第120話 思い出せない


 「わ~、これがケーキですか。美味しそう!」


 ゼオはずらりとテーブルに並んだケーキを見て、目をキラキラとさせている。

 

 「どう? ゼオ? すごいでしょ~?」


 対するルナは、あたかも自分で作ったかのように腕を組んで、自慢げに鼻をふんっと鳴らした。


 「うん! レオンさん。もう食べてもいいですか?」

 「ん、いいよ」

 「では、いただきます」


 律儀に手を合わせたゼオは、チョコケーキをパクリと食べるととても幸せそうな表情を浮かべた。


 ケーキを食べてる時、みんな同じ顔するなぁ。


 そう思っている俺もきっと同じ表情をしているのだろう。


 「ゼオ、美味しい?」

 「はい。すっっごい美味しいです」

 「それは良かった……あっ、そういえば、ゼオ」

 「はい?」

 

 ゼオの顔を見て、一応言っておかなければいけない話を思い出した俺は口を開く。


 「ここで言うのもなんだけど……カルロスに花のプレゼントは止めた方がいいかも。もちろんプレゼントは喜ぶと思うんだけど、多分他の物の方がいいかなって」


 俺の言葉にケーキを飲み込んだゼオは、苦笑交じりに話す。


 「僕はお花を買おうとはしていませんよ」

 「あ、そうなんだ?」

 「はい。お姉ちゃんがレティナさんに送るだけです。まぁ、レオンさんの言うようにお花をカルロスさんにあげても……」


 ふむ。それ以上は言わなくても伝わる。

 修練で一緒に過ごしているおかげか、ゼオもカルロスの性格を理解しているようだ。

 ……ん? 待てよ? それなら……


 「ゼオ。一生のお願いがある」

 「は、はい。なんでしょう?」

 「カルロスに空気を読ませる修練を……「それは無理です」

 「……ダヨネ」


 ゼオに無理ならこの先誰にお願いしても無理だろう。

 爆弾野郎はずっと爆弾野郎のままか……


 そう悟った俺は、少し気落ちしながらケーキを食べる。

 すると、ルナがいつの間にか俺を見つめていることに気付いた。


 「ルナ、どうかした?」

 「えっとね……」

 「うん」

 「レオンはレティナちゃんと結婚しないの?」

 「ぶっ……げほっげほっ」


 突然の言葉に思わずむせる俺。

 

 「ル、ルナ? い、いきなりどうしたの?」

 「ん-とね? ご本で読んだの。お互いに好きだったら結婚するって」

 「な、なるほどね」


 ミリカといいルナといい、普段どんな本を読んでいるのだろうか。

 答えづらい質問に思わず動揺してしまう。

 

 「レオンは……レティナちゃんのこと好き?」

 「もちろん好きだよ」


 幼女に向けて俺は何を真剣に言っているのだろう。

 少し……いや、大分恥ずかしい。


 「あのね? 結婚するとお互いが幸せになるんだって」

 「ふ、ふむ」

 「ルナはレティナちゃんのことが好きで、レオンも好きなの。だから、二人には幸せになってもらいたいなって」

 「それで結婚……と」

 「うん」


 結婚……か。

 正直考えてもいなかった。

 レティナとそういう話はしたことがなかったし、今のままでも十分幸せだからだ。


 ルナに返す言葉が思い浮かばない俺は口を噤む。

 そんな俺とルナの会話を聞いていたゼオはルナに視線を向けた。


 「お姉ちゃん。結婚ってお姉ちゃんが思ってる以上に簡単なことじゃないと思うよ?」

 「え? そうなの?」

 「うん。だって、そんな簡単にできるものならもうしてるよ」

 「……そっかぁ」


 しゅんとしたルナは納得したのか、そのまま残っているケーキを食べ始める。


 ゼオの助けがなかったら、俺はどんな返事をしていたのだろう。


 ん~、と心の中で唸って考えてみても答えが出せない。

 何故ルナが今そんな話をしたのかは不思議だが、もう一旦この話は置いておこう。

 いつかきっと結婚をしたいと本気で思える日が来るはずだ。


 俺は残ったケーキを食べ始める。

 うん、美味しい。何度来てもそう思える美味しさだ。


 そんなケーキを堪能してると、ルナは最後に何か伝え忘れていたのか口を開いた。


 「あっ、もしレオンが結婚してもルナは愛人でいいよ~?」

 「ぶふっ」









 ケーキ屋を後にして、花屋へと向かう。

 先程ルナが言った愛人宣言は、誰にも言わないように、と釘を刺しておいた。


 あの場にマリーが居たらと考えると……いや、考えたくないな。軽い悪寒がする。


 「レオン~お花屋さんどこ~?」

 「そこの角曲がったらすぐだよ」


 俺の言葉にタッタッと駆け出すルナ。


 「わ~、すごーい!」

 

