第118話 予想外の反応


 「ただいま〜」


 シャルたちを送り届けてから、寄り道もせずに拠点に着いた俺は、明かりが見えるダイニングへ向けて声を掛ける。


 「あっ、レンくんお帰り〜」


 俺の帰りを待っていたのか、ダイニングから顔を覗かせたレティナはそのまま駆け寄り、胸目掛けて飛び込んでくる。

 お風呂上がりだからだろうか。

 ぽすっとレティナを受け止めると同時に、甘い匂いが鼻腔を掠める。


 「レンくんがこんな時間まで外にいるなんて珍しいね」

 「うん。まぁね」

 「……あれ? レンくん、お酒の匂いする」

 「<金の翼>と飲んでいたんだ。依頼の付き添いの後にね」

 「……えっ」


 レティナは俺の胸から顔を離し、信じられないような表情をしている。


 ふむ。ここまでは予想通りの反応だ。


 ここで大事なことは、シャルたちと言うのではなくあくまでも<金の翼>と主張すること。

 シャルと飲んでいたという事実には変わりないが、あの場にはセリアとロイも居た。

 隠し事をするようなやましいことは何一つしていないし、事情を詳しく説明すればレティナだってあまり責めては来ないだろう。


 数秒の沈黙の後、レティナは真剣な表情でゆっくりと口を開いた。


 「……依頼ってどんな依頼?」

 「えっ? そっち?」


 思わず、声のトーンが高くなる。

 レティナの性格上、依頼よりもシャルと飲んだことを気にするはずだと思った。だが、今のレティナはそんなこと気にしてないらしい。


 無言で表情を崩さないレティナに、俺は動揺しながら話を続ける。


 「えっと、火蜥蜴サラマンダーの討伐依頼だけど」

 「……」

 「レティナ……?」

 「……レンくんが私たち以外の人と依頼に行くなんて珍しいね」

 「あぁ、そう言われてみればそうだね。何気に初めてかも」


 今まで俺一人で討伐依頼を受注することは何度もあった。だが、<魔の刻>のメンバーが誰一人おらず、他のパーティーメンバーと冒険することはおそらく今日が初めてだろう。


 レティナに言われて気づいたその事実に、


 (俺って……本当に友だちいないな……)


 と少しだけ気落ちする。


 「……何も感じなかった?」

 「え?」

 「その……例えば、魔物をもっと討伐したいとか」

 「いや、感じなかったよ? そもそも俺は、手を貸してないしね。シャルたちがどれだけ強くなったか付き添っただけだから」

 「……そっか。やっぱりそうなんだ……」

 「……??」


 俯きながら寂しそうに笑うレティナ。

 どうしてそんな表情をするのかよく分からなくて、俺は何も言えずにいた。

 俺はてっきり 「なんでシャルちゃんと飲んでるの!」 と嫉妬されるかと思ったのだが……


 そんな空気の中、ふとダイニングの扉が開かれたと同時にマリーがそこから顔を出す。


 「あれ? レオンちゃんおかえり。そこで何してるの?」

 「あっ、ただいまマリー。なんでもないよ。レティナ?」

 「ん。行こっか」


 レティナは俺の手を掴むと、そのままダイニングへと歩き出す。

 レティナの横顔をちらりと見ると、もういつも通りの表情に戻っており、俺はその様子に少しだけ安堵する。


 「ただいま。カルロス、ミリカ」

 「おう」

 「ご主人おかえり」

 「あれ? ルナとゼオは?」

 「もう寝たぞ」

 「あー、そっか」


 時計をチラリと見ると、時刻はもう午後十時過ぎであった。


 ルナとゼオは基本的に早寝早起きだ。

 毎日とまではいかないが、レティナとカルロスの依頼に同行し、その中で指導を受けている。

 最初は付いていくだけでやっとだった二人も、最近は慣れてきたようだが、どうやら睡魔にはまだ勝てないらしく、この時間は眠っていることが多い。


 俺が席につくとマリーは鼻をすんすんとさせて、不思議そうな顔で口を開く。


 「あれ? レオンちゃん」

 「ん? どうした?」

 「どこかでお酒飲んできた?」

 「あぁ。<金の翼>のみんなと一緒に飲んでたよ」

 「……<金の翼>?」

 「う、うん」

 「それって……あの子もいたってことよね?」

 「あの子ってシャルのこと? そりゃ、もちろん居たけど」

 「ふ〜ん。私からの誘いは断るくせに、あの子ならいいんだ?」

 「えっ……い、いやぁ……それはその……今日はたまたま予定が空いてたからさ」

 「……」


 マリーは頬杖をつきながら、不機嫌そうな表情で俺のことを見つめる。


 いや、この反応はレティナがするものだと思っていたけど……


 「レティナ? レオンちゃんがあの子とお酒を飲んでいたらしいわよ?」

 「……」

 「レティナ?」

 「あっ、ごめん。ぼーっとしてた。なんの話だっけ?」

 「だから、レオンちゃんがシャルとお酒を飲んだって話よ」

 「むぅ。レンくん~?」


 レティナはほっぺたをぷく~とさせて、恨めしそうに俺を見る。


 「え、さっきは何も言わなかったのに……」

 「さっきはさっき、今は今だよ。それに依頼に行ってたなんて……」

 「あ? 依頼ってなんの話だ?」


 依頼という言葉にカルロスとマリーが眉間にしわを寄せる。


 ん? 俺が依頼に行くことがそんなに引っかかるのか?


 少し空気が変わったダイニングの中、ふとマリーが口を開いた。


 「依頼ってレオンちゃんが?」

 「……うん」

 「それってもしかして……」

 「ううん。マリーちゃん安心して。魔物の討伐依頼だったらしいから」

 「……はぁ。それならまだ大丈夫そうね」

 「だな。だが、まさかレオンが依頼に行くとはなぁ」


 いやいや、みんな俺のことなんだと思ってるんだ。

 そ、そりゃ、あまり依頼に行くこともなくなったけどさ……


 「……? ごしゅじん。討伐依頼。行っちゃダメ?」

 「いや、そんなことはないけど……」


 そう言ったミリカは、不思議そうに首を傾げている。

 すると、空気を変えるかのように、マリーがぱちんと手を叩く。


 「よしっ、じゃあ、今回は何もなかったみたいだから話を戻しましょ?」

 「そうすっか」

 「うん。でも、レンくん」

 「ん? なに?」

 「依頼に出かける時は、できるだけ誰かに声を掛けてほしいな」

 「ん。じゃあ、そうするね」


 そう言えば半年に一回行ってた依頼も拠点の誰かが側にいたっけ。


 俺が無断で依頼に行くことで、みんなが不安になるというなら次回からは声を掛けることを心がけよう。

 仮に誰も拠点にいなかったとしてもその時にまた考えればいいだけの話だ。


 みんなの表情がふっと柔らかくなる。


 今日はシャルたちの強さを見れたし、軽い酔いで気分がいい。

 このままお風呂に入って、ベットで寝れば最高の日だったと思えるだろう。


 俺は席を立ち上がろうと腰を上げる……が、その行動をレティナが妨げた。


 「レンくん……まだお話終わってないよね?」

 「……はい」


 それから俺は何も悪いことをしていないにも関わらず、約一時間程にわたって、まるで尋問のように今日あった出来事を事細かに聞かれたのであった。

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