第121話 発覚


 あの後、おばちゃんはお客の俺たちの前で取り乱したことに謝罪していた。

 店員の女の子に何があったかは分からないが、俺たちは深く追求もせずに花束のお礼だけ言い、今はぶらぶらと街の中を歩いている。


 「ルナ、その花束重くない? 魔法鞄マジックポーチにでも入れようか?」

 「ううん。大丈夫! ルナが自分で持ちたいの」


 無邪気な笑顔で花束を抱きかかえるルナ。

 早くレティナの驚く顔が見たいと思っているだろう。

 まだ夕暮れには早いが、拠点でレティナを待つのもいいかもしれない。


 そう思った俺は、隣を歩いているルナとゼオの頭を撫でる。


 「二人とも今日は拠点に帰ろうか。もうレティナが依頼を終えて帰ってるかも」

 「僕はそれでいいですよ。美味しいケーキも食べれたので、大満足です」

 「ん~、ルナはまだ物足りないな~……レティナちゃんが居なくてもレオン相手してくれる?」

 「もちろんだよ」

 「じゃあ、お家に帰ろ~!」


 行き先が決まった俺たちは拠点へと目指して、ゆっくりと歩いていく。

 拠点に着くまでの間、俺は二人の他愛のない話を聞いていた。

 レティナが貴族の頬を叩いた話や、カルロスが依頼主と気が合わず依頼の続行が不可能になった話。

 ま、まぁ、些細な話だ……


 拠点にもうすぐ着くというところで、俺はふと先程の会った店員の女の子のことを思い出す。


 「そういえば、さっきの店員さんって二人は知ってる?」

 「う~ん……」

 「僕は知らないですけど、レオンさんは顔見知りなんですか?」

 「いや、多分会うのは初めてなんだけど……」


 顔は知らないが、声は聞いたことがあるような気がする。

 あの時、店員の女の子は俺の顔を確認するように見上げてきた。

 自分で言うのもなんだが、他国の国ならいざ知らずこの王都では俺の顔は知れ渡っているはずだ。

 にも関わらず、その事には一切触れないで一組のお客様として対応してくれた。


 何か……何かが引っかかる。


 俺は顎に手を添えて思考に耽る。


 自分が有名人だからって、誰もが知っていると思うなと言われれば確かにそうかもしれない。

 ただ、おばちゃんは言っていた。


  (この子はねぇ、男の人が近くにいると震えて対応ができなくなるんだ)


 俺の身長や体格からして女性と勘違いすることはまずない。

 震えるほど男性を毛嫌いもしくは苦手とする人が、俺のことを何一つ知らずにわざわざ近寄ってくるのだろうか。


 思考に更けていると、いつに間にか拠点に辿り着いていることに気付く。


 「レオンなんかおかしいよ?」

 「えっ、そう?」

 「うん。心ここにあらずって感じがした!」

 「ふむ。ルナも難しい言葉を覚えたんだね」

 「あー! 馬鹿にしたー!」

 「ごめんごめん。冗談だよ。ちょっと考え事してて……」

 「まぁ、許してあげる。さっきの女の子可愛かったもんね」


 ぷいっと顔を背けるルナ。

 こういう仕草はレティナに似てきた気がする。


 そんなルナは俺と視線を合わせることなく言葉を続ける。


 「でも、ちょっと似てたね」

 「ん? なにが?」





































 「前にブラックの家に来た人と……声が」


 その言葉に心臓の鼓動がどくんっと脈を打った。


 「い、いつ……そう思った?」

 「ん? 会った時だよ? ルナはあんまり覚えてないけど……レオンが気づかないならルナの勘違いだね」

 「お姉ちゃん。なんの話してるの?」

 

 ルナとゼオが何やら会話をしているが、その内容が耳から耳へと通り抜けていく。


 「ごめん、二人とも。用事思い出した。先に拠点で待ってて」

 「えっ?」

 「それってどういう……って、レオンさーん!」


 二人の言葉を待たずして駆け出す。


 〈迷いの森〉で一度だけ俺はスカーレッドに刃を向けた。

 ただ、その刃は……青い仮面を身に着けていた者の手によって防がれたのだ。


 あの時、青仮面が喋った言葉はそう多くない。うろ覚えだが、一言だけだったような気がする。

 その声を今もなお覚えているなんて、ルナは俺よりもよっぽど記憶力が優れている。


 それにしても俺は何故こうも忘れっぽいのだろう。

 スカーレッドの声は鮮明に覚えていたのに……


 街の中を走れば目立つので、家々の屋根を伝って花屋へと急ぐ。


 正直もう逃げられているかもしれない。いや、もう逃げているだろう。

 それでもあのおばちゃんは逃げ切れるとは思わない。

 協力者かどうか定かではないが、見つけたら洗いざらい吐いてもらおう。


 花屋が視認でき、俺はその屋根の上に着地する。

 そして、上から地上を見下ろした。


 ……舐めてるのか?


