第116話 事後報告


 <月の庭>へと戻った俺は、<金の翼>に依頼報告を任せ、ギルドマスター室に足を運ぶ。


 コンコンッ。


 「誰だ」

 「レオン・レインクローズです」

 「入れ」


 マスターの了承を受けた俺は、そのまま扉を開き入室する。


 「私の言葉の意味を理解していたのだな」

 「そりゃもちろん」

 「うむ。まぁ、座りたまえ」


 ふかふかのソファに腰を下ろした俺に対して、マスターは口を開く。


 「それで? <金の翼>はどうだった?」

 「ちゃんと修練を積んでるんでしょうね。思った以上に成長してましたよ」

 「ほう。それはAランクでも充分やっていける程か?」

 「まぁ、そうですね。今の<金の翼>ならよっぽどの事がない限り、Aランクの依頼でも命を落とすことはないかと」

 「……ふむ」


 俺の言葉にマスターは手で顎を触りながら何かを考えている。


 正直なところ大浪ジャイアントウルフは、<金の翼>には荷が重いと思っていた。

 四ヶ月前までは獅子蛇キマイラ相手に、勝てる見込みがなかった者たちだ。

 俺が指導をしたからとは言え、そう易々とAランクの魔物を倒せるほど世界は甘くない。

 だが、<金の翼>は俺の助けもなしにその魔物を討伐して見せた。

 逃げながらでも魔法を行使すれば戦える獅子蛇キマイラとは違い、大浪ジャイアントウルフの俊敏性は非常に高いので、今回の<金の翼>のように多くの冒険者は真っ向から戦うことになる。

