第178話 終結に向けて
「ふぅ……一旦休憩するか」
西の森を無意味に調査してから、数時間。
俺は木陰で腰を下ろし、気持ちのいい風を浴びる。
このまま夕方頃まで寝てもいいけどな。
マスターと交わした期日は今日までだ。
一週間の間にフェルとポーラを救い出すこと、そして、スカーレッドを捕縛すること。
この二つを解決しなければ、ミリカが共犯の罪で捕まってしまう恐れがあるのだが、フェルとポーラはもう保護されているはず。
残るスカーレッドに関してはもう誤魔化しを用意しているので、何も心配はない状況なのだ。
でも、もし他の冒険者が俺の寝てる姿を見てしまったら……確実に面倒なことになるな。
それをマスターに報告しなければ何も問題はないが、報告した時に何故そんなに悠長にしていられた、という疑問が浮かぶはず。
マスターなら更に、この件は俺が一枚噛んでいる、とまで予想するだろう。
ふむ。
まぁ、今日で終わりなんだから、最後まで頑張るか。
穏やかな森の空気を浴びて、俺は、ん~と身体を伸ばす。
……みんな今頃大盛り上がりなんだろうなぁ……誰が今、最下位なんだろう。
俺の予想は圧倒的にカルロスだと思うんだけど……
そもそも絵本の読み聞かせ勝負って……………楽しそうだなぁ。
心地の良い風がまるで一人じゃないよ、と言ってくれているような気がする。
まぁ正直な話、寂しい気持ちがあるとはいえ、みんなが拠点で一緒に居てくれるだけで安心する。
マリーが無理して出かけても、魔力を失ったレティナが調査に行っても、そわそわするだけだ。
それに俺が拠点から出発する際、みんながわざわざ外まで出て見送ってくれたことだけで、満足している。
暇だからどっかの洞窟でも行くか。
俺はそう思い、腰を上げる。
その時だった。
「……えっ」
ひらひらと舞う手紙が、俺の目の前に届く。
まるで目と目が合っているかのような状況に、俺は少しだけ冷や汗を掻いた。
手紙の柄からして<月の庭>からの
すーはーと俺は一度深呼吸をしてみる。
こんなことで動揺することはない。
俺はそう自分に言い聞かせて、そっと
防御結界が砕けると共に、手紙の中身を確認すると、
<レオン・レインクローズ。至急ギルドマスター室まで来るように>
いつも通りの一文が掛かれていた。
……大丈夫。
おそらくフェルとポーラのことだろうが、俺は何も知らなかった
うん、絶対に大丈夫だ。
俺はそう心を落ち着かせた後、少し早足で<月の庭>を目指すのだった。
コンコンッ
「入れ」
マスターの端的な返事を聞き、俺は扉を開ける。
「失礼します」
俺はギルドマスター室に入ると、そのまま空いているソファに座った。
……<三雪華>もいるのか。
これも想定通り。
俺にだけ
「あのマスター、時間がない俺をわざわざ呼んだ理由はなんですか?」
少し苛立ち気味にそう言葉にする。
もちろん内心は穏やかだ。
「あぁ、報告することがあってな」
「報告?」
「……マリン王国のフェルとポーラが警備隊によって保護された」
「っ!? ほんとですか!?」
さも初めて聞いたかのように、前のめりでマスターを見つめる俺。
「……本当だよ」
「ふ、二人とも怪我とかはしてないんですよね?」
「あぁ、特にこれといって外傷もないようだ」
「はぁ……良かった」
ほっと胸を撫でおろしながら、俺は浮かせた腰を再び下ろす。
「ちなみに、スカーレッドは?」
「聞くところによると目的を達成したようでな。二人を解放した後、何処かへ消えたそうだ」
「なるほど……」
俺は顎を触って思考に耽る振りをする。
今のところ演技は完璧なはず。
後はミリカの件をどうするかだが……いや、まだ急ぐべきことじゃない。
もっと自然な流れで会話を持ってこう。
「その目的って結局何だったのか分かったんですか?」
「不明だ。囚われていた二人も知らない……と」
「……ふむ」
俺は眉間に皺を寄せて、ふと<三雪華>の方に視線を向けた。
……どうしてこんなに見られているんだろう。
ローゼリア、エクシエさん、ルイスさん、その全員が全員マスターではなく、俺を観察しているようにじっと見つめている。
そんな中、マスターが口を開く。
「レオン、一応聞かせてほしいのだが、昨日も一日中調査をしていたのだろう?」
「はい、そうですね」
「それは西の森でか?」
「南西までですかね。西の森は先程まで調査していました」
「……何か気になることはなかったか?」
「いえ、ありませんでした」
「ふむ、なるほど」
腕を組み、訝し気な表情を浮かべるマスター。
何かおかしなことでも言ったか?
