第15話 合同指導


 「今日からあと二日は、最後の調整として合同の指導をすることにしたから」


 いつもの時間に修練場へと着き、先に待っていた<金の翼>のメンバーに指導内容を伝える。


 「で、でも師匠……俺はまだ……」

 「うん、そうだね。でも、もう日数も限られているから。ロイが努力家って分かったからこそ、みんなと連携を組みながら戦うことも覚えないとね」

 「わ、分かりました!」


 いい返事を聞きながら俺は思考に耽る。

 さて、まず誰からにしようか。

 ミリカ、レティナ、俺。

 <金の翼>のメンバーが相手なら正直誰が戦っても負けないだろう。


 「ごしゅじん。私がいく?」


 俺が考えている事を分かっているように、ミリカがレティナより先に名乗り出る。


 「じゃあ、ミリカ。分かっているだろうけど、殺しは無しだからね。後、無いとは思うけど、あの三人に負けたらミリカは罰ゲームだから」


 俺の最後の発言に少しだけ身体を震わせたが、ミリカはすぐにコクコクと頷いた。

 <金の翼>とミリカが距離を取り、開始の合図を待つ。


 「じゃあ始め!」


 俺が開始の合図を告げると、ミリカは全速力で後衛のセリアを狙う。


 「攻強化オフェンサー守強化ディフェンサー俊強化クイック!」


 セリアが放った補助魔法は、赤、青、緑とロイの闘気に混じり、それによってロイが強化される。

 ちなみにセリアには、ロイが闘気を抑制できるまで属性付与はしないで、と言ってある。

 属性付与をすることによって、ロイの火力は大幅に上がる。

 ただ、それを自分の力だと過信させない為に指導の間は禁止と言い渡した。


 さて、ここまでは獅子蛇キマイラ討伐の時と同じ流れだ。

 後は、どうミリカを<金の翼>が攻略するか。

 セリアの補助魔法が掛かったロイは、一直戦に向かってくるミリカ相手に正面から挑んだ。


 「うりゃー!!」


 また声を張り上げているが……まぁ、いいか。


 大振りではなく小降りに振ったロイの剣をミリカが弾く。

 そして、ロイの足目掛けて隠しナイフが飛んだ。


氷の壁アイスウォール


 瞬時に発動されたシャルの氷魔法は、ロイとミリカの間に現れ、隠しナイフを危なげなく防いだ。


 氷魔法は言わば水魔法の派生系である。

 水魔法と比べて扱いが難しい為、氷魔法を扱う術者はあまり居ない。


 ふむ、いい判断だ。

 これで一旦冷静になれる時間が作れたな。


 レティナに聞いていた話によると、シャルの適正基本魔法は 炎 水 風 の三種類。

 一般的に魔法を行使できる人の適正は一つ。

 まぁレティナが規格外なだけで、適正が3つとあるシャルは魔術師として一流である。


 氷の壁アイスウォールを使った事で、一時の静寂が訪れた。

 ミリカは気配を完璧に消し、右から回るか、左から回るかを思考してるようだった。

 対するロイは氷の壁アイスウォールと距離を取り、シャルとセリアを守るような位置取りをする。

 静寂を破ったのはシャルの詠唱であった。


 「業火を求め 何人足りとも燃やし尽くす赤き月の神よ。 我の力を持ってこの地を焦熱へと導き給え」


 すぐに上級魔法の詠唱だと判断したミリカは、氷の壁アイスウォールを駆け登り、頂上からシャル目掛けてナイフを飛ばす。

 三本、四本とナイフが飛ぶが、無論シャルたちを守る位置取りをしているロイが捌く。

 このままではジリ貧だと感じたのか、ミリカは氷の壁アイスウォールを蹴り、飛んでロイたちとの距離を一気に詰める。

 このままいけばシャルの詠唱魔法の前に、ミリカが<金の翼>へと辿り着ける……はずだった。


