第17話 絶望


 歩みを止めた俺たちは<和の魔法>が近づいてくる足音を聞きながら、次の言葉をじっと待つ。


 「お前……最近Bランクになったソロのミリカだろ?」


 このまま無視でもしようものなら、厄介事になるのは目に見えている。

 俺とミリカはその言葉で後ろを振り返った。

 声を掛けてきた魔術師はミリカに近寄ると、訝しげに見下ろし、抵抗もしないミリカのフードを取る。


 「やっぱミリカじゃねえか。お前こんな所で何やっている?」

 「別に。ただ散歩してた」

 「へぇ~、男連れねぇ。お前いつもすぐに消えるからな……丁度いい」


 魔術師はにやりと下衆な笑みを浮かべる。

 その様子を見て何かを察したのか、シーフも魔術師に続いて、ミリカを囲う様にして見下した。


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 とても不快だ。今すぐにでも殺してやりたい。

 黒い感情が沸々と湧き上がるのを感じながら、俺はミリカの手を引っ張り、こちらに引き寄せる。

 すると、


 「おい。二人とも今日は違うだろ……止めておけ」


 リーダーであろう大剣使いが、二人を止める様に声を掛けた。


 「いや、でもザレイさん。こいつも一緒がいいですわ。いつもギルドを出てすぐ尻尾付かめなくなるし」

 「そうっすよ。男の方も調子に乗ってるみたいっす……一回痛い目合わせた方がいいっすね」


 こいつらは何を言っているのだろうか?


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 感情を必死に抑制する。

 <和の魔法>は警備隊に頼って牢獄にぶち込ませたらいい。

 別に今殺ってしまっても何も問題ないが、ミリカがあんなにも悩んで言葉にしたんだ。

 処理を望んでいないのは分かるし、できるならその気持ちを汲み取りたい。


 すると、黙っていたミリカがふと口を開いた。


 「……<和の魔法>は戻れる。ミリカ思う。まだ、間に合う。だから、罪を償うべき」


 ミリカは<和の魔法>に言い聞かせる様、真剣な表情を浮かべていた。


 「お前に……何が分かる?」


 ミリカの言葉に気でも触れたのか、リーダーであるザレイの闘気が溢れ出す。


 「分からない。でも、貴方は善人に戻れる。ミリカ、そう思う」

 「ザレイさん。もういいよこいつ。シャルと一緒にやっちゃいましょ。俺は我慢できねえ」

 「俺も同意っすね。こいつ俺らのやってること知ってそうっすから」


 シャル……?

 なんで今シャルの話になるんだ?


 何やら不穏な空気になっている事に、嫌な予感を感じながらも、ひとまずミリカを守るために抱き寄せる。


 「何だてめえ? 見るからに弱そうな奴が何守ってやるアピールしてんの?」

 「カッコつけたいだけっすよ。面倒くさいんでこいつは捻り潰しちゃって、さっさと行動に移すっす」


 ふむ。この状況はどうしたらよいものか。

 今の一連の流れを見ても、こいつらに同情の余地なんて無いと思うんだが。


 黒い感情を抑制しつつ穏便に済ませる方法を思考する。

 すると、魔術師とシーフの後ろから聞いたことのある声が聞こえた。


 「ザレイ。僕が一番最初にシャルの相手だからね? 約束は間違えないでくれよ。そこにいるミリカやセリアなんてどうでもいいが、あの子だけは僕のものだ」


 フードを被って視線を足元に見下ろしていても分かる。

 こいつは……


 「何で。<金の翼>のジャンビス・アスタール。ここにいる?」


 そう言葉にしたミリカは首を傾げる。

 その様子に魔術師、シーフ、ジャンビスがお互いの顔を見合わし、どっと笑い声を上げた。


 「ふっ、君には関係ないだろ」

 「ははっ。もう少し後で分かることだよ~」

 「ミリカちゃんの質問は面白いっすね~」

 「おい。お前らいい加減に……」


 ザレイがみんなを静止しようとするが、気持ち悪い笑い声は止まらない。


 「なぁ、ジャンビス。もう言っちゃっていいんじゃねえの? シャルと一緒にベッドの中でおねんねするってさ」

 「ふっ、もう言っちゃってるじゃないっすか」

 「はぁ……口が軽いな君は。まぁ君たちに協力を仰いだ時点で察してたけど。それにしても、ザレイは本当に参加しないんだ? あんまり欲情しないの?」

 「うるせぇ。俺はいつも……二人を止めれないだけだ」


 あぁ、そういう事ね。

 塵屑たちの会話を聞いて、ようやく理解する。


 シャルは……ジャンビスの事を心の底から仲間だと思っていた。


 (少しだけ……本当に少しだけ。ジャンビスが私たちと違う気持ちなんだなって、分かってしまったのが……悲しいわ……)


