第122話 プレゼント


 はぁ……とため息をつきながら、拠点の前で立ち止まる。

 ネネを見つけたのはいいが、これからどうすればいいのだろうか。

 拠点のみんなに相談をすれば、必ずと言っていいほど攫ってくるだろう。

 そして、情報を吐くまで手段を択ばない。

 今までの罪人ならば、俺もそうしていた。大抵は慈悲を与える必要性を感じない者たちだったからだ。

 だが、今回は少し違っていた。

 商人を襲ってはいるが、死者が出たという情報はまだ俺の耳には入っていない。

 それにホワイトフラワーが必要という明確な理由も分からない。

 理由さえ教えてくれれば、何かしら手の打ちようがあるのだが、どうせ聞いたとしても答えてくれないのだろう。

 罪は大小問わず犯した者たちは平等に悪。そう考えていた俺の思想が揺れていることに、はっと気づく。

 ネネには人の痛みが誰よりも分かるはずだ。賊に襲われる恐ろしさも悲しみも。

 それなのに、自ら同じ道を歩んでいるネネに他の罪人とは違った何かを感じていた。


 どうすれば……ネネとスカーレッドの暴走を止められるんだろう。


 「スカーレッドのことは忘れてくれ」 とマスターには言われたが、そうも言ってられない。


 ぐるぐると思考を巡らせていると、ふと誰かが俺の肩を叩いた。


 「レンくんどうしたの? そんなとこで立ち止まって」


 後ろを振り返ると、依頼を終えて帰ってきたのかレティナが不思議そうに首を傾げていた。


 「あっ、レティナおかえり。なんでもないよ」

 「ふ~ん?」


 後ろ手を組み、上目遣いで見上げるレティナ。

 疑われていると分かっても、その仕草に思わず可愛いなと思ってしまう。


 「レンくん、また何か隠し事してる?」

 「ううん。大したことじゃないよ。それより早くルナに会ってあげて」

 「え? ルナちゃん?」


 きょとんとするレティナを横目に、俺は拠点の扉を開ける。


 「ただいま~」


 ダイニングまで響く声を出すと、ルナが一目散に駆け寄ってきた。


 「レオンおそいよー! あれ? レティナちゃんもいる!」

 「ただいま。ルナちゃん」

 「おかえり、レティナちゃん! ちょっと待っててね!」


 少し興奮気味にそう言うと、ルナは二階に駆け上がっていった。


 「……? レンくん?}

 「まぁ、ちょっとだけ待ってあげよう」


 扉を閉めてレティナと二人、ルナが来るのを待つ。

 タッタッタと階段を下る音が聞こえたかと思うと、今日買ってきた花束を抱きかかえてルナが走り寄ってきた。


 「はい! レティナちゃん!」

 「え……っと、これは?」

 「レティナちゃんへのプレゼントだよ。いつもありがとう!」


 差し出された花束を受け取ったレティナは、まだ現状を理解できないのかぼーっとそれを見つめている。


 「レティナちゃん……嬉しくない?」

 「う、ううん。突然の事でびっくりしちゃって……嬉しい。すっごく嬉しいよ、ルナちゃん」


 花がくしゃくしゃにならないようにルナを抱きしめるレティナ。

 嬉しさが込み上げてきたのか、レティナは少し涙ぐんでいる。


 「喜んでくれてよかった! あのね? レオンとゼオにもついてきてもらったの」

 「そうなんだ。あっ、これをレンくんは隠してたんだ?」

 「う、うん。まぁね」


 話を振られるとは思わず、動揺しながら答える俺。

 事実は違うが今はそういうことにしておこう。


 ルナを離したレティナは立ち上がり、満面の笑みをこぼす。


 「レンくんもありがとう。じゃあ、ルナちゃん。このお花、部屋に飾ろっか」

 「うん!」

 「レンくん。夕食はまだだよね? ちょっとだけ待っててくれる?」

 「もちろん。ゆっくりでいいよ」


 仲良く手を繋ぎ、二階に上がっていくレティナとルナを見届ける。

 そんな二人の背中はどこか高揚感に包まれているように感じた。


 もし俺がレティナの立場になっても、同じような気持ちになるだろうな。


 二人の幸せそうな笑顔を見れて、俺もつい頬が緩んでしまう。

 そんなだらしない表情のまま俺は自室ではなく、ダイニングへと足を運んだ。


 「え……っと……ただいま……」


 何故俺はこういう時に選択を誤るのだろう。

 ダイニングにはいつもの見慣れたメンバーがいた。

 ミリカにマリー、それにカルロスとゼオ。


 「カルロス……あんた女の子じゃないんだから、拗ねないの」

 「あ? 別に拗ねてねぇよ」

 「拗ねてるわよ? ね? ミリカ」


 話を振られたミリカに視線を向けると、ミリカは気まずそうな顔でこちらを見る。

 その表情からは、早くここから抜け出したいという想いが伝わった。


 「あの……これどういう状況?」

 「カルロスがプレゼント貰えなくて拗ねてるの」

 「だから、拗ねてねぇって」

 「僕が悪いんです。お姉ちゃんみたいに気を遣えなかったから……」

 「はぁ」


 やれやれといった表情で首を横に振るマリー。


 「な、なるほど……」


 カルロスの不機嫌そうな顔を見ながら、俺は自分の椅子に腰掛ける。


 カルロスが嫉妬するなんて、初めて見たな。


 熱い男なのは間違いないが、その内面は基本的にさっぱりとしている。

 だから、今までカルロスが何かに嫉妬することなど見たことがなかった。


 ダイニングの空気が悪い中、突然ゼオが席から立ち上がった。


 「ぼ、僕……今から買ってきます」

