第21話 夢
シャルを仰向けでベッドに押し倒し、両手を頭の上で拘束する。
あまりにも突然な状況に、シャルは身体を震わせていた。
「ねえシャル。どうしてこうなるって予想できなかったの? こんな夜遅くに男の家に一人で来るなんて……襲われても仕方ないよね?」
「そ、それは……レオンだから……大丈夫だって信じて……レ、レオン痛いわ? 離して?」
シャルの瞳に少しだけ
「この状況で離すと思う? 自分の立場を理解した方がいいよ」
これ以上……シャルに怖い思いをさせてはいけない。
理性は手を離そうとしているのに、身体は何かに乗っ取られたように言うことを聞かない。
「……思うわ。だって、レオンだもの」
そう言葉にしたシャルは微笑みと共に、瞳がすぅーっと綺麗に透き通っていった。
(壊せ。壊せ。壊せ。)
そんな中でもジャンビスの顔がちらついて、黒い感情を抑制することができない。
「シャルは……一度も怖い思いをした経験がないから、そんな綺麗事ばかり言えるんだよ。ジャンビスは紛れもない罪人で、今こうしている俺も似たようなものだ」
「レ、レオンは……違う。私の憧れの人よ? これも何かの指導に決まってるの……」
シャルのあまりにも純粋無垢な心に何故か苛立ちを覚えてしまう。
……もう黙らせるか。
震えているシャルの頬を俺は拘束していない左手で、そっと撫でる。
そうすると、シャルはびくっと身体を震わした。
「……いい加減分かれよ。震えているその身体は何? 馬鹿正直になんでもかんでも信じているから、こうなるんだ……」
「……」
「君が信じていたジャンビスは君を襲おうとした。俺も現に今、そういうことをしてるだろ?」
何も言わないシャルは俺から視線を逸らす。
やっと、自覚できたのかもしれない。
まぁ、自覚できたところでもう遅すぎるのだが……
「レオンは……私を襲いたいの……?」
「……は?」
シャルが何を考えているのか、理解できない。
拒否するわけでも、涙を流すわけでもなく……ただただ俺を何とも言えない表情で見つめている。
「襲いたいの……?」
身体が震えているにも関わらず、そんな欲情を煽るような発言をするシャルに苛立ちを感じ、俺は拘束しているシャルの手首に力を込める。
「あぁ、そうだよ。だから、君は今日酷い思いをする。シャルみたいな優しい子はいつだって喰いものにされるんだ。大切なセリアやロイを失う前に気づけてよかったね」
「……っ」
目の前のシャルを壊したい。
でも、それは絶対にしてはいけないこと。
黒い感情と葛藤している俺にシャルは寂しそうな声でポツリと呟いた。
「レオンは……大切な人を失ったの?」
「……は?」
「だって、物凄く悲しそうな顔してるから……」
この子は話を聞いていたのだろうか。
俺が悲しくなる理由なんて……
ザザザザッ
ノイズが走る。
「ぐぅっ」
「レ、レオン!?」
頭が割れるような痛みが走り、シャルの拘束を思わず解いてしまう。
ザザザザッ
(……ちゃん……ちゃん……)
すると、どこか懐かしい声が聞こえた。
「レ、レオンどうしたの!? しっかりして! い、今、レティナさんたち呼んでくるから!」
焦りながらもそう告げたシャルは、俺の身体を優しく寝かせ、ドタドタという足音と共に扉から去っていった。
ザザザザッ
(……ちゃん……ちゃん……)
あまりにも酷い頭痛によって、ゆっくりと視界がぼやけていくのを感じていく。
一体……君は誰なんだ?
