第137話 西の森②


 「お前たち何やってんだ?」


 先頭に立つ短髪の青年が不思議そうな顔をする。


 「いいところに来てくれた! この子をちょっと任せたいんだ」


 音を聞きつけてタイミングよく現れるなんて今日の俺はついている。

 これで心気なく調査できるというものだ。


 「ちょ、ちょっと待ってください! 私も行かせてください!」


 そんな俺の外套の袖を握り、少女は懇願する。


 「ごめんね。ここから先は危険そうだから……お姉ちゃんのことは任せて」

 「で、でも……」


 泣き出しそうになる少女。

 そんな悲しそうな顔されても連れて行くことは出来ない。

 多少罪悪感があるものの、俺は歩き出そうと背を向ける。

 すると、突然勢いよく肩を掴まれた。


 「ちょっと待ちなさいよ、あんた。不安がってる女の子がいるのに、それはないんじゃない?」

 「お、おい。ローズ」

 「それに初対面なのに挨拶無しって、礼儀知らずにも程があるわ」


 ふ、ふむ。

 確かにその通りだ。

 だが、今は馴れ合う時間さえも惜しい。

 この洞窟がどれだけ続いているか分からないし、少女のお姉ちゃんのこともある。


 そう考えた俺はフードをぐいっと深く被り直し、振り返る。


 「申し訳ないんだけど、時間がない。一応言っておくけど、俺はこの森の調査を任された冒険者だ。後は、そこにいる彼女に聞いて」

 「それじゃ何も分からないんだけど? 冒険者なら顔くらい見せなさい」


 はぁ。もうこうなればしょうがないか。


 俺は強気に話す彼女の言う通りにフードを取る。

 すると、俺の顔を見たみんなはぎょっとした表情を浮かべた。


 「レ、レオンさん……ですか?」

 「あぁ、そうだよ」

 「す、すみません私……生意気な事言ってしまって……あの……本当にすみません……」


 俺のことを知っていたのか、意気消沈した彼女の顔色は蒼白になっていく。


 「別に気にしないでいい。顔を隠していた俺が悪いんだから」

 「は、はぃ……」

 「それでさっきの頼み聞いてくれる?」

 「か、彼女を守ればいいんですよね?」

 「そう、後できるならその子を王都まで連れてってほしい。ここは少し危険だからね。解決次第、また話に行くからお願いできる?」」

 「わ、分かりました」

 「お、俺たちに任せてください!」


 気合の入った返事を聞いた俺は歩き出す。


 あの冒険者たちがこの森に居るということは、多分FランクかEランク辺りだろう。

 確信は出来ないが、この洞窟はおそらく白仮面たちの根城、もしくは何か重要なものを隠している場所だと思う。

 偶然にもその白仮面たちと鉢合わせになってしまったら、あの冒険者たちでは太刀魚出来ない。


 ちゃんと無事に帰れるといいけど……


 そう杞憂する俺に、


 「レ、レオンさん。お姉ちゃんのこと頼みました!」


 と期待に胸を躍らせる声が聞こえたのだった。












 「さて、どっちに行くか……」


 歩いて数分。

 俺は二手に分かれた道で立ち尽くす。


 この洞窟はどうやら入り組んでおり、あちらこちらに分かれ道がある。

 今のところは誰とも会ってないが、俺はこの場所に誰かが住み着いているという確証があった。

 何故かというと、松明で周囲一帯が照らされているからだ。

 それに食べかけの果物も道端に落ちていた。

 腐っていないところをみると、まだ時間が経ってから浅い。


 「まぁ、行き止まりならまた戻ればいいか」


 そう思った俺は歩き出す。


 (レ、レオンさん。お姉ちゃんのこと頼みました!)


