第112話 大切なこと
あの日から一ヶ月の月日が経った。
予定通りの経路を進めた俺たちは、日が沈み切る前に王都ラードへと到着する。
「では、レオン。私はこれから色々と報告をしなくてはならないのでね。このまま城へと向かうよ」
「分かった。じゃあ、俺は拠点に帰るね」
「うむ。長期に亘る護衛……本当に助かった。ありがとう、レオン」
「レオンさん。ありがとうございました」
「ううん。俺もいい息抜きになったし、行ってよかったよ。二人ともお疲れ様。じゃあ、またね」
二人に手を振った俺はそのまま馬車から降り、外套のフードをぐいっと深く被る。
レティナたちはもうすぐ帰ってくる頃だろう。
とりあえず、先に帰るか。
そう決めた俺は足早に拠点へと目指す。
一ヶ月ぶりのランド王国は、マリン王国に居た時よりも妙に落ち着く。
寒くもなく暑くもないとても過ごしやすい気温に、やっと帰った来たなとしみじみ実感した。
「ただいま〜」
誰もいない拠点に俺の声が響く。
「おかえり」 と返ってこないのは少し寂しいが、もう少ししたらみんなが帰ってくる。
それまではとりあえずベッドで一休みしよう。
あっ、お風呂が先だな。
自室に戻った俺は一度着替えた後、すぐにお風呂を沸かしに浴室へと足を運ぶ。
十分程で沸いたお湯に勢いよく入浴した俺は、あまりの気持ちよさに夢心地のような気分になった。
「ふぁぁ……いい湯だぁ……」
久々のお風呂に全細胞が歓喜している。
このままダメ人間になってしまいそうなほどだ。
そんな俺は身体を伸ばして、この王都ラードまで帰路する旅路を思い出した。
あの議会を終え、すぐに身支度を整えた俺たちは王都マルンから出で立った。
帰り道では特に何事もなく、襲いかかってくる賊もいなければ、魔物も比較的に少なかった。
あまりこんなことは言いたくないのだが、何より帰路の方がルキースがいなかった為、精神的にも楽であった。
「サボってる」 やら 「居なくていい」 やら、陰口を叩く騎士はルキースがいないだけで誰一人として現れず、その結果、黒い感情が湧き上がることなく穏やかな一ヶ月間を過ごせた。
そんな日々の中でリリーナにスカーレッドのことを聞いたのだが、俺と一緒で情報はほぼ皆無とのことであった。
「スカーレッド……あいつは何者なんだ」
ぼそりと呟いた言葉が浴室に響く。
今まで出会って来た罪人の中でトップレベルの強さを持つスカーレッド。
何をやろうとしているかは不明確で、ランド王国から姿を消したと思えばマリン王国に出没。
ルキースが率いた第一騎士団が捜索したが、足取りさえも掴めなかった奴は、商人を襲いルキースを暗殺した。
紛れもない罪人にも関わらず、何故か会話を重ねる度に黒い感情が消えるのが違和感であった。
(守りたい人がいる。この世の全てを敵に回しても守りたい。私が……僕が大罪人になっても……やらなくちゃいけないの)
「守りたい人……か」
浴槽の
守りたいとスカーレッドが言った人はどんな人物なのだろうか。少しその人物に会いたくなる。
悪に手を染めてでもなお、その人の為ならばどんな手段も
会ったのは二度目でスカーレッドの本性は何も分からないはずなのに、何故か優しい人なのだろうと感じた。
ただ、その直感が正しくても正しくなくても善人を襲うことはやはり間違っている。
もっと……もっと他の方法はなかったのだろうか。
頭の中でぼーっと考えていると、
「レンくん〜ただいま〜」
レティナの声が玄関先から聞こえた。
「おかえりー」
はっとして浴室から返事をした俺はそのままお湯に数分間浸かった後、浴槽から上がり身体の水気をバスタオルで拭く。
わいわいとみんなの話し声が聞こえる中、寝巻きに着替えた俺はすぐにダイニングへと向かうのであった。
「そういえば、レオンちゃん。またスカーレッドって奴に会ったんだっけ?」
ダイニングで他愛のない話をしている時、ふと思い出したようにマリーが首を傾げた。
「あぁ、そうだよ。逃げられたけどね」
「レンくんが二回も逃すなんて珍しいね」
「ね。レオンちゃん……腕がなまったんじゃない?」
「いや、騎士団が来たからね……あれ以上戦えば確実に死人が出ていたよ」
「は〜ん。そんなつえぇ奴と俺も戦いてぇな。最近本気で殺り合ってねぇせいか、俺も腕がなまったように感じるぜ」
俺は別になまったって感じてないんだけどなぁ……
横目でカルロスを見ると、肩をパキパキと鳴らす彼は、俺の視線に気づかず退屈そうな表情をしている。
「ごしゅじん」
「ん?」
ふと呼ばれた声に俺は視線を移す。
「ミリカに言うこと……ない?」
「……えっ?」
「あっ、僕にもです。レオンさん」
「ルナも〜!」
キラキラとした瞳で見つめてくるゼオとルナに対して、ミリカは少し不安そうな眼差しで見つめてくる。
三人に俺から言うこと?
