第136話 西の森
「おはよう、みんな」
ダイニングに顔を出した俺を見て、朝食を取っているみんなが驚いた表情をする。
いつもは昼過ぎに起きる俺なのだが、今日は早起きして朝から調査に出掛けようと思っていた。
どれだけ時間を要するのか分からないからだ。
「早ぇなレオン」
表情を元に戻したカルロスは、朝食を再び取り始める。
「まぁね。レティナ、俺の朝食って……」
「もちろん作ってるよ。ちょっと待ってて」
「うん。ありがと」
レティナが立ち上がり、キッチンに向かう。
テキパキと動くレティナに感謝しながら、俺は自分の席に腰を下ろした。
「それにしてもレオンちゃん……随分と気合入ってるじゃない」
「今回に関してはね」
「ふ~ん」
普段より少し素っ気ないマリーは、朝食のサンドウィッチを頬張る。
きっと昨日のことが尾を引いているのだろう。
行かせたくないという想いがひしひしと伝わってくる。
「はい、レンくん」
「あっ、ありがと」
みんなと同じサンドウィッチにサラダ。
それを 「いただきます」 と手を合わせて食す。
レティナの料理は簡素なものでも、店並みに美味しい。
俺にはどう調理しているかなど分からないが、レティナが作ってくれているから、なおさら美味しく感じるのかもしれない。
二つあるサンドウィッチのうち、一つを平らげた時、
「じゃあ、ルナちゃん行こっか」
と隣に座っていたレティナが腰を上げた。
「うん! 今日はルナも手伝える?」
「う~ん、状況によるけど、多分大丈夫かな」
「やった! じゃあ、早く行こ~!」
無邪気に喜ぶルナは、 「みんな行ってくる〜!」 と笑顔を見せて、一足先にダイニングから出ていく。
「……レンくん」
「ん?」
「絶対無茶な事しないでね」
そう耳打ちしたレティナも、俺の返事を待たずにルナの後を追っていった。
皆が皆、俺がスカーレッドを追うことに不安を持っている。
その想いを無視しているのは、重々承知しているつもりだ。
だからせめて、黒い感情で理性が飛ばないように自制をきかせなくては。
ルナとレティナを皮切りに、他のみんなも依頼へと出かけた。
そんな俺も朝食を食べ終えると、すぐに西の森へ赴くのであった。
「ふむ。別に変わった所はないな」
俺は森の中を歩きながら、周囲を見渡す。
もう一時間程に亘り、調査をしているが、本当に森が増殖したのかと不安になるくらい何も見つけられない。
これではまるで、木々の緑や自然の香りを感じながら散歩を楽しむおじいちゃんのようだ。
俺はそれでも焦ってはいなかった。
時間はまだたっぷりとあるし、まだこの森を
すたすたと歩き、異常がないかを確かめていると、
「……またか」
俺を狙う魔物の気配に気づく。
この森の魔物の多くは、
故に、まだ魔物と戦うのに慣れていない冒険者たちにとっては格好の修行場である。
俺が調査をしている最中にも、一組の冒険者パーティーが
気配は三つ。
おそらく
そう感じた俺は腰に携えている剣を抜き、地面を蹴る。
樹木の裏で俺を狙っていた魔物を、反応すらできないほどの速さで葬る。
「やっぱり
ぴくぴくと痙攣している
「はぁ……まぁ、気長に行くかぁ」
俺はため息をつきながら、森の調査を続行するのであった。
森を調査してからだいぶ時間が経ったのか、ぐぎゅ~とお腹が鳴った。
「
俺は樹木を背もたれにして、腰を下ろす。
ほ、本当に何も見つけられない……
大方この森を探し尽くしただろう。
それでもどの木々が増えているのかなんて、さっぱりだった。
「これなら俺もミリカに付いていけば良かったな……」
ホットドッグの味を確かめるように、ゆっくりと食す。
美味しいは美味しいのだが、王都を出る際に買ったものなのでもう冷え切っている。
これがレティナが作っていたものなら、もっと美味しく味わえて、憂鬱な気分も吹き飛ばせるのだが……
数分掛けてホットドッグを食べ終わった俺は、重い腰を上げる。
弱音何て吐いたところでどうしようもない。
もっと
「きゃああああああ」
尋常ではないほどの叫び声が俺の耳に届く。
距離はあまり遠くないようだった。
声色から察するに誰かが襲われている可能性が高い。
これは……少しまずいか?