 あの言葉が俺の頭から離れない。

 いくら俺がSランク冒険者であっても、救える命と救えない命がある。

 できることなら、生きててくれと願う反面、もう一日が過ぎているから……と諦めている俺が居た。

 もし少女のお姉ちゃんが殺されていたら……


 ドッドッと黒い感情が溢れ出す。


 ダメだ。今は抑えろ。まだ、確定したわけじゃない。


 なんとか平静を保ちながら、少し開けた道に出る。


 「……あれ? もしかして当たり引いた?」


 目の前には白仮面が五人。

 どうやら食事中のようだった。

 そこには少女の言うお姉ちゃんらしき者は見当たらない。


 「て、てめえ、どうやってここが分かった!?」

 「うるさいなぁ。怒鳴るなよ」


 一人の白仮面の言葉によって、他の者が立ち上がり剣を抜く。

 その遅い動作から、ただの雑魚と感じた俺は笑顔を貼り付けた。


 「君たちに質問があるんだ」

 「殺せ! こいつを今すぐにだ!」

 「で、でも……」

 「一人も二人も構やしねぇ!」

 「は、はい!」


 どうやら俺の言葉に聞く耳を持たないようだ。

 指示をする男はおそらくここのリーダー的な存在だろう。

 なら、残る奴らはいらないか。


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 黒い感情がそう語りかけてくる。


 どいつもこいつもうるさすぎるな。


 襲いかかってくる白仮面たちを見て、剣を抜いた俺は、


 「ぐはっ」


 一人の白仮面を斬った刹那、残りの三人も斬り殺す。


 「ひ、ひぃぃぃぃ」


 一瞬のうちに勝負がついたことで恐怖したのか、最後の一人はどたどたと倒れる仲間たちを置いて、無様に逃げていく。


 「ははっ」


 あまりにも滑稽な姿に思わず、つい笑みがこぼれてしまう。

 このまま遊んでもいいが……


 「はい、ちょっと止まろうね」


 逃げる白仮面との距離を詰めた俺は、そのまま足の腱を斬った。


 「い、いてぇぇぇぇ」


 足首を抑え、喚く白仮面を今にでも殺したいが、それをぐっと我慢する。


 「質問に答えろ。まず一つ目。君たちはここで何してるの?」

 「う、うぅ」

 「そっかそっか。答えないなら……」

 「ま、待ってくれぇ。 こ、答える。答えるからせめて命だけは……」


 どんな罪人も最後は同じだな。

 命乞いをしない奴なんて見たことがない。


 「うん。まぁ、いいよ」


 と俺は笑顔を取り繕う。


 「お、俺たちは赤い仮面の奴に言われて、ここに住んでいるだけだ……」

 「ふ~ん」

 「ほ、ほんとだ! ドッゴさんに聞いてみれば分かる!」

 「ドッゴ?」


 スカーレッドとネネ以外にも名はあるのか。

 それにしても聞いたことのない名だな。


 「お、おう。ドッゴさんは俺たちのリーダーだ。あの赤仮面が現れなけりゃ、俺も……くそっ!」

 「そいつは何処にいるの?」

 「こ、この奥だ」


 白仮面は逃げようとした道に指を指す。


 ふむ、良かった。

 なら、探す手間が省ける。


 「ありがと。最後に聞くんだけどさ? この辺で女の子見なかった?」

 「ッ!? し、知らねぇな……」


 視線をぱっと逸らすその行動に、黒い感情がどっと先程以上に溢れ出した。


 「足首……痛い?」

 「な、何を……」

 「君が本当のことを言えば……このポーションあげるよ。でも、このままなら……分かるよね?」

 「ひっ!」


 魔法鞄マジックポーチから出したポーションを、白仮面に見せるようにひらひらと泳がせる。


 おそらく嘘が通じないことを察したのだろう。

 白仮面は、身体を震わせて口を開いた。


 「こ、殺した……で、でも、俺は殺っちゃいねぇ!」


 殺した…………???


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 「しょ、しょうがなかったんだ! この場所を知られたからにゃ、あの赤仮面に俺たちが殺されちまう!」


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 グダグダと言い訳を並べている白仮面。

 その様子に渇いた笑いが出た。


 「……は……っは……そっか」

 「お、俺は全部吐いたぞ!? た、助けてくれ!」

 「……うん。じゃあ、このポーションあげるよ」


 指先で捕まえていたポーションを男の目の前で落とす。

 ホッと安堵するように肩の力が抜ける白仮面。


 ……本当に助かると思ってるのが、惨めで醜い。


 ポーションを受け取ろうとする白仮面を躊躇することなく刺し殺す。


 「がっ……はっ……」

 「はい、もう痛くないね」


 絶命した白仮面を見た俺は迷いなく歩き出した。



 理性が……感情が、言うことを聞かなくなってきている。

 もう少女のお姉ちゃんは生きてはいないのだ。

 一度冷静になる為に戻った方がいいのだろう。


 ……だが、一刻も早く少女のお姉ちゃんの亡骸を持ち帰ってあげたい。

 

 その想いが俺の足を進めていた。


 「全員、生きて返さない……絶対に」


 自分に言い聞かせるように言葉を発する。

 そのまま歩き続けていると、どうやら最奥らしき広々とした空洞が見えた。


 さぁ……血祭りの開始だ。

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