もう頭なんてどうなってもいい。
声が……声が聴きたい。
(……んちゃん……んちゃん……)
何故か愛おしく感じるその声。
視界が完全に真っ暗になった時、その声が鮮明に聞こえた気がした。
(レンちゃん)
これは夢だ。すぐに理解する。
隣に幼き頃のレティナが俺に話しかけていた。
「レンくん、明日も雨だから私の魔法を見せてあげるね!」
青色の瞳を輝かせて、窓から雨を見上げている。
雨で外に出歩けないのが嬉しいのだろう。
レティナは冒険よりも魔法を披露する方が好きだから。
「……うん、楽しみ!」
その言葉に嘘はない。
レティナの魔法を見られるのは、僕も凄く楽しいから。
でも……
「レンちゃんは雨が嫌いなの?」
不意に掛けられたその声に振り向く。
レティナと同じ瑠璃色の髪をしている瓜二つの少女。
唯一違うのは後ろを二つ結びにしているところだった。
その少女は後ろに何かを隠しながら僕に近寄ってくる。
「ううん……別に嫌いじゃないよ……レティナの魔法も見れるから」
「……レンちゃんは優しいね。その言葉に嘘は無いけど、冒険に行きたいって思ってるでしょ?」
図星だった。
彼女は小さな身体ながらも少し大人びていて、僕の気持ちがいつも手に取るように分かっていた。
「そんなレンちゃんにおまじないがあるの」
「おまじない……?」
「じゃじゃん! これ見て? レンちゃんのお母さんが教えてくれたの。てるてる坊主って言うんだって! これを私が作ったから多分明日は晴れるよ?」
目の前で見せびらかす白い物。
紙を丸めて紐で括った、大きなてるてる坊主。
形は少し歪で、身体よりも顔の方が大きかった。
「お姉ちゃん……そんな事してもお天気の神様は雨を降らせるよ?」
「レティナは馬鹿ね。神様なんて居ないの。私が晴れになれっておまじないしたら晴れになるの。そう思ったら気分が上がるでしょ?」
「なにそれ〜レティナ分かんな〜い」
そんな他愛のない会話に思わずクスクスと笑ってしまう。
懐かしい……こんな日々をずっと過ごしていた。
でも、今は……?
大きなてるてる坊主を抱えている彼女の名前が……どうしても思い出せない。
レティナと同じで俺にとって大切な人。
喉から名前が出かかっているのに……それは口に出すことなく暗転する。
次の日は彼女の言う通り晴れになった。
おまじないが効いたのだろうか?
レティナはボソボソと 「お天気の神様はいないんだ……」 って嘆いている。
そう言えば……おまじないってレティナがしてくれたんじゃ?
少し違和感のある夢だが、いつまでも居たくなる夢に俺は隣の少女を見る。
少女は嬉しそうに微笑んでいた。
はっとして目を覚ます。
窓から差し込む陽の光が少しだけ眩しい。
どうやら俺はあの後すっかり眠りに落ちてしまったようだ。
その事実に、俺は心底安心する。
本当に良かった。
シャルに怖い思いをさせてしまったが、酷い事をしなくて済んで……
指導……今日はできそうにないかな……って、えっ?
上半身を起こすと膝に
嫌な予感に苛まれながら、俺は優しくそれに触れる。
すると、防御結界がパッと弾け、一通の手紙が俺の手のひらに舞い降りた。
その手紙を開くと、
<レオン・レインクローズ。至急ギルドマスター室まで一人で来るように。これは命令だ。破ればギルド条約違反とする>
という内容が書かれていた。
はぁ……めんどくさい……
これがシャルの事なら謝罪の場を設けてくれて嬉しいとは思うが、きっとこれは……
「レンくんおはよ」
隣から声を掛けられて、視線を向けると、レティナが可愛く微笑んでいた。
レティナはまた隣で寝てるのか。
多少思う事はあるものの今はこちらが先だ。
「おはよう。
「んー。確か一時間前くらいかな?」
「いや、一時間前って……レティナはいつから起きてたの?」
「それが来た時と同じ時間かな。でも、レンくん何だか幸せそうに寝てたから、そのまま起こさないようにしてたの」
「えへへ」 とあどけない笑顔を見せるレティナに俺は少し安心する。
そんないつもとなんら変わらないレティナを俺は優しく抱き寄せた。
「へ? レ、レンくんどうしたの?」
どうしたのって聞かれても俺でさえ分からない。
