第130話 罰ゲーム


 ゆっくりと扉を開け、中の様子を確認する。

 いつの間にか太陽は傾いていたようで、茜色の夕日が窓から差し込みルナとレティナを照らしていた。


 「二人とも寝てるのか……」


 エクシエさんのベッドで寝ている二人の側に寄り、片膝を地面につける。

 すぅすぅと寝息を立てているレティナの髪をそっと撫でると、レティナは小さく反応を示した。


 「……弱くて、脆い……ね」


 出会ってからずっと共に歩んできたレティナ。

 好きな食べ物や好きな遊び、得意な料理や得意な魔法。

 レティナの何もかもを知っていると思っていた時期があった。

 そう、三年前までは。

 だが、今のレティナはきっとあの頃のレティナと同じではないだろう。

 だって、あの頃のレティナは泣き虫ではあったが、あんなにも辛そうな表情はしなかったから。


 今も昔も唯一変わらない寝顔を見て、はぁとため息をつく。

 レティナの手を握り物思いにふけていると、ふいに瞼がゆっくりと開かれた。


 「……レンくん?」

 「あっ、ごめん。起こしちゃった?」

 「ううん……そっか。レンくんが近くにいてくれたんだ」

 「そこにルナもいるよ」


 レティナを包み込むように眠るルナに向けて、ちょんちょんと指を差す


 「……あったかい」

 「ルナ凄く心配してたからさ。後で、何か言っておくんだよ」

 「うん……レンくんあの……」

 「……体調はどう? まだ苦しい?」

 「ううん……さっきよりかは大分楽」

 「そっか。それなら良かった。明日は依頼を休んでゆっくりしよ」

 「うん」


 こくりと頷いたレティナの頭を撫でる。

 レティナは何か聞きたそうな顔をしていたが、結果的に何も言わず、気持ちよさそうに目を細めた。

 何かなんて一つしかない。おそらくエクシエさんの件だろう。

 それを理解した俺は話を深堀りさせたくはなかった。

 エクシエさんは結果的に何も教えてくれなかった。

 ただそれをレティナに話したところで、また悲しんでしまうかもしれないと思ったからだ。


 話を無理やり変えた俺は、優しく言葉にする。


 「レティナ、今日はもう拠点に帰ろうか」

 「え? もう話し終わったの?」

 「いや、まだだけど……また後日にしよう。エクシエさんもそれでいいって言ってたし」

 「そっか」

 「流石にまだ歩けないよね?」

 「う~ん、無理すればいけるよ?」

 「だーめ」


 レティナの頭から手を離し、寝ているルナの身体を揺さぶる。


 「ルナ、起きて」

 「……んっ……あれ? いつの間にか寝ちゃってた~」

 「レティナが起きたから、今から拠点に帰るよ」

 「ルナちゃん、側に居てくれてありがと」

 「あっ! レティナちゃん。もう平気?」

 「うん! ルナちゃんのおかげでもう大丈夫だよ」


 今日初めて見たレティナの笑顔に、ルナが安堵した表情を浮かべる。

 もちろんその様子を見ている俺もだ。

 このままゆったり時間を過ごしたいが、ローゼリアたちが帰ってきてしまうと再び長い話し合いになるかもしれない。

 そう思った俺はレティナに背中を見せる。


 「はい。乗ってレティナ」

 「え?」

 「まだ歩くの辛いんでしょ?」

 「う、うん。じゃあ……」


 レティナの身体が俺の背中に密着する。とても柔らかくて、つい拠点まで遠回りしてしまいそうだ。


 「……レンくん。変なこと考えてる?」

 「い、いや、そんなことないよ! 柔らかいのはレティナの身体であって、決して胸のことじゃ……」

 「……」

 「……よし、もう帰ろう。今すぐにだ」


 レティナから異様な雰囲気を感じた俺はそのまま立ち上がる。

 すると、レティナは耳元でぽつりと囁いた。


 「ゆっくり帰ろ?」


 悪魔と天使。はたしてこの子はどちらに分類するのか。

 もしも俺がこの言葉通りに行動した場合、レティナは俺のことを軽蔑するだろうか?

 答えは否だ!

