第125話 三雪華②
「では、もう一度説明致しますわね」
「……うむ」
「今、ランド王国内で騒ぎとなっている白仮面。それがわたくしのお父様が治めているクライスナー領にも半月ほど前に現れましたの」
「え?」
ローゼリアの言葉に驚きを隠せない俺。
クライスナー領はこの王都ラードから西に向けて、一週間程で辿り着くことができる場所だ。
距離がそれなりにあるそのクライスナー領にまで、スカーレッドたちは勢力を拡大していたのか?
ネネはこの王都に居る。つまり、指揮を執っているのはスカーレッドかはたまた……
「とぼけても……」
「?」
「ローゼリア。話を続けてくれ」
「……はい。その白仮面たちは、クライスナー家と縁の深かった商人を襲ったのですわ。そして……商人含め家族四人が亡くなられました」
信じられない。
そう言おうとした自分を何とか抑える。
スカーレッドは罪人に違いないが、罪無き者を無意味に殺すような輩ではない。
それを分かっていても、俺が今庇うような発言すれば、 「何故分かる」 と疑われるのは目に見えている。
話に触れずに黙っている俺に向けて、ローゼリアは口を開く。
「レオン。貴方マスターにこう言ったんですわよね? スカーレッドはあまり好戦的ではない。何もしなければ命までは取らない、と」
「……あぁ。まぁね」
「では、どうして商人一家が殺されたのかしら?」
「そんなの俺に言われても分からないよ」
本当に分からない。
今まで一度も手にかけていなかったはずなのに、何故このタイミングで?
商人が殺されたという報告に黒い感情が少しづつ湧き上がる。
おそらくこの話はネネも知っているはずだ。
なので、早くエルフのことを改善してネネに問い詰めに行きたいのだが。
「ルイスどう思います?」
「ん~、黒とは言えないけど……これは何かしら知ってそうだね」
「エクシエは?」
「……」
「ん? なんの話?」
思考に耽っていた為、話の流れが掴めなかった俺は素直に質問する。
そんな俺に懐疑的な視線を向けたローゼリアは、少し苛立ちながら言葉を発した。
「レオン。貴方……本当に何も知らなくて?」
「もちろん。今聞いたことも初耳だし、なんならスカーレッドが人を殺めたことに驚いてるくらいだよ」
「……どうしてスカーレッドという人物をそこまで理解できるのかしら?」
「どうしてって言われても……」
「貴方がスカーレッドと対峙したのは、僅か二回。それも今の今まで貴方は依頼を失敗したことがなかったはずですわ」
「……それで? 何が言いたいの?」
ローゼリアが口を開く前に、話の雰囲気から次に来る言葉を理解する。
はぁ……スチーブに続きローゼリアもか……めんどくさいな。
「貴方はスカーレッドと知り合いもしくは……貴方がスカーレッドではなくって?」
「ローゼリア!」
「マスターは少し黙っててください」
ローゼリアの身体からはいつの間にか魔力が溢れていた。
感情に流されて魔力を抑制できないなんてSランク冒険者失格だ。
と思ってはみるものの、長年仲良くしてきた商人が一家ごと殺されたのだ。そうなるのも多少は仕方がないのかもしれない。
「ちなみにだけど、根拠は? もしかして、スカーレッドの内面を理解しているからとかじゃないよね?」
「えぇ。もちろんありますわよ。貴方には謎が多すぎるのですわ」
「謎?」
「えぇ。あまりこんなことは言いたくないのですけども、貴方にはSランク冒険者としての力がありますわ。にも関わらず、二度もスカーレッドを逃がしていますの」
「だから……」
「周りに足手まといがいたなんて通用しませんわよ? ランド王国のトップに位置するランクなのですから」
「はぁ……ローゼリア。スカーレッドは君が思う以上に強いよ」
「ため息を吐きたいのはこちらの方ですの。レオン。貴方、自分が言っている意味を理解していますこと?」
「?」
初めてスカーレッドと会った時は、ルナとゼオ。それに弱りきっているブラックが居た。
次に出会った時にはマリン王国の騎士たちがいたし、その状況下でも俺が守りきれると言いたいなら、俺のことを過大評価し過ぎだ。
そう思う俺をローゼリアは一切ぶれることのない瞳で見つめた。
「どうして自分から動こうとしなかったのかしら?」
「えっ……」
「それほど強い相手と知りながら、貴方は今まで何をやってきたのかしら?」
「それは……」
自ら動こうとしなかった理由なんて一つしかない。
黒い感情が溢れてくるからだ。
〈魔の刻〉のみんなにも未だに伝えられていないその事実を、ローゼリアたちに教えられるわけがない俺は、ただ口ごもることしかできない。
「……根拠はもう一つありますの。それは、貴方が言ったスカーレッドという人物のこと。多くの冒険者が商人の護衛に付きましたが……そんな人物には一度も会っていないそうですわ」
「……へぇ」
「もう洗いざらい吐いてもいいのではよろしくて?」
「申し訳ないけど……俺は何も知らないよ。もしかして、ルイスさんとエクシエさんも俺が何かしらに関与していると思っているの?」
「そうだね。僕はあくまで公平的な立ち位置にいるつもりけど……レオン君。ローゼリアが言ったことには僕も概ね疑問に思っているよ」
「……」
