第14話 見込み
「よし、少し休憩だ」
指導を始めてから二~三時間経ったので、一度休憩を挟むことにした。
ミリカはまだぴんぴんとしているのだが、ロイは対照的に身体中が空気を欲しているのか、呼吸が荒かった。
「ロイ。とても成長しているよ。正直思っていたよりもずっとだ」
「あ、ありがとう……はぁはぁ……ございます」
「ごしゅじん。でも、ロイ。まだまだ弱い」
ミリカは割と手厳しい。
俺からすれば別人のように強くなっているのだが。
「まぁ、ロイは辛そうだし、一度あっちへ行こうか」
俺はレティナたちがいる方向へと指を差し、ミリカと一緒にそこに向かう。
遠目に見えるシャルとセリアは、明らかに昨日よりも魔力が高まっているようだった。
修練場は広い為、俺たちがいる場所からレティナたちのいる場所まで、歩いて向かうと数分掛かる。
「頑張ってるね」
「あっ! レンくん休憩?」
「うん、まぁね」
「じゃあ、私たちも休憩しよう」
レティナの言葉でシャルとセリアがその場にへたり込む。
「二人ともいいね。昨日よりも魔力量が高まってるよ」
「ほ、本当!? 自分では気づかないんだけど……やっぱり強くなってるんだ」
シャルは手のひらを握る開くという動作を繰り返して、自分の強さを確認しているようだった。
「レティナさんの教え方がすごく上手いんです。 私の白魔法に関しても、知らなかった知識が沢山あって……早く実践で試してみたいです」
ふむ。
人間関係も上手くいってるようだな。
シャルもセリアも目が生き生きしている。
「ごしゅじん。でも、二人合わせても……レティナねーねの魔力量にはほど遠い」
うん、ミリカは少し黙ろうか。
先程まで生き生きしていた彼女たちは、ミリカの言葉を聞いて項垂れている。
ここは俺が……
「ミリカ……それはそうだけど。レティナは小さな頃から魔法を行使してたんだ。今頑張っている彼女たちが追いつけるわけないだろ?」
よし、これで二人とも元気になってくれれば……
「私も一応……十歳の頃に朝から晩まで頑張っていたんだけど……ね」
んーと? もうここはレティナに任せようかな。
項垂れている二人を背に、俺は歩き出そうとした。
だが、
「レンくん。一つだけ聞きたいんだけど、いいかな?」
そう呼び止められて俺は振り向く。
「ん? なに?」
「シャルちゃんを<魔の刻>に勧誘したって聞いたんだけど……本当かな??」
振り向くのが間違いだった。
そのまま聞こえない振りをすれば良かったんだ。
今更ながらにそう思う。
目が笑っていない。今この状況は間違いなくレティナは捕食者で、俺が被食者だ。
さて……どう逃げるか……
「あ……あれね。ま、まぁ……ミリカはどう思う?」
ミリカには申し訳ないが、これが正解だろう。
急に話を振られたミリカはびくっと反応し、まるで捨てられた猫の様に俺を見上げる。
「ミリカは……その………ごしゅじんが悪い……と思う」
いつからこの子はレティナに尻尾を向くようになったのだろう?
「で? レンくん? 本当なの?」
「あぁ。本当だよ。でも、あの時は仕方なかったんだ。<金の翼>のやる気を出させる為の余興みたいなものさ」
「……え。余興だったの……?」
シャルが大きく目を見開く。
途端に悲しみが押し寄せたのか、じわっと瞳が湿っていく。
「い、いやシャル! もちろん本気だったさ。シャルは見込みしかなかったし、俺の見込み通りに成長してるよ?」
「本気だったんだ? へー?」
もう俺はどうすれば良いのだろうか。
否定をすればシャルが泣きそうになる。
肯定をすればレティナが不機嫌になる。
永遠の負のループがこの場に渦巻いている。
「よ、よし。もうそろそろロイが復活する頃だね。ミリカ行こうか」
俺は強制的にミリカの首根っこを掴み、ロイのいる安息の地へと戻るのだった。
ループから抜け出した俺は、予想以上の成長を見せるロイに引き続き指導をしていた。
「ロイは自分で気づいていないかもしれないけど、闘気を少しずつ抑制出来始めているよ。あと三日後には、属性付与二つとかは複合出来るんじゃないかな?」
「本当ですか!? 師匠!」
余程嬉しいのかロイは拳を握り、嬉しさを噛み締めている。
「でも、まだまだ抑制し切れていないからね。このまま指導を続けるよ」
「はい! よろしくお願いします!」
指導を受けなくなった大盾の彼も、ロイみたいに馬鹿正直になれたら強くなってたはずなのに……
まぁ指導をやる人数が減って嬉しいのは、こちらだから別にいいのだが。
ロイとミリカの指導は正直骨が折れる。
ロイだけならともかく、ミリカに至っては本気で俺を殺りにきてるのだ。
もう油断をすることもできない。
ただやはりと言うべきか、ミリカの本業は暗殺者だ。
力はカルロスよりも弱いし、俊敏はマリーよりも遅い。
気配の消し方は多分この王国でも随一だと思うが、周りに何もない立地では、ミリカが得意としている技の効力は薄い。
その結果何時間とやっている指導の中で、俺が負けるという事は万に一つもないのだった。
そんな指導もミリカが参加した事で、日が暮れるのが早く感じた。
太陽が落ちかける頃になり、今日の指導を終える。
レティナたちはもう終わっていたのか、こちらの指導が終わったと気づいて大きく手を振っていた。
王都へと帰路の途中、シャルと俺は大盾の彼について話をしていた。
「あれから大盾の彼とは会ったの?」
「いえ。まだ会ってないわ……少し気まずくて」
「この指導が終わったら……<金の翼>の君たちと彼には、超えられない壁ができているよ」
「えぇ……分かってるわ」
シャルは俺の言ってる事を理解しているのか、思案気に俯く。
「もういっそのこと大盾の彼を突き放しちゃえば?」
「? 突き放す?」
「パーティーから脱退させるってこと」
「そ、そんな事できないわ……ジャンビスだって配慮に欠ける所はあるけど……努力家だし」
努力家……ねぇ?
