第132話 対策
「じゃあ、行くか」
身支度を整えた俺は、自室を出て<月の庭>へと向かう。
昨日はとても良い一日だった。ある一つの物事が無ければもっと晴れやかな気持ちになっていただろう。
俺は街の大通りを歩きながら昨日のことを思い出す。
それは太陽が傾き完全に夜が更けた時間帯であった。
「お坊ちゃま、お嬢様、本日もお疲れ様でございます」
一日中執事の真似をしていたお陰で随分と様になった会釈を、帰ってきたみんなに見せる。
「おっ、やってんな」
「わ~、レオン。似合ってる!」
「ほんとだ。レオンさんお似合いですよ」
「ありがとうございます。ルナ様は本日、カルロス様に付いていったのですか?」
「うん! お家にはレオンがいるし、レティナちゃんはレオンと二人っきりの方が嬉しいかなって」
ルナの純粋な気持ちに、思わず抱きしめてしまう。
この子に悪い虫が付かないように気をつけねば。
よしよしとルナの頭を撫でる俺に、カルロスは口を開く。
「おい、レオン。もうその辺にしとけ」
「あっ、申し訳ございません。ルナ様」
「ううん。大丈夫だよ!」
「お許しいただき、ありがとうございます。では、レティナお嬢様とマリー様がお待ちになっています。そこまでご案内致しますね」
笑顔を張り付けて案内をしようとした時だった。
ふいにカルロスの後ろに居たミリカが顔を出す。
「あっ、ミリカ様も居たのですね。お帰りなさいませ」
「ご、ごしゅじん……ただいま」
ん? なんか元気がないな。
しょんぼりしているという感じではなく、何かに恐れているような顔を見せるミリカ。
すると、そんなミリカにカルロスが声を掛けた。
「ミリカ、もう心の準備が出来たんだろ?」
「カルロスも一緒に……」
「いや、俺は負けてねぇから遠慮しておく」
カルロスが俺をちらりと見た後に視線を外す。
会話についていけない俺に対して、ミリカがゆっくりと近づいた。
「ごしゅじん」
「ん?」
「い、今から……」
「う、うん」
「今……からっ……灼熱のトマトお味噌汁……作って……っ」
そう言ったミリカの泣きそうな表情が今でも脳裏に焼き付いている。
思えば、今回の罰ゲームは妙に軽いものだった。
こんな事もあるのかと納得をしていた昨日の俺に教えてあげたい。
カルロスたちが帰って来る前に寝ておけと。
執事であるが故にその言葉に従うしかなかった俺は、灼熱のトマトお味噌汁を作りミリカに食べさせた。
料理を作る人は食べてくれる人の笑顔が見たい。そう誰もが思うだろう。
そんな深層心理を突くような罰ゲームに俺の精神もミリカの舌もやられたのだった。
幸いなことがあるのならば、俺たちを見たカルロスやマリーが笑わずにやりすぎたという表情をしていたことだ。
あれで笑われていたのならば、俺は自室で一人泣いていたかもしれない。
ていうか、そんなに不味いのか? あれ。
……今度誰もいない時に作って、一人で食べてみようかな。
思い出したくもない昨日の事を思い出しながら歩いていくと、いつの間にか<月の庭>へと辿り着いていた。
開放的に開かれている扉から室内に入ると、今日はどうやら<三雪華>が訪れることが知れ渡っていないのか、冒険者は比較的に少なかった。
そのまま階段を上がり、ギルドマスター室に着いた俺はコンコンと扉をノックする。
「誰だ?」
「レオン・レインクローズです」
「入れ」
その言葉を聞き扉を開けると、部屋の中にはもう<三雪華>のメンバーが集まっていた。
「とりあえず座ってくれ」
「はい」
マスターの指示に従い、俺はふかふかのソファに腰を下ろす。
今から話す内容は大体察している。一昨日に話したスカーレッドの件だろう。
俺から出る情報はもうないと感じてくれていればいいのだが……
多少不安な俺をよそに、ローゼリアが話を切り出す。
「レオン。一昨日の話、覚えているかしら?」
「えっと、犯人はスカーレッドじゃない別の山賊って話?」
「ええ。あの後、マスターに頼みまして<光銀の庭>に
「うん。そう言ってたね」
「……どうやら貴方が言っていたことは本当だったみたい」
「えっ……? 詳しく教えて」
足を組んでいるローゼリアを見つめる。
まさかもう犯人を見つけたと言うのだろうか?
