第20話 訪問者


 「はぁぁぁ疲れた~」


 拠点に帰ってきた俺は、身体を伸ばしダイニングでくつろぐ。


 「ごしゅじん。あれ凄かった。なんか綺麗。それにぞわぞわした」


 ミリカは先程見せてあげた秘術を今更ながらに思い出したのか、目を輝かせている。


 「そっかそっか、なら見せてあげた甲斐があったよ。そういえばレティナ、よくあの場所で俺が秘術を行使してたって分かったね?」


 固有結界の終焉の教会ジエンドフィールドは、元の世界と隔離されている。

 故に、現実世界のその場所はいつもと同じ風景が広がっており、もちろん中に入ることも認識することもできない。

 でも、レティナはその場所が分かっていた。

 どうしてだろう、と疑問に思う俺に、レティナは口を開く。


 「あ~、それならすぐに分かったよ? レンくんの膨大な魔力を感じて、咄嗟にその場所に向かったから。ただ、向かう途中で反応が消えちゃって……それで思ったの。これは固有結界の秘術を使ったんだなって」

 「ほう。俺がただ魔力を抑制したって思わなかったの?」

 「思わなかったかな。まず、レンくんが魔力を開放することなんて滅多にないし、反応が消えてからそんなに時間が掛からなかったのに、誰もいないっていうのが不自然だったから」

 「なるほど……それで認識できない固有結界が、この場所に展開されてるって思ったのか……」

 「うん!」


 まるで当たり前のように頷くレティナに、俺は内心驚いていた。

 終焉の教会ジエンドフィールドは通常の固有結界とは訳が違う。

 大規模な障壁が築かれる通常の固有結界に対して、終焉の教会ジエンドフィールドはその障壁さえ認識できずに展開されているのだ。

 第三者からすると、俺が突如として消え何処かに行った、と思うのが妥当だろう。


 「……レティナの才能はやっぱり凄いな」


 ぽつりっと呟く俺に、レティナは苦笑する。


 「そんなに褒められることじゃないよ。レンくんの魔法は誰にも見せられないはずだし、目立つのも嫌いだから、目で見えない秘術なんじゃないかな? ってそう思っただけ」


 なるほど。

 俺だから、という人読み込みでそう察したと……


 少し照れくささがありつつも嬉しい気持ちになるのは、きっとレティナに理解されていると実感しているからなのだろう。


 「それで固有結界の秘術はどんな能力にしたの?」

 「ごしゅじんのはーー」

 「秘密だよ」


 ミリカの言葉を遮るように、俺はそう返答をする。


 「えぇ〜知りたいー!」

 「だーめ。レティナが危なくなった時に見せてあげるから我慢して」

 「むぅぅ」


 媚びるように俺を見上げるレティナ。

 その表情を可愛いとは思うが、教えてあげることはできない。

 秘術は大切な人であろうと、そんな簡単に教えるものではないからだ。

 すると、先程口が滑りそうになったミリカが話を変えるように言葉を発した。


 「ごしゅじん。ミリカなんとなく。分かった」

 「ん? 何が?」

 「秘術。ミリカイメージ掴んだ」


 ふむ。

 あの一度で掴んだと……?

 ……いや、いくらなんでもそれはないだろ。


 「ミリカ? 秘術は繊細って教えたよね? 見て興奮したのはいいけど、慎重に覚えないと変な癖がついちゃうよ?」

 「ミリカ大丈夫、明日から修練する」

 「……ふむ」


 少し杞憂する俺に、レティナが口を挟む。


 「レンくん。ここまでミリカちゃんが言ってるんだから信じてあげよ? 秘術を行使する際に私たちが立ち会えば大丈夫だよ」


 ……まぁ、確かにそうか。


 「よし、ミリカ。自分でやりたいようにしていいよ。でも、秘術を行使する時はちゃんと声を掛けるんだよ?」

 「把握した」


 ミリカは物凄くやる気なのか、力強く頷く。


 「じゃあ、俺はもう自室に戻るよ」

 「うん」

 「把握した」


 二人の返事を聞いて立ち上がり、そのまま自室へと向かう。


 今日はなんだかんだ色々あったな……

 って、最近毎日何かしらありすぎじゃないか?


