第128話 ルナの好奇心


 レティナが泣き止んだ後、俺は部屋から退出する。

 寝付くまで側にいてあげようと思っていたのだが、どうやらエクシエさんはレティナに話があるらしい。

 二人っきりにしてというお願いに、渋々頷くことしかできなかった。


 レティナが起きていなければ、俺は今頃どんな事を伝えられていたのだろう。

 想像しても一切分からないし、きっとエクシエさんはもう教えてくれないだろう。

 レティナのあの必死な姿を見て、尚も俺に教えてくれるというのは正直考えられない。


 ただ、情報はあった。

 それは俺の記憶が欠落しているということ。

 そして、それは三年前に起きた出来事ということ。

 【黒い感情】、【何かが足りない】、【夢を見る】 この三点も欠落した俺の記憶の重要な鍵であることに違いない。

 そうと分かればどうしようか。

 レティナを泣かさず、穏便に真実を知る方法。

 今、三年前の出来事を知っている者はおそらくレティナ、カルロス、マリー、そしてエクシエさん。

 この四人はまず答えてくれないだろう。なら、ミリカはどうだろうか……?

 ミリカと出会ったのは二年前だが、情報収集に長けている彼女ならもしかして何かを知っているかもしれない。

 帰ったら一度探りを入れてみよう。


 そう思考を纏めた俺は、気持ちを切り替える。

 ローゼリアたちの声が聞こえる方へ足を進めると、


 「あっ! レオン!」


 嬉しそうな声を上げたルナが走り寄り、そのまま抱きついてくる。


 「待たせちゃって、ごめんね」

 「ううん。大丈夫! もういいの?」

 「うん。あらかたね」

 「あら? エクシエはどうしたのかしら?」

 「あぁ。レティナが目を覚ましたんだ。二人っきりで話があるみたいだから、もう少し経ってから来ると思うよ」


 そう言葉にすると、ローゼリアとルイスさんが顔を見合わした。


 「……そう。では、どうしようかしら」

 「んー、エクシエが来てからでいいと思うよ。今話したところで、熱くなったローゼリアを止めるのが僕一人って……」

 「なんですの?」


 怪訝な表情を浮かべるローゼリア。

 そんなローゼリアに向けて、ルナは声を掛けた。


 「ねーねー、ローゼリアちゃん。ルナお手洗い」

 「はいはい。行ってらっしゃい」


 おー、いいタイミングだルナ。

 あのまま話を進めれば、最悪の空気を味わっていたと思う。


 「ルイスさん。ルナはいい子にしてましたか?」

 「うん。レオン君が離れた時は、いつ泣き出すかひやひやしたけど、ちゃんと我慢してたよ」

 「レオンのくせにちゃんと教育が行き届いているんですわね」

 「まぁ、俺ってわけじゃなく、レティナのおかげと……元の親がしっかりしてたんだよ」

 「……そう」


 ローゼリアが窓から見える晴れやかな空に視点を向ける。

 ルイスさんも複雑な表情を向けて、気まずそうに微笑んだ。

 そうして数分会話をしていると、トイレから戻ってきたルナが何か見つけたのか、キラキラと目を輝かせながら俺の元へやってきた。


 「レオン! レオン! すごいの!」

 「ん? どうしたの?」

 「ちょっと来て!」

 「え、えーと……」

 「行ってらっしゃい。別に構いませんわ」

 「早く〜! 早く〜!」

 「ありがとう、じゃあ少し席を外すね」


 立ち上がった俺は興奮気味のルナに手を引かれて、そのまま足を進める。

 一体ルナは何を見つけたんだろう。

 ふんふんと鼻息を荒くさせるルナはある扉の前で立ち止まると、勢いよくその扉を開いた。


 「レオン! これ凄いよね!?」

 「ふ、ふむ」


 頷いたのはいいがあまりの衝撃的な光景に身体は固まり、身動きが取れなくなった。

 俺が見た部屋の中はドレス、ドレス、ドレスで一面覆い尽くされていた。

 ベッドなどもはやどこにあるのかも分からないくらいだ。

 ドレスの多さに目を引かれるが、他にも飲みかけの飲み物や、放り投げられたように転がっている魔術師用の杖、そして……エッチな下着が乱雑に置かれている。


 この状況はまずい……

 と思う俺に対して、ルナは無邪気な笑顔を見せる。


 「ルナね? お手洗いどこか分かんなくて、一個一個扉を開けたの。そしたら、こんな凄い部屋見つけちゃった!」

 「確かにこれは凄い。見つけたルナは天才かもしれないな……」

 「ほんと?」

 「うん。でも、ルナ……ここはとても危険だ。今すぐ見なかったことにしよう」

 「えぇー? なんでー?」

 「この部屋はおそらくローゼリアの部屋だ。俺がこの部屋を見たと知れば……」


 「でも、ローゼリアちゃん、レオンの後ろにいるよ?」



 想像を超えたルナの言葉に身体がぷるぷると震える。


 お、お、落ち着け、レオン・レインクローズ。

 ルナはただ驚かそうとしてるだけ。そうに決まっている。

 一瞬信じかけたが、そんな事あるわけないのだ。


 俺はなんとか平静を保つと、ルナに向けて微笑む。


 「ルナ、抱っこしてあげるからおいで。それにしても、冗談がうまくなったね」

 「? 冗談って?」

 「ははっ、何でもないよ。ルナは本当にポーカーフェイスがうまくなったな~」

