第126話 激情


 酷い頭痛が段々と治まっていく。

 それでも未だに声すら出せない俺は、レティナに身を預けていた。


 「これは一体どういうことですか!?」


 レティナは声を張り上げ、<三雪華>を睨みつけている。


 「レ、レティナ。落ち着いてくださいまし。わたくしたちは何も…………」

 「やはりそうだった。レオンは血濡れのことで酷いトラウマ……いや、現状を見るに呪いと言った方が正しいか」

 「……なんの話ですか」


 血濡れという言葉にぴくっと反応を示したレティナだったが、依然として<三雪華>を睨みつけたままだ。

 それにしても血濡れって……



 ザザザッ



 「ぐっ」

 「レンくん! しっかりして!」

 「言葉通りの意味。三年前から血濡れの名を聞かなくなったこととレオンが依頼に行かなくなった時期はほぼ同時期」

 「……黙って」

 「血濡れに勝利した代わりにレオンは依頼にも行けないほどの傷を負った。もちろんそれは身体に影響する傷ではなく、心の傷」


 レティナの言葉とは裏腹に、淡々と喋り続けるエクシエさん。

 血濡れという言葉を聞いているだけでズキズキと痛む頭だが、レティナが側にいるおかげか先程よりも耐え難い痛みというわけではなくなっていた。

 本当にエクシエさんの言うように俺は呪いを受けたのだろうか。

 ただ、何度思い返してみても、そんな者と戦った記憶は無いし、その名も初めて……


 (レオン……血塗れを覚えてるか?)


