第115話 大狼討伐


 遠吠えを上げている大狼ジャイアントウルフを無視し、セリアは支援魔法は行使する。


 「俊全強化クイックオール守全強化 ディフェンスオール攻全強化 オフェンスオール


 「……おお」


 セリアの支援魔法に思わず感嘆の声を出す俺。

 前に修練場で見た時には全体魔法ではなく、単体魔法であった。

 四ヶ月の間に相当な修練を積んだのだろう。

 全体魔法を行使したセリアの魔力には、まだ余裕があるようだった。


 「こんな魔物……見たことないわ」

 「だな。勝てるかどうか……」

 「二人とも大丈夫。傷ついても治癒ヒールがあるから。あの牙を避け続ければ勝機は見えると思う」

 「……そうね。じゃあ、行くわよ! 炎の槍ファイアランス!」


 シャルの魔法によって戦いの火蓋が切って落とされた。

 その魔法を横に躱した大狼ジャイアントウルフは、シャルに向けて牙を向く。


 「行かせないぜっ!」


 その牙を両手に持った剣で抑えたロイは、顔が真っ赤になるほどの力を込めているようで、なんとか抑え込めている状況だった。


 「氷の柱アイスニードル!」


 大狼ジャイアントウルフの下から鋭利な氷柱が腹部へと襲いかかる。

 それが危険だと瞬時に理解したのか、大狼ジャイアントウルフはロイを前足で蹴飛ばした。


 「ぐはっ」

 「ロイ! 治癒ヒール!」


 石壁に激突したロイは気を失っていないようで、セリアの魔法によって再び立ち上がる。


 「このやろぉ! やりやがったな!」

 「ロイ。落ち着いて。ロイがやられたら私たちもやられちゃう」

 「おう。分かってるって」


 セリアの言葉に落ち着きを取り戻したロイは、大狼ジャイアントウルフが襲いかかって来る前に、シャルの元に辿り着く。


 ふむ。様子見はもうそろそろ終わりかな……?