 「レオン。乙女の部屋を覗いてよく笑っていられますわね?」

 「あ、あぁ。ルイスさんじゃないですか。驚かせないでくださいよ。あれ? なんか身長縮みました?」

 「常識と一緒に視力までも置いてきたのかしら?」


 嘘だ。こんな現実俺は信じない。


 振り返ると腕を組んでいるのはルイスさん……ではなくローゼリアだった。

 眉間に皺を寄せながら、不快そうに俺を見つめているローゼリアの顔から一旦視線を外す。

 そもそもの話、これに関しては俺に一切非はない。

 ルナに連れて行かされた場所がたまたまローゼリアの部屋であっただけで、部屋に近づかないという約束を破ってしまったのも、今抱っこしている無邪気な天使のせいなのだ。


 「さて、氷漬けの覚悟はできていますこと?」

 「……ローゼリア。聞いてくれ」

 「最後の言葉になるのだから、しっかり言葉を選びなさい」

 「……うん。やっぱりすごくいい部屋だ! こんな部屋見たことないよ。もはや芸術の域に達している。うんうん。何度見ても絶景だ」

 「それで終わりですわね?」

 「あ、はい」

 「氷結フリージング


 あぁ。なんて心地がいいのだろうか。

 言うなれば、澄み切った水に足から浸かっていく感じに近い。

 パキパキと嫌な音がするのは耳障りだが、仕方がないから受け入れよう。


 それにしても……本気で氷漬けにしようとしてないよね?

 え? もう下半身全部凍っちゃったけど……ねぇ、ルナ?

 なんで俺の腕から離れたの? そ、そんな心配そうな顔されても……なんだか足がじんじんしてきたな。


 「ねぇねぇ、ローゼリアちゃん。このままだとレオン本当に凍っちゃうよ?」

 「…………はぁ」


 ため息を吐いたローゼリアは指をぱちんと鳴らす。

 すると、胸辺りまで侵食していた氷が砕けた。


 ローゼリアもなんだかんだで優しいなぁ。

 今度、家政婦さんにでも言っておくか。この禁忌の部屋を今すぐにでも掃除してくださいって。


 心の中で本気でそう思う俺に対して、ローゼリアは部屋の扉を閉めた後、静かに言葉を発する。


 「……二度はないですわ」

 「存じております」

 「ローゼリアちゃんのドレス綺麗だった~」

 「あら、そう言ってくれると嬉しいですわ……ちなみに他に何か見たかしら?」

 「えっとね~、あっ! 可愛いした……っ!?」

 「あ~、もうすぐエクシエさんが話を終えて帰ってくる頃だ~。よし、そうと分かればもう戻ろうか」


 ルナの口を強制的に塞ぎながら抱っこする。


 勘弁してくれ。今絶対下着って言おうとしただろ。まぁ確かに可愛くて、でかい下着だったけども。


 ローゼリアから懐疑的な目線を向けられたが、俺はそれを気づかぬ振りをして、ルイスさんの元へ何食わぬ顔で戻るのだった。






 「あっ、エクシエさん。レティナは?」


 ルイスさんの元へ戻って数分後、エクシエさんはレティナと話を終えたのか顔を出す。


 「今は眠っている。元から疲労が溜まっていたよう」

 「レティナちゃん大丈夫なの?」

 「問題ない」


 膝の上に乗っているルナは不安そうに俺を見上げる。


 「レオン。ルナ、レティナちゃんの側にいてあげたい」

 「……うん。いいよ」

 「玄関から直進し、二つ目の扉が私の部屋」

 「分かった!」


 ぴょんと俺の膝から降りたルナは、そのままレティナの部屋を目掛けて姿を消す。


 「さて、では知っていること全て話してもらいますわ」

 「その前に一つだけ」

 「なんですの? エクシエ」

 「先程レオンの個人的な話を聞いた。その上で結論から言う。レオンはスカーレッド本人でもなく、知り合いということも限りなく薄い」

 「……エクシエ。貴方、レオンと話す前、白仮面の話は無関係と言いましたわよね?」

 「結果的にそう結論づいた。他意はない」

 「理由を聞いても?」

 「詳しい内容は言えない」

 「それで……納得できるわけがないでしょう。わたくしの身内のような者が殺されたのですわよ!?」

 「ローゼリア。私を信じて。犯人は別にいる」

 「そんなの……わたくしには分かりませんわ」


 怒りの矛先を誰に向けていいのか分からないローゼリアは、立ち上がり唇を噛み締めながら震えている。

 俺はてっきりエクシエさんは、ローゼリアやルイスさんにも俺の秘密を打ち明けると思っていた。

 特に口止めもしていないし、この場で話したところで俺は止めたりもしない。

 何故なら全て覚悟の上で相談したからだ。

 だが、エクシエさんの様子から見るにどうやら隠し通してくれるようだ。


 レティナに口止めでもされたんだろうか?


 無言で見守る俺に対して、ルイスさんも立ち上がり震えているローゼリアの背中をさすりながら真剣な表情で口を開く。


 「レオン君、教えてくれ。君は何かを知っているはずだ。どんな情報でも構わない。頼む」


 そう言って頭を下げるルイスさん。

 こんなに必死で頼み込まれても俺が持っている情報なんて、ほとんど無いに等しい。

 ただ、この状況のまま何も言わないのはあまりにも失礼だと思った俺は、ゆっくりと口を開くのだった。


 

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