第114話 火蜥蜴討伐


 王都ラードを離れて一時間程、徒歩で移動していた俺たちは今、丘陵地の森林の中を歩いている。


 「もう居てもおかしくないんだけどな」

 「そうね。見つけてもレオンは手を出さないでね?」

 「もちろんだよ。みんなの成果を見る為にここまで来たんだから」


 シャルが選んだ依頼はDランク程度が狩れる火蜥蜴サラマンダーの討伐であった。


 火蜥蜴サラマンダーとは、ジメジメした湿地を好む魔物で、基本的に集団での行動はしない。

 体長は様々だが、ほとんどは人間よりも小さく、口からは威力の弱いブレス、牙は少量の毒を含んでいるだけで、俺からすると目を瞑っていても勝てる魔物であった。


 「シャル。なんでこの依頼選んだの?」


 素直な疑問をシャルにぶつける。

 <金の翼>のメンバーならもっと強い魔物でも良かったと思うのだが。


 「えっ? ダメだった……?」


 俺の言葉に動揺したシャルは、不安そうな表情を浮かべた。


 「い、いや、ダメとかじゃないよ。シャルたちならもっと強い魔物相手でも大丈夫なのにって思ったからさ」

 「えっとね? マスターが見せてくれた依頼の中に、討伐依頼はこれしかなかったの」

 「あ~、そういうことか」


 それならそれで仕方ないか。


 シャルの言葉に納得した俺は歩みを進める。

 ピィピィと鳥の鳴き声が響き渡る森林を抜けると、綺麗な水が流れている川辺へと辿り着いた。


 「おっ、居るね」


 川辺のそばで身体を休ませている火蜥蜴サラマンダーが二匹。

 俺たちに気づいていないのか、気持ちよさそうにすやすやと眠っている。


 「じゃあ、レオン。行ってくるわね。セリア、ロイ、行きましょ」

 「うん」

 「うしっ」


 「……ちょっと待った」


 「えっ?」

 「……?」

 「ど、どうしたんです? 師匠」


 火蜥蜴サラマンダーへと距離を詰めようとした三人は、足を止めて俺を見つめる。


 「……このまま戦っても結果は目に見えてる。だから、シャル……君一人で殺ってきてくれ」

 「べ、別にいいけど」

 「魔法は禁止で短剣のみね。それでも楽勝だろうから……そうだな。左手を使うのも禁止にしよう」

 「……わ、分かったわ」


 シャルがコクリと頷いたのを見た俺は、


 「じゃあ、行っていいよ」


 と腕を組みながら笑顔を取り繕う。


 俺の指導を終えてから四ヶ月程、どれだけ強くなったのかこの目で見定めよう。

 これでもしも苦戦するようではAランクなんてまだまだ先だ。

 それに万が一危険に陥ったとしても、この距離なら助けに行くことは容易である。


 シャルが駆け出した瞬間に、セリアが口を開く。


 「レオンさんは……厳しいですね」

 「え? 他人事みたいに言ってるけど、セリアもやるんだよ?」

 「そ、それは流石に……冗談ですよね? 私白魔法しか行使できないんですよ……? レ、レオンさん?」

 「……」

 「何か言ってくださーい!」


 いや、もちろん冗談だけどね。

 その言葉を口にしない俺は、黙ってシャルの様子を見守る。

 腰から出した短剣を手にしたシャルは、眠っていた火蜥蜴サラマンダーの頭目掛けて振り下ろす。

 突然の奇襲に反応できなかったのか、ブシャーっと血飛沫が上がり一匹は絶命した。

 もう一匹の火蜥蜴サラマンダーはシャルに気が付き、口からブレスを吐く。

 それを横に飛び避けると、シャルは一切隙を見せぬまま火蜥蜴サラマンダーに斬りかかる。


 ふむ。動きは前に見た時より機敏になっている。


 「……終わりかな」


 シャルの一撃を何とか歯で受け止めた最後の一匹は、速すぎるシャルの動きを目で追うことができずに斬り込まれ、絶命した。

 その様子を見届けた俺は、シャルの元へと歩き出す。


 「お疲れ様」

 「どうだった……レオン?」

 「うん。前よりも動けてて、びっくりしたよ」

 「ほ、ほんと?」

 「あぁ、これならAランクでもやっていけそうだ」

 「……嬉しいっ」


 頬を赤く染めているシャルから視線を逸らして、火蜥蜴サラマンダーの死体を見る。

 シャルの動きも素晴らしいものだったが、二匹とも一撃で絶命しているのを見ると、やはり俺があげた短剣の切れ味は別格のようだった。


 「次は俺がやりたいです! 師匠!」

 「分かった。じゃあ、次はロイね」

 「……えっと、レオンさん。私は……」

 「セリアはそうだな……また、後で考えるよ」

 「……っ。わ、分かりました」


 火蜥蜴サラマンダー相手だときっとロイも難なく討伐できるのだろう。


 それだとセリアの成長を見られない……

 ふむ……どうしようか。


 不安そうなセリアに対して、ロイはやる気満々のようで火蜥蜴サラマンダーがいないか辺りを見回している。


 まぁ、とりあえずロイの動きを見よう。


 そう思った俺は川辺に沿って、火蜥蜴サラマンダーを捜索するのであった。