クライスナー領まで一週間ほど掛かる旅路も
それでもだ。あまりにも見つけるのが早すぎる気がする。
そう思う俺に対して、ローゼリアはまるで悪魔のような微笑みを見せた。
「<光銀の庭>の全冒険者で、クライスナー周辺に住みついている山賊を根絶やしにしてやりましたわ」
「ぜ、全冒険者!? それをあっちのマスターが了承したと?」
「もちろんですわ。<三雪華>の名と<魔の刻>の名を使いましたもの」
「ふ、ふむ。一応許可くらい取ってほしかったけど……まぁ、いいや。それで?」
「商人一家の件を知っている山賊がその中に約二十名程。全員が全員、他の山賊に罪を被せようと赤裸々に語ってくれたようです」
「そっ……か。じゃあ、もう解決したんだ?」
「ええ」
俺は、ふぅとソファに身を預ける。
ローゼリアと商人一家にはとても申し訳ないことだが、何故か安心している自分がいた。
もちろんこれ以上俺が疑われることがなくなったというのも一つあるのだろう。だが、それとは別の何かでホッとしているような気がした。
<三雪華>と<魔の刻>の名を用いて行った大捜索で、犯人を見つけられたことによるものか。
それとも、スカーレッドはやはり殺していなかったという事実を知れたことによるものなのか。
……まぁ、この際どちらでもいい。どうせ今考えても結論などでないのだから。
大きく身体を伸ばし。次にやることを思考する。
今日こそはネネに会いに行こう。<三雪華>が俺に聞きたい話があったように、俺もネネにまだ聞きたい話が山ほどあるのだ。
それと……
「随分とリラックスしますのね」
ローゼリアが俺の様子を見て口を開く。
「そりゃそうだよ。もし本当はスカーレッドがやっていましたなんて話になれば、また面倒事になっていたんだからね」
「そうですわね。エクシエがいなかったら……貴方今頃泣いてるかもしれませんわ」
「ははっ」
冗談か本気か分からないローゼリアの言葉に、愛想笑いで返す。
すると、今まで黙っていたマスターが、はぁとため息をついた。
「マスター、どうしました?」
「……レオン。話はまだ続きがあるんだ」
「えっ?」
商人一家の件は解決したはずなのに、マスターの表情には何か優れないものがある。
その表情につられた俺もどんよりと肩を落とした。
また何か厄介事でもあるのか?
