第119話 軽蔑の眼差し


 シャルたちと依頼に出掛けてから一週間が経った。

 その間は特に何事もなく、俺は非常に有意義な自堕落生活を送っていた。

 俺とは別にシャルはマリーを飲みへと誘ったそうで、二人っきりでお酒を交わしたらしい。


 「シャルって思っていたより、ずっといい子だったわ」


 と、マリーが楽しそうに話してくれたのを覚えている。


 シャルの行動力にも驚くものがあったが、マリーがその話を自分の口から喋っていたのが、何よりも予想外であった。

 この拠点にシャルは数回訪れているが、マリーと会話をしている光景は見たことがなかった。

 それなのに、一度の飲みで心を近づけることができるなんて、マリーの呪いも消えつつあるのではないだろうか。

 そう思うと、自然と俺の口角も上がるのだった。


 「それにしても、今から何しようかな」


 時刻は昼を過ぎ、昼食を食べ終えた俺はダイニングで暇を持て余していた。

 ここ一週間でやった事と言えば、

 寝る。武器の手入れ。拠点の掃除。至高のお風呂に入る。

 などで外には一歩も出ていない。


 ダイニングのテーブルに寝そべりながら、うとうととし出した時、


 「あれー? レオン。おはよー?」

 「あっ、レオンさん起きていたんですね」

 「ん? ルナ、ゼオ、おはよう。今日は休みなんだ?」

 「うん。そうなの」

 「レティナさんもカルロスさんもSランクの依頼に出かけたので、僕たちはお留守番になりました」

 「なるほどね」


 Sランクの依頼か……そりゃ、ルナとゼオを連れていけないな。


 ランド王国内にはたくさんのギルドがある。

 その中でも俺たちが住んでいる王都ラードは、他のギルドよりも冒険者の質が別次元であった。

 この王都でAランクに到達するだけで、どこの街でも引っ張りだこになる程だ。

 そんな王都のSランク依頼をルナとゼオと一緒にこなすのは、さすがにレティナやカルロスでも厳しいと判断したのだろう。

 

 いつの間にか席に座っていたルナが、俺の服の袖を掴んで口を開く。


 「ねぇねぇ、レオンは何してたのー?」

 「さっきお昼を食べ終えたばかりだよ」

 「そっか。ルナももう食べたー」

 「呼んでくれれば良かったのに」

 「えー。だってレオン、部屋に閉じこもってばっかりで何してるか分かんないんだもん。男の人は色々とやることがあるんだよって、レティナちゃんが言ってたから」

 「へ、へぇ。そ、そうなんだ」


 レティナはルナに何を教えているんだろ。


 ルナの意味深な発言に少しだけ冷や汗をかく。


 「レオンさんは今日暇なんですか?」

 「暇と言われれば……まぁ」

 「あっ、なら!」


 ゼオはルナに視線を向ける。

 目で何かを合図しているゼオを見たルナは、その合図が何か分かったのか、はっとして俺に視線を向き直す。


 「レオン! ルナ、お出掛けしたい!」

 「ん? それはいいけど、ご飯も食べちゃったし……何処か行きたいところでもあるの?」

 「うん! お花屋さんに行きたいの」

 「お花屋さん……?」

 「うん。レティナちゃんにね? プレゼントしたいなって。ルナ、レティナちゃんにお世話になりっぱなしだから」

 「……ふむ。そういうことなら、今から行こうか」

 「やたー! ルナ準備してくるー!」

 「僕も行ってきます」


 ルナとゼオは席から立ち上がり、タッタッタとダイニングを出て行く。


 日頃からお世話になっているレティナに、感謝の気持ちとして花をプレゼントだなんて……ルナは本当にいい子だな。

 でも、あれ? ゼオの方もカルロスに花をプレゼントするのかな?