エクシエさんは口を開かず……か。
俺は顎に手を添えて思考に耽る。
確かに俺はネネの居所なら知っている。
ただ、情報はそれだけしかない。スカーレッドと知り合いでもないし、俺自身がスカーレッド本人ということでもない。
それをどう説明すれば、この話が丸く収まるのだろうか。
ネネの事と俺が拠点で自堕落していた理由を隠しながら切り抜けれるメンツではない。
さぁ、どうしようか。
考え込む俺に対して、エクシエさんはゆっくりと口を開いた。
「私の意見は……ローゼリアと違う」
「えっ?」
「……エクシエ。それはどういうことかしら? 何も答えられないレオンが、本当にスカーレッドの件に関与していないと?」
「関与している可能性は十分にある。ただ、その可能性よりももっと他の件を隠している可能性の方が高い」
「他の件? ふっ。呆れてしまいますわ。わたくしの質問に答えられない時点で黒に違いませんの。マスター、レオンを捕縛する命令を下してくださいまし」
立ち上がり馬鹿な台詞を吐くローゼリア。
なんでそんな無茶苦茶なことを押し通せると思っているのだろう。
もちろんマスターもローゼリアの発言に首を振ることはなく、無言を貫いている。
「おいおい、ローゼリア。流石に熱くなり過ぎだよ。もっと落ち着いて?」
「ルイスまでもそんなことを言うのですの?」
「ローゼリア。とりあえず座って…………ローゼリア、座って」
エクシエさんの圧に渋々座るローゼリアだったが、その表情はまだ納得をしていないようだ。
「……エクシエ。貴方が話したいと言うのなら好きにすればいいですわ。どうせレオンは何も言わないでしょうけど」
「ローゼリア。言葉に棘があるよ」
「……」
ぷいっとそっぽを向くローゼリアを宥めているルイスさん。
ローゼリアは冷静なこの二人に支えられているともっと自覚した方がいい。
もし、あの状況でローゼリアから仕掛けてきたのなら……
思わずにやりと口角が上がってしまう。
「レオン。どうして笑ってる?」
「あっ、すみません。エクシエさん。なんでもないです。それで? エクシエさんは俺に何を聞きたいんです?」
「……」
じっと俺を見つめるエクシエさんは、数秒経った後に口を開いた。
「レオン、貴方は変わってしまった。それは三年前から」
「えっと……失礼になるかもしれませんので先に謝っておきますが、俺とエクシエさんって今日初めて話しましたよね?」
「そう」
「ん? なら、俺が変わったことなんてエクシエさんには分からないんじゃないですか?」
「分かる。貴方とは何度もすれ違い、<魔の刻>のメンバー、そして、マスターからも話を聞いていた」
「……ふむ」
「めんどくさがり屋だが、困っている者を見過ごせない優しい人柄。仲間には愛され、それと同じほど貴方も仲間を愛している」
「ふ、ふむ」
「今もそれは変わらない。ただ、一点を除けば」
「一点……?」
真剣な表情で俺を見つめるエクシエさんのことを、少し怖いなと感じてしまう。
俺のことを調べ上げたように話すのもそうだが、何よりも怖いと感じたのは……俺の秘密を簡単に暴けるぞといった瞳だった。
「何故、冒険に出なくなった?」
「……俺のことを知っているなら、分かるはずでは? 噂は聞いているでしょ」
「噂など結局のところは噂に過ぎない。私の推測では……貴方は何らかの身体的、いや精神的な障害を抱えている筈」
「……っ」
「なるほど。やはり、ここまでは推測通り」
「レオン……やはり君は……」
マスターの心配そうな声が耳に届くが、今はそれどころではない。
これ以上追求されれば、今まで隠し通してきた黒い感情のことを暴かれてしまうかもしれない。
自分で言うのもなんだが、それは俺の唯一の弱点なのだ。
俺はわざとらしく置時計を見ると、ソファから立ち上がる。
「……あっ、もうこんな時間か、エクシエさんすみません。外せない用事があるので、今日はこの辺で失礼しますね」
無理やり話を終わらせようとした俺は、そのまま扉の方へと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! エクシエの話はまだ終わっていませんことよ」
「ローゼリアごめん。急いでるから」
手を伸ばせばドアノブを回せる距離で、エクシエさんがぽつりと言った言葉が俺の鼓膜に響いた。
「……血濡れ。貴方がそうなってしまったのは、血濡れが関係している?」
血濡れ……?
ザザザザッ
「ぐっ」
酷い頭痛に思わず、地面に膝をつく。
くそっ。なんで……このタイミングで……
「レ、レオン!?」
マスターはそれほど離れていないはずなのに、頭痛のせいかまるでずっと遠くで俺の名を呼んでいるように聞こえた。
ザザザザッ
鳴りやまないノイズに、頭を抱えることしかできない。
そして、俺はなんとなく察していた。
このままいつも通りに意識がなくなると。
ザザザザッ
「ぐうっ」
それにしても……血濡れって…………一体誰だ?
意識が朦朧としてきた時、
「レ、レンくん!?」
正面の扉が開かれたと思うと、愛しいレティナが俺を抱きしめてくれるのだった。
ザザッ
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