第127話 欠落している記憶
「<三雪華>が降りてきたぞ!」
そういえば冒険者たちが集まっていたことを忘れていた。
一階にいる冒険者たちは階段を下っていく<三雪華>を食い入るように見ている。
その後ろにいる俺ももちろん視線を受けているのだが……
「あれって……魔女レティナだよな?」
「あぁ。ぐったりしてるようだが、一体ギルドマスター室で何が起きたんだ?」
ひそひそと話す内容が耳に届いてくる。
こんな事になるのならば、二階の窓から飛び降りた方がマシだった。
今は<三雪華>のメンバーよりもレティナに視線が向いている。その視線が少しだけ不快だ。
<三雪華>もその事に気づいているようだが、特に何も言うことなく出口へと歩き続ける。
その時だった。
「レティナちゃん!?」
タッタっタと駆け寄ってくる一人の女の子。
その行く手を阻むようにルイスさんが女の子の正面に立ちはだかる。
「お嬢様ちゃん。どうしたの? って、君エルフじゃないか」
「ルナがエルフだからって何? どいて!」
「う~ん、困ったな」
そのやり取りを見た俺は二人に近づく。
「っ! レオン! レティナちゃんどうしたの?」
「あっ、レオン君の知り合いだったか、それはすまない」
「いえ、大丈夫です。ルナ、レティナは少し疲れちゃって眠ってるだけだよ」
「……」
詳細な内容を伏せて大まかに説明するが、ルナの心配そうな表情は変わらない。
「……そのエルフ。レオンの仲間?」
「そうです」
「なるほど。だから、エルフに固執していたのか」
「……さっきから、エルフってエルフって。ルナがエルフだからって何が悪いの?」
エルフは人間から軽蔑されている。
その事実を知っているルナは、敵意を剥き出しにしてエクシエさんを睨みつける。
そんなルナを
「何も悪くない。種族や家族、生まれた場所、それらを選択することはできない。人間は人間。エルフはエルフ。種族は違えど、美しい生命の輝きを持っているのは同じ」
「……」
「だから、安心してほしい。私たちはエルフに対して蔑むようなことはしない」
ルナの頭を撫でながら無表情で言い放つエクシエさん。
ルナはその行動に少しだけ戸惑いながらも口にした。
「……レティナちゃん、本当はどうしたの?」
「魔力が枯渇した。ただ、命に別状はない。レオンの言っている通りに、今は疲労して眠っているだけ」
「そうなんだ……」
「心配なら貴方もついてくればいい」
すっと立ち上がったエクシエさんはそのまま歩き出す。
そんな様子を黙って見ていたローゼリアは、げっとした表情を浮かべていた。
「レオン。ルナも行っていい?」
「うん。一緒に行こうか」
好奇な目で見る冒険者たちを差し置いて、俺たちはエクシエさんの後ろをついていった。
<月の庭>から徒歩十数分歩いた俺たちは、<三雪華>の拠点に足を踏み入れていた。
「わ~、綺麗……」
感嘆の声を上げるルナは、拠点の玄関まで続く花のアーチに目を奪われている。
俺はそんな花のいい香りに包まれながら辺りを見回す。
庭には優雅に装飾されたテーブルと椅子が並んでおり、色鮮やかな花で囲まれている。
玄関の扉にはクライスナー家の家紋が施されており、拠点というよりは貴族の屋敷のように思えた。
「お邪魔します」
玄関から拠点の中へ入ると、やはりというべきか内装も豪華であった。
天井には美しいシャンデリアが垂れ下がっており、豪華な壁画と絵画が飾られている。
長い間留守にしていたにも関わらず、ほこり一つ無いのはきっと家政婦さんなどが掃除をしに来ているのだろう。
拠点内を見回す俺に対して、エクシエさんがぽんぽんと肩を叩く。
「レオン。話の続きは私の部屋で。そこでレティナを寝かせる」
「……分かりました」
返事をしたのはいいのだが、一つだけ気がかりなことがあった。
それは俺の隣にいるルナの存在だ。
今からエクシエさんの部屋で話す内容をあまりルナには聞かせたくはない。
俺が患っている呪いとやらを知れば、心配をかけることは分かりきっているからだ。