 「束縛バインド!!」


 <金の翼>目掛けて距離を詰めていたミリカの身体に、透明な輪っかが行動を抑止した。

 セリアの魔法である。

 それは数秒の時間だっただろう。

 ただ、その数秒で完全に決着が着いた。


獄炎の練刃イフリートエッジ!!!」


 束縛バインドで縛っていた輪っかが弾け、ミリカの時が進む。

 まだ距離を詰め切れていないミリカ目掛けて、シャルの上級魔法が空中で回避しようがないミリカへと襲いかかった。


 「異空間ゲート


 この状況では、ミリカが灰になってしまう。

 俺は剣を取り出し、ミリカの元へと駆けつける。

 獄炎の練刃イフリートエッジよりも早く辿り着いた俺は、空中にいるミリカを抱き抱え、襲いかかって来るその魔法を剣で防ぐ。

 熱い。無詠唱魔法よりも完全なる詠唱魔法の方が威力は強い。

 それもシャル程の魔術師による詠唱魔法だ。


 剣は持ってくれるだろうか……


 白く綺麗な刀身がいつ溶けてもおかしくない程に真っ赤になっていく。


 これ……ちょっとまずいかも。


水の槍ウォーターランス


 突如として放たれたその魔法は、防いでいた獄炎の練刃イフリートエッジの威力を弱らせた。

 これだけ弱くなればこちらのもの。

 俺はなんとか獄炎の練刃イフリートエッジを弾くと、広々と平らな大地に爆炎した。

 そのまま地面に着地し、抱き抱えていたミリカを下ろす。


 「ふぅ。ありがとう。助かったよレティナ」

 「ううん! まさか私もミリカちゃんが負けるとは思わなかったから、判断が遅れちゃった」


 ミリカは予想外だったのか、完全に表情が固まっていた。


 「それにしてもシャルの魔法はやっぱり凄いね。弾けないかと思ったよ」

 「あ、ありがとう。でも……上級魔法をそんな簡単に弾くなんて……少し落ち込んでしまうわ」

 「いや、あれはレティナの魔法があったからね。俺一人じゃ灰になっていたかも」

 「ふふっ、そっか。ありがとうレオン!」


 これは冗談ではない。

 あのまま行けば確実に灰になっていた。

 対応する策は複数あったが、流石に<金の翼>と言えど、俺の手の内を明かすような事はしたくなかった。

 本当にレティナには感謝だな。


 「それとロイは前よりも周りを見れているね。技術こそまだまだだが、だいぶ良かったよ」

 「あ、ありがとうございます! 師匠!」

 「最後にセリア。正直驚いた。あそこで束縛バインドを行使するなんて……補助としては最高の立ち回りだったと思う」

 「ありがとうございます。嬉しいです!」


 俺の最高の賛辞に<金の翼>メンバーはハイタッチをしている。

 残るは……


 「ミリカ」

 「ッ!!」


 俺の言葉に大きく身体を反応させて座り込んでいるミリカは、目に悲しみの色を浮かべていた。


 「まぁ……今回は仕方ないか。ミリカが油断してたことはダメだけど」


 おそらくミリカは昨日の俺と一緒で、相手の実力を見誤ったのだろう。

 本来のミリカならば、上級魔法を詠唱しているシャルとの距離など詰めないし、実力差がありすぎるロイは氷の壁アイスウォールが行使される前に倒しているはずだ。

 時間を掛ければ必ず勝てた試合だったが……


 「ごしゅじん。ごめんなさい」


 あまり強く言うとミリカが泣き出すかもしれないので、俺は優しく頭を撫でながら微笑みかける。


 「罰ゲームは灼熱のトマトお味噌汁ね?」


 空気を和らげるつもりで言ったのに、ミリカはびくっと身体を震わす。

 そして、うわぁぁぁん、と泣き出しレティナにすがり付くのだった。


 ……その反応……俺も泣くぞ?