 ルナの歓声が聞こえ、俺たちは一軒の花屋に到着した。

 こじんまりとした花屋の店内は色とりどりの花で埋め尽くされており、奥から店員らしき女の子が姿を見せる。


 「……いらっしゃいませ」


 俺たちをじっと見た後にぺこりとお辞儀する女の子。


 ん……? この声……


 どこかで聞いたことがあるような気がして、正面にいる女の子を見据える。

 肩にかからないほどの黒髪に、色素の薄い茶色い瞳。

 花屋のエプロンを着ている姿を見てもいまいちピンとこない。


 「本日はどのようなお花をお求めですか?」


 ゆっくりと歩いてきた女の子は、俺の顔を確認するかのように少し屈んで見上げた。

 

 「えっと……ルナどういう花がいいの?」


 俺は見上げてくる視線から逸すと、花を見ているルナの方へと近寄り、目線が合うようにしゃがむ。


 「ん~と……店員さん。聞きたいことがあるの」

 「はい。なんでしょう?」

 「レオン。少し耳塞いで?」

 「え、なんで?」

 「いいから~」


 俺の手を取り、耳に当てさせるルナ。

 何か俺に聞かせたくないことでもあるのだろうかと疑問は多少残るが、今はルナの言う通りにする。

 ここで耳を塞いだ振りをすれば、前回のような二の舞になる気がしたからだ。


 マスターが初対面のルナに頬ずりしたのが少し懐かしいな……


 そう思いながら、耳を塞いで待っていると、体感にして数十秒程でゼオが俺の肩をトントンと叩いた。


 「あれ? もういいの?」


 こくりと頷いたゼオを見て、塞いでいた手を離す。


 「これが一番効き目があると思いますよ」

 「じゃあ、それをいっぱいください」

 「いっぱいとは……」

 「えっと、ルナが持てるくらい!」

 「かしこまりました。では、少々お待ちください」


 店員の女の子が、ルナの選んだ水色の綺麗な花をてきぱきと見繕う。

 「効き目がある」 と言った女の子の言葉が何を意味するのかは分からないが、ルナの嬉しそうな顔を見たらそんなこと些細なことのように思えた。

 俺はその花の代金支払うため衣嚢に手を伸ばす。


 「あっ、レオンさん。ここのお金は僕が出しますよ」

 「え? お金持ってるの?」

 「はい。レティナさんとカルロスさんから貰ってるんです」

 「……なるほど」


 ルナとゼオは今日のようにSランク依頼には同行できないものの、レティナとカルロスの依頼についていっている。

 その時に依頼料を少し貰っているのだろう。

 確かにせっかくレティナにプレゼントをあげるのだ。

 自分で買った物を送りたいに決まっている。


 「分かったよ。ゼオのことだから心配はしてないけど、お金は落とさないようにね」

 「はい」


 それから店内の花を見渡してるうちに花の見繕いが終わったのか、ルナは手に大きな花束を抱えてとことこと近寄ってきた。


 「レオン~見て~綺麗でしょ?」

 「うん。すごい綺麗だね。それならレティナも喜ぶこと間違いなしだ」

 「やたー!」


 嬉しそうな表情で喜ぶルナに、思わず頭を撫ででしまう。


 「店員さん、ありがとうございました」

 「いえいえ、喜んでくれて私も嬉しいですよ」


 胸に手を当て満足そうに顔をほころばせる女の子。

 やはりというべきかその顔に見覚えはない。

 ただ、お客であるエルフのルナに対しても嫌な顔一つ見せず、自分のことのように喜んでくれるその性格はとても根が優しい子なのだと感じた。


 「あらっ、お客さんいたのかい?」


 その声と共に、奥からこの店の店主らしきおばちゃんが顔を見せる。


 「はい」

 「あらあら、それは大変だったわね」


 何が大変なんだ……?


 おばちゃんは女の子の側に寄り、その子の手を握る。

 すると、そのおばちゃんは何かに気づいたようで驚きの表情をした。


 「あんた大丈夫だったのかい!?」

 「……はい。一応は……」

 「? おばちゃん。何が大丈夫だったの~?」


 ルナがおばちゃんと女の子の会話に割って入る。


 「この子はねぇ、男の人が近くにいると震えて対応ができなくなるんだ」


 少し涙ぐんでいるおばちゃんは、女の子をそっと抱きしめた。


 「……あの……おば様……今はお客様が……」

 「良かったねぇ……本当に良かった。治るかもしれないねぇ……」


 女の子の頭を撫でながら、まるで独り言のように呟くおばちゃん。

 その二人の姿を俺たちはただただ見守るのであった。

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