第139話 仇討ち②
あぁ、最高だ。
こんなにも愉悦を感じれるとは思いもしなかった。
「ぎゃああああああ」
「ははっ。苦しそうだね」
もうこうして何人目かなんて数えてもいない。
ただ分かるのは、残りは豚含め五人ということ。
「て、てめぇぇぇぇ!」
「君は最後なんだから、黙って土でも舐めてなよ」
もう何度目か分からない豚のお腹に剣の鍔を突き立てる。
このお腹へこまないかなぁ?
「ぐはっ……おえっ」
苦悶の表情を浮かべた豚は、俺の前で膝から崩れ落ちた。
「さぁ、後四人。かかってきな」
「お、お前っ、さっき言っただろ……」
「何を?」
「一瞬で楽にさせるって……」
「そんなの知らないな」
「な……なんで……」
ガタガタと震えている一人の白仮面。
この現状でまだ声を出せるなんて余程肝が据わっている。
残りの三人などもはや敵対する意思もないし、ただただ無様に泣いているだけなのに。
まぁ、そうなるのも仕方がない話。
俺はそもそも一瞬で楽にさせる気はなかった。
影の闇魔法をその目で見たのだ。
言葉で楽にさせると言えば、誰もがあのような思いをすることなく、死に逝けると錯覚する。
そこには希望の光では無いにしても、安楽への渇望が瞳に宿っていた。
それを壊すのは大変気持ちの良いものだった。
襲い掛かってくる白仮面を死なない程度に斬り、
身体による痛みか、内部による痛みか……
どちらにしても叫び声を上げながら、絶命していった白仮面たちはとても愉快なものだった。
「うっ……うう!」
「おっと、自害はダメだよ。反則でしょ?」
「し……しなせでっ……」
「……もうしょうがないな」
「い、いや……だ……や、やめで……やめ! ぎゃああああああ」
お望み通りに放り投げたのに……酷いなぁ。
まるで埃を取るように、手をぱんぱんと叩いた時、
「ぶっ……ひゃひゃ」
醜い笑い声が聞こえた。
「何やってんの?」
振り向いた俺は、目の前の光景に首を傾げる。
「この魔法を解きやがれ! さもなくばこいつを真っ二つにしてやる!」
豚は少女のお姉ちゃんの髪を掴み、興奮気味にそう言う。
「……? 別にすれば? もう死んでるんだし」
「なっ……」
こいつは馬鹿なのか?
それが交渉材料になるとでも思ってるのだろうか。
本当にどうでもいい。
俺はただ、こいつらを苦しませーー
(レンちゃん)
「ぐっ!?」
不意に誰かに呼ばれて、頭痛が襲う。
「て、てめぇ、何のつもりだ!」
頭を抱えている俺に、豚は動揺していた。
それでいい……今はとてもじゃないが、相手をすることができない。
(レンちゃん)
とても懐かしい声が俺を呼んでいる。
この声を聞けば、気を失うほどの頭痛に見舞われる。
ただ……
(レンちゃん)
すぅーと何かが消えていくような感じがした。
「……君は誰なんだ?」
そう言葉にすると、もう声は届かなくなっていた。
先程の頭痛もいつの間にか引いている。
「て、てめぇ、さ、さっきから何を!」
「……返してもらうよ」
「あぁ?」
地面を蹴り上げ、豚との距離を詰めた俺は、腕を切り、そのままお腹に剣を突き刺した。
「ぐ……はっ」
目を大きく開け、口をパクパクとさせた豚は苦悶の表情を浮かべて後ろに倒れ込む。