 ロイやシャルが順調に火蜥蜴サラマンダーを討伐していく中、セリアは一人魔法鞄マジックポーチの中に素材を回収している。


 「レオン! 今の見てくれた?」

 「あ、あぁ。良かったね」

 「うんっ。まだまだこれからなんだから」

 「シャル、頑張ってね……」

 「もちろんよ。セリアちゃんも見ててね」

 「……うん」


 シャルが討伐した火蜥蜴サラマンダーを解体して、再び魔法鞄マジックポーチに回収するセリア。

 そんなセリアはシャルの前だと笑顔を取り繕っているのだが、今は泣きそうな表情を浮かべていた。


 ……これは良くないな。


 セリアの様子を確認しつつ、俺は顎に手を添えて思考に耽る。


 火蜥蜴サラマンダーをシャルやロイは一人で倒すことができる。それに支援魔法は必要ない。

 仮にセリアに支援魔法を掛けて二人を指示するようにと命令しても、きっとセリアの表情は変わらないだろう。


 自分だけが役に立っていない。

 自分だけが強くなったことを証明できない。


 そんな思いがぐるぐると頭の中で渦巻いているのに違いない。


 「……セリア」

 「はい。なんでしょうか? レオンさん」


 ぱっと笑顔を取り繕うセリア。

 その無理矢理な表情に心が痛んでしまう。


 「ちょっと二人を見てくれる? 俺、やることできたから」

 「えっ……? でも、私が居なくても二人なら大丈夫だと思いますよ……」

 「……セリア。冒険者はいつだって命懸けだ。シャルとロイも火蜥蜴サラマンダー相手だと気を抜いた時が一番危ないんだ。だから、君にしか頼めない」

 「そういうことなら……分かりました」


 セリアがコクリと頷いた後、俺は森林へと駆け出す。

 その中へと入った俺は、木の上に飛び乗り気配を探った。


 集中しろ。全神経を研ぎ澄ませ。


 やろうとしているのは一つだけ。

 シャルとロイが単体で倒せない魔物の捜索。


 気配を探った後、ここにはそれらしい魔物は居ないと悟った俺は、木と木を飛び移りながら目当ての魔物を探した。


 そして、数分程探した頃だろうか。


 「……見つけた」


 木から地面へと降り立ち、目の前で威嚇している魔物と対峙する。


 大狼ジャイアントウルフ

 獅子蛇キマイラよりも大きいその魔物は、上位個体なのにも関わらず滅多に人里へは降りない。


 「やぁ? そんなによだれ垂らして俺を食べたいのかい?」

 「グルルルル」


 上位個体は知性がある。

 相手が強者だと判断した時には、不用意に襲いかかっては来ない。

 なので、


 「……じゃあ、ちょっと失礼するね」


 大狼ジャイアントウルフが反応できない程の速度で距離を詰めた俺は、その顔に蹴りを入れる。

 手加減などしなかった為、予想以上に吹き飛んだ大狼ジャイアントウルフは、木に衝突した。


 あれ……? 死んでないよね?


 そう思ったのも束の間、まるで何ともなかったように起き上がったその魔物は、雄叫びを上げ俺の元へ駆け出し、襲い掛かった。


 「いいね」


 それを避け、逃げるように踵を返した俺は、大狼ジャイアントウルフが追って来れるような速度を保ちながら、シャルたちの元へと走って行く。


 この魔物の討伐ランクはAランク。ふわふわとした白い体毛にも関わらず、その皮は厚く、並大抵の剣じゃ傷一つつけられない。

 大きな身体の割に俊敏な動きが出来るこいつは、噛む力が強く無防備な人間がその歯の餌食になればひとたまりもないだろう。


 この魔物なら……セリアも加勢しなくてはいけない状況ができる。


 そう思いながら追いかけっこを続けていると、森林を抜けた俺は大きく飛び、<金の翼>に大声を掛けた。


 「緊急事態だ!! 臨戦体制を取れ!!」


 俺の言葉にビクッと反応したみんなは、俺へと視点を向けた後、すぐに飛び出してきた大狼ジャイアントウルフを見て、絶句していた。

 その様子を横目に、砂利道に着地した俺は川を飛び越え、振り向く。


 「もう火蜥蜴サラマンダーはいいから、そいつをみんなで倒してねー! 俺はここで見守っているからー!」

 「ウォーーーーンウォーーーーン」

 「……嘘でしょ」

 「し、師匠……」


 遠吠えをする度にピリピリとした振動が伝わってくる。

 その様子に顔を引き攣るシャルとロイだったが、セリアは状況を判断したのかすぐに臨戦体制を取った。


 「……レオンさんには敵いませんね。シャルは私の前に。ロイはシャルを守るような形で……早く!!」

 「わ、分かったわ」

 「お、おう!」


 セリアの言葉に身体を動かしたシャルとロイは指定された位置につく。

 大狼ジャイアントウルフも、俺との距離を詰めるのを諦めたのか、<金の翼>に視点を向け、もう一度遠吠えを上げたのだった。


 さぁ……どうなることやら。

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