第16話 散歩
ミリカが部屋から出てくるまで、俺は自室で待機することにした。
「はぁ~早く試したいなぁ」
ずっと胸が躍る気持ちになっている俺は、ベッドでひたすらゴロゴロする。
自堕落な体勢のままでいると、コンコンッと扉のノック音が聞こえた。
「入っていいよ」
俺の言葉にガチャリと開かれた扉からレティナがひょこっと顔を出す。
その顔つきはどことなく不安そうな表情であった。
「レンくん? いつミリカちゃんと出掛けるの?」
「えっ? ミリカが部屋から出たらだけど……心配?」
「う、ううん。そういうのじゃないよ……ただ……」
レティナは俯きながら言葉を続ける。
「あまり危険な事しないでね……」
? 突然どうしたんだろうか?
レティナは何か胸に突っかえがあるのか、目で行かないで、と訴えかけてくる。
レティナがごねるのは別に珍しい事ではない。
ただ、今のレティナを見るとこちらまで心配になってくる危うさがあった。
「大丈夫だよ。今日はミリカと一緒だから安心して。別にレティナが思っているような危険な事はしないから」
俺はベッドから降り、レティナの側に近寄って頭を撫でる。
それでも、レティナの表情は変わらなかった。
そんなレティナの後ろから部屋に籠っていたミリカが姿を現す。
「ごしゅじん。行こう。ミリカ準備できた」
「うん、そうだね。じゃあ、レティナ行ってくるよ」
俺の言葉に一度だけ頷き、レティナは手を振る。
「いってらっしゃい」
なんとも言えないレティナの笑顔は、何故か俺の心に不安の種を宿したのだった。
「ごしゅじん。どこまで行く?」
「修練場まで行こうかなって思ってるけど、暗い森の中歩くの嫌だよね」
俺たちは夜目が効く。これも修練で培ったものだ。
しかし、昼間とは違い夜目が効いたとしても、夜は見えにくいものである。
視力がぐっと落ちている感覚に近いだろう。
「ミリカは別にいい。どこでも大丈夫」
「んー。まぁ、今回のは周りに人がいなければどこでもいいしなぁ」
顎を触って思考に耽る。
秘術とは最後の切り札。
故に、手の内は誰にも明かすようなものではない。
だが、今回はミリカが持ってきた魔結晶なので、ミリカが見たいと言うならば見せるのがお返しだろう。
ただ、ミリカ以外の一般人には絶対見られたくないので、場所は慎重に選ばないといけない。
「把握した。なら、ごしゅじんと散歩楽しむ」
ミリカの表情はいつもとあまり変わらないが、可愛くスキップをしているその姿につい笑みが溢れる。
まだ時間にも余裕があるし、秘術を行使できる最適な場所まで散歩するのも悪くない。
「ミリカは冒険者になって二年経つけど、もう慣れた?」
「慣れた。今の依頼は簡単。ただ、魔物が少し嫌」
ミリカは対人戦ならSランクパーティーに居てもおかしくはないほどの実力者だ。
ただ、魔物は訳が違う。
硬い皮を持つ魔物は並大抵の力では傷つかないし、人とは違い生命力が高い。
対人においては強いミリカでも、魔物相手なら少し手こずるのだろう。
「ミリカも、もうそろそろ秘術を行使できると思うよ」
「ごしゅじん。それ本当?」
「俺が嘘付いたこと今まであった?」
「……」
なぜ無言で黙る……
まぁ嘘を吐いているつもりはないので、そのまま話を続ける。
「ミリカに足りないのはイメージだね。形、効果、範囲、更に細かく言えば、手で持てるのか、持てないのか、誰に対して扱うのか、闘気はどれだけ必要なのか……秘術は繊細だから、少しでもイメージと離れると失敗するんだ」
「うぅ。少しムズカシイ」
困った表情をするミリカに優しく頭を撫でる。
ミリカが昔に衣食住していた場所は、ただの牢屋だった。
誰とも話す事ができず、命令のみを忠実にこなすだけの人間ではないモノ。
そのため一般的な人間と比べると感情豊かな方ではない。
もしも普通の家庭で育っていたのならば、今頃は秘術を使えるようになっていただろう。
昔の事を思い出すだけで、黒い感情が沸々と湧き上がる。
ただ、その一件があったことでミリカと出会えたのもまた事実であり、なんとも言えない気持ちになった。
「ごしゅじん……?」
少し不安そうな顔をしているミリカに、俺は安心させるよう笑顔を見せる。
「焦らないで大丈夫だよ。ミリカはこれからも沢山の人を知って、沢山の心に触れるんだ。そう遠くない未来、きっと秘術を行使できるようになる」
「ミリカ。頑張る」
ぐっと拳を握ったミリカから視線を外し、前を向くと遠目に人影が見えた。
時刻は午後八時過ぎだ。この時間まで王都外に居るとなると、依頼帰りの冒険者くらいだろう。
王都ラードの周辺は危険が少ないといっても、夜はまた別の話だ。
森に生息している魔物や夜に行動を起こす魔物などが、森から出て王都周辺までやって来るのは割とざらにある。
人影から視線を逸らさずに歩いていくと、四人組の冒険者がくっきりと視界に映った。
一人は大柄の大剣を背負った強面の男。
もう一人は黒のローブを着ている魔術師。
もう一人は動きやすい服装をしているシーフ。
後の一人は後ろにいて顔を確認できなかった。
……外套を着てきて良かった。
俺は外に出歩く時に着ている外套のフードを深く被り、目線を合わさないように下を向いて歩く。
「ミリカ、前の冒険者見える?」
「見える」
「あの人たちミリカは知ってる?」
