第18話 禁忌
周囲一帯は闇の霧に包まれていた。
それでも視界ははっきりと見える。
蝋燭から紫色の焔が周囲を照らし、赤色の絨毯が床一面に敷かれている。
ゴーン。ゴーン。と俺の創造した世界に絶え間なく鳴り響いている鐘の音と、ステンドグラスに囲まれているこの世界は、まるで教会の中に居るような雰囲気があった。
「成功だね。こんな世界が欲しかったんだ」
「ご、ごしゅじん。ここって……?」
俺が抱きしめているミリカは、まだ状況を把握できていないようだ。
辺りを見回しながら小刻みに震えている。
「ここは秘術で作り出した世界だよ」
「ひ、秘術っ!? そ、そんなバカな話ある訳ないっす!」
教会の内部を見渡していたシーフは、震える声を隠すように大声で反論する。
「ちょっとうるさいな。今、ミリカと話してるんだから、少し黙ってて」
(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)
黒い感情は俺の中で叫び続けている。
もう抑制をする必要もない。
だが、絶望する顔を見るのは何とも心地がいい。
もう少しこのまま……
そう決めた時、先程吹き飛ばした魔術師が膝を地面に付かせると、俺に向けて杖を振り翳した。
「し、死ね!!!
術を唱えた魔術師の杖からは、ぴくりとも反応を示さない。
俺はそれを見て、思わず口角が上がった。
「な、な……なんでだっ!? じゅ、術が行使できない。どうなってる!?」
魔術師は自分の杖をもう一度振り翳し、術を行使しようと再度試みる。
だが、そんな行動は無意味に等しかった。
「無駄だよ? この世界はね。一般的な魔法が使えないんだ。炎 水 風 雷 白 聖。その他の魔法。どれも行使することは叶わない」
俺の言葉に愕然とした表情を浮かべている魔術師は、カランっと杖を地面に落としたのだった。
「なら……一般的ではない魔法は行使できるという事か?」
先程ポツリッと 「闇魔法?」 と口にしたザレイは、何かを諦める様な表情をし、俺の言葉を待っていた。
「察しがいいね。そうだよ。ここは言わば俺の領域。俺だけしか魔法は行使できないってこと」
「レ、レオン・レインクローズ! それじゃまるで貴様が一般的ではない何かを行使できると言ってるようなものじゃないか!」
ザレイと違って察しの悪いジャンビスは、俺に指を刺しながら睨みつけた。
「はぁ……めんどくさい。どれだけ君は馬鹿なんだ? この世界を見てまだ"闇魔法"以外の魔法だと思ってるのか?」
「なっ!? や、闇魔法!?」
必死で短剣を握っているシーフは、身体をガタガタと震わせながらそう言葉にした。
「ごしゅじん、闇魔法。使えた?」
「そうだよミリカ。拠点のみんなは知っているけど、他の人には言っちゃいけないよ?」
「は、把握した」
笑みが止まらない俺は諭す様に話すが、何故かミリカは怯えるように震える。
「や、闇魔法は禁忌っす! 行使する者が居たら牢獄行きっすけど!?」
「別に洩れなければ問題ないだろ。俺は君たちと違って、問題なんてそもそも起こさないからね」
「そ、それなら俺たちが王国に漏らすっす! そしたら、お……まえ……は……」
自分の言葉にはっと何かに気づいたシーフは、血の気が引いていくように青ざめる。
「リーダー以外全員頭が悪いみたいだね。何故、君たちが生きて帰れると思ってるの?」
俺の言葉に全員が口を噤む。
「この秘術はね。魔術師殺し用ともう一つ用途があるんだ。それは……死体は闇へと消えること。君たちの身につけている武器と防具も一緒にね?」
地獄でも見ているかのような表情を浮かべている塵屑たちだったが、ただ一人、リーダーのザレイだけは違っていた。
これから死ぬ事が分かっている、という表情を浮かべているザレイ。
ただ俺を見る眼差しは恐怖というより、歓喜に近いものが感じ取れた。
「く、くそぉおおおおお!!! お前さえいなければ!!! お前さえ!! お前さえいなければ僕はシャルと一緒に幸せになるはずだったんだ!!!!」
これがこいつの本性か。
表情も声色も言葉も……全てが不快だな。
「そっかそっか、それは残念だったね。まぁとりあえず……左腕からかな?