「……ルイス。ローゼリア。二人はその子の相手をして」
そんな俺の内心を悟ったのか、エクシエさんが気を利かせてくれる。
「ん~、別に僕はいいけど」
「嫌ですわ。わたくしはおもりをする為に、この地に来たわけじゃありませんの」
「分かってる。ただ、今から話す内容は白仮面のことじゃない。レオンの話」
「そ、それも……」
「この話は白仮面と無関係」
「……はぁ。手短に終わらせてくださいまし」
「理解が早くて助かる」
そのままスタスタと歩いていくエクシエさんに続こうとした時、ふとルナが俺の服を掴んだ。
「……ルナ、レオンと一緒がいい」
俯きながらそう言葉にするルナに、ローゼリアが答える。
「えっと、ルナちゃん。レオンは少し大事な話があるみたいなの。その間、わたくしたちと一緒に待ってましょう」
「…………うん」
俺が何も言わないことで、付いていくのは出来ないと察したのか、ルナは掴んでいる俺の服をそっと離す。
少し心が痛むが、今は我慢してもらおう。
「ごめんね、ルナ。いい子にして待ってて」
こくりと頷くルナを置いて、俺は扉の前で待っているエクシエさんの元へと歩き出す。
エクシエさんは俺が近くまで寄って来るのを見ると、何も言わずに扉を開き中へと入る。俺もその後に続いて扉をくぐり抜けた。
部屋の中は先程の煌びやかな内装とは違い、少し質素で、客人を持てなす部屋というよりは誰かの自室という印象を受ける。
ここ多分エクシエさんの部屋なんだろうな。
無駄のないデザインの家具に、しっかり整理整頓されてる本棚。
豪華で華やかな場所よりも、よっぽどこっちの方が落ち着ける。
「レティナを寝かせてあげて」
「あっ、はい」
すぅすぅと寝息を立てているレティナをベッドに寝かせ、布団を被せる。
<月の庭>の時よりも顔色が優れているレティナを見て、俺はほっと胸をなでおろした。
「座って」
床に正座しているエクシエさんの前で腰を下ろす。
すると、エクシエさんは真剣な顔つきをした。
「レオン。これからする話は貴方にとって苦痛になるかもしれない。まずそれを覚悟してほしい」
「……はい」
「先程のように少しでも身体に違和感を感じたら、迷わず口にすること。いい?」
「分かりました」
エクシエさんの真剣さが伝わり、思わず身体が強張る。
どんな話になるか分からないし、また頭痛が来るかもしれない。
固唾を呑んでエクシエさんから出る次の言葉を待つ。
すると、エクシエさんは俺の身体を見ながら口を開いた。
「……レオン」
「は、はい」
「裸になって」
「はい…………って、え?」
「? 服を脱いで?」
「……エクシエさん。違和感を感じます」
「!? どこか痛む?」
「いや、エクシエさんから違和感を感じます」
「……?」
エクシエさんは自分の身体を触り、違和感を必死に探している。
エクシエさん、そういうことじゃない。
そういうことじゃないんだ。
もしも俺が何も考えない馬鹿ならそのまま従っているところだが、状況が状況だ。
寝ていても今は側にレティナがいる。
眠りから覚めたレティナが、裸になっている俺とエクシエさんを見れば、本気で殺してくるかもしれない。
もちろんエクシエさんではなく、俺をだ。
「私のどこが違和感を感じる?」
未だに身体中を確認しているエクシエさんに、俺は口籠もりながら答える。
「えっと……エクシエさん。裸にならないといけない理由ってあります?」
「診断や治療に必要な身体の状態を確認するため」
「ふ、ふむ」
もっともらしい見解を述べられ、動揺することしかできない俺。
「……嫌なら無理強いをする気はない」
「えっと……」
「安心してほしい。この状態からでも可能」
いや、可能なのかよ……
「な、なら、このままお願いします」
「分かった」
エクシエさんはすぅと息を吸うと話を切り出す。
「まず、貴方には呪いがかかっている可能性が高い」
「呪い……」
「そう。主に
「ふむ」
「レオン。失敗したら申し訳ない。今から私の推測が正しいか確認しようと思う」
「……分かりました」
「では、
俺の額に手を当て、そう唱える。
