第111話 議会


 (殺せ。殺せ。)


 頭の中でまだ鳴り止まない声に耐えながら、なんとかエミリーの部屋まで辿り着く。


 コンコンッ


 ノックをしても返事が返ってこない。


 そういえば……絶対に扉を開けちゃダメって言ったんだっけ。


 シーンと静まり返る廊下で、俺はできるだけ安心させる声色を作った。


 「リリーナ。エミリー……もう大丈夫だよ」


 俺の声に反応したのか部屋の中から物音がし、数秒経った後、扉がゆっくりと開かれる。

 俺はその扉から一歩後退ると、リリーナとエミリーが不安そうな表情で顔を見せた。


 「レオン。もう終わったのか?」

 「……あぁ。一応ね」

 「レオンさん本当にすみません。私……部屋でリリーナちゃんと一緒に待つって言ったのに……」

 「疲れてたんでしょ? なら……仕方ないよ。とりあえず、もう大丈夫だから入ってもいい?」

 「はい。もちろんです」


 エミリーの承諾を受けた俺はそのまま部屋の中へと入り、近くのソファに腰を下ろす。

 それを見た二人も俺の対面となるように腰を下ろした後、リリーナが真剣な顔つきで口を開いた。


 「何が起きた?」

 「……賊が城に潜入していた。目的はルキースを殺すことだって言ってたけど……」

 「ル、ルキース隊長殿だと!? それでルキース隊長殿は?」

 「……殺されたよ」

 「っ!?」


 目を見開かせ口に手を添えたリリーナは、余程驚いているのか次の言葉が出てこない。


 ルキースを殺すことが目的なのはそうなのだろう。

 だが、真の目的は別にある。

 そこまで言おうとしたが、二人の無事を確認できたおかげだろうか、瞼が重くなっていく感覚に陥る。


 気を抜くと今にも眠りに落ちてしまいそうな睡魔に、俺は首を横に振って端的に話を纏めた。


 「リリーナ。ランド王国でも現れた白仮面って知ってるでしょ……そいつらが今回ルキースを殺した犯人……だった。まぁ……殺ったのは赤仮面だけど……ね」

 「ふむ。商人を狙ってホワイトフラワーを強奪している者たちか……何故そんな奴らがルキース隊長殿を……」

 「……追ってくる……のが邪魔だった……みたい」

 「色々と謎が多いね。奴らの本拠地がここならそれも分かるが、この王都マルンではそのような噂は聞かなかった。何故ここで……」


 ぶつぶつ言ってるリリーナの言葉に耳を傾けたいが、俺の意思とは関係なく瞼は重くなるばかり。


 「それでレオン。その赤仮面はどうした?」

 「……逃げ……られた……よ」

 「ふむ。レオンでも取り逃すとは……ってレオン? どうした? おい、レオン!」

 「レ、レオンさん? 大丈夫ですか?」

 「……俺なら……心配ない」


 ソファの感触が心地いい。

 どうにも俺の瞼は限界のようだった。

 リリーナの質問にしっかりと答えようとしても、思考が止まって上手く答えられない。


 「……ごめ……ん。もう……げんか……い」


 リリーナとエミリーの心配そうな顔をよそに、俺は完全に瞼を閉じきる。


 何故こんなにも眠いのだろう。

 昔は一日や二日寝なくても、どうってことはなかった。

 洞窟の中で一夜を過ごした時も、護衛の依頼で立ったまま辺りを警戒していた時もここまで睡魔が襲ってくるということはなかったのに。


 二人の声を聞きながら、意識がぷつんと切れる時、聞き慣れた声が俺の脳内に響き渡った。



 (殺せ。)




















 真っ暗だ。

 光もないし、何も見えない。

 今、俺が目を開けているのか開けていないのかすら分からない。唯一分かるのはここが現実ではないということだけだ。

 そんな深い深い闇の中、俺は膝を抱えてこの夢が早く覚めるようにと願う。

 だが、どれだけ経っても一向に夢は覚めることなく、ずんずんと闇の底へ引きずり込まれて行くような感覚に、俺はただただ焦燥感が募っていった。


 この夢はいつ……覚めるんだろうか。


 (殺せ。)


 憎悪の籠った声が聞こえてくる。


 ……うるさいな。


 (殺せ。全て殺せ)


 ……だから、うるさいって。


 (何故殺さない? 何故抗う?)


