第123話 禍


 あれ? ここって……


 見慣れた風景をいつの間にか歩いていた私は、ぎゅっと手を握られて隣に視線を向ける。

 すると、そこには微笑みながら私の歩幅に合わせてくれるレンくんが居た。

 

 「レティナ、もうすぐだね」

 「えっ……?」

 「何驚いた顔してるの? レティナがアガッゾ村に帰ろうって言ったのに」

 「……アガッゾ……村?」


 レンくんが口にした言葉に脳の処理が追い付かない。

 私がどれだけあの場所に帰りたくても、そんなこと言うはずがない。

 だって、あの場所は……


 「レ、レンくん! ちょっと待って!」

 「えっ? どうしたの?」

 「や、やっぱり行くの止めよ? ほ、ほらあの村はまた別の機会にしてさ?」

 「別の機会って言っても……もう見えてるよ?」

 「え……」


 レンくんが指を差す方に視線を向ける。

 そこにはあの頃と何一つ変わらない風景が広がっていた。


 「お~い、レティナ~」

 「レティナ~」


 村の入口で手を振っている二人の住人。


 お父さんと……お母さん?


 「ほらっ、行くよ。レティナ」

 「ちょ、ちょっと」

 

 私の手を引いて嬉しげに走り出すレンくん。

 その表情はとても明るく、私が不安だった<お姉ちゃんを思い出す>ということはないように思える。

 あぁ、良かった。と思うのと同時に、お父さんとお母さんの元気そうな顔が目に映り、思わず私の足も軽やかになる。

 そのまま村の入り口に辿り着くと、ごほんっと一つ咳ばらいをしたお父さんが、満面の笑みを浮かべて私を抱きしめた。


 「レティナ、お帰り。怪我などはしてないか?」

 「うん! お父さんは?」

 「そんなものするはずないさ」

 「あれ? レティナ、貴方少し背伸びたんじゃないの?」

 「え? そうかな? レンくんどう思う?」

 「いや、ずっと一緒だったから分かんないな」

 「ほう。ずっと一緒だったと……? うちの娘を随分誑かしてくれたじゃないか」

 「おじさん勘弁してください……」


 お父さんの冗談で、笑いがどっと起きる。

 レンくんは冷や汗を掻いているけど、焦ってるレンくんもやっぱり可愛い。


 そのまま村に立ち入る私たちだったが、私だけはレンくんに異常がないかをこまめに確認をしていた。

 今のところはレンくんに変わったところは見られない。

 ただ、いつ様子がおかしくなるのか分からないので、私はレンくんの手をぎゅっと握って離さないようにする。


 「ねぇ、レティナ……」

 「ん? なに?」

 「俺も父さんと母さんに会いたいんだ……だから、今の状況を見られるのは少し恥ずかしいんだけど……」

 「でも、私は平気だよ?」

 「ふむ。まぁ一旦離れよ? レティナも家族と積もる話がたくさんあるだろ? すぐにレティナの家に行くからさ」


 私とレンくんのお家は隣同士だ。

 もしもレンくんに何かあってもすぐに駆けつけることができるし、何よりレンくんが本当に離してほしそうなので、私は言うとおりに繋いでいた手を離す。


 少し寂しいけど仕方ないか。


 「じゃあ、レティナ。また後でね」

 「うん!」


 レンくんがお家に入っていくのを見届けた私は、数十歩歩いた自宅に帰宅する。


 「レティナ、今美味しい料理を作っているから部屋で待ってなさい」

 「私も手伝うよ?」

 「そんなこと言ってないで、帰省した時くらいゆっくりしてなさい」

 「……うん。じゃあ、そうさせてもらうね」


 お母さんに甘えて私は自室へと向かう。

 さほど大きい家でもないので、すぐ自室に着いた私は懐かしい気分に酔いしれながら扉を開いた。


 「……っ」


 部屋の中を見た瞬間、胸にずきりっと痛みが走る。

 お姉ちゃんと共に過ごしたその部屋は私たちが出て行った時と何一つ変わらず、お姉ちゃんがこの世界に存在していた証である"てるてるぼうず"を見て、思わず涙が頬を伝った。