 ここからが本番だ。

 最悪な事態を避けるために、すぐにでも助けにいけるようにしよう。


 「ウォーーーーーンウォーーーーーン」

 「っ!?」

 「っく」

 「っうっ」


 先程よりも数段大きい遠吠えに思わず、耳を塞ぐ〈金の翼〉たち。

 すると、大狼ジャイアントウルフは即座にロイとの距離を詰め、大きな口を開く。


 「くっ」

 「風の練刃エアーエッジ!」


 シャルの魔法が大狼ジャイアントウルフの頭目掛けて飛んでいく。

 だが、間に合わない。


 そう感じた俺は足に込めた力を解放して、ロイの元へと飛び出した。

 が、


 「うりゃぁぁぁあ!!」


 ロイが姿勢を仰け反らして、右足で大狼ジャイアントウルフの顎を蹴り上げる。

 その攻撃で大狼ジャイアントウルフの顎が上がり、なんとか危機を脱したロイは、左へと身体を転がして立ち上がった。


 「ウオォオオオオオオン」


 顎を蹴り上げられた大狼ジャイアントウルフは、シャルの放った魔法を頭部に受け、奇声を上げている。


 「シャル! 上級魔法を。ロイ! 炎付与キブファイア風付与ギブエアー

 「分かったわ!」

 「おらぁぁぁっ!」

 「ウォォオオオオオンンン」


 セリアの魔法で剣に属性が乗ったロイは、大狼ジャイアントウルフの脇腹に剣を差し込む。

 その差し込んだ場所から炎が燃え、風によって大狼ジャイアントウルフの体毛に燃え広がった。


 「よ、よし! これで……ぐはっ!」


 安藤したロイに大狼ジャイアントウルフの前脚が腹部へと襲いかかり、ロイは苦悶の表情を浮かべながら宙に浮く。


 「ウォオオオオオンンン」


 そんなロイを気にも止めず、シャルたちの元へと全力疾走で向かった大狼ジャイアントウルフは、シャルに向けて牙を向いた。


 「これで終わりよ!! 獄炎の練刃イフリートエッジ!」


 至近距離で放たれたその魔法は、口を大きく開いた大狼ジャイアントウルフを真っ二つに切り裂き、炎によって灰に成り変わった。


 詠唱が少しでも遅ければシャルの身体は噛み砕かれていたかもしれない。

 それでも、〈金の翼〉のチームワークによって勝てたことに、俺はつい笑みを浮かべてしまう。


 「治癒ヒール。ロイ……大丈夫?」

 「あ、あぁ。身体中バキバキだけど……なんとか」

 「はぁぁぁ……良かったぁ」


 セリアがロイに駆け寄り、シャルは安堵したのかその場にへたり込む。


 うんうん。いいものを見れた。


 大満足の結果に一人頷いていると、シャルはキョロキョロと周りを見渡し、俺を見つけると訝しげな表情で口を開いた。


 「……レオン。川で泳いで何してるの?」

 「……うん。まぁ、何もしてないよ……」


 そう。

 大狼ジャイアントウルフの牙によって、ロイが殺られると思った俺は、助けようと飛び出した。

 ここまではいいのだが、ロイが危機を脱したことで速度を緩めた結果……川にドボンッと着水したのだ。


 「まさか……遊んでた?」

 「そ、そんなわけないじゃないか」

 「動揺してる……怪しいわ」

 「……とりあえず、シャル」

 「……?」

 「服乾かして?」

 「……」


 川を泳ぎ切った俺は、びしょびしょの服のままシャルの近くへと寄る。


 「あの……シャルさん?」


 ピチャピチャと水が滴る俺に対して、顔さえ合わせてくれずに俯くシャル。


 「……死ぬかと思ったんだから」

 「……ごめん」


 やりすぎた……かな。


 俺の胸にシャルの小さな拳がトンっと当たり、なんとも言えない申し訳なさが募る。


 「あの魔物、初めて見たけど……絶対Bランクパーティーが倒せる魔物じゃないわよね?」

 「……うーん、まぁ、そうだね。Aランク上位は楽々倒せるけど、他は苦戦するかな」

 「……バカ」


 相当不安だったのだろうか、シャルは未だに顔を合わせてくれない。


 シャルは一度仲間を失っている。

 その仲間は塵屑だったのだが、どんな形であれずっと冒険を共にしてきた仲間だった。

 安全な場所で突然自分より強い魔物に襲われ、もう二度と仲間を失いたくないという思いが、今になって沸々と湧いてきているのかもしれない。


 俺は膝を少しだけ曲げ、俯いているシャルを見上げる。


 「ごめんね、シャル。君たちは強いから、俺の助けなしでもあの魔物を討伐できると思ったんだ」

 「……」

 「本当に不安にさせてごめん」

 「申し訳ないと思うなら…………頭撫でて」

 「……うん、いいよ」


 シャルの頭を優しく撫でると、シャルは頬を赤らめながら微笑む。

 その表情に思わず抱き寄せたくなる衝動をなんとか抑えた俺は、ごほんっと一つ咳払いをした。


 「じゃあ、帰ろうか」

 「……えぇ。その前に服乾かしてあげる」

 「ありがと」


 シャルの風魔法で服を乾かした俺は、〈金の翼〉のメンバーと一緒に歩き出した。

 森林を抜けて、王都ラードにあともう少しで辿り着く辺りで、セリアが俺の隣に駆け寄り耳打ちをしてくる。


 「レオンさん。私の為にありがとうございました」

 「いや、俺は何もしてないよ。それにしても、セリアは成長したね」

 「本当ですか?」

 「あぁ。状況判断も良かったし、魔法の修練も欠かさずやってきたんだろうなって分かったよ」

 「それは嬉しいです」


 にこりと綺麗に微笑むセリアに、ロイは不機嫌そうに口を開く。


 「師匠? セリアと近すぎませんか?」

 「え?」

 「なぁ? シャル」

 「……えぇ。セリアちゃん……もしかして……」

 「シャル、安心して。私はレオンさんのこと、これっぽっちも想ってないから」

 「……」

 「そっか! それなら良かった!」


 ……ふむ。

 セリアが誰を想おうが勝手だけど……なんか俺が振られたみたいになるのは勘弁してくれ。


 こういう時、どんな対応をしていいか分からない俺はポーカーフェイスを装ったまま歩く。

 すると、シャルがセリアに対抗するように俺の隣に来て、無邪気に微笑んだ。


 「なら、今は私がレオンの隣にいる」

 「う、うん。そうだね」


 あまりの可愛さにドキドキと鳴る心臓。

 もしも先程のセリアの言葉がシャルから告げられたら……俺はどんな気持ちになっていただろうか。

 考えただけで、少しだけ気分が下がってしまう。


 「レオン? どうしたの?」

 「……いや、なんでもないよ」


 俺にはこの世で一番守りたいと想う女の子がいる。

 だから、シャルの気持ちを見て見ぬ振りすることしかできない。

 告白されるまで願わくばこの関係をずっと続けていたいと感じるのと同時に、それはとても傲慢な考えなのだと理解していた。


 だが、それでも……この笑顔をまだ間近で見たい。


 シャルの気持ちを叶えられないことを知りながら、俺はシャルの頭を優しく撫でる。


 嬉しそうな表情をするシャルに対して、俺の心はズキズキと痛むのであった。

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