 なにせ、本人が魅了してきたのだ。レティナもそう望んでいるのだろう。

 男は度胸、女は愛嬌。カルロスが言ったことを今実行しなければ、俺はもう男を名乗れない。

 そうと決まれば、いつもより遅く……もっともっと遅く拠点に帰ろう。


 俺が半歩歩みを進めた時、無邪気な天使がいつの間にか俺を見上げていることに気がついた。


 「マリーちゃんに言っておくから」

 「それだけは勘弁して」


 何か誤解しているルナを説得した俺は、いつもより早足で拠点へと帰るのであった。











 「ふぁ~」


 大きく身体を伸ばして、上半身を起こす。

 時刻はもうすぐ午前十時を回る頃だった。

 昨日、拠点へと帰った俺たちは特に何事もなく一日を終えた。

 まぁ、唯一あった事と言えば、マリーやカルロスがレティナの異常に気付き、心配していたことだ。

 レティナはそんな二人に 「大丈夫だよ」 と一言だけ告げて、自室に戻ってしまった為、それ以上二人も詮索するようなことはしなかった。

 

 「レティナ、ちゃんと休んでるかな」


 昨日、魔力を全て使ったのだ。今日は依頼を休んでくれなきゃ、流石に不安になってしまう。

 レティナがちゃんと休んでいるかを確認する為、俺はベッドから降りてそそくさと着替える。

 すると、部屋の扉がコンコンとノックされた。


 「レンくん。入ってもいい?」

 「あっ、いいよ」


 レティナがとりあえず居てくれたことに安堵する。

 俺の返事を聞いたレティナはゆっくりと扉を開くと、満面の笑みで近寄ってきた。


 「はい! これ!」

 「え? これって……」


 レティナから手渡された物をまじまじと見る。

 それは一着の執事服だった。


 「レンくんは今日一日レティナの執事さんね?」

 「ええっと……ちなみに拒否権は?」

 「ないよ? だって、それが罰ゲームだもん」

 「罰ゲーム?」

 「うん!」


 いや、そんな可愛い顔されても何の罰ゲームか分からないんだけど……そもそも俺はレティナに何か悪い事したか?

 昨日の事じゃなさそうだし、シャルたちと飲みに行ったことももう終わった話だ。

 思考をぐるぐると回してみるが、正直一つも思いつかない。

 そんな俺に対して、レティナは不満げに口を開く。


 「もう~覚えてないの?」

 「う、うん」

 「マリン王国でレンくん負けたでしょ?」

 「負けた? 負けたって…………あっ」



 その言葉でやっと思い出す。

 そういえばマリン王国でカルロスが提案した……いや、強制した勝負に俺は負けたんだった。

 あれから一か月以上も月日が経っているというのに、忘れていなかったなんて余程勝負に勝ったことが嬉しかったのだろう。

 それより……


 「それが罰ゲームでいいの?」

 「うん! カルロスさんもマリーちゃんもレティナが勝ったんだから好きにしていいって」

 「なるほど」


 もっとめんどくさそうな罰ゲームを課されるかと思ったが、これなら全然負けても良かったと思える。

 たかが一日執事の真似事をしてればいいだけなんて、今までの罰ゲームに比べれば軽すぎるものだ。


 「よし、分かった。ちなみに負けたミリカの罰ゲームは?」

 「あ、あ~、なんだったかな~」


 うん。これは聞かなかったことにしよう。どうせ碌でもない罰ゲームだ。


 誤魔化そうとしているレティナに、俺は笑顔を取り繕う。


 「レティナーー「もうレンくんは執事さんだよ?」

 「ふむ……かしこまりました。レティナお嬢様。申し訳ございません。着替えるのに少々お時間が掛かりますので、お部屋でお待ちください」

 「っ! うん!」


 執事をまねて頭を下げると、レティナは満足げな顔で扉から出ていく。

 今この拠点に居るのはレティナだけなのだろうか?

 そうだとしたら、朝からレティナと二人っきりなんて久しぶりだ。

 体調もまだ完全には回復してないだろうし、今日はレティナが楽しめるように心がけよう。


 そう思った俺は執事服に着替えた後、ネクタイをきゅっと閉め、レティナを呼びに行く為に自室を出るのであった。

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