その様子に、はぁとため息をつく。
理性が黒い感情に持ってかれ、冷静ではいられなかった。
あのまま豚が血迷っていたら……
そう考えると、少しだけぞっとする。
「うっ……ううっ」
泣いている白仮面たちに同情の余地はない。
ただ……彼らを苦しめるのはもう十分だろう。
そう思った俺は彼女を抱きかかえ、
そうして空洞の出入り口まで歩き、
「
と、最後の魔法を唱えた。
後ろの空洞が崩壊する音を聞きながら、俺は彼女の亡骸と一緒にその洞窟から脱出するのであった。
幼い頃、よく母さんに読んでもらった本があった。
一人の姫が窮地に陥り、それを颯爽と助けに駆けつける主人公の話。
それに類似したどの本も、誰かが悲劇に襲われるという展開はなかった。
俺も大人になったらこんな人になりたい……とそんな主人公に胸を焦がしたことがある。
ただ、今では現実との大きな違いに吐き気を催す。
「お姉ちゃんっ! お姉ちゃんっ!」
彼女の亡骸を必死に揺らす少女。
もちろん返答など返ってくるはずがない。
それでも現実を受け止められない少女は、ずっと呼び続けていた。
「ごめん……」
ぽつりと呟いた言葉が、少女の悲痛な叫びによって掻き消される。
<月の庭>にいる冒険者たちは事情を察したのか、一言も喋らない。
少女をここまで送ってくれた冒険者パーティーすらも、歯を食いしばってその現実に耐えていた。
「うっ……ううっ……うわぁぁぁぁん」
彼女を抱きしめて、大きく泣き出した少女に、冒険者パーティーが身を寄せる。
見るに堪えない涙が瞳から溢れ出ている様子に、俺は思わず視線を逸らした。
俺なんかでは何もしてやれない。
彼女を生き返らせることも、少女の涙を止めることも。
黙って虚空を見つめていると、ふと肩を叩かれる。
「アリサ……さん」
「レオン君。マスターが呼んでるわ……ここは任せて」
「……はい」
アリサさんの言葉に従い、俺はギルドマスター室に向かう。
マスターに呼ばれていなければ、俺はあの場で立ち尽くしていただろう。
少女が泣き止むまでずっと……
ギルドマスター室の前まで辿り着き、一度深呼吸をした俺は、トントンと扉をノックする。
「入れ」
その返事を聞いた俺は、
「失礼します」
と、扉を開けて入室する。
「座れ。話は聞いている」
いつもと代わり映えしないマスターの表情と声色。
それに少しだけ安心する俺は、ふかふかのソファに腰を下ろした。
「レオン」
「はい?」
「まず、最初に言っておく。あれは君のせいではない」
きっとアリサさんに事情を聞いたのだろう。
言葉にできない俺に、マスターは続ける。
「仕方がなかった……など言いたくはないが、その言葉通りなんだ。行方不明の捜索依頼も来てなければ、あの少女がこの王都に来たのも数か月ぶりらしい……だから、君が気に病むことはない」
マスターは俺を真剣に見つめていた。
そうは言っても、もしも昨日に俺が動いていたら……助けられた命かもしれない。
仮にやもしもの話を今したところで、何の意味もないことは分かっている。
ただ、あの少女は信じていたんだ。
(レ、レオンさん。お姉ちゃんのこと頼みました!)