 こんな顔を両親に見られれば、きっと心配をかけてしまう。

 手の甲で涙を拭った私は自分のベッドにそっと座る。


 この質感も懐かしい。昔と同じなら……


 私は窓を開けて顔を出す。

 隣の家から笑い声が聞こえて、先程の胸の痛みが引いていくような感じがした。

 幸せそうなレンくんの笑い声に、きっともうレンくんは大丈夫なんだと心の底から安堵する。

 このまま時間が経てばレンくんは前のように冒険に出れるかもしれない。

 それに意識が何かに持ってかれることもなくなるのかも……

 そう考えると無意識に頬が緩み、幸福感で胸がいっぱいになる。

 レンくんたちの笑い声に癒されながら、うとうとしだした時、不意に扉がノックされた。


 「あっ、もうできた~?」


 お母さんかと思った私は、ベットから降りて扉を開く。



































 「レティナ、どう? 幸せだった?」


 扉の前に居たのは信じられないことにお姉ちゃんだった。


 声すら出せずに立ち止まる私。

 ありえない。そんなわけない。だって、だって、お姉ちゃんは……

 視界に映るお姉ちゃんは不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。


 「ねぇ、レティナ。幸せだった?」

 「…………ぁ……ぁ」

 「ふふっ。声も震えちゃって可哀想なレティナ」


 お姉ちゃんの腕が私を包み込む。

 優しく子供を言い聞かすような声色だが、何故か私の体は震えるばかり。


 「レンちゃんと一緒に居られて、故郷にも帰れて……」

 「……お…………ね……ちゃ……ん」

 「レンちゃんが壊れずに貴方とみんなで幸せに暮らせる世界……




























 そんな世界あると思った???????????」






 耳元で囁くお姉ちゃんの声に、大きく震える私の身体。


 「レティナって昔から本当に馬鹿。私が消えたからって何も変わらないよ? レンちゃんが壊れてしまうのは悲しいけど……それはしょうがないよね? だって、レティナがそうしたんだもの」

 「……お…………ね……っ…………」

 「ねぇ、レティナ。どうして貴方がレンちゃんと手を繋げるの? どうしてレンちゃんを抱きしめれるの?」

 「…………ごめ……っなさい」

 「どうして幸せそうに生きてるの? どうして…………貴方が消えてないの?」

 

 酷く冷たいその言葉にただただ謝罪を繰り返す私。

 お姉ちゃんは私を憎んでいる。分かりきっていたその事実に涙が止まらない。


 「泣いたら許されると思ってる? 私じゃなくレティナが消えればレンちゃんが壊れることもなかった。だって、そうでしょ? レンちゃんの想いの強さが違うんだもの」

 「……ごめ……っごめ…………っなさい」

 「謝ったって許さない……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない………………絶対に許さない」


 憎悪のこもった声で私の身体を強く締め付けるお姉ちゃん。

 ミシミシと悲鳴を上げる身体なのにも関わらず、不思議と痛みは感じなかった。

 死ぬ時は痛みを感じないと聞いたことがある。それをきっと今体感しているのだろう。

 お姉ちゃんに殺されるなら本望だ……でも……


 (レティナ)


 レンくんの愛おしい声を思い出す。

 お姉ちゃんが居なくなり、私までもレンくんの前から消えたら……もう本当に取り返しがつかなくなる。

 だから、私はまだ……







 はっとして瞼を開ける。

 自室の部屋の天井が視界に映り、先程のことは夢だったのだと実感する。

 頬に手を当てるとやはりというべきか涙で濡れており、それを服の袖で拭おうとした。

 その時、


 「レティナちゃん……」

 

 動かした腕にしがみついていたルナちゃんが私の顔を覗いていた。


 「……っ……意味なかった」

 「……えっ?」

 「お花……」


 何を言っているのかイマイチ理解できない私は、空いている腕で涙を拭い、泣きそうな顔のルナちゃんを見つめる。


 「お花って?」

 「あのねっ……店員さんが言ってたの。あのお花はぐっすり眠れる効果があるって。レティナちゃん、たまにうなされてるから……っルナなんとかしたいなって」


 ルナちゃんの瞳から流れ落ちる涙。

 それを見た私も思わず、涙腺が緩んでしまう。


 あぁ……ルナちゃんはずっと気づいていたんだ。

 私がお姉ちゃんの悪夢で泣いていることに。


 一回だけ。

 悪夢でうなされた私の泣き顔をルナちゃんに見られたことがある。

 ただその時はルナちゃんが拠点で暮らすようになった当初であり、「なんでもないよ」 と 「レンくんには秘密」 という二言を告げて、不安にさせないようにした。

 レンくんには未だに気づかれてはいない。

 きっとルナちゃんが私との秘密を守ってくれているから……でも……


 目の前で泣いているルナちゃんをそっと抱きしめる。


 「ごめんね、ルナちゃん……っごめん」


 全ての元凶は私にある。

 「なんでもないよ」 と嘘をついてルナちゃんに心配をかけていることも、お姉ちゃんがいなくなってレンくんが壊れかけになっていることも。

 ただ、私の周りが悲しい思いをしていると分かっていても、今の私にはどうすることもできない。

 だから、一つ決めていることがあった。

 もしも全て綺麗に結末を迎えることができたのなら、私はみんなの前からいなくなろうって。

 だって、お姉ちゃんは私だけ幸せになることを望んでいないだろうから。


 「泣かないでルナちゃん。あのお花、本当に嬉しいよ」


 私よりも小さな身体をぎゅっと抱きしめる。

 カーテンの隙間から月の光が差し込んでくるのが、それはまるで自分の存在と真逆のように思えて、私は逃げるように瞳を閉じ、暗闇に逃避するのであった。

 

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