 花屋の裏手にある花壇に水をやっている女の子。

 その女の子の背後を取る形で屋根から飛び降りる。


 「いかがなさいましたか? お客様」


 音を立ててもないのに花壇の水やりを止め、ぱっとこちらを振り返った女の子はにこりと微笑んだ。


 「……ネネ。よく逃げなかったね」


 スカーレッドの隣に居た青仮面。

 それは今まさに目の前で立っている女の子の声と一致していた。


 「逃げる? なんのことでしょう?」

 「とぼけても無駄だよ。君は青い仮面の子だよね」

 「……」


 無言でいるネネに一歩近づく。

 俺の行動にぴくっと反応するネネだが、その表情を崩れない。


 「拠点に連れてかれるか、警備隊にお世話になるか……どっちがいい?」

 「どちらも嫌です。私はただの花屋の店員ですから」


 ネネは俺から視線を外し、再び花壇に水をあげる。

 その振る舞いからは殺気などなく、警戒心すらも持ち合わせていないようだった。


 「それで納得するとでも? 商人を襲っていたんだ。許されるとは思っていないよね?」

 「何を勘違いしているのか分かりませんが、人違いですよ」


 はぁ……もういいや。

 このまま話し合ってもどうせ埒が明かない。ひとまずこの場からネネを連れ去ろう。

 そう思った俺は、ネネの腕を掴もうと手を伸ばす。

 その時だった。


 「無駄ですよ」


 声色を下げたその声に俺の行動が止まる。


 「レオン様。仮に貴方様の拠点に連れて行かれたとしましょう。私から喋ることは何もありません。警備隊の方たちも同じです」

 「……俺たちが君を傷つけないとでも?」

 「そうですね。仮に尋問や拷問をされたとしても……私から出る言葉は何もありません」


 その言葉には揺るがぬ決意を感じた。


 ふむ、と一度俺は冷静になる。


 決意が固い者ほど情報を吐かせるのは難しい。

 それは今まで拷問をしてきた罪人で学んでいる。

 それに今回は俺から逃げる時間があったにも関わらず、まるで本当に何も知らないというように花壇に水をやっていた。

 捕らえられたとしても全く問題ないと背中で語っているようだ。

 警備隊に 「こいつは商人を襲っています!」 と主張をしても証拠がない。

 きっとすぐに解放されるだろう。


 花の水やりが終わったのか、ネネは如雨露じょうろをその場に置き、ゆっくりと口を開く。


 「私、お花が好きなんです。見ていると心が落ち着いて……お母様のことを思い出します」

 「……」

 「お母様はこのお花が好きだったな」


 真っ赤な一輪の花を愛でるネネ。

 あまりにも哀愁が漂っているネネの背中に、俺は無意識に続きを求めた。


 「……そのお母さんは?」

 「賊に殺されました。私のお父様もお兄様も全員……」


 単調に話すネネだが、その言葉には言いようのない憎しみが込められていた。


 「ここのおば様は行き場に困っていた私に仕事どころか、泊まる場所も用意してくれたんです。とても良いお方ですよ」

 「じゃあ、あのおばちゃんは何も知らないんだね」

 「……はい」


 なんとなくだがネネの言いたいことを理解する。

 きっと自分が犯している過ちとおばちゃんは無関係と言いたいのだろう。

 それは分かった……だが……


 「君たちがやろうとしているのは何? なんで君が憎んでいる賊と手を組んでまで商人を襲うの?」

 「……」

 「君の境遇には同情する。けど、それとこれとは話が別だ。答えて」


 無言の時間が続く。

 スカーレッドの目的とネネの過去には、おそらくだが繋がりはない。

 スカーレッドは 「守りたい人がいる」 と言っていた。

 もしもその守りたい人がネネを指すなら……もう手遅れなのだ。

 時を巻き戻す魔法や死者を蘇生する魔法などこの世の理から逸脱している。

 では、本当の目的はなんなのか。

 未だに分からないその事を聞くため、ネネの返事を待つ。


 「襲う理由ですか……それくらいなら答えてもいいですよ」

 「……」

 「ホワイトフラワーがどうしても必要なんです」

 「ホワイトフラワー?」

 「はい」


 ホワイトフラワーという言葉に俺は顔を顰める。

 ホワイトフラワーは、商人がポーションを作る時に必要とさせている材料だ。

 ギルドでも採集依頼が来ることがあり、冒険者なら一度は目にしたことのある花である。

 そんなホワイトフラワーを単純に奪う目的で、商人を襲うとはスカーレッドやネネを見ていると考えられない。


 「何故襲う必要があるの? 別にお金で買えばいいでしょ」

 「なるほど……レオン様は知らないようですね」

 「……?」

 

 含みのある言い方をするネネは言葉を続ける。


 「ホワイトフラワーには一個人で持てる量が法で決まっています。冒険者にとって必要なポーションを一人の商人だけが作れるとなったら、その商人はまずどうするでしょうか?」

 「……価格を上げる……かな」

 「はい。そうなれば、初心者の冒険者はポーションも買えずに死んでしまうかもしれません。その抑制の為、ホワイトフラワーは独占できないように法で持てる量を制限しているのです」


 ネネの言葉になるほど、と心の中で納得をする。

 確かに商人になるためには様々なことを覚えなければならないと聞いたことがある。

 そして、覚えたとしても商人資格が必要らしい。

 一般人には観賞用でしか用いられないホワイトフラワーの法もその覚える一つなのだろう。


 「ん? さっきのお客さんじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」

 

 不意に掛けられた言葉に思わずびくりとしてしまう。


 「おば様すみません。ここからお客様が見えましたので、私が声を掛けたんです」

 「あらら、そうかい」

 「お客様すみません。もう閉店するので、今日のところはお帰りください」

 「……はい。今日のところは……ね」


 

 花壇と花壇の間にある扉に向けて歩き出す。


 捕まえられないにしろもっと追求したかった事があっただが……今日はもう諦めよう。

 おばちゃんがいるのでネネも逃げることはしないと思う……もしも、逃げたら……


 ふっと少しだけ黒い感情が俺を襲う。

 その感情を抑えながら、俺は振り返らずに扉から出ていくのであった。

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