これで本当に良くなったのかという疑問と、これ裸になってもならなくても変わらなかったんじゃ……という思いが頭の中でぐるぐると回る。
そんな俺に対して、エクシエさんはそっと一言呟いた。
「血濡れ」
ザザザザッ
「ぐっ」
ノイズと共に酷い頭痛が思い出したように再びやってくる。
「レオン、落ち着いて」
お、落ち着けって……無理だ、こんなの。
ザザザザッ
「ぐうっ」
「
ザザザッ。
「
身体全体がその魔法で包まれる。
すると、先程までのノイズと頭痛がすぅと消えていくのを感じた。
「はぁはぁ……」
呼吸を整える俺にエクシエさんは申し訳なさそうな顔をする。
「申し訳ない。私の推測は間違っていた。貴方に呪いはかかっていない」
「……なら……はぁ……はぁ、何が問題で……こうなるんですか?」
「現状は不明。レオン、貴方の口から言える範囲でいい。三年前から今にかけて、変わった点を教えてほしい」
こうなればもう全てをエクシエさんに伝えた方がいいだろう。
完全に呼吸を整え終えた俺は、まだ誰にも伝えていない秘密を打ち明けた。
「……もう三年前もなりますが、突然俺の中に黒い感情が芽生えました」
「黒い感情?」
「はい。罪人を見れば殺したい衝動に駆られ、理性までも持ってかれる。依頼に行かなくなったのもそれが原因です」
「……他には?」
「何かが……何かが足りないんです……ずっと側にあったものがなくなったような……それが何なのかも自分では分かりません」
チャリンと音を立て、首にかかっている剣のネックレスを握りしめる。
「それは?」
「レティナに昔貰いました。これを握ると安心できて……夢を見た後にも……」
「夢?」
「はい。起きたら苦しくて、ぽっかりと穴が開いたような気持ちになる……そんな夢です」
「その夢を断片的にでも思い出すことは可能?」
「いえ、全く覚えていません」
エクシエさんは眉をひそめながら考え込む。
正直、今言ったことなんて分からない事だらけだ。
言っていることも曖昧で、俺が聞き手側なら首を傾げているに違いない。
そんな事を思うも、エクシエさんは声色一つ変えずに口を開いた。
「レオン。今の話を聞いて分かったことがある」
「何ですか?」
「おそらく貴方の記憶は欠落している」
「えっ……?」
「黒い感情、何かが足りないという心情、感情を揺さぶられるほどの夢。この三点は三年前の出来事に起因している。そして、何があったかは、おそらく貴方の仲間が知っている」
「……そうかもしれません。ただ……」
「聞けないと」
「はい」
俺の記憶が欠落していようと、三年前に何があったのかなんてのは聞くことができない。
だって、レティナが悲しんでしまうから。
「……三年前に何があったか、私は大体の推測がついた」
「ほ、ほんとですか!? 教えてください!」
「勘違いの可能性もある。ただ……」
「ただ?」
エクシエさんは俺の顔を見つめ、迷いながら言葉にした。
「この推測が当たっていれば、貴方は立ち上がれなくなってしまうかもしれない。それでも知りたい?」
「……」
そう言われると悩んでしまう。
だが、ずっと探し求めていた答えが目の前にあるのだ。
ここで聞かなかったら、もう二度と機会が訪れないかもしれない。
「……覚悟はできています。教えてください」
「では……」
エクシエさんが口を開こうとしたその時だった。
「……だめ」
ふとか細い声が聞こえたかと思えば、レティナがベッドから身を乗り出し、そのまま鈍い音を立てて床に転げ落ちる。
「レ、レティナ!? 大丈夫!?」
「……だめ……聞いちゃだめ……レンくん……お願い」
抱き起したレティナはそう懇願し、辛そうに涙を流した。
こうなればもう……
俺と同じ事を思ったのか、エクシエさんは静かに呟く。
「止めようか。レオン」
「……はい」
頷くしかなかった俺は、レティナが泣き止むまで優しく抱きしめるのであった。
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