第124話 三雪華
「ん~~」
気持ちのいい目覚めに身体を伸ばす。
やはり二度寝というのはとても心地よいものだ。
昨夜に早寝をした俺は一度朝に目が覚めてしまった。
朝に<月の庭>へ行けば、混雑しているに違いないと考えて、そのまま瞳を閉じたのだが……もうこんな時間か。
時計の時刻がもうすぐ午後二時を回るところで、ベッドから身を起こした俺は、そのままダイニングへと向かう。
予想はしていたことだが、今、拠点にいるのは俺一人だけのようだ。
ダイニングで遅い昼食を食べ終えて、身支度を整えるために自室へと再び戻る。
今日の予定としては、まずルナとゼオのことをマスターに伝えること。それを伝え終えたらネネの働いている花屋へと向かおうと思うのだが……
「ちゃんと居るかな……」
ぽつりと独り言を放ったのはいいが、今更色々と考えても仕方がない。
剣を携えて準備が整った俺は、予定通りに<月の庭>へと向かうのであった。
「ふむ。これは予想外だな」
<月の庭>に辿り着いた俺は、一人でその場に立ち尽くす。
何故か<月の庭>には、多くの冒険者が集まっていた。
その冒険者たちを見回してみても見知った顔は一つもない。
多くは新人か中堅冒険のようだ。
う〜んと顎を触り思考に耽る。
今日は特段マスターに呼ばれてはいない。
シャルの時のように俺が何かしらの理由で逃げるかもしれないからと集めた冒険者にも見えない。
アリサさん含む受付嬢たちは、冒険者たちに手一杯のようで、いつ話せる機会が訪れるのかも分からなかった。
こんな時はそうだな……うん。直接ギルドマスター室に行こう。
俺にもこの後に予定があるわけで、ちんたらと時間を食っているわけにもいかない。
フードを深くかぶりながら、まるで泥棒のようにそそくさと階段を駆け上がる。
誰にも声を掛けられずになんとか二階へと上がれた俺は、ギルドマスター室に向かい扉をノックした。
「ん? 誰だこんな時に」
「レオン・レインクローズです。話があって伺いました」
「入れ」
マスターの端的な返事を聞いて扉を開く。
「あら、レオンじゃない。ごきげんよう」
「げっ」
今の俺の表情は、誰が見ても酷いものだろう。
ギルドマスター室のソファには一組のパーティーが座っていた。
ランド王国が誇るSランクパーティーの〈三雪華〉。
今はクライスナーの街で冒険者をしていると聞いていたのだが……
「なんですの。その明らかに嫌そうな顔は」
「いや、ごめん。少し驚いちゃって」
黒と白の豪華なドレスを身に纏い、雪のような白い肩を露わにしている彼女は〈三雪華〉のリーダー、ローゼリア・クライスナーだ。
金髪の髪を螺旋状に巻いている彼女は、レティナと引けを取らない程の大魔術師であり、大貴族の令嬢でもある。
いつも思うけど、彼女はこの服装で冒険に出ているのだろうか……
ローゼリアの服装はとてもじゃないが冒険する為の格好とは思えない。
俺はそんなローゼリアをまじまじと見る。もちろん視線は胸元ではない。決して大きな双丘ではない!