 ふと、<迷いの森>でカルロスが聞いてきた言葉を思い出す。

 あの時は確か、その言葉ですぐに意識がなくなったような気がする。

 記憶もそこだけ飛んでいたのに……何故今頃思い出すことができたのだろう。

 鈍った思考の中にいる俺に、エクシエさんは無表情のまま見つめてくる。


 「レオン。全て理解した。だから、貴方がスカーレッドと……」

 「……何を勝手に理解しているんですか?」

 「レティナ、誤魔化してももう遅い。既に私の推測は正しかったと結論づいている」

 「……黙ってください」

 「今までは貴方たちがレオンを守っていた。だが、もうとっくに気づいているはず。この状態のままでは良くないと」

 「黙って! エクシエさんは何も分かってない!」


 ぎゅっと力を入れて抱きしめてくれるレティナ。

 その行為には本当に俺のことを大切にしてくれているという想いが伝わった。


 「レンくん、もう拠点に帰ろ? 下でルナちゃんも待っているから」


 にこっと微笑むレティナは、俺の背中をゆっくりとさする。

 そんなレティナに対して、今まで表情を変えなかったエクシエさんが憐れむように口を開いた。


 「……まるで壊れたおもちゃを大切にしようとする子供」























 その言葉に一瞬で空気が揺らぐ。

 まずい。

 そう思うのと同時に<三雪華>は、皆臨戦態勢をとった。








 「……消せ」

 「レ、レティナさん! 落ち着いてください!」

 「取り消せ!!!」

 「エ、エクシエ! 謝りなさい! じゃないと!」

 「私は思ったことを口にしただけ。謝る意味を見いだせない」


 激情したレティナによって、先程よりも大きく揺らぐ空気。

 魔力を全て解放したレティナは、何かがプツンと切れたのかエクシエさんを睨みつけながら言葉を発した。








 「秘術 五大妖精の守護パルスオブピクシー


 その瞬間、俺とレティナの周りに無数の障壁が張られ、五色の妖精が現れた。

 妖精たちは憤怒の表情で<三雪華>を睨みつけ、魔法を行使しようと手を伸ばしている。


 俺は一度だけこの秘術を見たことがあった。

 レティナの秘術の中で、絶対に一番だと言えるほどの研ぎ澄まされた魔法。

 ミシミシと<月の庭>が今にでも崩れるのではないだろうかというほどの魔力の質を見て、エクシエさんは感情が高ぶったのか、物珍しそうにレティナを見つめた。


 「これは……凄まじい」

 「そ、そんなこと言っている場合じゃありませんの! レティナ落ち着いてくださいまし。わたくしたちは貴方"には"手を出しませんことよ」

 「には……? ふざけてるの?」

 「っ。ル、ルイスも説得してくださいまし」

 「説得って言っても……」

 「ルイス。あの障壁を破れる?」

 「……無理だね。障壁もだけど……あの妖精たちがかなり危険だ」

 「ローゼリアは?」

 「で、できるはずありませんわ」

 「ごちゃごちゃ何言ってるの? この距離ならいつでも貴方たちを消し炭にできるけど?」

 「レ、レティナ。抑えてくれ。冒険者同士の喧嘩はご法度だと……」

 「マスター。そんなこと知ってるよ? でも、レンくんを守るためなら仕方がないことだから」


 そう言葉にするレティナは感情のコントロールが全くできずにいる。

 こんなにも激情しているレティナを俺は今まで一度たりとも見たことがなかった。

 <三雪華>を本当に消すんじゃないかと思わせるその姿に、胸がずきりっと痛む。

 レティナはローゼリアと仲良しだ。にも関わらずそのローゼリアに向けても殺意を飛ばしている。

 マスターの前でもいつもなら冷静に対処して、どう? と自信たっぷりに可愛く微笑んでくれるのに……


 ただただ俺を守るためだけに全てを破壊しようとするレティナに、俺はできる限りの力でレティナを抱きしめた。


 「……レンくん?」

 「レ……ティナごめん」

 「どうして謝るの? レティナはレンくんをーー「もう……大丈夫だよ。俺なら平気だから」


 レティナの頭を撫で、まるで子供を宥めるように優しく言い聞かす。

 泣いているレティナはもちろん見たくはないが、俺のせいでこんな顔をしているレティナも見たくない。

 声はいつも通りに出るようになっており、先程までの頭痛もいつの間にか消えていた。


 「本当にもう平気? 強がってない?」

 「うん。ほらっ、平気そうな顔してるだろ?」


 レティナから身体を離し、安心させるために笑顔を見せる。

 じ~っと俺の瞳を見つめたレティナは、俺がやせ我慢をしていないと分かったのか、肩の力が抜けていくのを感じた。


 「……うん。いつものレンくんだ」

 「俺は嘘はつかないからね」

 「それがもう嘘だよ?」

 「ふ、ふむ」


 ふふっとレティナは笑う。

 こんな正論言われては、言い返すこともできない。


 ……良かった。

 いつも通りのレティナだ。


 その様子にただただほっとする。

 すると、俺たちの様子を見ていたエクシエさんが口を開いた。


 「……レティナ。何を勘違いしたのか知らないが、私はレオンの力になれるかもしれない」

 「えっ……?」

 「私はこの国……いや、この世界の白魔法使いの中で、一番優れている。私ならきっとレオンを治せる」

 「それは……無理です」

 「無理と分かっていても、やる価値はある。何事にも試さなければ、現状は変わらない」


 レティナは俺の服をぎゅっと掴む。

 エクシエさんが何を言ったところで、レティナの中ではもう治ることのないものだと思っているのだろう。

 だが、俺はエクシエさんと同じ気持ちだ。

 治せる可能性がほんの一握りだとしても、藁にもすがる思いでエクシエさんにお願いしたい。

 そんな思いが伝わったのか、レティナは俺の表情を見ると寂しく微笑んだ。


 「レンくん、ごめんね」


 そこでレティナの秘術がぱっと解ける。

 精霊たちと障壁はキラキラと光の粒子に変わり、空気に溶けていく。

 完全に秘術が解け終わると、レティナはふっと気を失い、俺の胸元に倒れこんだ。


 「……魔力枯渇か」

 「はい」


 胸の中で苦悶の表情をするレティナ。

 なんとかしてやりたいと思うが、俺にはどうすることもできない現状に思わず唇を噛む。

 すると、レティナの様子を見たエクシエさんが静かに近寄り、膝をついた。


 「魔力供給マジックサプライ


 レティナの額にそっと乗せた手のひらから青白い光が放たれる。

 その光によって辛そうだったレティナの表情が段々と穏やかになっていった。


 魔力供給マジックサプライはその名の通り、自身の魔力を分け与える魔法だ。

 扱いが非常に難しく、少しでも失敗すれば状態が悪化するだけなので、他の白魔法使いはその魔法を行使しようとは思わない。

 そんな魔法を平然と行使するエクシエさんは、少し経った後、レティナの額から手を離し、口を開いた。


 「これでだいぶ楽になったはず」

 「ありがとうございます」

 「礼はいらない。こうなった原因は私にある……レオン。まだ聞きたいことがある。私たちの拠点まで一緒に来て」

 「ちょ、ちょっと、エクシエ!」

 「レティナがいつ目覚めるか分からない。側にレオンが居た方が安心するはず」

 「な、なら、ここでも……」

 「レティナに言っておく。ローゼリアはレティナをベッドまで運ぶ気がない薄情者だと」

 「あ~、なんだか急に拠点が恋しく思えてきましたわ。今すぐにでも帰りたいのですが……レオン。決してわたくしの部屋には近寄らないと約束できます?」

 「う、うん」

 「まぁ、安心してくれレオン君。仮に事故で部屋の中を見ちゃっても、掃除しないローゼリアが悪いから」

 「……」

 

 話が纏まったのか、<三雪華>の三人は腰を上げる。

 本当ならばこの後にネネが働いている花屋へと向かうところなのだが、レティナと俺の呪い。この二つを無視することは流石にできない。


 「では、マスター。そういうことなのでまた明日にでも伺いますわ」

 「ふむ。分かった……レオン」

 「?」

 「良くなるといいな」


 きっとマスターも話を聞きたいに違いない。

 依頼を全くこなさなくなった俺をいつも親身になって考えてくれるマスター。

 今も温かすぎるその言葉に、俺は深く頭を下げた。


 「……はい。また必ず報告に来ます」

 「うむ」


 マスターが頷いたのを見た俺はレティナをおんぶし、<三雪華>と共にギルドマスター室から出ていくのであった。

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