そんなことを思うも、俺は表情には出さずにマスターからの言葉を待った。
すると、
「……おかしいな」
俺の反応を見るように一言呟いたマスターは、言葉を続けた。
「昨日南西の森を調査していたというのに、あの光に気づかなかったのか?」
「あの光……?」
「西の洞窟から放たれた眩い光のことだよ。君が近くに居て、気づかなかったはずがないんだが?」
もしかしてマスターは、レティナから放たれた光のことを言っているのだろうか?
そんなの森の中に居たんだから、気づくはずがないじゃないか。
「えっと、マスター? 自分が昨日調査していたのは南西の森ですよ? そんな西の洞窟から放たれた光に気づけるほど、自分の目は良くないですが……」
「ほう? その光は王都まで届いたというのに、まだそんな言い訳をするのか?」
「……へ?」
俺は思わず間抜けな声を出す。
今まで取り繕っていた真剣な表情なんて、跡形もないほどに滑稽な顔をしているに違いない。
いや、あの光ってそんなに強い光だったの!?
予想外のマスターの言葉に動揺が止まらない。
意識を失っていたとはいうものの、王都まで光が届いていたなんて想定していなかったからだ。
…………これは詰んだ。
変な汗が湧き出ていく。
衣服がぐっしょり濡れる程だ。
そんな様子で何を言っても信じてもらえるわけがない。
俺は恐る恐るマスターからローゼリアに視線を移す。
「……本当に気づかなかったの?」
半ば唖然として、俺の顔を見るローゼリア。
ん……?
どうしてそうなるんだ?
「この表情……レオンは何も知らなそう」
「確かに演技ってわけじゃなさそうだね。それにそんな分かりきった嘘をレオン君がつくとは思えないな」
エクシエさんとルイスさんも何故か俺の反応を見て、そう言葉にした。
「レオン……?」
「えっ、は、はい」
「……はぁ。本当に気づかなかったんだな」
えっと、もしかしてこれって……言い逃れできそうな感じ?