 思えばマスターに指導を言い渡されてから、俺の悠々自適な生活は一変していた。

 異空間ゲートに入ってある武器の手入れなどもしなくなり、身体は毎日のように動かしている。


 ふーむ。

 まぁ、たまにはこういうの生活も悪くないけど……


 自室まで戻った俺は、思いっきりベッドに飛び込む。


 こうして何も考えずに暇を持て余すのが、やっぱり俺には合っている。


 そんなこと思いながら、俺はひたすらゴロゴロとするのであった。





 「……?」


 自室に戻ってから、一時間程経っただろうか。

 突然拠点のチャイムが鳴った。


 こんな時間に一体誰だ?


 置時計に目をやると、時刻はもう午後の十時を過ぎていた。

 昔はどこかの貴族やら市民が俺たちに会いにこの拠点へと訪れてきていたが、迷惑すぎるので全員突き放したところ、誰一人として訪問する者はいなくなった。

 なのに、今この時間に訪問者ということは……


 黒い感情がまた沸々と湧き上がる。


 想像するに、<和の魔法>かジャンビスのどちらかしか有り得ないだろう。

 あれだけ忠告したにも関わらず、何の用事があるんだか。


 俺はそう思うと、ベッドで寝かせていた身体を起こす。

 その行動と同時に、コンコンッという扉のノック音が響いた。


 「レ、レンくん。起きてる?」

 「起きてるよ」

 「入ってもいい?」

 「……いいよ」


 何だかいつもと違う声色のレティナは扉を開け顔を出す。


 「誰だった?」

 「あの……その……」

 「<和の魔法>? それともジャンビス?」


 レティナはその二つの名に首を横に振る。


 えっ? じゃあ、一体誰なんだ?


 黒い感情がすっと無くなった代わりに、新たな疑問が生まれる。

 そんな俺を見つめながら、レティナは言いづらそうに口を開いた。


 「……違うの。その……シャルちゃんが来て……」

 「へ?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。


 今この時間にシャル?

 いや、なんで?


 疑問しか浮かばないが、今日はもう寝ようと思っていたところだ。

 素直に断ろう。


 「もうこんな時間だし、明日にしてくれって言ってもらってもいい? 大事な話なら別だけど」

 「う、うん。分かった」


 少しだけ歯切れの悪い返事をしたレティナは、そのままパタンっと扉を閉める。

 そして、それを見た俺は再びベッドに身を預けた。


 いくら大事な話だとしても、男の部屋に上がり込んでまでする話ではないだろう。

 それにレティナやミリカが俺とシャルを二人っきりにしようなんて思わないはずだし。


 俺は少しずつ重くなっていく瞼を閉じる。

 あぁ、このままいけば気持ちよく寝れるんだろうな、と考えた時だった。


 コンコンッ


 再度鳴ったノック音に俺の瞳がぱっと開かれる。

 レティナでもミリカでもない。

 この気配は……


 「レオン……入っていいかしら?」


 いや、嘘だろ!?


 俺はその声を聞いて、飛び起きる。


 「い、いいよ」


 予想外過ぎる出来事に動揺が止まらないが、何とか表情を取り繕う。


 いつものレティナなら大事な話だって聞いても、帰すはずなのに……


 そんな事を思っていると、ゆっくりと扉が開かれた。


 「話があって来たわ」

 「だろうね」


 照れや恥じらいなどが一切なく、真剣な表情をしているシャルに俺は口を開く。


 「それで何の話? なんか思い詰めた顔してるけど」

 「……」


 何かを探るように俺の瞳を見つめるシャル。


 「シャ、シャル?」


 そんなに見つめられても困ってしまう。

 もし指導の件で何か思い悩んでることがあるのならば、素直に言ってほしいが。


 俺の困惑とは別に、瞳を見据えているシャルはすぅっと一息入れると信じられないことを口にした。









 「ジャンビスの左腕を斬り落としたのは本当?」








 その言葉で黒い感情が勢いよく溢れ出す。



 何故……シャルが知っている?