 「ゼオ君、今日はもうだめ。買うなら明日にしようね」

 「で、でも……」


 唇を噛みながら服の袖を握っているゼオ。

 そんなゼオにカルロスは、はぁとため息をついたかと思うと、バチンッと自分の両頬を叩く。


 「うしっ、すまんゼオ。俺が子供だった」

 「でも、僕が……」

 「いや、ちげぇんだ。態度に出すつもりはなかったが、思ったより俺、お前のこと気に入ってるんだな。素直に俺も欲しかったって思っちまっただけだ」

 「カルロスさん……」


 ニカッと気持ちいい笑みを浮かべるカルロス。

 そこに照れや恥じらいはなく、逆にこちらが照れてしまう笑顔だ。


 「僕、カルロスさんが喜んでくれることって、自分自身が早く強くなることだと思っていました。でも、カルロスさんも普通の人みたいにプレゼントで喜んでくれるんですね」

 「あぁ? そりゃ、当たり前だろ」

 「ふふっ、分かりました。今度とびっきりのプレゼント用意しておきます」

 「あ? そんなことより早く強くなれ」

 「え、えぇ~」

 「ふっ、冗談だ」


 ゼオの頭をわしゃわしゃとするカルロスによって、ダイニングの空気が穏やかになる。


 カルロスのこういうところが好きなんだよな。


 昔から何一つ変わらないその性格は少し憧れるものがある。

 ……これで爆弾発言と戦闘狂が無ければ完璧なのに。


 そんな事を思っていると、花を飾り終えたレティナとルナがダイニングへと顔を出す。

 そのまま夕食を作り始める二人の手伝いをしながら、俺は話の機会を窺っていた

 今日居た老夫婦の事を主にレティナとカルロスに話さなくてはいけない。

 ダイニングへと一直線に向かったのもそれが理由だ。


 みんなの他愛のない話が一区切りついた時、俺は今しかないと話を切り出した。


 「そういえば今日さ、みんなも知ってると思うんだけど、ルナとゼオの三人で出かけたんだ。その時に、二人をあからさまに軽蔑してる人が居たんだけど……レティナとカルロスはそれに気づいたことある?」


 できるだけ優しく言ったつもりではあるが、二人のことを考えるとどうしても普段通りの声とはいかない。


 「そっか……またあったんだ」


 そう言葉にしたレティナは、野菜を切っていた手を止める。

 

 「もちろん気づいてるよ。ルナちゃんに嫌な視線を送ってくる人には、直接話もしてる」

 「俺もだ。大概は爺さん婆さんだな」

 「なるほど……ちなみにだけど、それって毎日?」

 「ううん。そんなこともないけど」

 「そっか。じゃあ、明日マスターに俺から言っておくよ」

 「レオン……ルナたちなら大丈夫って……」


 不安そうに見上げるルナ。

 確かにルナたちは平気そうな顔をしていた。

 だが、俺たちがそうではないのだ。

 

 「ルナ。ごめんね。やっぱり見て見ぬ振りはできないし、俺はルナとゼオが大好きなんだ。だから、できる限りのことはしてあげたい」


 心の底から出た言葉に数秒の沈黙が訪れると、突然後ろから勢いよく抱きつかれる。


 「レオンさん。僕もレオンさんが大好きです!」

 「あっ、ゼオずるい! ルナも!」


 前後から抱きつかれる俺に、ゼオはそのままの状態で口を開く。


 「レオンさん。ご迷惑だと思いますが、よろしくお願いします」

 「もし何も変わらなくても、レオンは気にしなくていいからね!」

 「うん、分かった」


 いつも拠点で自堕落しているのだ。

 俺が落ちぶれているのは自分自身分かっているが、こういう時に動かなくていつ動くというのか。

 嬉しそうな顔をする二人を見たら、なんとしてでも解決したいという気持ちがより一層強くなるのであった。








 「じゃあ、レンくん。おやすみ」

 「え? 早いね、今日は」


 時刻は午後十時。

 眠そうに目をこすっているルナの手を握りながらレティナは椅子から腰を上げる。


 「うん。今日はルナちゃんと一緒に寝ようかなって」

 「そっか。いつも先にルナが寝ちゃうし、たまにはいいかもね」

 「うん。ルナちゃん行こ?」

 「ん……」


 みんなにも 「おやすみ」 と伝え、ルナの手を引っ張りながら、レティナはダイニングから出ていった。

 その様子を見たミリカがポツリッと呟く。


 「今日はミリカが……ごしゅじん独占」

 「ミリカ。今日は私の部屋で一緒に寝ましょ?」

 「えっ……」

 「たまにはいいじゃない……それとも私とは寝たくないのかしら??」


 笑顔で圧を送るマリー。

 プルプルと震えるミリカは俺に助けを求めるように見つめてくる。

 それを見なかった振りをした俺はレティナと同様に腰を上げた。


 「じゃあ、俺ももう部屋に戻るよ」

 「ご、ごしゅじん……」

 「……」

 「ごしゅじ……ん」

 「…………」

 「ごしゅじーーーん!」


 ミリカを置いて逃げるようにダイニングから出た俺は、二階へと上がる。


 ミリカ……また一つ学んだな。

 マリーの前では、絶対にああ言うこと言っちゃいけないって。


 そんな事を思いながら、俺はレティナの部屋を見る。

 レティナとルナは今日きっといい夢を見れるに違いない。

 ……ミリカは別だと思うけど。

 明日は<月の庭>に行くし、俺ももう寝るかー。


 自室に入るとすぐにベッドへ倒れ込み、そのまま瞼を閉じた俺は眠りの中へと一瞬で落ちていくのであった。

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