第138話 仇討ち
剣を鞘に納め、俺はその空洞へと無防備に足を踏み入れる。
「あぁ!? なんだてめぇ!? 前に居た奴らはどうした!?」
「はぁ……たまには歓迎してくれてもいいのに……」
皆が皆、同じ反応でどんよりとしてしまう。
その空洞には約三十名程の白仮面たちが集まっていた。
それでもなお、快適に過ごせる空間だ。
出入口は俺が入ってきた穴だけのようで、辺りを見回しても他に抜け穴らしき場所は見当たらない。
これはいいね。
にやりと口角を上げた俺に対して、有象無象たちが騒ぎ出す。
ただ、一人を除いて。
「その眠ってる人が、ドッゴで合ってる?」
ぐが~ぐが~、といびきを立てて眠っている者。
白仮面たちの反応を見れば、どうやらその通りのようだ。
「俺の質問に答えやがれ!」
「あぁ。あいつらならそこの人と同じで、眠ってるよ」
「ッ!? てめぇ! 魔術師か!」
その言葉によって、
「
と数人の魔術師が補助魔法を掛ける。
「ふっ、はははっ」
「な、何を笑っていやがる!」
「い、いや……ふふっ、ごめんごめん。気にしないで」
必死に補助魔法を掛けている姿。
ちょっと面白いな……何の意味もないのに。
「それよりさ? 君たちが殺した女の子は何処?」
白仮面たちは俺の言葉に顔を見合わせる。
すると、一人の白仮面が肩を揺らした。
「ぷっ。ぎゃははっ。お、お前まさか……ナイト様にでもなろうとした?」
「……」
「ざーーんねんでした。もうそいつはそこでくたばってるよ!」
白仮面が指を指す場所に視線を向けると、見たくもない光景が視界に映った。
あぁ……そっか。そうだよね。
俺はぐったりとしている女の子の側に近寄る。
「助けられなくて……ごめん」
少女が口にしていたお姉ちゃん。
年はおそらく俺と同じくらいだろう。
そのお姉ちゃんの衣服は乱れており、胸元には刺し傷があった。
脈を確認しなくても、もう生きていないことが瞳を通して伝わる。
どれだけ怖い思いをしたんだろう。
俺が後一日……せめて彼女を助けられる時に、この場所に気づいていたなら……
収まりきらない程の後悔と怒りが湧いてくる。
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
「ぎゃはは。でも、助かったぜナイト君。俺たちみんな溜まってたからなぁ?」
「てめぇはやりすぎだ」
「しょうがねぇだろ。あのクソのせいで、俺たちは待機するしかねぇんだからよ」
「だが、殺したってばれちまえば、あの赤仮面が……」
「そん時はそん時だ。ドッゴさんがまだ”使いたい”って言ってたろ。その為に綺麗にしてやったんだ。全部終わった後に、森にでも埋めればばれねぇよ」
もう無理だ。
これ以上この人間とは思えない会話を聞いていれば……
情報を出させる前に皆殺しにしてしまう。
俺は着ていた外套を女の子に被せると振り返る。
「……君たちの話を聞く限り、やっぱりスカーレッドは殺しを良しとしてないんだね?」
「て、てめぇは!? し、深淵のレオン!?」
「答えてくれないかな?」
全員が俺の顔と名前に反応して、慌てふためいた。
「ド、ドッゴさん! 起きてくだせぇ! 大変です!」
「ぐが~」
「ドッゴさん! ドッゴさん!」
白仮面が眠っている男に近寄り、大きな身体を揺らす。
すると、
「ぐが……う、うるせぇ!!」
「ひ、ひっ!」
男はそう怒号を上げながら上半身を起こした。
「俺様を起こすなんざ……覚悟できてんだろうな?」
「そ、そこ見てください! 深淵のレオンが!」
「……深淵のレオンだと?」
ぱちりと目が合い、俺はドッゴという者に手を振る。
「良かった良かった。目覚ましてくれて」
「……はっ。本物じゃねぇか」
「色々と聞きたい事があるんだ」
身体を完全に起き上がらせたドッゴは、側にあった大剣を握る。
本当に人間なのだろうかと思うほどの身長。
そして、とても柔軟には動けそうにない腹回り。
レティナの
「んで? 何しにここまで来やがった」
「まぁ、最初は調査の為だね。ここの森が増殖してるって聞いたから」
「あ~、そうらしいな」
「……君は何も知らないの?」
「知らねぇな。俺たちがここに住むようになったのはつい最近だ。そん時にはもう増えてやがった」
……やけに素直に答えてくれるな。
何か策を考えているようにも見えない。
「じゃあ、スカーレッドの本拠地は?」
「知らねぇが、多分増えた森の中にあるんじゃねぇか? この洞窟もそうだしな」
「……なるほど」
どうやらこの男は、スカーレッドを慕っていないのだろう。
恐れてもいないのが、やりとりをしていて分かる。
「彼女以外に殺したのは?」
「あいつが来てからじゃ、そいつが初めてだ。おっ、まさかお前もそっちの趣味か?」
「……黙れ」
「ぶっひゃっひゃ。そんな怒んなよ」
不快だ。
今すぐにでも殺したいほどに。
それでもまだダメだ、と自分を抑制する。
「他に知ってる情報は?」
「あ~、あの赤仮面が女ってこと以外ねぇな」
「へぇ。君は顔を見たの?」
「あぁ? 声聞いてればそんなもん分かるだろうが。きっと極上の女だ。早くやりたくて仕方ねぇ」
「そっか」
なるほど。
こいつはスカーレッドが声を変えていることに、気づいていないのか。
「最後に聞くけど、こんな事してスカーレッドは許してくれるの?」
「……てめぇには関係ねぇだろうが」
「ふ~ん」
否定もしないとなると、やはりこいつらはタブーを犯してしまったようだ。
初の犠牲者が明るみになれば、おそらくこいつらの命はスカーレッドの手によって摘まれるだろう。
だが、そんな悠長な時間を与えるつもりなどない。
有益な情報はだいぶ知り得たし、さて、どうやって殺してやろうか。
「もう終いか?」
「うん。もういいよ」
「じゃあ……死ね!!」
ずんっと地面が揺れたかと思うと、ドッゴは俺の頭上から剣を振り下ろしていた。
見た目よりも随分と速いことに少し驚く。
このまま避ければ後ろに横たわる彼女に当たってしまう。
そう考えた俺は、剣が振り下ろされる前に彼女を抱っこして中央へと避難する。
「ぶっひゃっひゃ。流石Sランク冒険者だ。動きがちげぇな」
「そりゃどうも」
「それにしても……そんな事する必要があったか?」
「そんな事?」
この豚が何を言おうとしているのか分からないが、一旦彼女を安全な場所に避難させてあげたい。
その後に……
「もう死んでんのに、よく守ろうとするな?」
「……」
「ドッゴさん。こいつもやはり同じなのでは?」
「あぁ?」
「ドッゴさんの趣味とですよ」
「ぶっ、ぶっひゃっひゃ。やっぱりそうなのか? おい、深淵」
あまりにも不快な言葉に俺の理性はもう限界だった。
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
もういいだろ。
俺はここまで抑制したんだ。
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
みんななら 「よく頑張ったね」 って褒めてくれると思う。
だから……
(殺せ!!!!!!)
