第135話 仲直り


 「よ、よしっ、みんな集まったね」


 帰ってきたみんなをダイニングに集めて、俺は話し始めようとする。

 だが、俺の表情に違和感を持ったのか、レティナが立ち上がっている俺に対して、不思議そうに口を開いた。


 「レンくん、どうしたの? ミリカちゃんも何かおかしいし……」

 「あ、あぁ。それは気にしないで」


 ……頼むから、触れないでほしい。


 ダイニングに集まってからというものの、ミリカは一度も俺と目を合わせようとしない。

 こんな事初めてだったので、俺はどうすればいいのか分からなかった。

 なので、今はスカーレッドの話に切り替える。


 「みんなに集まってもらったのは、他でもないスカーレッドのことについてだ。俺もマスターの了承を受けて、本格的に動くことに決まった。だから、各々知ってる情報を教えてほしい」

 「お? それならミリカが一番詳しいんじゃねぇか?」


 カルロスがミリカに向けて、話を振る。


 「……」

 「えっと、ミリカにはあらかじめ話を聞いたんだ」

 「へぇ」

 「カルロスは知ってることない?」

 「ミリカ以上に詳しい奴なんていねぇと思うぞ? それに俺とゼオはスカーレッドまで手が回ってねぇしな」

 「あっ、そうなんだ?」

 「レオンちゃん。ちなみに私もよ?」


 とマリーが俺を見る。


 「マスターに聞いたんだけど、<魔の刻>全員で、スカーレッドだけを追うのは他の依頼に支障がでるみたい」

 「……なるほど」


 他のメンバーが口を挟まないのを考えると、きっとミリカ以外誰も調査してないのだろう。

 う~んと悩む俺に、レティナが心配そうな顔を見せる。


 「レンくん」

 「ん?」

 「それって本当にレンくんが動かなきゃいけないの?」

 「まぁ、これ以上野放しにもしてられないし」

 「騎士団に任せようよ。あの人たち躍起になってスカーレッドのこと探してるみたいだから」


 その言葉から察するに、どうやらレティナは俺がスカーレッドを追うことに反対のようだ。

 昔の俺なら微塵も分からなかったその気持ちが、今なら分かる。

 きっとレティナは俺の中にある黒い感情に気づいている。

 だから、俺を行かせたくないのだろう。

 その気持ちに申し訳ないと思いつつ、俺は隣で座っているレティナの頭を撫でる。


 「心配してくれてありがと。でも、これはもう決めたことだから」

 「そ……っか」


 俺の意思はもう揺るがない。

 例え誰に止められようとも。


 もう誰も話すことがないのか、無言の時間が続く。

 そんな時、


 「……ねぇねぇ」


 ふと、ルナが口を開いた。


 「ミリカちゃんはどうして何も言わないの?」

 「……」

 「ルナ、それは……」

 「ルナ、真剣な話だと思ったから黙ってたの。でも、話を聞いてたらミリカちゃんが色々知ってるんだよね?」

 「お、お姉ちゃん」


 純粋な疑問を言葉にするルナに、ゼオは少しだけ動揺する。

 いつも見ていたメンバーなら俺とミリカの間に何かあったと察することができるだろう。

 もちろん動揺しているゼオもその一人だ。

 ただ、ルナは天然というか、純粋無垢なだけに思ったことを口に出してしまう。

 それは別に悪いことだと思わないが、この状況では……


 「何も知らない。もう寝る」


 その場から立ち上がったミリカは、すたすたとダイニングを出ていった。


 「レオン、お前一体何したんだ?」


 訝し気な表情で、俺を見るカルロス。


 ミリカが俺に誘われて、結ばれる、と勘違いした。


 そう言えば、みんなは機嫌を直す方法を考えてくれるだろう。

 だが、それを話すことはあまり良くないことだと感じていた。

 ミリカが勘違いしたことを、拠点のみんなが茶化したり、馬鹿にしたりしないのは分かる。

 元々俺の言い方が悪かったせいだからだ。

 ただ、ミリカも一応女の子。

 そんな話を広めて、いい思いがしないということは目に見えている。


 「ごめん。俺、ミリカと話してくる」


 みんなの返事を待たずにダイニングを出た俺は、最速でミリカの部屋へと向かう。


 どう話を切り出し、どう許してもらおうかなんて一切思いつかない。

 そもそも部屋からミリカが出てきてくれるかも分からない。

 ただ、それでも行くしかないのだ。