 合同指導は休憩も挟みながら順調に行われた。

 ミリカではなくレティナに代わった模擬戦は、もちろん<金の翼>の惨敗。

 セリアの補助、ロイの剣技、シャルの魔法と短剣を用いても、レティナの涼しい顔を崩せる事はなかった。

 それでも<金の翼>の連携は以前よりも見違えて良くなっている。

 最初こそレティナの初級魔法で全滅していたものの、指導の最後は中級魔法の行使でレティナは上手く捌いていた。

 今なら獅子蛇キマイラ程度、簡単に倒すことができそうだ。


 「じゃあ、今日の指導はここで終わりね」


 夕焼けが辺りを照らしている時間。

 昨日よりも少し早めに指導を終える。

 これは<金の翼>の消耗が昨日よりも激しい事が一つの理由にあるのだが、もう一つは……


 「ミリカ。今日二人で出掛けよう。例のアレ見せてあげるよ」

 「把握した。凄く楽しみ」


 修練場から離れて数分。

 俺とミリカはひそひそ話をしていた。


 「夕食とお風呂を済ませた後だ。少し散歩してから誰もいない場所で、披露してあげる」

 「把握した。凄く楽しみ」


 第三者から見れば、きっと何の話をしているのか分からないだろう。

 これをレティナが聞いていたら、絶対ーー


 「レンくん、何の話?」

 「えっ!?」


 いつのまにか前方を歩いていたレティナが目の前に居た。

 ミリカと同様、秘術の事が楽しみで周りを警戒してなかった俺は、ポーカーフェイスを装う。


 「何もないよ。ただ前にミリカと少し約束しててね。今日の夜は二人で出掛ける予定があるんだ」

 「えっ! じゃあ私も一緒にいく!」

 「レティナはお留守番だよ」


 「えぇー! なんでー!」 と子供みたいな癇癪を起こすレティナに、ミリカが頭を撫でていた。

 不幸中の幸いか、レティナは俺が何も言わないことを察すると、それ以上追求することはなかった。

 今回に関してはレティナに我慢してもらおう。


 拠点に到着し、夕食を食べ終えた俺はお風呂に入る。


 「はぁぁぁ。癒される~」


 この極楽は誰が考えたのだろう。

 今日あった疲れが一瞬で吹き飛ぶ。

 足を伸ばし肩まで浸かった身体は、まるで今から天国へと連れてってくれる様な気分になる。


 「ごしゅじん。いつ出る?」

 「っ!?」


 突然耳に届いたその言葉に、俺の身体が大きく反応する。

 浴槽からバシャァァっとお湯が溢れ出すほどだ。


 「ミ、ミリカ。もうすぐ出るから部屋で待っておいて。あと、心臓に悪いからそこまで来ちゃダメだよ」

 「把握した」


 ミリカはそう一言だけ言い、半透明の浴室ガラスからシルエットが消えた。

 この拠点には四つのルールがある。


 一つ 掃除洗濯などは基本各々でやること。

 二つ この拠点内での喧嘩は禁止。口喧嘩は良しとする。

 三つ 誰かが入浴中の時は、浴室前まで立ち入り禁止。

 四つ ダイニングの椅子は固定席。


 ミリカはその一つを今破ったのだ。

 本来ならば<魔の刻>メンバー全員で緊急会議をし、ミリカをこの拠点から追い出すかどうかを審議にかける問題である。


 ただ、余程楽しみにしていたのだろう。

 悪意などは一切感じず、待ち切れなくなったミリカは、ついつい浴室前まで来てしまっただけ。

 ミリカは秘術を見たことがないし使えない。

 それも他の誰でもない俺の秘術だ。

 <魔の刻>にも見せたことがない秘術もある中で、新しい秘術を見られると心待ちにしているミリカを誰が裁くというのであろうか。

 先程の事はただの事故だったと考えることにする。


 早く出て期待に応えてやるか。


 俺は浴槽から上がると身支度を済ませ、ミリカを呼びに行く。


 「ミリカ〜灼熱のトマトお味噌汁いつ食べる〜?」


 「……」


 部屋にいたはずなのに気配が消える。


 冗談で言った言葉なのに、あからさまに避けられた俺は、少ししゅんとするのだった。

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