 あの時のシャルの言葉と表情が思い浮かぶ。

 これはどう考えても無理だ。

 例えジャンビスが足手纏いになったとしても、シャルが仲間だと思っているなら口出しをしない予定だった。

 でも、これは……


 「お前さっきから何黙ってんの? 肩震わせて怖いのか? おい、ミリカ。お前のナイト様は肝がとんでもなく小せえみたいだな?」

 「怖いならどっか行けばいいっすよ? でも……この事バラしたら分かるっすよね~?」


 こいつらが善人? 甚だ呆れる。

 救いようの無い塵屑だろ。

 もういいよね……殺しちゃうか。


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 黒い感情と共に俺は闘気を……


 「ご、ごしゅじん、待って。まだ……違う。本当はこんな人たちじゃない。なかった」


 俺の腕の中にいたミリカは、自分から抜け出し、少し震え気味な声で俺を説得しようとする。

 どうしてミリカはこんなにも彼らを守りたがるのだろう。


 「ごしゅじん。言った。罪は許されない。でも……ミリカ許された。ごしゅじんに許された」


 少しだけ涙目になっているミリカは、必死に懇願してくる。


 「罪? そんなもんもうどうでもいいだろ。何言ってんのこいつ」

 「知らねえっす。ただめんどくさいってことしか分からないっすね俺は」


 魔術師とシーフはミリカの"想い"を感じ取れないのか、先程から不快な言葉しか並べない。

 ミリカは俺がまた抑制したのを見ると、<和の魔法>へ振り返り再び"想い"を伝える。


 「ザレイ……あれは悲しい事件。ミリカ。ザレイの気持ち分からない。でも……ザレイは優しい人知ってる。見てた。ミリカ、善と悪分からない時から見てた。ザレイの罪、償える」


 一生懸命に伝えるミリカに黒い感情が薄れていく。

 魔術師とシーフは救えない塵屑だが、ザレイはまだ分からない。

 二人を止めようとしている意思は伝わるのだが、何かが彼を迷わせているのか、全てが中途半端だった。


 ミリカの言葉は……届かないのかもしれない。

 どうしようもない罪人は何処にでもいる。

 彼らもそんな何処にでもいる罪人なんだろう。

 ザレイは女を襲ってもいないし、男から金を奪ってもいない。

 だが、四人の冒険者を殺した。

 魔術師とシーフは逆で、冒険者を殺してはいないが、女は襲って、男からは金を奪っている。

 ジャンビスはどうやってか知らないが、シャルとセリアを<和の魔法>と一緒に襲うつもりなんだろう。


 「んで? どうやって弱い君たちがシャルとセリアを襲うつもりだったか……聞かせてくれる?」


 一生沈黙を貫こうと思っていた。

 ただ、場が静まる気配が一切ない。

 もう俺も限界だった。

 ……黒い感情を抑制するのに。


 俺の声を聞いたジャンビスが、少しだけ反応を示す。


 「なんだてめえ! 口の聞き方に気をつけろよ!」


 魔術師がミリカを押し退け、俺の顔目掛けて拳を飛ばす。

 遅すぎるその攻撃にいつもの俺なら何も問題なく避け、組み伏せていただろう。


 だが、感情の抑制をし続けている俺は、避ける余裕などない……


 だってこのまま避けてしまったら……


 鈍い音が頭の中に響く。


 「ごしゅじんっ!!」


 殴られて吹き飛ぶ俺を心配そうに呼ぶミリカの声が聞こえた。




 地面に倒れながら見る満月は、とても綺麗なものだった。


 そう言えば……母さんが言ってたっけ。

 この世界の満月は兎が餅をついているんじゃなく、人が寄り添い合っているように見えるって。

 たしかによく見るとそうだな。

 あぁ……頬がヒリヒリする。

 人間ってこんなに脆いんだ……あんまり殴られた事ないからこんな痛み久々だな……


 「ははっ、だせぇ。お前はそこで月でも見てろ。まぁ哀れなお前にいい事教えてやるよ。シャルは普通に強いけど、セリアは雑魚だから、ジャンビスがセリア一人だけ呼ぶんだよ……餌としてな?」