大柄で強面の男は何処かで見たような顔をしていた。
ただあまり思い出せない。最近Bランクに上がったミリカならば知っているかもしれない。
「知ってる。王都ラードの冒険者は把握してる」
「えっ? 全員?」
「全員」
まさかここまで有能なシーフとは。
俺は心の中で感心すると、ミリカは続けた。
「パーティー名は<和の魔法>。昔は善行主体に活動してた」
俺はそのパーティー名を聞いて、はっと思い出す。
<和の魔法>は、やっぱり見たこともあるし聞いたこともあった。
彼らはギルドの古参でその善行振りは、ずっと評価をされていた。
孤児院に寄付をしたり、誰もやりたがらない依頼を率先して請け負ったり、依頼で行方不明になったパーティーの捜索をしたり……大剣を背負うリーダーの顔立ちからは想像もつかないほどの善人たちであったはず。
ただ……
「一つ聞いていい?」
「いい」
「昔は善行主体に活動して"いた"って? 今はどうしてるの?」
俺の言葉にミリカは珍しく苦渋の表情を浮かべた。
「<和の魔法>は、ミリカ知る限り。凄く善人……だった」
「うん、それは聞いたね。それで?」
「ごしゅじん、昔教えてくれた。善と悪。今のミリカも少しだけ分かる。でも……」
ミリカが口を噤む。
この世の中は善人と罪人がいる。
罪を犯した者は淘汰されるべきだ。
善人が襲われているなら必ず助けること。そして罪人は処理すること。
昔、俺がミリカに教えた言葉だ。
当時のミリカは分からない、という風に首を傾げていたが、<魔の刻>のメンバーと過ごしてから、それが分かるようになった。
もちろん自分が犯した罪を自覚して塞ぎ込んだ日もあった。
ただ、それはミリカを育てた主人が悪い。
ミリカは命令をこなさないと生きては行けなかったはずだし、現に今は心優しい子に育っている。
そんなミリカが悩んでいた。何から話していいか分からないと言った様子で。
ミリカの言葉を待っていると<和の魔法>のメンバーは俺たちに気づいたようだ。
指を指して何やら話し込んでいる。
そんな中、ミリカは意を決した様に言葉を発した。
「……<和の魔法>は罪人。リーダーは四人の冒険者殺した。他のメンバーは殺ししてない。でも……リーダー以外、一般人に手を出している。女襲う。男お金奪う」
「……それはミリカが調べたの?」
ミリカは小さく頷く。
ふむ、と顎を触って思考に耽る。
俺が当時冒険者をやっていた時の<和の魔法>は、裏で何かをしているなんて考えられないほどの善行ぶりであった。
だが、今は……??
冒険者を殺し、女は襲って、男から金を奪い取る。
ミリカが口にしたのは、許す事ができない罪人の証だった。
(殺せ。)
先程までの黒い感情がまた湧き上がるのを感じる。
罪人は処理しなければならない。そうじゃないと善人が悲しい思いをする。
「マスターには言った? 彼らのやってる事を」
「言った。でも、証拠ない。女と男が脅されてる。証拠が出ない。保留って言われた」
……なるほどね。
まぁ、ミリカが悩んで口にした事だ。<和の魔法>にもそれなりの理由があるのだろう。
でも、罪は罪。そこに大きいも小さいも無いのだ。
(殺せ。殺せ。)
俺の中の黒い感情を大きく息を吸って抑制する。
処理をせずに解決することはできる。
襲われている人やお金を奪い取られている人に、俺が声を掛ければ万事解決する問題だ。
たかがBランク程度のパーティーより、最高ランクのSランクリーダーが直接話に来るんだ。
どちらの言うことを聞くかなんて目に見えている。
<和の魔法>との距離が大分縮まったところで、俺は外套のフードを再度ぐいっと深く被り、ミリカに最後の質問をした。
「なんで善人だったあのパーティーが罪人に?」
「……あのパーティーは……半年前に……
仲間の白魔法使いが死んだ」
ドクンっと大きく心臓が動いた。
何故だろう。別に依頼で命を落とす事なんて冒険者にとってはよくある話だ。
<和の魔法>が白魔法使いの死が原因で、罪人になってしまったのを同情したんだろうか。
ただ、今はそんな事後回しだ。
何事も起きずに通りすぎてくれればいいのだが。
「ミリカ。フード被って。あと手を出しちゃダメだよ。<和の魔法>は警備隊に任せる」
「把握した」
黒い感情を何とか抑制し、俺はミリカにそう指示を出す。
すると、ミリカは俺の言う通りにフードを深く被った。
<和の魔法>は罪人パーティーではあるが、ミリカは処理する人間ではないと考えているのだろう。
なら、今回は<和の魔法>を処理せずに、警備隊に頼ろう。
二人一緒にフードを被っていた為か、<和の魔法>は俺たちを訝しげに見るだけで、声を掛けてくること無く通り過ぎる。
はぁ……良かった。
そう一安心した時だった。
「おい、ちょっと待て。その二人」
一度通り過ぎたはずの<和の魔法>は、踵を返して俺たちに声を掛ける。
そして、こちらに歩いてくる足音が聞こえた。
はぁ……めんどくさい。
俺はただミリカに秘術を見せてあげようと思っただけなのに。
夜空を見上げると今宵は満月のようだった。
どうやって難を逃れるかを考えながら、俺とミリカは歩みを止めるのであった。
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