俺は
「なっ」
まだ何か言いたいのかな……
まぁ、この後でも問題ないよね。
「……へ?」
何が起きたのか理解していないジャンビスは、左腕に違和感を持ったのか、恐る恐る視線を移す。
「ぐ……ぐっ…ぐぎゃぁぁぁぁあぁぁあ!!! ぼ、僕のう、腕がぁぁぁぁぁああ」
うんうん、イメージした通り人間の体から切り離された部位はすぐに消えるな。
「うぐぅぁぁぁぁあああ」
苦悶の表情を浮かべて右腕を押さえるジャンビス。
本当にうるさいなぁ……
そう思った俺は、汚い声を黙らせるべくジャンビスの脇腹に蹴りを入れる。
「ぐへっ……げほっげほっ……はぁ……げほっ」
息が出来ないのか必死で空気を吸おうとしているジャンビスの酷く滑稽な様子に、笑みが止まらない。
魔術師、シーフ、ザレイに視線を移すが今の光景を見ていた為か、誰も声を上げようとしなかった。
「ごしゅじん。殺るなら……その……楽に。せめて楽に。殺ってほしい……」
「んー、でもこいつらは善人を食いものとしていたよね? 楽に殺したらその人たちが可哀想だよ」
「で、でも……」
ミリカが俺の言葉に納得できないのか、言葉を続けようとしたその時、突然ザレイが額を地面に擦り付けた。
「深淵のレオン。この通りだ、頼む! 仲間はせめて……サイとリャムだけは生かしてほしい。俺は殺してくれて構わない。でも……せめて……せめて二人だけは!」
「……君たちが襲った人は同じように許しを請いたんじゃないの? それで二人は助けろって? 何言ってるのお前」
(殺せ。殺せ。殺せ。)
上限が無いように沸々と湧き上がる黒い感情が、俺の心を蝕んでいくのを感じる。
「あいつらは自暴自棄になっていただけなんだ! 俺が止められなかった。止めれなかった責任はリーダーの俺にある!」
必死に懇願してくるザレイは何度も額を地面に付ける。
……それは理不尽だろ。
仮にも今ここで許したって、俺の秘密を漏らすかもしれない。
それと何より被害者が報われない。
そんな俺の思いとは裏腹に、ザレイの対応を見ていたシーフと魔術師が話に割り込むように口を開く。
「ザ、ザレイさんっ。何言ってんすか。ザレイさんが壊れてしまったのはお、俺たちのせいっす。ザレイさん一人で逝くなんて……俺は許さないっすよぉ……」
「深淵のレオン。お願いだ。ザレイさんとリャムを助けてやってくれ。俺がお前を殴ったから、全責任は俺にあるんだ。頼む。頼むよ……っ」
二人は顔をぐしゃぐしゃにさせて泣いていた。
そんな三人を見て、ミリカの言葉がふと脳裏によぎった。
(ザレイ……あれは悲しい事件。ミリカ。ザレイの気持ち分からない。でも……ザレイは優しい人知ってる。見てた。ミリカ、善と悪分からない時から見てた。ザレイの罪、償える)
目の前で無様に泣いている男たちは罪人だ。
だが、ミリカの言うように最初から悪だった者たちではない。
これなら……
(殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!)
ドクンっと心臓が脈を打った。
うん、そうだね。
「申し訳ないけどその要求には応えられないよ」
「頼む。頼む。俺の命で許してくれ」
「ザレイさん!」
「ザレイさんっうっう」
みんな仲間想いなのだろう。
必死な様子に少しだけ同情する。
ただ…
(殺せ殺せ殺せ殺せ)
「ねぇ……人って死んだら何処に行くと思う?」
「……死んだら?」
ザレイは突然の質問に、頭を上げて俺を見上げた。
「俺はね……死んだ人は地獄と天国に区別されていると思うんだ。地獄では罪を犯した者が苦しい思いをし、天国では善人たちが幸せに暮らしている」
俺の言葉に真剣な眼差しで見つめるザレイに言葉を続ける。
「俺と違ってレティナはね、生まれ変わるって言ったんだ。そうじゃなきゃレンくんにまた会えないからって……可愛い考えだよね。後の一人は……無になるって言ったっけ」
「……無に……なる?」
「そう。善人も悪人も等しく無になるんだよって。だから今生きている人は必死に生きて、幸せを掴もうとしているんだって」
「生きる……生きる希望が……無くなったらどうすればいいんだ?」
絞るようにそう口にしたザレイ。
この人の過去に何があったのかは分からない。
俺の想像を絶するような体験をして、絶望したのかもしれない。
でも……それでも罪は償わなくてはならない。
俺はザレイに向けて剣を振り上げる。
生きる希望……か。
もう一人はなんて言うんだろ?
