第134話 ヘタレ


 あの後、<月の庭>に一度戻った俺はマスターから現在の状況を教えてもらい、今はみんなが帰ってくるまで拠点で待機している。

 

 マスターから聞いた話は以下のこと。


 白仮面を数人捕縛したが、全員が赤仮面スカーレッドの身元も本拠地も知らない。

 白仮面たちは赤仮面スカーレッドに用意された住まいに住んでいる。各々の住処は不明。

 仮面は全て赤仮面スカーレッドから渡された物で、小悪魔リトルデビルの素材。


 あまり有益な情報を得られない中、唯一気がかりなことを耳にした。

 それは王都ラードを中心に周辺の森が増殖しているということだった。

 増殖??と耳を疑う話だが、本当に増殖しているらしい。

 新しくできた森は特別に何か起こるというわけでもなく、現在もミリカを筆頭に冒険者たちが調査中とのこと。

 俺もマスターもその件に関してはスカーレッドの仕業に違いないと確信していたが、それがどんな影響を及ぼすかまでは明確に見えてこなかった。


 早くみんなを集めて、会議を開きたい。

 そう思う俺はベッドに横たわる。


 …

 ……

 ………はっ! このままでは眠ってしまう。

 流石に今日は睡魔に負けれない。


 俺は眠ろうとしている重い瞼を擦り、ダイニングへと向かう。

 二階を下り、扉を開こうとした時、拠点の玄関が開かれる音がした。


 「ごしゅじん。ただいま」

 「あっ! ミリカおかえり!」


 森の調査帰りだろうか。

 頭に葉っぱを乗せてとことこと歩くミリカは、俺の目の前で止まり上目遣いに見上げる。


 「ごしゅじん。ミリカ、今日も依頼頑張った」

 「そっか。えらいえらい」


 頭の上に乗っている葉っぱを取り除き、撫で待ちのミリカの期待に応える。


 「ところでミリカ。少し話を聞きたいんだけど」

 「なぁに?」


 気持ちよさそうに目を細めながら返事をするミリカ。

 立ち話でもいいが、依頼帰りのミリカをできるだけ座らせてあげたい。


 「えっと、ここじゃなんだし部屋に行こう」

 「?? 部屋?」

 「そう」

 「誰の?」

 「俺のだけど……」

 「っ!?」


 急にビクッと反応したミリカは、瞳を大きく開き、頬を紅潮こうちょうさせた。

 いつも自分から勝手に入ってくるくせに、今更恥ずかしがるなんてよく分からないな。


 そう思っている俺に対して、少し俯いたミリカはぽつりと呟く。


 「お風呂」

 「え?」

 「お風呂入りたい」

 「う、うん。分かったよ」

 「ごしゅじん。先待ってて」


 俺はあまり気にしないが、ミリカがそう言うなら仕方がない。

 いつもより速足で歩くミリカは、嬉しそうな顔を見せながら浴室に向かっていった。


 正直なところレティナたちが帰ってくる前に話を聞きたいところ。

 スカーレッドのことももちろんだが、三年前に起きた出来事についても詳しく話を聞きたいのだ。

 まぁ、あくまで知っていればの話だが……


 俺はミリカがお風呂から出るまでの間、自室で武器の手入れをしながら時間を潰すのであった。







 あれから小一時間程経っただろうか、トントンと扉のノック音が響き渡る。


 「入っていいよ」


 俺はそう返事をすると、異空間ゲートの中に武器を収納していく。

 扉がキィーっと開かれると同時に顔を上げると、ミリカはもうパジャマ姿であった。


 「……どう?」

 「う、うん。可愛いけど、もう寝るの?」

 「ど、どっちでもいい」

 「……?」


 妙に話が噛み合わないな……


 俺の目の前ではなくベッドにちょこんと座ったミリカ。

 髪は少し濡れており、頬を赤らめながらその髪を女の子らしく弄っている姿に、思わずドキッとしてしまう。


 一体今日のミリカはどうしたたのだろう。

 いつもと違った行動に、少しだけ戸惑う俺だが、時間も限られているので本題へと話を変える。


 「ミリカ、聞きたいことがあるんだ」

 「? なに?」

 「スカーレッドについてなんだけど……」


 その言葉を聞いて、ミリカの表情が曇っていくのが分かった。


 あっ、この反応……マスターに口止めされてるのかな?


 そう思った俺は言葉を付け足す。


 「あっ、ちなみにマスターにはもう話を通してあるんだ」

 「……本当?」

 「うん。ミリカは今、増殖した森を調査しているんだよね?」


 こくりと頷いたミリカを見て、言葉を続ける。


 「何が起きてたか詳しく聞かせてくれないかな?」


 俺の言葉に数秒の時間、ミリカは考え込んでいた。

 ミリカの表情からは、俺のことを疑っているわけではなく、どう伝えればいいのかと悩んでいる様子がうかがえる。

 

 そんなに大事になっているのか?