 もしそうなら、違うプレゼントを渡すのがいいって提案しよう。

 あいつは絶対に枯らすから。


 俺もルナとゼオと同様に身支度を整える為、自室に戻り、ぱっぱと衣服を着替える。

 外へ出る時にいつも羽織っていく外套を着た時、コンコンッと扉がノックされた。


 「レオーン。まだー?」

 「お姉ちゃん、もう少し待っててあげようよ」

 「あっ、今、行くよー」


 念のために異空間ゲートから一本の剣を取り出し、腰に携えた俺は、二人と一緒に拠点を後にするのであった。







 「るんるんるん〜るんるんるん〜」


 ご機嫌なルナとゼオの手を繋いで、王都の大通りを歩いていく。


 「二人ともお花屋さん行く前に、近くのケーキ屋さん寄って行かない?」

 「ケーキ屋さん!? ルナは行きたいけど……」

 「レオンさんはお腹いっぱいじゃないんですか?」

 「いや、ケーキは別腹だから、全然大丈夫」

 「じゃあ、食べたーい!」

 「僕も!」

 「なら、先にケーキ屋さんでゆっくりしていこうか」


 無邪気な笑顔を見せる二人に、俺は頭を撫でようと手を伸ばす。

 その時だった。


 「……?」


 誰かの視線を感じ、思わず手を止める。

 まるで嫌なものを見るようなその視線は、どうやら俺に向けられているものではなく、目の前の二人に向けられているようだった。


 俺はフードを少しだけ上げて、視線を向けてくる者を確認する。


 「……汚らわしいのう」

 「……そうねぇ」


 視線の先に居たのは老夫婦であった。

 汚らわしい。

 その一言は活気あふれる大通りの中でも俺の耳にちゃんと届いており、それと共にドッと黒い感情が溢れ出す。


 ……誰に言ってるんだ? こいつらは。


 明らかに子供に向けていい目つきをしていない老夫婦の元へ足を踏み出そうとした時、伸ばした手を強く握られた。


 「レオン。ルナたちなら大丈夫だよ」

 「うん! 早くケーキ屋に行きましょう」

 「でも……」

 「ほんとに平気だよ? 今はレオンがいるもん」

 「お姉ちゃんの言う通りです」


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 ぐつぐつと煮えたぎる黒い感情。

 それを抑えながら二人を抱きしめる。


 俺はなんて浅はかだったのだろう。

 エルフが奴隷解放されれば、二人は何不自由なく太陽の下で顔を晒せることができると思っていた。

 だって、マリン王国がそれを体現して見せたから。


 でも、違っていたんだ。


 未だにエルフを軽蔑することは根付いており、腕の中にいる二人は今もなおそれに耐えている。


 その事実に、胸がぎゅっと締め付けられるような痛みが走った。


 「……レオン?」


 二人はレティナとカルロスと常に行動している。

 だから、この視線を向けられたとしても二人が何かしら対応しているはずだ。


 ふぅと一度深呼吸をした俺は、二人の目線と合うようにしゃがみ、綺麗な緑色の髪を優しく撫でる。


 「気づいてあげられなくて……ごめん」

 「……どうしてレオンが謝るの? ルナたちは大丈夫だよ?」

 「そうですよ。これが毎日ってわけでもありませんから」

 「それでも……謝らさせて」

 「……うん、じゃあ、仕方ないからルナが許してあげる」

 「僕もです。よしよし」


 小さな手のひらが俺の頭をそっと撫でてくれる。

 十一歳になったばかりの二人は、表情を見るに本当に気にしてなさそうだった。


 もし俺がこの年であのような目線を受けていたら……この王都を嫌いになっていたかもしれない。

 

 「レオン。ルナ、ケーキ待ちきれない」

 「僕も〜」

 「そっ……か。じゃあ、お腹いっぱい食べさせてあげる」

 「そんなに食べられるかな……」

 「大丈夫だよゼオ! ケーキはなんでかいっぱい食べれるから」

 「へ~。なら、早く食べたいな~」

 「よしっ、じゃあ、もうすぐそこだから行こうか」


 俺は二人を離し、立ち上がる。

 老夫婦からの視線がなおも向けられていることに気づき、その場で外套のフードを脱いだ。

 二人は気にしていないと言っていたが、俺は違う。

 老夫婦に向けて殺気を込めて睨み付けると、俺が誰だか分かったようでぎょっとした表情を浮かべていた。


 この件を明日にでもマスターに言いに行こう。

 マスターは二人のことが大好きだし、何かしら対応してくれるはずだ。

 

 俺はもう一度フードを被ると、二人の手を握りケーキ屋へと向かうのであった。

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