 いつも通りのミリカに戻ってほしくて。


 ミリカの部屋の前に着いた俺は、一度深呼吸をしてから扉をノックする。


 「ミリカ、入ってもいい?」


 返事はない。

 ただ、部屋の中にはミリカの気配がする。


 「……ミリカ。今更だけど聞いてほしい。まず、勘違いさせるようなこと言って、本当にごめん」


 まるで独り言のように言葉を続ける。


 「ダイニングじゃなくて俺の部屋で話を聞いたのは、もちろん理由があったんだけど……それをミリカに伝えるのは少し難しくて。でも、一つだけ覚えていてほしいんだ」


 ミリカの心に届くようにと思いを込める。


 「俺はミリカのことが大切だよ。もう家族みたいなものだと思ってる。だから、中途半端な関係を持ちたくなかったんだ……ごめんね」


 これも言い訳みたいに聞こえるのだろうか。

 一向に出てくる気配がないミリカに、また明日謝ろうと思った俺は一歩後ずさる。

 すると、突然扉がゆっくりと開かれた。


 「ミリ……カ」


 俺を見上げているミリカの大きな目から溢れ出す涙。

 それに思わず動揺してしまう。


 「ごしゅ……っじん。ごめん……っなさい」

 「な、何でミリカが謝るの? 悪いのは俺の方だよ」

 「ううんっ。ミリカ……っごしゅじんに……っ酷い対応した」

 「そんなの気にしてないって。ほらっ、もう泣かないで」


 ミリカの涙を服の袖で拭う。

 一人で部屋に戻り、冷静になって色々と後悔していたのだろうか。

 だとしたら、ミリカの感情はもう完全に普通の女の子だ。


 徐々に落ち着きを取り戻していくミリカは、俺の胸に抱きついた。


 「ミリカも……大切。ごしゅじんのこと」

 「そっか。それは嬉しいな」

 「ずっと暗かった世界。救い出してくれた……ごしゅじんは光」


 ぽつりぽつりと口に出すミリカの言葉に耳を傾ける。


 「家族。それだけでミリカ、満足」

 「うん」


 ミリカの頭を優しく撫でる。

 今だけは誰が来ても追い返してやろう。

 それくらい俺にとってこの時間は、かけがえのないものだと感じたのだった。





 あれから仲直りしたミリカと二人で、再びダイニングに戻った。

 ミリカは待っていたみんなに頭を下げ、知っている情報を全員に共有した。

 スカーレッドの依頼を受けていないみんなだが、いつかその時が来るかもしれない。

 その時に情報を知っていなければ、動きにくいだろう。

 そんな俺の言葉に納得して、みんなは真剣にミリカの話を聞いていた。


 ミリカの話が終わり、決まった方針がある。

 それはミリカが率いた冒険者たちと俺が、二手に分かれて調査するということだ。

 一緒に行動するより、そっちの方が断然効率がいい。

 だが、レティナ、カルロス、マリーは首を縦には振らなかった。

 理由は明確に伝えられなかったが、おそらく俺の黒い感情のことを心配してだろう。

 ただ、俺も俺で冒険者たちと一緒に調査したくない理由があった。


 <月の庭>の冒険者たちには申し訳ないが、スカーレッドと対峙した時に足手纏いになるという点だ。

 もちろん黒い感情を抑制できない状態になるかもしれない。

 ただ、もう逃がすのはないと自分の中で決めている。

 危険な賭けではあるが、そうしなければスカーレッドを追い詰めることができないのだ。

 三人と直接的な表現をせずの話し合いは想像よりも長引いた。

 最後には強引に納得させる形で話し合いが終わると、その日は解散となった。




 「西の森の調査か……」


 ベッドで横になり天井を見上げる。

 ミリカたちは明日も引き続き東の森を調査するらしい。

 そこはシャルたちを指導した場所の近く。

 対する俺は、真逆の西の森だ。


 森の増殖について 「分かんなかった」 と答えたミリカだったが、新たに気付いたことを話してくれた。

 それは増殖の数自体、あまり多くないとのこと。

 全体的に増えたというより、一定の場所が増えているらしい。

 はたして三年間あまり外出しなかった俺が、それに気づけるかという不安はあるが、今考えても仕方がない。


 眠気が瞼を重くし、俺は瞳を閉じる。


 明日から忙しくなるな。


 そう思いながら、俺は深い眠りへと入っていくのであった。

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