第113話 金の翼のみんなで
拠点へと帰ってから三日が経った。
俺以外のみんなは二ヶ月もの間この地を離れていたということで、マスターからの依頼をこなしているようだ。
俺はその間、悠々自適に自室で自堕落していた。
それはもちろん今もである。
そんな至福の時を過ごしていた時、突然拠点内にチャイムが鳴り響いた。
この拠点を訪れる者はかなり限られている。
最近拠点へと遊びに来るようになった人といえば……
自室から出た俺は玄関へと向かう。
もう一度チャイムが鳴ったタイミングで玄関の扉を開くと、
「あっ、レオンいたのね。よかった」
綺麗な金髪の髪を二つに結びにし、優しく微笑むシャルの姿があった。
その後ろには当然のようにロイとセリアもいる。
「シャル。久々だね。ロイとセリアも」
「師匠こんちわ!」
「久しぶりです。レオンさん」
年は一個下であるにも関わらず、にこっと気持ちよく笑う<金の翼>メンバーに、思わず眩しいなと感じてしまう。
「……それで今日はどうしたの?」
嬉しそうな顔をしているシャルに視線を戻し、そう言葉にする。
すると、シャルはもじもじしながら口を開いた。
「え、えっとね……その……」
「ん?」
「師匠……特に用事はないんですよ。シャルのやつが師匠に会いたがって……っいてっ」
「ロイ。貴方女心分かってなさすぎ。レオンさん今のは嘘ですよ? 本当は頼み事があって来たんです」
シャルがロイの言葉にぼっと火を吹くように赤面し、顔を背ける。
この表情だけで大体の男は察することができるだろう。
ロイが言ったことが本当なんだろうが、俺は紳士だ。
恥ずかしそうにしている女の子に追い討ちをかけるわけにはいかない。
俺はロイの話を聞かなかった振りをして、ポーカーフェイスを装う。
「ふむ。とりあえず、話だけでも聞こうかな」
「はい。その……えっと……」
「うんうん」
「あのですねー」
「うん……」
「えっと……」
口籠るセリアに俺は相槌を打つ。
セリアは素直でいい子だ。
嘘をつくようなことは言わないし、言い訳だってしない。
だからだろうか、それ以上の言葉が出てこない。
そんなセリアをシャルは不安そうに見つめている。
すると、突然ロイが口を開いた。
「し、師匠! 俺たちと依頼に行きませんか?」
「えっ?」
「えっ?」
ロイの言葉にシャルとセリアが同じような反応を見せる。
「依頼……?」
「そ、そうです。その為に師匠に会いに来たんですよ」
「ふむ」
俺は顎に手を添えて考えている表情を装う。
正直なところ今は依頼を受けたくない。
ただでさえ、マリン王国から帰ってきて三日目なのだ。家で自堕落に過ごしたいというのが本音。
だが、自分のケツは自分で拭けという言葉があるように、ロイも自分の言った言葉でシャルとセリアが困っているのを見過ごせなかったのだろう。
その気持ちに応えてあげたくなる。
まぁ……一日だけならいいか。
ロイの気持ちを踏み躙らないように、俺は笑顔を取り繕った。
「いいよ。丁度空いてたし、修練の成果も見たいしね」
「ほ、ほんとっすか?」
「うん、いいよ」
「あ、ありがとうございます」
ロイが安堵の表情を浮かべたと同時に、シャルが上目遣いで俺を見上げた。
「で、でも……ただでさえ毎日忙しいはずなのに……休日まで依頼って……」
「い、いや、大丈夫大丈夫。すぐ終わる依頼だろ? ロイ」
「は、はい。も、もちろんすぐ終わりますよ。師匠」
ロイと俺は引き攣った笑顔で言葉を交わす。
ロイはどんな依頼が<月の庭>にあるのか把握していないのだろう。
もしも依頼があったとしても、今日中に終わるかどうかは見て見ないと分からない。
対する俺は、シャルの 「毎日忙しい」 という言葉に変な汗が出ていた。
……お互い苦労するね、ロイ
「強くなったところ……レオンに見せなくちゃっ。頑張れ、私」
えっ、何それ可愛い。
ぐっと胸の前で拳を握ったシャルは、やる気に満ち溢れている。
とりあえず、依頼を受けるところからだな。
そう思った俺は、 「じゃあ、少し待ってて」 と言葉にして、自室に戻り身支度を整えるのであった。
時刻は午後一時。
徒歩で<月の庭>へと辿り着いた俺たちは、依頼が載っている掲示板を見つめていた。
「……ふむ」
「……」
「……」
「……」
<金の翼>はBランクパーティーだ。
ほとんどの依頼を受注することができるのだが、生憎今日の依頼は一日では済まない依頼ばかりであった。
ランド王国辺境の村までの護衛。
滅多に見られない
馬車で往復一日掛かる
それらの内容を見た<金の翼>メンバーは明らかに気を落としていた。
「これじゃ……ダメね」
「そうだね。朝はまだ依頼が沢山あったのに……」
「し、師匠……」
肩を落とす<金の翼>メンバーになんとかしてあげたい気持ちが湧いてくる。