 と不安が宿る俺に対して、ふとミリカの口が開かれる。


 「……分かんなかった」

 「えっ?」

 「現場に行った。見たことない木、沢山生えてた」

 「うん」

 「ただ、それだけ」

 「ふ、ふむ」


 あのミリカが何も成果を上げられないとは珍しい。

 俺よりも索敵に関して言えば、ミリカの方が優れているのだ。


 黙っている俺を見て不安になったのか、ミリカはベッドから降り、近くに座る。


 「ごしゅじん。まだミリカ、調べてないところ沢山ある。次、何か見つけられるよう頑張る」

 「そっか。じゃあ、俺も頑張ろうかな」

 「ごしゅじんも?」

 「うん。人数が多い方がミリカも助かるだろ?」

 「助かる。ごしゅじんがいれば、誰もいらない。最強」


 ふんっと鼻を鳴らすミリカに、つい頬が緩んでしまう。


 期待に応えられるようにしなきゃな。


 ミリカと出会ったあの日から、俺はずっと尊敬されている。

 それに重圧など微塵も感じたことはないが、今回に関しては 「ごしゅじん。やっぱりすごい!」 と思わせたい。

 最近は自堕落していた俺だが、そう思うことによってやる気がみなぎってくる。

 まぁ、最近というより、三年前からだが……


 三年前……か。


 キラキラした瞳を送ってくるミリカに、俺はすぅーっと息を吸うと真剣な表情を取り繕った。


 「ミリカ」

 「ッ! な、なに……」


 俺から視線を逸らすミリカ。

 そんなミリカの肩を優しく掴んだ俺は、しおらしくなったミリカを見据えながら口を開いた。


 「三年前のこと教えてくれる?」


 当初は探りを入れながら遠回しに話を聞こうと思っていた。

 だが、よくよく考えればそんなのは意味のないことだ。

 レティナたちと同じであるならば、話を逸らすし、同じでないならば素直に答えてくれる。


 ドッドッドッと心拍数が高くなっていく。


 そんな俺にミリカは首を傾げた。


 「三年前……?」


 誤魔化していないかじっと見る。

 ミリカの隠し事なんて、すぐに分かるからだ。


 「ご、ごしゅじん?」


 頬を赤くさせ、俺を見つめる瞳には動揺の色が見受けられる。

 やはり何か……


 「す、少し……ち、近い」


 顔を近づければすぐにキスできそうな距離。

 その距離に耐え切れなくなったのか、ミリカは顔を俯かせた。


 この反応は……何も知らない……か。


 その事実に内心がっかりしてしまったが、表情を表に出すわけにはいかない。

 俺は平静を装い、ミリカの肩を離す。


 「ごめん、ミリカ。なんでもない」


 シーンとしたこの部屋に夕焼けが差し込む。

 もうすぐ太陽が沈む頃だろう。


 増殖した森の件も三年前の件も聞き終えたし、みんなが帰ってくるまでまた待機だな。


 「ごしゅじん……」

 「よしっ、じゃあ、ミリカ。みんなが帰ってきたら、また話そうか」

 「う、うん」

 「色々ありがと。もう部屋に戻っていいよ」

 「……え?」


 ぱっと顔を上げたミリカは、何故か驚きの表情を浮かべている。


 「あれ? まだ何かあった?」


 まだ何か話してないことでもあるのだろうか?

 もうパジャマ姿になっていたので、みんなが帰ってくるまで少しでも寝かせてあげたいのだが。


 「ごしゅじん。この後は?」

 「この後?」

 「うん」

 「まぁ、武器の手入れが残ってたから、続きをやる予定だけど……」


 う~ん。今日のミリカはよく分かんないな。

 質問を質問で返してくるし、何を思っているのか見当もつかない。


 そんな俺にミリカはぷるぷると震え、再び俯いた。


 「なんで……この部屋?」

 「え?」

 「ダイニングでもよかった」


 まぁ、確かにそう言われればそうだが、誰かが帰ってくる可能性がある中で、三年前の事をダイニングで聞くのは少し怖かった。

 それなら玄関から遠い自室の方がまだ安心できたからだ。

 ただ、それを素直に言ってしまえば、何も知らなかったミリカがみんなに三年前の事を聞いてしまう恐れがある。

 どう答えようかと悩んでる俺に、ミリカは言葉を続ける。


 「ミリカ。期待した。新しいパジャマも着た」

 「えっと、どういうこと?」

 「誰もいない拠点。二人っきり。ごしゅじんの部屋に呼ばれた」

 「……」


 ふ、ふむ……なるほど。

 これは……まずいな。


 ミリカの伝えたいことが分かり、どっと冷や汗をかく。

 俺は自分の考えでミリカをこの部屋に誘った。

 そこにはもちろんやましい気持ちなど一切無い。

 ただ、ミリカは俺のこの誘いにそういう事を想像して受け入れたのだ。

 今日のミリカは何かおかしいと思ってはいたが、それが理由だったのなら納得できるものがある。

 俺が逆の立場でもきっと緊張していただろう。


 今からミリカの想像していた行為をしようとは思わない。

 なので、如何にミリカを傷つけず穏便に済ませられるかは俺の手腕にかかっている。


 俺は、Sランク<魔の刻>のリーダーだ。

 これくらいのこと簡単に対処できるはず。


 脳みそをフル回転に回し、はっと一言思いついた俺はミリカに向けて口を開く。


 「……ほんとにごめん」


 俺の脳みそはどうやら相当使い勝手が悪いようだ。

 謝ることしかできなかった俺に対して、ミリカは立ち上がり俺の隣を通り過ぎる。


 「……ヘタレ」


 そう言い残すと、ミリカは静かに部屋を出ていった。


 これに関しては何も言い返すことができない……


 ミリカが見せた表情からは、怒りと悲しみの二つの感情が読み取れた。

 きっと相当期待していたのだろう。

 俺だって後先考えない性の獣なら、今頃ミリカをベッドに押し倒している。

 だが、そんなこと出来るわけがない。

 ミリカは大切な仲間であり、守りたいと思う存在なのだ。

 曖昧な気持ちのまま流れに身を任せれば、お互い傷ついてしまう。


 はぁとため息をついた俺は、この後どうご機嫌を取ろうかと一人ベッドで横たわるのだった。

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