そう杞憂する俺に、ルイスさんが微笑む。
「レオン君。そんな顔しないでくれ。君にとってはいい話だよ」
あまりにもキラキラしている笑顔に、何か裏でもあるのかとつい身構えてしまう。
「えっと、その話とは?」
「実はね……」
ドクンドクンと心臓の音が聞こえる。
頼むからこれ以上面倒事はよしてくれ。
「エルフについてさ」
「……え?」
ぽか~んと口を開けている俺はさぞかし滑稽な顔をしているのだろう。
でも、こうなるのも仕方がない。
俺も今、聞こうとしていた話なのだから。
「レオン君、力不足かもしれないけど僕たちも僕たちなりにエルフが軽蔑されない方法を考えてきた」
「それはとても有難い話ですが、一体どんな風に?」
俺の質問にルイスさんがエクシエさんを見る。
すると、こくりと頷いたエクシエさんが表情を変えることなく、口を開いた。
「山賊を利用し、エルフを軽蔑した一般人として公開処刑した」
「……マスター。これは……大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思うか? たかが軽蔑しただけで処刑など前代未聞だ」
「ただ、こうでもしなければレオンの願いは叶わない。最善の策を打っただけ」
マスターの気持ちなどお構いなしに話を続けるエクシエさん。
「クライスナーの噂は世界に広がる。そして、その前にもう一手策を講じる」
こうなればもう耳を傾けることしかできない。
マスターも俺と同じなのか、無言で〈三雪華〉を見つめている。
いや、もはや睨んでいると言った方が正しいか。
「エルフについての扱いを再び市民に告示する。前回と違う点に関しては、〈三雪華〉と〈魔の刻〉の名を使用する」
エクシエさんが淡々と話す中、マスターをちらりと見たルイスさんが申し訳なさそうな顔をする。
「マスター、すみません。全責任は僕にあります。この提案をしたのも僕なので……」
「……いや、おそらく君が考えたのは後者の方だろう? 無茶苦茶なことをするのはいつもエクシエかローゼリアだ」
「わ、わたくしはいつも理にかなった行動をしていますわ」
「ぷっ」
思わず笑いそうになった俺に、ローゼリアはギロリと睨みつける。
これに関しては俺が悪いのかもしれない。
いくらローゼリアが間抜けな発言をしたとしても本人は真剣に言っているのだから。
マスターは椅子の背もたれに名一杯もたれかかると、額に手を置いて口を開く。
「はぁ……まぁ、大体のことは分かった。〈三雪華〉と〈魔の刻〉の名を使って、もっと抑制させるということだな?」
「そう」
「では、この紙に署名をくれ」
一枚の紙を引き出しから出したマスターは、トントンとその紙を叩く。
マスターも色々と大変だなと思いながら、近づいた時、不意にマスターがぽつりと呟いた。
「もうこの仕事も潮時か……」
「え!?」
顔を手のひらで覆い、うなだれるその姿に思わず動揺してしまう。
「マ、マスター。冗談はやめてくださいよ」
「……レオン。考えてみてくれ。この後に何が待ち受けていると思う?」
この後……?
マスターの業務などあまり知らないのでどう答えていいかと迷う。
そんな俺にマスターは言葉を続ける。
「まずは、公開処刑したクライスナー領の件だ。それについて議会が開かれるだろう。もちろん相手にもしたくない貴族などに頭を下げるのは私」
「マ、マスター? お疲れのようですので、わたくしが紅茶を入れてーー」
「そして、会議が終われば次に告示する内容を考え、国に提出。ギルドの運営ももちろん欠かすことはできない。一週間程は寝れないだろうな」
ふ、ふむ。この状況はどうしたものか。
俺が今、どんな言葉を投げかけてみても良い方向に向かない気がする。
……そうだ! こういう時にこそローゼリアの出番じゃないか?
女性同士の方が俺の言葉よりも心に刺さるし、マスターも考えを改めてくれるかもしれない。
そう思い、隣に居るローゼリアを見る。
ローゼリアは笑顔を張り付けたまま固まっていた。
うん。こりゃダメだ。
俺はローゼリアから視線を外して真剣な表情を取り繕い、マスターを見つめる。
「マスター、俺も手伝えることがあれば手伝います。だから、辞めないでください」
「わ、わたくしもですわ」
マスターが俺たちの言葉にぴくっと反応を示す。
そして、顔を上げた瞬間に自分の言った言葉を深く後悔した。
マスターはにやりと口角を上げ、してやったりというような表情を浮かべていたのだ。
「そうかそうか。そこまで言うならしょうがないな。何かに困った時には遠慮なく呼び出そう……特にレオンはな」
「えっと、やっぱりーー「まさか、先程の言葉は嘘とは言わないな?」
「……はい」
完全にマスターの手のひらで転がされた俺は頷き、しょんぼりと肩を落としながら紙に署名をするのであった。
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