ぽかーんっと口を開ける俺は、周囲を見回す。
レティナは苦笑い、マリーとカルロスは残念そうにこちらを見つめている。
そんな様子を見た俺は表情を変え、顎に手を添えて考えた。
これは間違いなく思い出さなくてはいけないことだ。
俺が何年このパーティーのリーダーしていると思う。
レティナやマリー、カルロスのこの表情は 「うわっ、忘れてるのか」 と言った表情だ。
考えろ。レオン・レインクローズ。
俺なら思い出せるはず。
ルナとゼオは期待の眼差し。
ミリカは不安そうな表情。
この状況にヒントは隠されているはずだ。
「……ごしゅじ……っん。忘れた?」
酷く悲しそうな表情で俺を見つめるミリカの瞳が潤んでいく。
ふむふむ。なるほど…………ごめん、全然分からない。
「えっと……」
「……」
記憶を遡っても何も思い出せない俺は、ミリカの顔を見て再び思考に耽る。
俺は物覚えが悪い方だ。
昔はそうでもなかった気がするのだが、最近になって記憶が何処かへ飛んでいっているように思える。
だが、それはただの言い訳であり、ミリカがこんなにも悲しそうな表情をしている原因は間違いなく俺にある。
思い出せ。ミリカに言わなければならない言葉を。
ミリカたちと離れてリリーナの護衛をしていた一ヶ月間……その間に……何か…………っ!?
思考をフル回転にさせて考えた時、脳内に雷が落ちたかのように、はっとミリカが欲している言葉が思い浮かんだ。
「ごしゅじっ……ん。やっぱり……」
「ミリカ。遅くなったけど……誕生日おめでとう!」
「っ!!」
びくんと反応をしたミリカは、先程の悲しそうな表情から一転して、物凄く幸せそうに微笑んだ。
「ごしゅじん覚えてた。嬉しい」
「当たり前だろ。俺が忘れるはずないじゃないか。ということは、ルナとゼオも誕生日だったのかな?」
「そうです」
「ルナ、レオンに祝ってほしかった〜」
「ごめんごめん。二人も誕生日おめでとう」
パチパチと俺が手を叩くと、レティナやカルロス、マリーが後に続いて拍手を送る。
「……レンくん。忘れてたでしょ。ミリカちゃんの誕生日」
ぼそっと耳打ちしてきたレティナに、俺はポーカーフェイスを装って答える。
「そんなわけないでしょ。俺はもちろん覚えていたよ?」
「ふ〜ん。まぁ、そういうことにしといてあげるね。ミリカちゃんたちも嬉しそうだし」
本当にそういうことにしといてくれ。
そう心の中で呟く。
城に潜入したスカーレッドたちに会い、その目的が見えない中でのリリーナの長期に亘る護衛。
考えていたのは、再びスカーレッドが襲いかかってくるかもしれないということと、リリーナとエミリーが不安にならないように気を配ることであった。
なので、レティナが言ったことは紛れもない真実なのだが、今ミリカの誕生日を思い出して本当に良かったと心の底から思う。
もしも俺が忘れていたという事実をミリカが知った場合、きっと大泣きすること間違いなしだったから。
笑い合ってる三人を見て安心した俺は、もう絶対誕生日は忘れないでおこうと決めて、ほっと胸を撫で下ろすのであった。
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