第22話 救世主
マスター、それにロイとセリアまでもが疑惑の眼差しで俺をひたすら見つめている。
「確かに……夜とは言ってませんでしたが、俺は昨日の昼、指導をしていました。それは二人が証明してくれるはずです。なのに、こんな状況になっているというのは、夜にその出来事があったと考えたんですが、違いますか?」
「ふむ……まぁ筋は通っているか。そうだ。彼は昨夜ここに訪れたよ」
よし、これでひとまず先程のミスを補う事ができた。
後は、俺がやってないと信じてもらうだけ。
「そもそも俺がジャンビスを斬る理由があると?」
「指導という名目と……もう一つ」
マスターは真剣な表情を崩さずに、言葉を続ける。
「シャルを取られたくなくて斬ったと……そう彼は言っていたが……」
「……は?」
つい間の抜けた声を出してしまう。
常識的に考えて、そんな色恋沙汰で斬ると思ってるのか?
的外れすぎる言葉に落胆する俺に対して、マスターは続ける。
「まぁ、言ってみたはいいもののそれは確実に嘘だと分かっている。ただ……斬ったのはレオン。君ということも私には分かる」
「何故……?」
「……ふむ。勘だな」
なるほど。勘……ね。
なら、証拠など何もないじゃないか。
すると、今まで黙っていたセリアが口を開いた。
「私もジャンビスに話を聞きました。素直に信じられない話だったけど……嘘をついてるとは思えなくて……レオンさん、本当のことを教えてください」
セリアは戸惑いの色を隠しきれない瞳で俺を見つめる。
どんな理由があるにしろ腕を斬るなんてまともな事ではない。
牢獄に連れて行かれても文句は言えない話だ。
相手が罪人ならもちろんそこまではいかないが、それでは何故逃したかという話になる。
どちらにしても八方塞がりだった。
……やっぱりあの時に殺しておけばよかったんだ。
黒い感情が沸々と湧き上がる。
「何回も言うけど、俺は斬ってないよ。そもそも俺が斬ったとして……逃すと思う?」
つい口角が上がってしまう。
だって……次は逃がさないんだから。
セリアとロイそれにマスターまでもが、まるで化け物でも見たかのようにぎょっとした驚愕の表情を浮かべていた。
その時、突然コンコンッと扉のノック音がギルドマスター室に響いた。
あれ? この気配って……
マスターが返事をする前に扉がゆっくりと開かれ、先程まで食事をしていた女の子が入ってくる。
「む? ミリカか、今は大事な話をしている。できれば、あの件は後にしてほしいのだが……」
無表情を浮かべるミリカは、無言で俺の隣のソファに腰を下ろした。
「あ、あれ? ミリカも呼ばれてたの?」
「……」
「いや、呼んではないが……君とミリカは知り合いだったのか?」
ミリカが突然来たことには驚いたが、何よりも驚いたのは俺とミリカの関係を一切知らないマスターのその言葉であった。
別に隠してるわけではないし、昨日はレティナとミリカの三人で手を繋いで帰ったくらいだ。
何かしら知ってると思っていたのだが……
「え、えぇ……まぁ」
「ルーネ、ミリカ昨日の夜、ごしゅ……レオンと話した」
「……えっ」
「な、なに!? それは本当か!?」
マスターが身を乗り出して、ミリカを見る。
俺も反応こそしてしまったが、よくよく考えればミリカが来た理由を察することができる。
おそらくミリカはレティナが送り出してくれた救世主なのだろう。
こういう状況になることを見越して、先に手を打っていたに違いない。
そう考えれば、今朝二人が何か隠し事をしていた理由も納得できる。
これは使える、と思った俺はミリカが口を開く前に、
「あっ」
っとわざとらしく声を出した。
「そういえばそうだった。昨夜は彼女と話をしてたんですよ。まぁそれほど親しい関係ではないんですけど」
「そうなのか? ミリカ」
救世主ミリカのお陰で打開策が見つかった。
きっとミリカは俺を擁護してくれる為に、ここまで来てくれたはずだ。
なら、俺がやることはミリカと親密な関係ではないと主張する事と、ロイとセリアを黙らせる事。
この二つだ!
そうだろ? ミリカ。
俺は隣の救世主を見つめる。
救世主は……とても悲しそうな顔で俯いていた。
え? ミリカ……さん?
「そ、そう。ごしゅ……レオンは有名。ミリカ。親しくない……それだけ」
「ふ、ふむ。ミリカが言うならそうであろうな」
いや、さっきから何回も 「ごしゅじん」 って言おうとしてるよね?
それにマスター、ミリカになんか甘くない?
あとミリカ……そんな悲しそうに言うの止めてよ……親しくないなんてこの場を誤魔化す為に言ったことなのに……
何故か少しだけ心が痛くなる俺に対して、ロイが慌てて口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってください。師匠とミリカさんは……」
「ロイ、今から大事な話をするから口を挟まないでくれる? もちろんセリアも。もしもまた話を遮るようなら……」
俺は闘気を放つ。
指導の時のような甘い闘気ではない。
黙らせるには少しくらい本気の方がいい。
「レ、レオン。少し抑制してくれ。流石に私も辛い」
マスターは苦悶の表情を浮かべて俺を見る。
「……はぁ……マスターが言うなら……じゃあ、今から思い出した事を話しますね」
俺はマスターに言われた通りに抑制をして、話を続ける。
セリアとロイはまた横槍を入れるとは思えないほどにガクガクと震えていた。
「昨晩は隣にいるミリカと一緒にいました。たしか……あれ? ミリカ何時間くらいだっけ?」
俺はわざとらしくミリカに話を振る。
頼むぞミリカ。
「そう。十分くらい」
「そ、そうそう。十分くらいね」
「うん」
「え? 本当に十分?」
俺の方からミリカに話を振ったのにも関わらず、自分で信じられないという声色で聞き返す。
いやだって……え?