俺は一目散にその声の元へと駆け出す。
木々の間を抜けながら、剣を抜くと、
「い、嫌ぁ。止めて!」
悲痛な声で抵抗している少女が視界に映った。
その少女の周りにいる
他に潜んでいるかもしれないが、今は助けることが最優先だ。
そう思った俺は、すぐさま少女の手首を拘束している
「……え?」
助け出した少女を抱え、安全な場所に避難させると、残った
「えっと、とりあえず無事みたいだね」
驚きでぽか~んとしている少女に向けて、笑顔を装う。
「あ、ありがとうございます!」
助かったことに安堵したのか、涙を拭った少女はぺこぺこと頭を下げた。
衣服は多少乱れているが、目に見える怪我はなさそうだ。
その事実に、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「あ、貴方は王都の冒険者ですか?」
「あぁ、そうだよ」
「っ!! た、助けてください! お願いします!」
そう言葉にした少女は、また泣き出すのではないかという表情で俺に近寄った。
「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」
あまりの至近距離に動揺した俺は、少し少女と距離を開ける。
助けるって言ったって、今救い出したばっかだ。
もしかして誰かに追われてるとかだろうか?
「あっ、す、すみません。私、お姉ちゃんを探してて……」
「お姉ちゃん?」
「はい。昨日村を出て行ったっきり、帰って来ないんです」
ふむ、と俺は顎に手を当てる。
少女の見た目は、誰がどう見ても冒険者には見えない。
幼い顔立ちに似合う、女の子らしい服装。
少女の言葉を聞かなければ、この森に迷い込んでしまっただけの者に見える。
ただ……
「そのお姉ちゃんは、魔物と戦えたの?」
「は、はい。お姉ちゃんは何年も前からこの森に足を運んでいます。私も薬草採取の手伝いによくお姉ちゃんに付いていったんですけど……魔物に負けたことは一度も見たことがありません」
俺はそのお姉ちゃんがどれほど強いかなんてもちろん知らない。
何年も足を運んでいたと言っても、油断は命取りとなる。
昨日、村を出て行ったきり帰ってこないというのならば……もう手遅れかもしれない。
「冒険者さん、お願いします! 助けてください!」
「そうは言っても、手がかりとかないんだよね?」
「あります!」
「え?」
そう断言する少女は嘘をついてるようには見えない。
俺は数時間にも亘り、この森を調査していた。
その時に見つけられたのは、一組の冒険者パーティーと魔物だけ。
少女が言うお姉ちゃんらしき人物など、記憶を探ってもいなかった。
俺が探し忘れていた場所があるのか?
そう疑問に思う俺に対して、少女は指を指す。
「あそこに洞窟がありました」
「あそこって……」
「付いてきてください」
少女は草木が生い茂る場所に向かうと、立ち止まる。
「この辺りです」
そう少女が告げると、俺は周囲一帯を見回す。
何の変哲もない場所だが、本当に洞窟などあったのだろうか。
「ほ、本当にここに洞窟があったんです!」
ふむ、どうやら表情に出ていたらしい。
食い気味に顔を近づける少女に、
「う、うん。分かったから、ちょっと待ってて」
と一歩後ずさる。
お姉ちゃんのことが心配なのは分かるけど……これは……
地面を調べても辺りの木々を調べても違和感はない。
現実逃避による妄想かはたまた幻覚か。
どちらも少し悲しくはあるが、ここは騎士団に任せてーー
「ここ少し前から木々も増えたんです」
「え?」
突拍子のない発言に俺は少女に振り向く。
「お姉ちゃんと不思議だねって話してました」
そんな偶然あるのだろうか?
洞窟が消え、代わりに木々が増える。
俺が探していた場所は、少女の言葉を信じるとおそらくここだ。
もし木々が増えた事が何かを隠すためだとしたら……
「君、少し離れてて」
「は、はい」
俺は距離を取った少女を確認すると、名一杯に剣を振り上げる。
これで何もなければ……もう詰みだ。
力任せに少女が言っていた場所に剣を振り下ろすと、
パリンッ
何かが割れる音がした。
「こ、これは……」
確信があったわけではない。
なので、目の前に現れたものに言葉が出ない。
「やっぱり、洞窟があったんですね! ここにお姉ちゃんが迷い込んでるかも!」
そう嬉しそうにする少女。
洞窟の入り口には扉が立てつけられていたのか、木材の破片がそこら中に散らばっている。
扉を偽装するために、土や草を付けただけ。
そう言葉にするのは簡単だ。
だが、その土や草が見当たらないのは何故だ?
それにいくら高度に偽装したとしても、俺はこの場所を念入りに調べたはずだ。
気付かないわけがない。
「冒険者さん! 早く行きましょうよ!」
俺の後ろから顔を出した少女は、洞窟の中へと入ろうとした。
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうしたんですか?」
少女の肩を掴んで止めた俺は、嫌な予感に苛まれていた。
少女のお姉ちゃんを助けられるかもしれないが、少女を連れて行かない方がいい気がする。
だが、この森の中で一人待たせるのも危険だ。
どうすれば……
と悩んでいると、
「なんかすごい音がしたぞ!」
背後で声が聞こえ、振り返る。
「あっ、君たち……」
俺の前に現れたのは、先程
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