「簡単に……」
「あぁ?」
「……死ねると思わないでね」
彼女をそっと地面に置き、にやっと笑みを浮かべる。
「それは……てめぇだろ!」
怒号を吐きながら襲い掛かってくる豚。
遅い。
まるで時間が止まってるようだ。
「吹き飛べ。豚が」
突っ込んでくるのろまな豚のお腹を蹴とばす。
「ぐはっ」
どんっと地響きを立てながら壁に激突した豚は、耐えきれずに血反吐を吐いた。
「がはっ……はぁはぁ……許さねぇ……許さねぇぞ!!」
「ははっ。いいねいいね」
体制を立て直した豚が、怒鳴り散らしながら向かってくる。
自分より強者と戦った経験があまりないのだろう。
俺は一直線に向かってくる豚の腹に、再び蹴りを決め込んだ。
「がっ!? はぁはぁ……て、てめえらも見てねぇで、殺れ!!」
岩壁に傍れ掛かっている豚の言葉に、はっとした有象無象が向かってくる。
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
まだダメでしょ。
ここで殺しても気持ちよくない。
もっと……もっと絶望してもらわなきゃ。
「ぐはっ」
「げへっ」
一人、二人と襲い掛かってくる有象無象に武器も使わずに対処する。
もちろん気を失わない程度にだ。
十人程捌いたあたりだろうか。
有象無象の足が止まり、豚が大きく声を上げた。
「な、何故だ!」
「……?」
「ここに揃ってるのは俺様の精鋭だ! いくらてめぇが強かろうとーー「え? これで精鋭?」
弱すぎるだろ。
まだロイの方が幾分かマシだ。
俺の言葉に歯ぎしりをし出した豚は、立ち上がり、
「くそがぁぁぁ!」
と大剣を振り下ろす。
そんなもの受け止める必要がない。
俺の剣が可哀想だ。
「くそがっ! くそがっ!」
何度振っても当たらないに決まってるのに……
それは数分の攻防だっただろうか。
ぜぇぜぇと息をする豚はもう限界のようで、肩で息をしている。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ」
その様子に耐えかねたのか、一人の白仮面が空洞の出入り口から逃げようとした。
「ははっ。逃がすわけないだろ?
「ひっ!」
「な、何だこの魔法は!?」
この空洞の出入り口から周りにかけて、黒い炎が燃え上がる。
もうこれで……誰も逃げられない。
「一応言っておくけどーー「ぎゃああああああ」
俺の言葉より先に、一人の白仮面が叫び声を上げた。
「あーあ。注意しようと思ったのに……」
叫び声を上げた白仮面は地面でのたうち回り、少し経つと動かなくなった。
その光景に笑みが止まらない。
「な、何をしやがった!?」
いつの間にか息を整えたのか、目の前の豚が声を張り上げる。
「何って……ただ、燃えただけだけど?」
「う、嘘をつけ! あいつには燃えた後がねぇ!」
「そりゃ、そうでしょ。だって、”内部”を燃やしてるんだから」
「は?」
あまりにも情けない声に笑いが抑えきれない。
「はははっ。そのままの意味だけど? 彼はまず精神から……そして、血、筋肉、臓器、脳。全部燃えたんだよ」
「なっ……」
「信じてない? じゃあ、
一人の白仮面に手のひらを見せ、魔法を行使する。
「ぎゃあああああああ」
頭と身体を抑えて、のたうち回る白仮面の元へゆっくりと歩いていく。
「どう? 燃えてるでしょ?」
「い、いだぁぁい、たずげでぇぇぇぇぇ」
「綺麗な心を持ってたら、そんな思いしなくて良かったのに」
影の闇魔法は基本的に罪人にしか通用しない。
影は自分の写し身であり、影自身もまた人なのだ。
強欲な者、私利私欲を満たす者を影は許さない。
例え、自身が滅びようとも。
そのような記述が闇魔法の文書に記載されてあった。
息絶えた白仮面を見て、俺は腰に携えてある剣を抜き、振り返る。
「選んでいいよ。地獄の苦しみを味わいたいか、一瞬で楽になりたいか」
にこりっと微笑む俺を見て、豚とその他の有象無象が息を飲んだのだった。
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