ただ、こうしていたいんだ。
じゃないと……レティナがいなくなってしまいそうで。
俺は無言でレティナを抱きしめ、レティナもそれからは何も聞いてくることなくただ俺に身を預けた。
数分経ってからレティナを離し、二人でダイニングへと向かう。
少しだけ気まずかったが、何とも心地いい朝だと感じた。
「レンくん一人で<月の庭>まで行くの?」
朝食をレティナとミリカの三人で食べている時に、
「まぁ、命令だしね。しょうがないから一人で行ってくるよ。二人は留守番でもしといて」
「でも、ごしゅ!?」
「ん。分かったよ〜気をつけてね」
何かを言おうとしたミリカの口を殺気を向けて塞いだレティナは、自然な笑顔を見せる。
「どうかしたの? ミリカ」
「別に何もないよ。ね? ミリカちゃん?」
コクコクコクコクと規則的に首を縦に振るミリカ。
明らかに怪しい。
「レティナ……? その殺気止めてあげて? 俺はミリカの口から聞きたいんだ」
レティナは俺の圧に負けたのか、降参した様に殺気を消す。
「ごしゅじん。留守番。ミリカする」
「えっ? それだけ?」
「そう」
「そ、そっか」
明らかに何かを隠しているミリカだが、これ以上詮索しても無意味だろう。
言いたくないことを無理矢理問いただす真似は俺はしない。
朝食を食べ終えた俺は憂鬱な気分のまま≺月の庭≻まで足を運ぶのだった。
<月の庭>に辿り着くと、俺は外套のフードを深く被り、大きく開かれている扉の中へと足を踏み入れる。
ん……? いつもより人が多いな。
下を向いて歩いているが、人の気配ですぐに分かる。
今日の<月の庭>は明らかに人が多いと感じた。
ただ、俺はあまり来訪しないので、こんな日もあるのだろうと一人で納得し、何も考えずに階段を登った。
ギルドマスター室に着き、コンコンとノックをすると、
「入れ」
というマスターの返事が返ってきた。
ガチャっとドアノブを回し、ギルドマスター室に入室する。
中にはマスター以外に<金の翼>のメンバーがソファに座っていた。
ただ、シャルだけがいない。
まぁ、それもそうか。
あそこまで怖い思いをさせたんだ。
俺と顔を合わせるのも嫌だろう。
高級なソファに腰を下ろした俺は、平静を装いマスターに向けて口を開く。
「それで? 今日はどういった要件で呼んだんですか?」
「察しはついているんじゃないか? レオン」
そんなこと言われてもいくつか心当たりがある。
<和の魔法>の件。
ジャンビスの件。
闇魔法の件。
シャルの件。
どの情報を持っているか定かではないので、迂闊な事は言えない。
「察しって……なんの事か分からないので、単刀直入に言ってくれませんか? 俺も暇じゃないんで」
「ふむ。なるほどな……レオン・レインクローズ。お前がそこまで隠そうとするならば、今ここで言わせてもらう」
フルネームで呼ばれたのは久しぶりだ。
マスターの顔つきを見ても、いつもより真剣な表情をしていた。
「昨日、ジャンビス・アスタールが血まみれの状態でギルドに訪れた。レオン……お前に左腕を斬られたと言っていたよ。まず、これは本当のことか?」
へ~? あいつギルドにも顔を出したんだ?
シャルや<月の庭>に助けを求めれば、俺が手を出さないとでも思ってるのか?
虫唾が走るな。
そんな事を思うも、一切表情に出さない俺は思考する。
まぁ本人がここまで来たというより、シャルがギルドに報告したという予想からだったが。
ただ、正直良い誤魔化しを考えていない。
昨夜は気を失っていたし、朝はレティナとミリカに癒されていたからだ。
考えろ。レオン・レインクローズ。
誤魔化しに関しては俺が一番得意としていることだ。
俺は心の中でそう自分に言い聞かせると、何の動揺も見せずに答える。
「いえ、何のことかさっぱりです。多分魔物と俺を見間違えたんでしょ? 夜なら人間みたいな魔物もいますし」
「はぁ……レオン。私がいつ”夜”と言った?」
ふむ。
詰んだかな?
俺はマスターの険しい視線の中、更なる一手を模索するのだった。
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