 「いきなり何の話?」


 とりあえず考えれば分かる事だ。


 あいつは……俺の忠告を無視した。


 「ジャンビスが血だらけで私の宿屋まで来たわ。今は私の部屋のベッドに寝かせているけど……レオン……貴方に斬られたって……本当かしら?」

 「それがもし本当ならシャルはどうするの?」

 「そ、それは……」


 きっとシャルは何かの間違いだと言ってほしかったのだろう。

 仲間を傷つけたのは俺じゃないと。

 でも、そんな事はどうでもいい。

 あいつは絶対に処理する。

 まずはそれが一番優先すべき事だ。


 「今日はもう遅いからシャルは帰りな。今から俺、用事があるんだよね」


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 しきりに囁く黒い感情を必死に抑制する。


 「……ジャンビスなら殺らせないわよ?」

 「え……?」


 ベッドから降りた俺に対して……


 シャルが……あのシャルが……


 俺に向かって闘気を解放していた。


 呆気に取られている俺にシャルは続ける。


 「本当だったのね……貴方がジャンビスの左腕を斬り落とした事も……この事を漏らしたら消すって言ってた事も。ねぇ、どうして……? どうしてこんな事をしたの? レオン」


 今まで築き上げてきた信頼がすぅーっと消えていくように、シャルの瞳が濁っていく。


 はぁ……めんどくさい……


 真実を知れば、シャルは傷ついてしまうかもしれないと思っていた。

 いくらあいつが悪かろうと、シャルは純粋で優しいから……


 ただ、それもこの状況なら仕方ない。


 「……シャル。ジャンビスは救いようがない屑だよ」

 「えっ?」

 「<和の魔法>っていうパーティーと一緒に、君とセリアを襲おうと企んでいたんだ」

 「……う、嘘……」

 「本当のことだよ。あいつから何を聞かされたか知らないけど、腕を斬り落としたのはその罰。本当は殺すつもりだったけど……運良くレティナが来たからね。命だけは取らないであげたんだ。その代わりシャルの目の前には現れるなって忠告してあげたんだけどね……?」


 つい、笑みが溢れる。

 黒い感情を抑えるのにもう限界に近かった。

 早く処理しなくては。


 「そ、それでも……! あれはやりすぎよ!」

 「……は?」


 シャルの言葉が理解できない。

 この子は何を言っているんだろうか。


 「レオンが言ってることは本当なんだろうけど……ジャンビスも指導に付いていけなくなって、塞ぎ込んでしまっただけだわ」


 そう言葉にするシャルの瞳は、変わらず優しい色をしていた。


 塞ぎ込んでいた……?

 自分が襲われていたかもしれないという事実を知って……なんでまだ庇ってる?


 本当に一切合切理解できない俺に、シャルは強い眼差しで俺を見つめた。


 「ジャンビスがやろうとしていたことはとても怖いことだわ。でも……それでも殺そうとした事も、腕を斬り落とした事も私は間違ってると思う。私はそんなもの望んでない」


 「な……にを言ってる……?」


 声が震える。


 俺がした事が間違っている?

 罪は裁かなくてはならない。これは絶対だ。

 本当ならば<和の魔法>も処理しなくてはいけない罪人だった。

 でも、レティナとミリカが償えると判断した。

 二人が言うならきっとそうだろう。

 だが、ジャンビスは彼らとは違う。

 俺の忠告を無視し、シャルに助けを乞いた。

 現に今、ジャンビスはシャルのベッドで寝ていると聞く。

 それは、救いようのない屑の証である。


 「レオン。もう一度言うわね。貴方がやった事は間違ってる。私はそう思ってるからここに来たの」


 本当に優しい眼差しだ。

 シャルの心はとても澄んでいる。

 ドロドロした黒い感情はもう抑えることができなかった。


 「レ、レオン……?」


 俺の異変に気づいたのかシャルは少しだけ身構える。


 「シャルは心が綺麗すぎるよ。単純に少し嫉妬しちゃうな……でもね?」


 身構えるシャルに対して、俺は瞬時に両手を拘束し、ベッドに押し倒す。

 「きゃっ」 と小さな悲鳴を出したシャルに、俺は抑えられない感情を吐露するのだった。

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