多少強引だが……やってみるか。
俺はごほんっと一つ咳払いをした後、周りを見回す。
「……居た」
「え? レオン?」
「みんなこっち来て」
突然歩き出した俺に戸惑いながらも付いてくるみんな。
カウンターで何やら仕事をしている一人の受付嬢に近寄った俺は、顔が見えるように外套のフードを少しだけ上に上げる。
「どうも。アリサさん」
「あらっ、レオン君じゃない……それにシャルちゃんたちまで。突然どうしたの?」
「今ってマスター居ます?」
「居るには居るけど?」
「それは良かった。ちなみに一日で終わる依頼ってあります? ランクはBランク程度で」
「今日の分は掲示板に貼ってある依頼が全てだけど……それ以外にってことかしら?」
「はい。あそこに一日で終わる依頼がなかったんですよ」
「なるほどね」
アリサさんが考えるように俯いた後、メガネをくいっと少し上げて口を開く。
「まぁ、マスターに聞けばあると思うけれど、私個人でレオン君に依頼を出すことはできないわね」
「そうですよね……分かりました。じゃあ、マスターに聞いてみます」
「はいはい。マスターにあまり無茶な要求しないで上げてね」
「分かってますよ。ありがとうございます。じゃあ、行こう。みんな」
「え、ええ。アリサさん失礼します」
アリサさんに会釈をし、そのまま二階に続く階段を上がる。
「ねぇ、レオン。マスターに会ってどうするの?」
「え? 依頼を貰いに行くんだよ?」
「い、依頼を貰う!? そんなことできるの?」
「まぁね」
「……さすが師匠っす」
「Sランクって無茶苦茶なんですね……」
いや、多分同じSランクでも<魔の刻>だけだと思うよ……
そんな事は口にしないで、ギルドマスター室まで着いた俺は、扉をコンコンッとノックした。
「誰だ?」
「レオン・レインクローズです。お願いがあって来ました」
「……入れ」
了承を受けた俺が扉を開くと、マスターは肘杖をつきながら訝しげな表情をしていた。
「……<金の翼>も一緒か。まぁ、座れ」
「はい。失礼します」
マスターの言われた通りソファに腰を下ろした俺たちは、単刀直入に話を切り出す。
「マスター。とりあえず、一日で終わる依頼くれません?」
「……ふむ。珍しいな。レオンが受けると?」
「いえ、あくまで<金の翼>が受注するので……Bランク以下の依頼ですね」
「なるほどな。お願いだと言うからまた厄介事かと思ったが……それならいいだろう」
ふぅと一息ついたマスターは、机の引き出しから数枚の依頼を出す。
「明日に貼ろうと思っていた依頼だ。どれでも好きな物を持っていけ」
「ありがとうございます。じゃあ、シャル。決めてもらってもいい?」
「え、ええ」
シャルがソファから腰を上げ、マスターが出した数枚の依頼に目を通す。
「それにしてもレオン。事後報告はしっかりしてくれたまえ」
「へ?」
事後報告……?
まだシャルたちとの依頼は終わってないし……なんの?
マスターの言葉に見当がつかない俺に対して、やれやれと首を横に振ったマスターは言葉を続ける。
「……マリン王国の話だ。赤仮面が城に現れたのだろう? それとルキース隊長殿の件だ」
「あっ……はい。すみません。リリーナが報告してくれると聞いたので、俺から伝えなくても大丈夫だと思ってしまいました」
「ふむ。なるほど……だが、レオン。言伝で聞くより、君本人から聞いた方が誤った情報ではないと確信できる。そうは思わないか?」
「……思います」
「分かってくれるならいい。次からは君の口から話してくれると助かるよ」
「はい。分かりました」
マスターはとても真剣な表情をしていた。
事が事なだけに当事者から情報を聞きたかったのだろう。
騎士とは違う身でマスターもこの国の平穏を守る立場の人だ。
判断を誤れば俺よりもずっと責任を問われる身なのだと再認識した俺は、申し訳ない気持ちになり少しだけ俯いた。
「じゃあ、これにします。マスター」
「うむ……これか。では、私から受付の方に話を通しておく。レオンが居るから大丈夫だと思うが、くれぐれも気をつけたたまえ」
「はい。ありがとうございます」
シャルはマスターに会釈をした後、俺へと近づき、
「レオン。行きましょ?」
と嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔に思わず釘付けになった俺は、いかんいかんと首を横に振って立ち上がる。
「マスター。ありがとうございます。では、失礼します」
「うむ」
マスターに一礼した俺は、<金の翼>メンバーと共に<月の庭>を後にするのであった。
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