十分じゃ俺がジャンビスを斬ってない証拠にならないよね? ミリカさん??
「ふむ。それで何が言いたいんだ? それでは証拠にはならないぞ? レオン」
マスターが尤もな意見を述べる。
もうミリカは戦力外通告だ……
これは正直にシャルを襲おうとしたから斬りましたって言うしかないんじゃないかな。
俺は覚悟を決めてマスターに口を開ーー
「ジャンビスとレオン。昨日の夜会ってた。これは事実。ミリカ見た」
開いた口が塞がらない。
ミリカ? 何を言ってるの?
「ふむ。それで?」
「レオン。ジャンビスの腕斬った。これも事実」
なるほど……ミリカは……俺に罪を償えと言っているのか。
仲間のミリカに言われるならもう仕方がない。
パーティーは一蓮托生だ。
それもミリカには善人と罪人についてしっかりと教えた。
そのミリカは俺を罪人と見たのだろう。
なら、俺から言うことは何もない。
諦めた俺をよそにミリカは続ける。
「でも。先に襲ったのはジャンビス。レオン。ジャンビス止めようとした」
えっ……?
「止めようって……何からだ?」
マスターは怪訝そうに眉を顰める。
「ジャンビス。シャルとセリア襲う計画あった。それをレオン止めた。でも、後ろから襲った。それがジャンビス」
ミリカの言葉にロイとセリアは血の気が引いた表情を浮かべている。
「襲われたら仕方ない。ミリカ思う。だから、ジャンビスの腕切り落とした。それで忠告した。シャルたちに近づくなって」
「レオン、それは本当の事か……?」
ふむふむ。
やっぱりミリカは最高の仲間だ。
後でいっぱい甘やかしてやろう。
「まぁ……本当は隠して置きたかったんです。今はセリアとロイがいるのでショックを受けるかなと。後でマスターにはきちんと話そうかと思っていました。まず、俺が本気でジャンビスを襲っていたらなら……彼の死体すら残っていませんよ」
「ううむ。なるほどな。納得がいく話だ」
俺の言葉には一切納得をしてなかったマスターが、妙に素直になる。
「ミリカ。君の言うことを疑ってはいない。<和の魔法>の件もあるしな。ただ、もう一度ジャンビスと話し合わなくてはいけないとも思う」
<和の魔法>?
突然マスターが口にした言葉に、俺は疑問を持つ。
「<和の魔法>と今の話……何が関係あるんですか?」
「ふむ。レオンは善人時代の<和の魔法>のことしか知らないか。あのパーティーは一般人に手を出していたようでな。それをミリカが自首させたのだ。後でその件について話を聞こうと思っていたのだが、まさか昨晩にレオンとミリカが会っていたとはな」
「な、なるほど」
それでマスターもミリカのことを嘘を吐くような冒険者ではないと考えているのか。
俺は納得したはずだったが、マスターはまだ足りないのかミリカを褒め称える。
「レオン。ミリカは凄いぞ。たった一人でBランクへと昇り詰めたんだ。それも二年で。レオンの再来とは言わないが、私はミリカに期待をしているのだよ」
「ありがとう。ルーネ」
「はぁ……なら、あの数の冒険者は不要だったか」
マスターはため息を吐き、額に手を乗せて脱力している。
「? あの数の冒険者って……?」
「……私は君が逃げると思ったのだよ。君が斬ったことは直感で分かったのでな。問い詰めた時に逃げ出されたら私一人じゃどうすることもできん。だから、保険として冒険者を招集していたのだ」
あ~、なるほど。
だから、今日はいつもより冒険者が多かったのか。
あれ……? ということは……
「……つまり信頼してなかったと?」
「いんや? 何か理由があってのことだと思っていたよ。それを素直に聞きたかったんだ。すまないな」
その言葉にほっと胸をなでおろす。
マスターは俺の性格を知っているのだろう。
もう五年の付き合いにもなるのだ。
面倒事から逃げる俺を、今回は事が事だけに逃すわけには行かなかったということが伝わる。
「それで……冒険者たちは俺が斬ったことを知ってるんですか?」
「いや、知らないよ。知ってるのはここにいるメンバーと受付嬢、私のみだ。時間も遅かったからな。あぁ、それと軽い治療を施した後、シャルロッテ・グラウディの宿屋へ向かうと言っていたな……」
あっ……そう言えばシャルはあれからジャンビスを追い出したのだろうか?
あれだけ忠告をしたのだ。
流石に大丈夫だろう。
そう心の中で思っていても、何故か俺の心臓は鼓動を早める。
すると突然、セリアは青白い顔で信じられないことを口にした。
「シャルは……今ジャンビスと一緒にいます……」
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