少しの疑いもなかったあの声色を思い出すと、やるせない気持ちが沸々と湧いた。
「レオン。彼女の犠牲を無駄にしてはいけない。分かるな?」
「……はい」
「では、報告を頼む」
いつまでも引きずっては話が進まない。
拳をぎゅっと握り、気持ちを切り替えた俺は、今日あった出来事を事細かに話し出すのであった。
「ふむ。つまり、スカーレッドの住処は増殖した森にあると?」
「はい。そうだと思います。ちなみに、依然捕まえた白仮面たちの住処って……」
「なんの変哲もない森の中だよ」
「なるほど……」
「それにしても、レオンでも見つけられなかった高度な隠蔽か……厄介だな」
マスターが顎に手を添えて、思案気な表情を浮かべる。
「俺が見つけられたのも、たまたまあの少女と出会ったからです」
「ふむ」
「洞窟が消えたとかの話って、マスターは聞いていました?」
「初耳だな」
「そうですよね……」
<月の庭>や騎士団が魔物も出ない洞窟を全て把握しているわけではない。
一つ一つしらみつぶしに探していくしかない現状だが……一体どうやって……
その時、ふと思い出したことがあった。
「そういえば……あの洞窟の扉、なんかおかしかったな」
「ん? それはどういう?」
「いや、扉を斬った時に音がしたんですよ。何かが割れるような……」
「ふむ」
「その時はあまり気にしなかったんですけど……」
あの音は今にして思えば、あまりにも異常だった。
まるで何か結界を崩壊させたようなそんな音。
「捕縛した白仮面は何か言っていたか?」
「い、いえ。聞くのを忘れていました」
「なら、聞けばいい。そいつらは今どこにいる?」
「え……っと」
岩に埋もれています。
なんて口が裂けても言えない。
「まさか……全員殺したわけじゃあるまいな?」
キッと眼光を光らせるマスター。
いや、察しが良すぎるだろ……
俺は顔を背けることしかできない。
「レオン……?」
「……」
「お前……」
「いや、あの時はその……限界だったというか、もう目に入れたくなかったというか……」
「……」
「……本当にすみません」
一言で言うのであれば、やらかした。
あの時に俺がもっと冷静になっていたらと考えるが、後の祭りだ。
これじゃ怒られても仕方ないと頭を下げる俺に、マスターは深いため息をついた。
「はぁ……まぁ、いい」
その言葉に思わず顔を上げる。
「えっ?」
「私も力があれば……同じことをしていたかもしれん。だから、レオンを責める気にはなれんよ」
瞳を通して軽く笑うマスターにドキッとしてしまう。
俺が女の子なら今頃抱きついているだろう。
それほどまでにマスターが格好良く見えた。
「本当にすみませんでした」
「構わんから、もう謝るな」
「……はい。マスター、白仮面からもう情報を聞き出せないですけど……住処を見つけれる簡単な方法はあります」
「なんだ?」
俺は感じたことをそのまま口に出す。
「おそらく住処には魔法が掛かってると思うんです。俺でも分からない程、高度な隠蔽魔法が」
「ふむ」
「だから、増殖した森を手当たり次第に焼き払うなりすれば、隠蔽魔法は解かれるかと」
「なるほどな……一度試してみるのもありかもしれん」
これはスカーレッドの元へ辿り着く大きな一歩だ。
スカーレッドが望まなかった犠牲者が出たことにより、今まで以上に<月の庭>も騎士団も活発に動くこととなるだろう。
それに俺の予想が正しく、次々と白仮面たちの住処が暴かれるようなら、スカーレッドも黙っていないはずだ。
もうすぐまた会えるかもしれない。
そんな予感が俺にはした。
「レオン。長い報告ご苦労だった。森についてはまた追って連絡する」
「分かりました。では、俺はこれで」
「うむ」
ソファから腰を上げて、ギルドマスター室を後にする。
長い時間話していた為か、もう外はすっかり日が暮れていた。
そして、あの少女も彼女の亡骸と一緒にいなくなっていた。
「レオン君」
そう声を掛けられて、振り返る。
「あっ、アリサさん」
「お疲れ様」
「はい……えっと、あの子は?」
「騎士団が連れて行ったわ」
「……そうですか」
騎士団が一体何の用事で少女を連れて行ったのだろうか。
そう疑問に思う俺に、
「レオン君、じゃあまたね」
とアリサさんは手を振り、<月の庭>から出て行った。
もっと追求したかったが、仕事終わりの彼女を引き止めるのは申し訳ない。
そんな俺も<月の庭>から出て、街の大通りを歩いていく。
まだ日が暮れてすぐということもあって、街の人たちは生き生きとしている。
そこには悲しみに満ちた表情をしている者など一人も見当たらない。
あの少女は今もなお泣いているのだろうか。
そんな事を思うと、胸が張り裂けそうになる。
「……早く帰ろう」
ぽつりと呟いた俺は、拠点のみんなの顔が見たくて、早足で帰路に就くのであった。
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