疑ったことだろうか?

 だとしても、高価すぎて少し……いや、だいぶ躊躇ってしまう物だが……


 「えっと……」

 「あまり気にしないでいい。ローゼリアが言ったように、それはただのお詫びだから」

 「……」

 「では、こう言った方が納得できる? 私たちは白金貨五枚分よりも<魔の刻>との親交を深めた方が、今後の為になると考えた」

 「……そういうことなら、有難く受け取っておきます」


 これだけ言ってくれているのだ。

 素直に受け取らない方が無礼になってしまう。


 俺は手に持った伝魔鳩アラート魔法鞄マジックポーチの中へと入れる。

 すると、その様子を見たローゼリアは落ち着きを取り戻したのか、ごほんっと一つ咳払いをして優雅に深々とお辞儀をした。


 「では、マスター。お元気で」

 「うむ」

 「それに、レオンも。あっ、後お見送りとかはいりませんわ。別れが少し寂しくなってしまいますので」

 「寂しいって……やけに素直だね」

 「レオンのことじゃなくてよ? レティナやミリカちゃんのことを言っていますの」

 「あっ、そうですか……」


 俺が素っ気なく返事をすると、ふふっと鼻を鳴らすローゼリア。

 そして、ご満悦な表情を浮かべた後、背を向けてギルドマスター室から出ていった。


 このさっぱりした感じ……ローゼリアらしいな。


 「では、僕も失礼します。レオン君またね」

 「は、はい」


 手を振るルイスさんに軽く頭を下げると、ローゼリアの後を追うように出ていく。


 今回はあまり話せなかったが、いつか手合わせしたい。

 ……いや、やっぱり世間話にしておこう。

 闇魔法を行使できない状況なら、勝敗は分かりきってるし……


 そんな弱気なことを思っていると、最後に残ったエクシエさんは二人が出て行ったのを確認してから、俺の耳元で囁いた。


 「レオンの顔、依然とは別人のように見える。もしかして、あの件は解決した?」


 ……俺はみんなに心配かけてばかりだな。

 それが最近になって痛いほど感じる。


 「解決はしていませんが、色々と受け入れることができました」

 「そう、なら良かった。何かあったらまた連絡してほしい。いつでも協力する」

 「分かりました。ありがとうございます」


 マスターには聞こえない小声でそう話し合うと、エクシエさんは柔らかな表情を浮かべたのち、そのままギルドマスター室を後にした。


 なんだあの表情……初めて見たぞ。


 最後のエクシエさんの表情に少しだけ見惚れてしまった俺に、


 「……なんの話だ?」


 マスターが怪訝そうな顔で聞いてくる。


 「えっと、明日の天気の話ですかね」

 「ふんっ、そうか」


 そっぽを向くマスターに、俺は頬をかいて苦笑いを浮かべた。


 ここ三年間で一番の大騒動になったスカーレッドの事件。

 それもようやく終わりを迎えた。

 スカーレッドこそ捕らえることができなかったが、最低条件であったフェルとポーラを保護することができ、マスターもとりあえずは安心しているだろう。

 そして、スカーレッドをもう一度捜索するという事もなさそうだ。

 何故なら、闇雲に探したところで時間の無駄でしかないのをマスターは理解しているからである。

 ただ、マスターとは別に第一騎士団に関しては、それを理解せずに人生の貴重な時間を使ってまで捜索するだろうが、どうせ彼らが動いたところで真実には到底辿り着かない。

 つまり、マリーがスカーレッドだと暴かれることはもうないということだ。


 ふぅと一息入れた俺は、立ち上がる。


 「じゃあ、マスター。俺ももう行きますね」

 「あぁ、レオンもご苦労だったな。これで君に頼りそうな依頼は一旦無くなった」

 「おお、それは良かったです」

 「まぁ、君が日ごろから依頼を受けてくれるのなら、助かるんだがな~」


 冗談めいた口調でそう言葉にするマスター。

 その答えなんて一つしかない。


 「考えておきます」

 「ふっ……そうか」


 返答を分かりきっていたのか、マスターは微笑する。

 そんな俺も釣られて笑みを浮かべ、


 「では、失礼します」


 と頭を下げてから、ギルドマスター室を後にした。


 一時はどうなるかと思ったが、結果的に上手くいって良かった。

 いつもより問い詰められなかったのも、フェルとポーラのおかげだろう。

 二人には感謝の気持ちでいっぱいだ。


 そんな事を思いながら<月の庭>を出ると、あまりの解放感に、う~んと身体を伸ばす。


 このままもちろん拠点に帰るつもりだが……読み聞かせ勝負まだやってるかな?


 肩の荷が下りた俺は軽やかな足取りで、大切な仲間のいる拠点へと帰るのであった。

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