第133話 分かり合えない
「ローゼリアたちってもうクライスナー領に帰るの?」
署名を終えた俺たちは<月の庭>の階段を下っていく。
「いいえ? まだ残りますわよ」
「そっか。じゃあ、帰る時にまた教えてよ。見送りくらいしてあげるから」
何気なく言った言葉なのに、何故かローゼリアは首を傾げる。
「他人事のように言いますのね。わたくしたちは観光目的で残るわけではありませんわよ?」
「え? じゃあ、他に何があるの?」
観光をしないのであれば、別の目的があって残るということだ。
マスターからの依頼ということでもなさそうだし、クライスナー領を出てこの王都に移住するということも考えられない。
素直に疑問に思う俺に対して、ローゼリアがはぁとため息をつく。
「まだ残っているでしょ。スカーレッドの件が」
「え……っと、つまりローゼリアたちもスカーレッドを追うってこと?」
「もちろんですわ。直接的にではなくても間接的に商人を殺めましたもの。これ以上野放しにすることはできませんの」
エクシエさんとルイスさんも同意見なのか、ローゼリアの言葉に口を挟まない。
スカーレッドについてはマスターから関わることを禁じられていた。
なので、今どうなっているのかも何処まで尻尾を掴めたのかも何一つ分からない状態だった。
だが、ローゼリアたちが協力してくれるなら俺も自由になれるかもしれない。
何故なら、ローゼリアは貴族なだけあってか、他の冒険者よりも騎士団と仲が良いからだ。
「ローゼリア、お願いがある」
「何ですの? 改まって」
「俺もスカーレッドを追いたいんだ。もちろんローゼリアたちに迷惑はかけないし、情報共有もするよ」
これはローゼリアたちにとっても、<月の庭>にとっても悪くない話なはずだ。
スチーブさえ説得してくれるならスカーレッドの居場所にぐんと近づくはず。
まぁ、ネネの居場所を隠しているのが唯一気が引ける点だが、それ以外は言葉通りにちゃんと情報共有をするつもりだ。
俺の言葉に顔を見合わせる<三雪華>たちだったが、エクシエさんが頷くのを機にローゼリアは俺の前に手を出し、口を開く。
「いいでしょう。スチーブにはわたくしから言っておきますわ」
「ありがとう。助かるよ。じゃあ、また何かあったら報告しに行く」
「ええ。分かりましたわ」
ローゼリアと握手を交わし、その場を後にする。
まだスチーブが了承するか分からないが、もう拠点で自堕落する気は毛頭ない。
<三雪華>までも本腰を入れてきたのだ。
俺が寝ている間に全て終わっていましたなんてことになれば、多分一生モヤモヤし続けるだろう。
とりあえず今からやるべきことは……
俺は<三雪華>がまだ<月の庭>から出ていないことを確認し、ネネのいる花屋へと速足で向かうのであった。
「あら、あんた」
花屋に出向くと、おばちゃんが俺に向けて声を掛ける。
「こんにちは。今日はあのお嬢さんに会いに来たんですけど、いらっしゃいますか?」
「ああ。裏庭で水を上げているところだよ。ここから上がって行きな」
「ありがとうございます」
とりあえずは逃げていないことに安堵しながら頭を下げ、おばちゃんの横を通り過ぎる。
後ろで 「若いっていいわねぇ」 と聞こえてきたが、そう勘違いしてくれた方がこちらとしては好都合だ。
この花屋はあまり広くはない為、すぐに裏庭へと辿り着いた俺は無防備に背中を見せているネネに近づく。
「またいらっしゃいましたか」
水やりを止め、振り向いたネネは無表情のまま俺を見つめた。
「暇そうだね?」
「……あまりお客様はおこしに来られないので」
「いや、そういうことじゃなくて……」
こ、これじゃ俺が嫌味を言いに来ただけじゃないか。
あくまでスカーレッドのことを言ったつもりなのに、何故か申し訳ない気分になる。
「先日のお花は役に立ちましたか?」
唐突に聞かれたその言葉に、
「? どういうこと?」
と首を傾げる。
花は愛でるものであって何かに役に立つものではない。
気持ちを落ち着かせる為や喜ぶ顔を見れたなどのそういう類のことを言っているのだろうか?