ほんの少しだけ余裕が出てきた俺に対して、マスターがやれやれと首を横に振る。
「では、何故気づかなかったのか教えてくれ」
「本当に言いづらいんですけど……多分その時は意識を失っていました」
「……」
マスターが俺を見定めるように見つめる。
だが、これが事実なので俺はなんの動揺もなくマスターを見つめ返した。
すると、
「……冒険に行かなくなったのもそれが理由か?」
「えっ?」
「……いや、なんでもない」
マスターが<三雪華>をちらりと見て、口を閉ざす。
あぁ、そういえばマスターと前に少し話したな。
俺が冒険に行かなくなった理由について。
二つあるうちの一つは、何かが足りないと感じる感情。
もう一つはその時頭痛が起きて話すことができなかった黒い感情の事だが、マスターはどうやら俺が突然意識を失うことがあるから冒険に行かなくなった、という勘違いしているようだ。
(……聞かせてくれないか? 私はギルドマスターだ。貴族の連中にも騎士団にも……誰にも言わないと誓う。もちろん<魔の刻>のメンバーにもね)
あの時の誓いを守ってくれているマスターは言葉に悩んでいるようで、話がそれ以上進まない。
……本当に信頼できる人だな。
なのに、俺は……
「……違いますよ」
「……え?」
「それが理由ではありません」
そう自然と言葉に出た俺に、マスターは目を丸くさせている。
これ以上心配を掛けさせたくないと思ってしまった。
このまま勘違いをしてくれれば、それで納得してくれたというのに。
「……すみません。俺はもう大丈夫ですよ、だから、何も気にしないでください」
真摯なマスターに俺も真摯に答える。
では、どうして気を失ったのか、と問われれば、正直なところまともな言い訳は思いつかない。
あるとすれば、疲労が急にきて…… という疑われてもおかしくない言い訳くらいだ。
ただそれでも、俺は後悔なんて少しもしていなかった。
逆にスッキリした気分になっている。
そんな曇りのない表情をする俺を、マスターは目を大きく見開いて見つめていた。
そして、表情をふっと切り替えたかと思えば、安心するように微笑んだ。
「そうか……なら、良かった」
マスターは三年前の事を知らない。
レティナ、カルロス、マリーにしか記憶に無いのだから。
だがそれでも、約二年間の間、冒険者として活動してきた俺を見てきたのだ。
急に冒険に行かなくなった俺のことをずっと心配してくれていたのだろう。
俺の言葉に心底ほっとした表情を浮かべている。
……やっぱり言って良かったな。
次に出る言葉が少し怖いけど……
そう思っていると、ごほんっと一つ咳払いをしたマスターはいつも通りのきりっとした表情に戻り、口を開いた。
「うむ。まぁ、少し私情を挟んでしまったが、レオンが意識を失っていたことにとやかく言うつもりはない。嘘をついているようにも見えなかったのでな」
ふむ。
もっと追及されるかと思っていたが……
偽りのない素の反応が逆に良かったのかもしれない。
<三雪華>もマスターの言葉に納得しているのか、口を挟む者はいない。
「う~む。それにしてもレオンが知っていないとなると……スカーレッドの手がかりは皆無だな」
「えっと……ちなみに聞いていいですか?」
「なんだ?」
「その西の洞窟って誰か調査したんですか?」
「あぁ、もちろん。冒険者と騎士団が調査に向かい、萎れている大量のホワイトフラワーを見つけたんだ。おそらく何かしらの魔法で、ホワイトフラワーを使用し、光が放たれたのだと考えている」
「……なるほど。なら、そこがスカーレッドの住処だったのか。でも、よく分かりましたね。その洞窟から光が放たれたって。王都まで届いたと言っても、場所自体詳しく掴めなそうなのに……」
「あぁ、それはな。その洞窟の近くにある村の住人たちが避難も兼ねて、皆で報告してくれたからだよ。魔物が湧くようになった洞窟から急に光が放たれたと」
「みんなで……ですか、ふむ」
……なるほど。
そういう理由で村には誰も居なかったのか。
水神様の洞窟から出る際、まず考えたのは誰かが待ち伏せしているということだった。
俺たちがどのくらい意識を失っていたのか見当もつかなかったからである。
話し合いの末、一度マリーを降ろし俺一人で洞窟から抜け出したのだが、そのような者は
あの時はただ運がいいと思っていただけだったが、どうやら理由があったみたいだ。
一人だけ納得する俺は、ここしかないと話を切り出す。
「……スカーレッドの居所が掴めないなら、おそらく捕縛することは難しいでしょうね」
「はぁ……そうだな」
「……マスター、ミリカは何も知らないと言っていました。何度聞いても……同じことの繰り返しで」
「……ふむ」
マスターが両肘をテーブルにつき、思考に耽る。
どんな事を考えているのかさっぱりではあるが、良い回答を期待するしかない。
緊張感が走る静寂の中、ふと黙っていたエクシエさんが、
「共犯の罪には問えない」
そう言って静寂を打ち破るのだった。
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