……というか、もう一人って……誰だっけ……?
ザザッ
「……っ」
一瞬ノイズが走ると共に、頭痛が起きる。
以前はマスターの目の前で起きたが、今は状況が違う。
この場で頭を抱えれば、反撃のチャンスを与えてしまう。
そう考えた俺は先程の疑問を放棄して、何とか口を開いた。
「希望が……無くなっても……希望を持っていた過去を忘れないように、思い出として生きていくしかないと……思うよ。君が何に対して絶望したのか知らないけど……まぁ地獄で罪を償ってくるんだね」
俺はザレイに向けて剣を振り下ろそうとした。
その時、
「っ!?」
突然、ミシミシと教会内に
そして、地響きが鳴るのと同時に、鐘の音が止まった。
あまりにも異様な状況に俺は狼狽えてしまう。
辺りを見渡しても怪しい行動をしている者はいない。
そんな中、パリンッという音が聞こえたかと思えば、俺が作り上げた秘術が粉々に砕け散った。
すると、世界は元に戻り、夜風によって俺の髪がなびく。
そこで一人の女の子が頭の中に思い浮かんだ。
こんな芸当できる者は……あの子しかいない。
「何のつもり? レティナ」
ザレイを見下ろしていた目線をレティナに移す。
「レンくん、帰ろ?」
レティナは微笑みながら、俺に手を差し出していた。
「どうして秘術を壊したの? ここじゃ死体が残るんだけど?」
「レンくん、散歩にしては長いよ? 早く帰ろ?」
俺の質問を無視し、レティナが近寄ってくる。
「……レティナ」
俺は突き離すような冷めた口調をレティナに送った。
それでもレティナは歩みを止めない。
そして、俺の両手を優しく包み込むと、レティナはあどけない笑顔を見せた。
「レンくん、帰ろ?」
その笑顔で、俺の黒い感情が何事も無かったかのように消え失せていく。
何故レティナが迎えに来たのかは分からないが、こうなった彼女が素直に俺の言うことを聞いてくれるとは思わない。
「………はぁぁぁ。分かったよ、ちょっと待って」
俺はレティナの笑顔に負けて肩を落とし、<和の魔法>とジャンビスに忠告だけすることにした。
「全員レティナに感謝するんだね。今日のところは見逃してあげる。ただ<和の魔法>は自首して、罪を償うんだ。君たちが元は善人ってことは俺でも知っている。まだ、やり直せると思うよ。あとはジャンビス……お前はもう二度とシャルの前に姿を現すな。いいな?」
何度も頷く<和の魔法>に対して、ジャンビスは余程左腕が痛むのか、尋常ではない汗を流しながら 「うぅぅ……」 っと
「まぁ、いいか。あと最後に、闇魔法のことを漏らしたら命が無くなるものだと思ってね。じゃあ、さよなら。ミリカも行くよ」
俺はそう言うと、背を向け歩き出そうとした。
「レンくん、私も言いたいことあるの」
「ん?」
唐突に掴んでいた手を放したレティナは、ザレイに近寄り何やら耳打ちをしている。
ふむ。
口封じはしたけど、何か伝え忘れてたことあったっけ?
そんな疑問のまま数秒経つと、レティナは伝え終えたのか、俺の元に戻り再び手を握ってきた。
「何を話したの?」
「些細な事だよ」
「……そっか」
レティナが些細な事と言えば、些細な事なのだろう。
特に追及しない俺はそのまま歩き出す。
もちろんミリカも後ろからトコトコと付いてくる。
「手を繋ぐのってなんだか久しぶりだね」
レティナは嬉しそうな顔をしてぎゅっと手を握る。
「小さい頃はずっとこうしていたしな」
繋いでいる右手からレティナの優しさのようなものが伝わった。
ただ、左手は何故か少しだけ寂しかった。
後ろにいたミリカがそんな俺の様子に何かを察したのか、寂しい左手に右手を絡めてきて、上目遣いに見上げる。
「ごしゅじん。ミリカも」
「うん。いいよ」
「ミリカちゃん。あんまりくっついちゃダメだよ?」
にこりっと凄みを感じる笑みを浮かべるレティナに、ミリカはぴくっと反応を示す。
いつもの日常だ。
そう実感しながら、俺たちは拠点へと歩みを進めるのだった。
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