「レオン君。とりあえず座ったら?」
キラキラと眩しい笑顔でそう言う男は、ルイス・プレイラット。
白銀の甲冑に一本の愛剣を携えてるルイスさんの顔は、男の俺が直視できないほどの美形である。
その上に、プレイラット家が代々引き継ぐもはや伝説となった剣技まで修得しているそうだ。
美形なのに、強い。そして、なにより優しいなんて完璧超人とはこの人を指すのだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
俺はルイスさんの言う通りに、〈三雪華〉の対面のソファに腰を下ろす。
何故、今日に限って冒険者が多かったのか察しが付いた。
王都ラードに拠点を構えているSランクパーティーは〈魔の刻〉一つしかない。
その為、一目〈三雪華〉を見ようと冒険者が集まってきたのだろう。
他のSランクパーティーは各々自分たちに合った街で活動している。
と言っても、目の前にいる〈三雪華〉の他に、後は龍殺しで有名な〈豪炎鬼〉しかいないのだが。
「レオン。貴方が来てくれて手間が省けましたわ。ねぇ、エクシエ」
「……」
隣に居る背の低い女性の太ももをすりすりするローゼリア。
黒い魔術師用のローブにはなんのデザインもなく、着飾るという概念が全くないように見える彼女は、エクシエ・ネルシス。
異端、天才、創造主、エクシエさんに付けられた二つ名は他にも様々ある。
冒険者でありながらも、日常生活で役に立つ魔道具や属性付与した武器などを自身の手で作り、世に広めている。
自分の目で魔法は見たことはないが、職業は白魔法使いらしい。
まぁ、服装は白魔法使いというより普通の魔術師のように見えるが。
無言のエクシエさんをよそに、マスターが口を開く。
「レオン。それで? 話というのはなんだ?」
「あ~、えっと……」
マスターに視線を向けながらも、〈三雪華〉のメンバーをちらりと見る。
「なんですの? もしかして、わたくしたちが居ればまずい話をしに来たんですの?」
怪訝な顔をするローゼリアに、思わず肩を落とす。
俺は別にローゼリアを嫌ってはいないが、彼女の方は俺のことをあまりよく思ってはいないと感じている。
だからだろうか、顔を見た瞬間につい 「げっ」 という声を出してしまった。
出ていく気が全くない〈三雪華〉に諦めた俺は、すぅっと一息ついてから話を切り出す。
「マスター、今日はエルフの件について話をしに来ました」
「エルフ……?」
「はい。エルフの奴隷解放があったにも関わらず、まだ一定層の人はエルフを軽蔑しています。それを解消したくて、マスターにお願いしに来ました」
「ふむ。なるほど」
マスターは真剣な表情で考え込む。
俺が思った対処方は、〈魔の刻〉という名を使ってルナとゼオを守ること。だが、それでは他のエルフは変わらない。
俺だけの頭では、本当の意味でのエルフの解放が思い浮かばなかったので、マスターに頼ってみたのだが……
少しの沈黙の後、マスターは真剣な表情で口を開く。
「では、もう一度市民に伝わるように告示しよう。今度は強い言い回しで」
「……はい」
マスターの言葉に一応の納得をする俺。
正直なところ一度告示した内容を、言い方を変えただけで何が変わるのだろうかという疑問がある。
だが、その他に有効的な手段が思い浮かばない。
そんな思いを抱いていると、
「確固たる思想はそう簡単には変わらない」
俺の気持ちを代弁したかのように、澄んだ声がギルドマスター室に広がる。
その声の主を見つめると、なんと驚くべきか一度も声を聞いたことがなかったエクシエさんだった。
「もう一度告示したところで、時間と労力の無駄」
「じゃあ、どうすれば?」
「現状で実効性のある対策はあまりない。あるとすれば……「エルフを軽蔑した者が裁かれた」 というデマを流す」
「エ、エクシエ……さすがにそれは」
「なら、エルフの扱いは変わらない」
エクシエさんはそうきっぱりと言い切った。
だが、変わらないと断言したにも関わらず、俺のことを見つめる瞳にはまだ何かを伝えたいように思える。
「エクシエさん……本当にその方法以外ないの?」
「現状は」
「じゃあ、その現状って言うのはいつまで続く?」
「それは貴方次第」
「え?」
俺が何かをすれば変わるのだろうか。
意味深な発言に首を傾げることしかできない俺。
すると、エクシエさんの隣に座っていたローゼリアが口を開いた。
「エクシエの伝えたいことはなんとなく分かりましたわ。レオン、今の貴女ではどうすることもできませんわよ」
「う~ん、どうすればいいかだけ教えてほしいんだけど?」
「では、わたくしたちの話を聞いていなさい」
「ロ、ローゼリア……」
「マスター安心してください。スチーブには事前に許可を取っておりますので」
ちらりと横目で俺を見るローゼリア。
現状ではエルフの扱いは何も変わらず、俺次第でそれは解決するかもしれないとエクシエさんは言った。
なのにどうして今、スチーブの名が出るのだろうか。
少し嫌な予感に遮られながらも、俺はじっとローゼリアの言葉を待つのであった。
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