 ……なんの話……してるんだよ。


 (思い出せ。思い出せ。思い出せ。)


 ザザザザザッ


 ぐっ。


 ザザザザザッ


 激しい頭の痛みに頭を抱えるが、ノイズは止まらない。


 ザザザザザッ……ザザ……ザザッ


 一瞬。

 ほんの一瞬だけ。

 ノイズと共に何かが見えた時、



 (レンちゃん)



 愛しい彼女の声が聞こえ、深淵に一筋の光が差し込んだ。


 …………君は……















 はっとして目が覚める。

 いつもとは違う見慣れない天井に、俺はがばっと上半身を起こし周囲を見渡す。


 そっか……俺はあのまま寝ちゃってたのか。

 それは把握できたけど……


 「……なんか嫌な夢見た気がする」


 いつもの心に穴が開くような感覚はないが、嫌な夢だったということだけは分かる。

 部屋に一人だけということに少し不安になり、思わず胸に手を添えた。


 チャリンッ


 金属の音が鳴り、それをぎゅっと握りしめる。


 レティナがくれた剣のネックレス。

 どんな時だってこれを握りしめれば、あの愛おしい笑顔が蘇り、俺を安心させてくれる。

 そのネックレスを数秒間握りしめ、不安だった心が安らかになっていくのを感じた俺は、ソファから立ち上がり、エミリーの部屋を出る為に扉を開いた。


 「おぉ、お目覚めになりましたか。レオン様」

 「わっ」


 突然掛けられた言葉に、思わず驚いてしまう。

 扉の前で待機していたであろう騎士は、そんな俺の反応を見て気持ちのいい笑顔を浮かべた。


 「ははっ。そんなに驚かなくても」


 ま、また同じ騎士か……


 「す、すみません」

 「いえいえ。リリーナ様からレオン様がお目覚めになったら連れてくるように、と伝言を承っております。どうぞついてきてください」


 そう告げた騎士は俺の返事を待たずして歩き出す。

 何処に連れてかれるのだろう、という疑問を抱いたまま、無言で騎士の後ろをついていくと、一際大きな扉の前で止まった騎士は、コンコンっと扉をノックした。


 「誰だ?」

 「イルガー・スクイッドです。レオン・レインクローズ様がお目覚めになられました」

 「……入れ」


 重圧を感じるその声色の主はリリーナではない。

 扉の前から横にずれ、俺に部屋の中へと入るように促す騎士を見て、ゴクリっと唾を飲み込んだ。


 ……この雰囲気。

 絶対昨日のことだろう。


 ……はぁ、めんどくさい。


 ため息を吐きながらガチャリと扉を開き、一歩だけ部屋の中へと足を踏み入れる。


 辺りを見渡せばマリン王国の騎士と貴族。ランド王国の騎士とリリーナとエミリー。総勢二十人程の人が各々椅子に腰掛けていた。

 きっと昨日のことを問われるのだろうと予想はしていたが、想像より多い人数に少しだけ顔が引き攣る。

 まぁ、唯一の救いはマリン王国の国王が不在ということくらいだ。


 「レオン。まずは隣に座りたまえ」

 「……あぁ」


 リリーナの言葉に頷いた俺は、少しだけ頭を下げながら空いている隣の席に腰を下ろす。

 腰を下ろした俺を横目に見たリリーナは、ごほんっと一つ咳をした後、話を切り出した。


 「では、レオン・レインクローズから昨夜の詳細な話をさせてもらいます。質疑応答は挙手をした後でお願い致します……では、レオン。頼む」


 リリーナは申し訳なさそうな顔でそう話を促す。

 唐突な話ではあるが、こういう事には多少慣れている。

 本当はリリーナとエミリーの二人に話して、それを貴族や騎士に伝えてもらうというのが理想であったが、睡魔に負けてしまった自分が悪いので、今回ばかりは腹を括るしかなさそうだ。


 「……では、昨日の件について。大体の内容はリリーナ……様から聞いていると思いますが、ランド王国で商人を襲っていた白仮面たちがこの城へと潜入していました」


 どうやって話そうかなんて正直考えてもいない。

 だが、なんとか上手く伝わるように俺は言葉を選びながら話を続ける。


 「目的はルキース・リスレイガ第一騎士隊長の暗殺。潜入していた賊は確認できたので八名。のち、二名は逃亡。残りの六名は処理しました。ルキース・リスレイガ第一騎士隊長は、私より早くに賊と戦闘をしていたようで、駆けつけた時にはもう息を引き取っておられました」


