第129話 違和感のある仮面
「スカーレッドは人畜無害な人を殺すようなことはしないと思うんです」
俺は言葉を選びながら話し始める。
「まだ二回しか会ったことがないですが……不思議と優しい人だと感じました。それはどうしてかと聞かれても納得できる答えは見つからないですが……」
「直感……ということかな?」
「はい。だから、未だに信じられない自分がいます。商人一家を殺したのは本当にスカーレッドたちなのかと」
こんな話し方すれば、まるで俺がスカーレッドを庇っているように聞こえるかもしれない。
ただ、それは俺の本心だった。
どうせ最初から俺のことを疑っているのだ。
それなら自分が思っていることを変に誤魔化すことなく話した方が良いと思った。
俺の話を聞いていたローゼリアは、
それは白い仮面だった。
「これを見ても……まだ信じられないかしら?」
「それは……」
「商人一家の亡骸の側にわざわざ置かれていましたわ」
「少し見せて」
俺はローゼリアの手からその白仮面を受け取る。
まじまじと見つめた俺は、やはりというべきかある事に気づいた。
「これ……違う」
「え?」
「同じ白い仮面ではあるけど、形状が少し違う」
「そ、そんなの些細な事ですわ」
「……」
些細な事……本当にそうなのだろうか?
俺は顎を触って思考に耽る。
俺が見た白仮面たちは、全員同じ形状の仮面を付けていた。もちろんスカーレッドとネネに関しては、その白仮面たちと違う形状だったのだが、そもそも二人は色が違う。
そして、一番の疑問は何故白い仮面をわざわざ置いていったのかということ。
そんな事をして、一体何の意味があるというのか。
考え込む俺に対して、ローゼリアが不満そうに腕を組む。
「仮にスカーレッドたちではないとしたら誰になるのかしら? わたくしは白い仮面を付けている罪人なんて、スカーレッドたちくらいしか聞いたことがないですわよ」
「……」
「それにスカーレッドはルキースを殺しましたわ」
「あいつは……邪魔だったらしいよ」
「そ、そんな理由で殺すような輩をよく優しい人だと思いましたわね!? わたくしには到底理解できませんわ!」
「……そっか」
「な、なんですの! その態度!」
ルキースを殺した理由なんて、「邪魔だった」 だけのはずがない。
もっと他に理由があると思うのだが、俺ですらその真相が見えないのだ。
ローゼリアにその事を伝えても、また疑いの目を向けられることは目に見えている。
そんな事よりも、やはりこの件には何かが引っかかる。
わざわざ置かれた形状の違う白い仮面。
今までの商人が殺されていない中、王都ラードから遠く離れているクライスナー領で殺された商人一家。
スカーレッドが王都中心に活動しているのは明らかだ。山賊を纏めてある目的のために……
……ん? 待てよ?
そこでふと、ある疑問が生まれる。
スカーレッドの手から逃れた山賊は今、どうしているのだろうか。
何も考えずにその場から動かないような馬鹿ばかりではないはずだ。
仮に俺なら真っ向勝負などせず、スカーレッドの手が及んでいない場所に拠点を移す。
そして…………っ!!