 意気揚々と喋る魔術師はただの馬鹿なのか、シャルとセリアを襲う全容を教えてくれる。


 「あいつは仲間想いらしいから、襲われるセリアの代わりに身体くらい差し出してくれんだろって話。まぁ、結果的にどっちも頂くんだけどな。なぁ、ジャンビス~俺にもシャル回してくれよ」

 「回すはずがないだろ下衆げすが。お前らはそいつとセリアで満足しろ。それに作戦を話し過ぎだ。こいつがギルドに言わない保証が何処にある?」

 「大丈夫っすよジャンビス。ギルドの事ならこいつの大事な物を脅迫材料にすれば誰でも黙るっすから。そうっすね~、ミリカとかいいんじゃないっすか?」

 「ごしゅじん! ごしゅじんっ! ごしゅじんっ……!」


 俺はゆっくりと腰を上げる。

 そして、目の前の光景を見て、もうミリカの儚い想いを応えることはできないと確信した。


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 魔術師に手を拘束されているミリカは前屈みになりながら、必死に俺を呼んでいる。

 ミリカなら簡単に拘束を解けるだろう。

 だが、そんなこともできないほどに焦り、今にも泣きだしそうな表情をしていた。


 「……お前何やってるの?」


 魔術師の顔面を拳でぶち抜く。

 反応もできなかった魔術師は地面を擦るようにして吹き飛び、ゆるやかに勢いを止めた。

 そんな様子にシーフとジャンビス、それとザレイは何が起きたか分からずに呆然としている。


 手加減は一応した。死んではいないだろう。

 これから絶望してもらわなきゃいけないしね。


 拘束が解かれたミリカを抱きしめて、頭を撫でる。


 「ごめん、ミリカ。一応頑張ってみたんだけど……これはもう無理だ」

 「ごしゅじんっ……うっ……ごしゅじん。ごめん……なさい」


 今もなお、目の前にいる塵屑たちは目を丸くさせて俺を見ている。


 「そうだな……ミリカの想いは応えられないけど、アレを今見せてあげるよ。ずっとワクワクしてたもんね」

 「……うぅ」


 俺は衣嚢から出した魔結晶を右手に握りしめて、ゆっくりと<和の魔法>に向ける。


 「て、てめえこんな事してただじゃおかないっすよ!」


 時が進み出した様に、今更激怒するシーフは腰に携えていた短剣を抜いた。


 「おいっ! そいつは俺が殺る!! 絶対だ!!」


 先程吹き飛ばした魔術師が立ち上がり、血相を変えて喚いている。

 ジャンビスは一人……カタカタと震えている。

 そんなジャンビスに向けて俺はフードを取り、笑顔を取り繕った。


 「大丈夫、安心して? 死にはしないから。これは人を殺せるような秘術じゃないんだ。まぁ、特別に見せてあげるよ」


 抑制していた魔力を解放する。

 その魔力に当てられて、目の前にいる全員がへたり込んだ。






 そして……俺はそのまま魔結晶を砕いた。

































「秘術 終焉の教会ジエンドフィールド














 それは禁忌。人の心を蝕み、廃人とさせる。


 夜風も星も満月も。全てが闇に消える。


 残るは人のみ。


 ゴーン。ゴーン。と教会の鐘が鳴り響く。


 ここは俺の聖域。



 「な、な……なにが……起きたっすか……?」



 シーフはまるで別世界に迷い込んだかのように辺りを見回す。



 「ご、しゅじん。ここ……は?」



 抱きしめていたミリカは大きく震えていた。



 「て、てめぇええええ! 何だこれは!!」



 少し距離が遠い魔術師は、顔面蒼白になりながらも吠える。



 「レオン……レインクローズ……」



 ジャンビスは俺のことを絶望した顔で見上げていた。





 「これは……闇……魔法……か?」


 ザレイの言葉に俺は微笑を浮かべるのだった。

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