 負けたら死。その死線を潜り抜けた<金の翼>ならば、Aランクに昇格しても何ら問題なく依頼をこなせるだろうと感じた。


 俺の言葉に何やら考えていたマスターは、ごほんっと一つ咳払いをして静寂を破る。


 「ふむ。まぁ、分かった。私は<金の翼>の依頼に同行できないのでな。レオンが直に見てくれて助かるよ」

 「いえいえ。成り行きで付き添っただけですので」

 「それでもな」


 マスターがキリッとした表情で俺を見つめる。


 ……<金の翼>の件は伝え終えたし、そろそろ本題に入るか。


 そう思った俺は、マスターが本当に聞きたかった話を切り出す。


 「とりあえず、<金の翼>の件はそこまでで……マリン王国の件に移りましょうか」

 「うむ。そうだな」

 「ちなみに、マスターはどこまで知っているんですか?」

 「……私が聞いたのは、赤仮面の出現とルキース隊長が殺された経緯についての大まかな内容だ」

 「……なるほど。多分、俺が今から話す内容も同じだと思うのですが……」

 「ふむ。一応レオンの口からも聞きたい。最初から話してくれないか?」

 「はい。分かりました」


 俺はマリン王国で起きた件について、事細かにマスターに話していく。

 「ふむ」 と相槌を打つマスターは、俺の情報と耳にした情報が一緒なのか、特別驚くような表情はしなかった。





 「それで、スカーレッド含む二名が逃亡したと言うことです」

 「なるほどな……それでレオンはどう思った?」

 「……どう思ったと言いますと?」

 「スカーレッドの目的だ。私はどうしてもルキース隊長の暗殺が真の目的ではないと感じてな」

 「……」


 察しが良すぎるマスターに、俺は思わず黙り込む。


 マスターだけは……敵に回したくないな。


 「……レオン?」

 「あっ、すみません。目的はそうですね……これはあくまで自分の予想なのですが……マスターの言う通り、ルキースの暗殺以外になんらかの目的があったのだと思います」

 「ほう」

 「ネネという青仮面の女が 「任務は完了した」 と、スカーレッドに報告していたのですが、真の目的は見えません。城から何かを盗まれたという情報も聞かなかったので」

 「……ふむ」


 机に両肘をつけ、手を組むマスターは何かを考えているようで、ギルドマスター室に少しの沈黙が流れる。

 数秒の沈黙の後、マスターは 「はぁ」 と一つため息をつき申し訳なさそうに口を開いた。


 「レオンも現状はスカーレッドの目的が見えないと……」

 「……はい。そうですね」

 「それなら……まぁ、まだ大丈夫か」

 「……?」

 「レオン……私の口からこんな事は言いたくないのだが……」


 ごほんと一つ咳払いをしたマスターは、キリッとした表情で口を開く。



 「スカーレッドの件に関しては、忘れてくれ」

 「えっ……?」


 意味が分からないマスターの言葉に俺は思わず呆気を取られる。


 スカーレッドのことを……忘れる?

 何故……?


 考えても答えが出せない俺に対して、マスターは言葉を続ける。


 「第一騎士団から直々に言われたのだ。 「この件にレオン・レインクローズを関わらせるな」 とな」

 「あー……なるほどね」


 俺はマスターの言葉に全てを察した。


 きっと、スチーブが申し出たのだろう。

 リリーナに諭されたと思っていたが、まだ奴は俺とスカーレッドがグルだと勘違いしている。


 まぁ、別にそれならそれでいいが……本当にこの国の騎士は碌な奴が居ないな。


 国を守らなければいけない騎士が、国を危機に晒す可能性がある提案に心底落胆する。


 「あいつらじゃ……無理ですよ」

 「無理とは?」

 「スカーレッドを殺すことはおろか、捕まえることすらできないでしょう」

 「……ふむ」

 「出会えたとしてもスカーレッドが慈悲の欠片もない罪人なら……第一騎士団は皆殺しにされますね」


 何故か黒い感情がドッドッと溢れ出し、思わずにやりと口角が上がる。


 あの騎士たちが死んだところでどうでもいい。

 ルキースでも敵わなかった相手にどの騎士が敵うと言うのだろうか。

 仇打ちのつもりが、逆に大勢の騎士団の命が消えることになるなんて…………




 心底笑える話だ。


 「せめて……楽に死んでくれないかな」

 「レ、レオン……?」

 「でも、スカーレッドは……騎士たちを殺そうとしなかったな……」

 「……レオン」

 「殺してくれたら……いっそ動きやすいのに……」

 「レオンッ!」

 「っ!?」


 バンっと勢いよく叩かれたテーブルの音で、正気に戻る。


 俺は今……何を言っていた……?


 自分で言った言葉に驚きを隠せない俺は、マスターの不安そうな顔を見ることしかできない。


 「……レオン。騎士団が嫌いなのは分かるが……そんなことはあまり言うものじゃないぞ」

 「……はい」

 「こう言っちゃなんだが、先程の顔は……あまり他人に見せない方がいい」

 「そう……ですね」


 どんな表情をしていたのか自分では分からない。

 ただ、マスターの不安そうな顔を見れば大体は察することができる。


 きっと……狂気に満ちた顔をしていたんだろう。


 だって……さっきの俺は…………


 騎士たちが一人残らず死んでいる姿を想像して、笑みが止まらなかったから。


 「レオンもまだ疲れているのかもしれないな」


 本当に俺のことを心配しているのか、マスターの声色はいつもより優しさが溢れていた。


 「……そうかもしれませんね」

 「うむ。まぁ、スカーレッドの件は私に任せてくれ。今後動くことがあれば、騎士団と手を組み速やかに対処しよう」

 「はい」

 「では、もう行っても良いぞ。下で<金の翼>が待っているのだろう?」

 「はい……では、失礼します」


 ソファから腰を上げた俺は、マスターに一礼し退出する。

 そして、扉が閉まるか閉まらないかの一瞬、


 「あのレオンが……まさかあんな顔をするとは……な……」


 そう呟いていたのを、俺は聞かなかった振りをして歩き出すのであった。

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