 これが大体の内容だ。

 俺が逃がした女性は全部で賊は九名と言っていたが、それらしい人物も居なかったので言わなくても大丈夫だろう。

 そして、スカーレッドがルキースを殺す事以外の目的で現れたのだと推測しているが、真の目的が不明確な以上、それもここでは言わない方がいいだろう。

 俺の発言が言い終わったのを感じたのか、各々が挙手をする。


 「では、ミュール伯爵」


 リリーナの言葉に胸まで伸びた顎髭を触りながら一人の貴族が口を開く。


 「レオン・レインクローズ殿……まずは、国王を救ってくれて感謝する。一つ質問なのだが、潜入した賊を斬ったのは君か?」

 「……はい。そうですが?」

 「どうして殺した?」

 「……? どうしてとは?」

 「君はSランク冒険者だろう? 殺さずとも捕らえればよかったと思うのだが、何故それをしなかった?」


 黒い感情で理性を失っていたから。


 そんな言葉は口が裂けても言えない俺は平静を装う。


 「確かにできたかもしれません。ですが、ここは王が住む他国の城。自分の一存で王の命が脅かされるのであれば、その芽を摘むのが最適かと判断しました」

 「……ふむ。なるほどな」


 納得がいったのか満足げな顔をする貴族は、椅子の背もたれに背中を押しつけるように身を委ねた。


 その貴族を筆頭に小一時間程の質疑応答が行われた。

 女性の賊を逃した理由や逃亡した二人の賊の情報。

 あの女性が誘拐された一般市民などと言っても信じる者はいないだろうから、嘘を交えながら答えられる範囲で貴族や騎士の質問に答えていく。


 そんなこんなで大体の質疑応答が終わった時、最後の一人がゆっくりと手を挙げた。


 「では、最後にスチーブ・アリーゾン第一副隊長」


 ルキースの右腕だったスチーブ・アリーゾン。

 あまり面識すらなかったが、嫌われているのだろうと感じていた。

 何故ならこの議会が開始されてからずっと俺に敵意を向けていたからだ。


 「……深淵のレオン。貴様……本当にルキース隊長が殺されていたと……?」

 「それはずっと言ってるけど……?」

 「っ!! そんな馬鹿な話あるわけないだろ!」


 ドンッと勢いよくテーブルを叩き、この部屋に緊張感が漂う。


 「本当のことだよ。現に彼の胸には双刃刀が刺さっていたでしょ」

 「……ランド王国国内で暴れていた白仮面。それがマリン王国に現れ、ルキース隊長の暗殺が目的だと言ったな? おかしいと思わないのか?」

 「何が言いたいの……」

 「……貴様がその白仮面たちとグルって話をしてるんだ」

 「は?」


 スチーブの言葉に思わず呆気を取られる。

 ランド王国の騎士ってのは、どいつもこいつも頭がおかしいんじゃないのか?

 ルキースを殺して俺になんのメリットがある?


 スチーブの言葉に騒めく馬鹿たち。

 あまりにも見当違いな発言だったが、止める者が現れないことについ落胆してしまう。


 「ルキース隊長は強い。私の目で見た誰よりもだ。そんな隊長が殺られるなんて……貴様と逃げた賊が協力して隊長を殺したに違いない!」


 決めつるように大声を張り上げるスチーブは、興奮しているのか、椅子から腰を上げて俺に指を指した。


 阿呆すぎる……


 こいつにどんな言葉を掛けてもきっと納得しないだろう。

 だが、この場を上手く抑えなければならない。

 何か方法はないだろうかと模索する俺の横で、リリーナは不機嫌そうな顔で口を開いた。


 「……御託を並べて楽しいか?」

 「な、なんだと?」

 「御託を並べて楽しいかと聞いている」

 「な……なにを……」


 冷たい声色で怒りを露わにしているリリーナは、スチーブを睨みつける。

 リリーナのこんな表情は初めて見た。

 恥じらう姿や微笑む姿は見たことはあるものの夢を嘲笑われたあの謁見の時ですら、このような怒りの表情は見せなかった。


 そんなリリーナは拳をぎゅっと握りしめて口を開く。


 「貴様がルキース隊長殿を失って悲しいのは分かる。だが……怒りの矛先が違うだろう? 仮にレオンが賊と手を組んでいたら、何故その賊をレオンが斬る?」

 「そ、それは……」

 「そんな簡単なことも考えられないようじゃ、君に隊長の座は相応しくはない。それと、レオンは私の専属冒険者だ。これ以上ふざけた発言は許さない」

 「……」


 リリーナの圧に負けたスチーブは、涙目になりながらプルプルと震えるだけで、それ以上は何も言ってこなかった。


 「では、この辺りで閉会したいのですが、まだ質問等ある方はいらっしゃいますか?」


 シーンと静まり返る室内。

 スチーブの件があった為か、誰も口を開こうとはしない。


 「では、私たちも時間があるので、ランド王国に出立する準備をします。何か新しい情報等があれば、伝魔鳩アラートでお伝えしますので、その時はよろしくお願い致します」


 リリーナが席を立ちペコリと一礼すると、他の貴族や騎士たちは各々散開する。


 「……リリーナ。ありがと」


 耳元で囁いた言葉にリリーナがぴくっと反応し、


 「当然のことだよ」


 と少し顔を赤らめて微笑む姿に、少しドキッとする俺であった。

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