ネネは不思議がる俺に、少し悩んだ末、ゆっくりと口を開いた。
「……あのお花には安眠効果があるのですよ。お客様は知らなかったようですが」
「安眠効果?」
「はい。最初からあの小さなお客様はそれを求めてここにいらっしゃいました」
「……そうなんだ」
あまり驚きはしなかった。
色々とおかしな発言を多々耳にしていたからだ。
ルナが突然結婚のことを聞いてきたり、一度起きたレティナが、元から疲労が溜まっていたという理由で、再び眠りについてしまったり。
レティナが眠れないから、あの花をルナがプレゼントしたのか。
と納得する自分がいる反面、どうして言ってくれなかったのかと思う自分もいる。
「まぁ……言えるはずないか」
全ては俺を心配させない為。
そんな簡単な事考えればすぐに分かった。
「……レオン様。もういいのではないでしょうか」
「何が?」
「全て時の流れに身を任せれば、自ずと人は忘れていきます。大切だった人の声も想っていた感情も」
「……その言い方。何か俺のことを知ってそうだね」
「いえいえ、私は何も知りませんよ」
真っ直ぐに見つめるその瞳に俺が映る。
多くの人は動揺した時に多少なりとも瞳がぶれるものだ。
だが、ネネの瞳からは少しのぶれも感じなかった。
前にスカーレッドの件で問い詰めた時だって同じだ。
知っている筈なのに知らない振りをする。
感情のコントロールがうまいのかはたまた感情がないのか。
ここにフェルとポーラが居れば万事解決する話なのだが、そうは言っても転移魔法がない今は答えを諦めるしかない。
「まぁ、いいや。今日はそんな話をしに来たんじゃないんだ」
「では、どの要件で?」
「もちろんスカーレッドの話だよ」
俺の言葉にまたかというような反応を見せる。
「だから、知らないと何度も言っています」
「でも、前はホワイトフラワーについて答えてくれたよね?」
「何のことでしょう? 覚えていません」
とぼけているネネに、俺は少し声色を低くして言葉を発する。
「……クライスナー領で商人一家が白仮面に殺された」
「……えっ?」
「やっぱり知らなかったんだね」
ここにきて初めてネネの表情が変わった。
その事実に大きく目を開き、信じられないといった表情を浮かべている。
「スカーレッドの居場所を教えて? これ以上死者を出さないために止めなくちゃいけない」
「……」
「君たちは過ちを犯した。俺も動くことになったし、<三雪華>もこの地へ来て、スカーレッドを追っている。捕まるのは時間の問題だよ」
スカーレッドは目的の為なら手段を選ばない。
にも拘らず、<魔の刻>がいるこの他を本拠地と置いた。
きっとここでしかできないことなのだろう。じゃないと、もうとっくの昔に居場所を変えているはずだ。
自分の情報をあえて開示して、諦めてくれるならそれでいいと思った。
甘えだとしてもこれ以上悪の手に染めるよりかはよっぽどマシなのだから。
ネネが少し俯きがちになり、次に来る言葉を待つ。
数秒経ってから何か決心がついたのか、ネネは相変わらず無表情のままに口を開いた。
「ですから、そんな人は知りません」
「ネネ……本当にそれでいいと思ってる?」
「すみません。何を言っているのか……」
おそらくネネはスカーレッドの右腕的な存在だ。
そのネネが受け入れてくれないのならばもう話し合う余地はないだろう。
「残念だよネネ。君は他の罪人とは違うのかと思っていた」
「……そうですか」
「強制的に連れてく気はないけど覚えておいて……もう容赦はしないから」
ネネに背を向けて歩き出す。
本当はもっと色々と聞きたかったが、最初から薄々感じてはいた。
どうせまともに答えてくれないだろうと。
それでも諦めきれなかったのは、きっと淡い期待を抱いていたんだと思う。
死者が出たことにより、全てを諦めるという選択を取ってくれることを。
ネネと俺の距離が徐々に遠ざかっていく中、俺は最後に背後から呟かれた言葉を聞き逃すことはなかった。
「……レオン様はお優しいお方ですね」
もう俺がこの花屋に来ることはないだろう。
何故なら、これ以上話したところでネネに情が移ってしまうから。
「……ばか」
ネネに聞こえない程の小声で呟く。
こうなれば<三雪華>より先にスカーレッドを見つけて、真の目的を吐かせよう。
何事にも揺るがぬ強い目的。
それを聞くまでは俺も悠々自適に過ごせないな。
おばちゃんに別れの挨拶した俺は、花屋を出る。
う~んと身体を伸ばし、久しぶりに本気で依頼をこなそうと決意したのであった。
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