はっとして、思わずローゼリアを見る。
「な、なんですの? 言っておきますが、そちらの言い方がーー「分かったかも」
「えっ?」
「商人一家を殺した犯人」
「……適当に言ったら許しませんが、一応聞かせてもらっても?」
訝し気な表情をするローゼリアに、俺は意を決して口を開いた。
「やっぱり犯人はスカーレッドじゃないと思う。よく考えてみなよ。スカーレッドがこの王都で商人を襲うようになったのは、一年程前の話。その間、死者は誰一人いなかったんだよ? 最初から商人を殺すつもりでいたら、今までの商人も殺されていると思わない?」
「どうでしょ。わたくしには罪人の気持ちなど分かりませんわ。襲った人間を生かすことで、快楽得る人格異常者の可能性はありますし。そもそも、そんな薄い理由で犯人がスカーレッドじゃないと?」
「いや、理由はまだある。スカーレッドの下にいるのは、殆どが山賊だ。おそらく元はこの王都周辺に住み着いていた者たち……なら、スカーレッドの手から逃げ切れた別の山賊たちは、何処を目指して逃げると思う?」
話を聞いていたルイスさんが思案気な顔で答える。
「スカーレッドの目が届かない安全な場所か」
「はい。それが不運にもクライスナー領だった。おそらく逃げ切った山賊たちは、ただでは終わらせたくなくて、商人一家を殺した。もちろんスカーレッドにより重い罪を被せる為に。わざわざ仮面を置いていった理由もそれが狙いだと思う」
「……確かに辻褄は合いますわね」
俺が言い終わるとこの部屋に沈黙が訪れる。
今言ったことは確信できるものではない。
俺がスカーレッドを擁護していると捉えられても仕方がないし、ローゼリアがそれでも犯人はスカーレッドだ、と押し通したとしても否定をすることはできない。
シーンとした空気の中、深刻そうな表情をしたルイスさんが沈黙を破る。
「それがもし真実なら……まずいな」
「……<月の庭>から<光銀の庭>に
「<光銀の庭>?」
「クライスナーのギルド。貴方の推測が正しければ、多くの死者が出る」
確かに俺の推測が合っているなら、他の犠牲者がいつ出てもおかしくない状況だ。
俺は横目でローゼリアをチラリと見る。
ローゼリアは眉根を寄せて苦悩しているように思える。
そして、意を決したのか冷静な声色で口を開いた。
「エクシエ、ルイス。今から<月の庭>に行きますわよ」
「信じてくれるの?」
「色々と疑問は残りますが、今は最悪のケースを考えて行動しますわ」
「そっか。じゃあ、俺も……」
「いえ、レオンは結構ですわ……今は、レティナの側に居てあげなさい」
「……分かった。ありがとう、ローゼリア」
「勘違いしないでちょうだい。わたくしはまだ半信半疑だと言うことを覚えておくことね」
そのまま背を向けて歩き出すローゼリア。
ルイスさんも苦笑しながらその後ろをついていく。
「レオン」
「ん? エクシエさん、どうしました?」
「貴方の推測は的を得ていると思う。だからこそ、ローゼリアも動いた」
「まぁ、まだ半信半疑って言ってましたが、少しは信じてくれて良かったです」
「……」
安心する俺に対して、エクシエさんはローゼリアたちが外に出たのを確認すると、俺の瞳をじっと見つめた。
「え……っと、まだ何かありますか? できれば後にしてもらいたいのですが……」
「いや、この件の他に……私は貴方に伝えておかなければいけない話がある」
「……?」
茶色い瞳が俺を映すと、エクシエさんは憂いを漂わせて視線を外した。
「申し訳ない。貴方を治療することは、私では不可能だと判断した。どんな高名な医者の手でもそれは治せない」
「そう……ですか。わざわざありがとうございます」
「……私ももう行く。レティナが起き次第、帰ってくれて構わない。ローゼリアには私から言っておく」
「はい。分かりました」
俺が頷くのを見ると、玄関に向けて歩き出すエクシエさん。
正直なところ得意のポーカーフェイスをしていたはいいものの、エクシエさんの言葉はかなり精神的に来るものがあった。
ただ、あまり表情を変えないエクシエさんが、あんなにも切なそうな表情を見せたのだ。
もしも感情を表に出していたのならば、もっと負い目を感じさせていたかもしれない。
……俺はこれから先も悩みながら生きていくのか。
そう考えると、やはり憂鬱な気分になってしまう。
そんな気分のままレティナが寝ている部屋に向かおうとした、その時、
「レオン」
再び呼ばれた俺は立ち止まる。
「諦めないで。貴方を治せるのは貴方自身と……支えてくれる仲間しかいない。それとレティナは少し危ない。本当の彼女は弱く……とても脆いから。それを忘れないで」
そう言い残したエクシエさんは、俺の返事を待つことなく出て行った。
「……なんだよそれ」
ぽつりとつぶやいた言葉は誰にも聞こえている筈がなく宙を舞う。
どうすれば厄介な症状が治るのか……そう自分で考えてからもう三年が経つ。
その間、俺は何もできなかったのだ。
今更、そんな事を言われても言葉をぼかし過ぎて何一つ分からない……分からないが……
俺は頭を振って思考を飛ばした後、今一番会いに行かないといけない人の元へと向かうのであった。
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