そう言うなら、どんな事を思ってたとしても指導を受けると思うけど。
それに俺だったら、リーダーの想いに付いて行けない奴なんていらないな。
……まぁシャルは優しいから、脱退させたくても言葉にはしなそうだ。
「そっか、ごめんね。シャルのパーティーに口出ししちゃって」
「ううん。レオンが私たちの事を想って言ってくれてるって、分かってるから……謝らないで?」
俯いていた顔がぱっと笑顔になる。
これ以上彼の話をしても、シャルの気分を落とすだけなのでこの辺にしとこう。
「そういえばレオン……結局ミリカちゃんとはどう言う関係なの?」
「ごしゅじんは私の主。私はごしゅじんにいつも使われてる。でも、嬉しい」
「つ、つ、使われてる!?」
俺は何も言わずにそそくさと王都へと急ぐ。
前で歩いていたセリアがジト目をしていたが、気づかない振りをして、口笛を吹いたのだった。
拠点へと帰宅してから夕食とお風呂を済ませ、ベッドの上でゴロゴロとする。
そんな時、あることに気づいた。
「あっ! 明日指導休みだよって伝えるの忘れてた……」
うーん。まぁいいか……
秘術に関してはいつでもいいし、明日の指導を終えてからミリカと出かけるか。
ロイ、シャル、セリアは誰が見ても強くなってきている。
正直なところシャルの見込みは予想していた事だが、ロイとセリアに関しては、予想よりも斜め上をいく進捗状況だった。
ギルドマスター室で見たロイとセリアは、見込みが本当に無いと感じた。
ロイの闘気はまばらに散っているし、セリアは
あの二人が指導を受けることによって、ここまで伸びるなんて。
俺の見込みも改めなきゃな。
ただ、大盾の彼に関しては、見込み通りの才能無しだったけど。
それにしても、本当にシャルはどうするつもりなんだろうか。
きっと大盾の彼をパーティーに入れたとしても、足手纏いにしかならない。
それも<金の翼>の窮地を誘うほどの。
シャルの優しさは見ていて心地がいいし、ずっと悪意を浴びたことのない瞳を輝かせていてほしい。
もちろんランクが上がれば、そのような眼差しを受けることもあると思うが、これから成長するシャルたちなら超えられる壁だろう。
だが、優しさだけじゃこの世界は生きていけない。
時には仲間の為に、見捨てる選択をしなければならない。
俺は今がその時だと思うんだけどね。
夢見心地になりながら、俺はゆっくりと瞼を閉じたのだった。
陽の光が瞼を照らして、子供の様に目を擦りながら起き上がる。
「レンくんおはよ〜」
「ごしゅじん。おはよう」
右にレティナ。左にミリカが俺の布団に潜っていた。
顔だけ覗かせている二人を見て、なんだか懐かしい気持ちになる。
「おはよう二人とも。あの……いつから居た?」
「さっきだよ? ミリカちゃんが起きてきたから一緒に入ろっかって」
「ごしゅじん。あったかい」
何かと思うことはあるものの、二人が満足気な顔をしているのでこの事は目を瞑ることにした。
「今日から合同で指導をやろうか。セリアの状況判断も見たいし」
「うん。分かったよ」
「ごしゅじん。今日も行っていい?」
「もちろんだよ。ミリカが居てくれるからロイもやる気になってくれる」
くしゃくしゃとミリカの頭を撫で、三人でダイニングへと向かう。
「レティナ。朝食作り手伝うよ」
「え……い、いやレンくんは座って待っておいて。ね?」
「いや、俺も食べるだけじゃ申し訳ないよ」
「う、ううん!! レンくんが喜ぶ顔が見れるだけで作りがいがあるの」
何故かレティナは俺をキッチンに入れたがらない。
「ご、ごしゅじん。座ってて。レティナねーね。言ってる。座っててって」
ミリカも俺がキッチンに行くのが嫌なのか、無理矢理俺を椅子に座らし、肩を揉んでくれる。
なんか王様みたいな気分だな。
ふっ。またこれもリーダーの素質か。
「なんかレティナ汗かいてない? 大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ? すぐできるから……そ、そこで待っててね?」
レティナが日常生活で汗をかくなんて珍しい。
常に清潔なイメージが強いのに……何故汗を?
「ごしゅじん。肩どう? 気持ちいい?」
「うん。ありがとうミリカ。すごく上手いよ」
えっへんと得意気な顔をしているミリカもよく見ればどこか表情が硬い。
「あれ? もしかして俺キッチンに行くの止められてる?」
何気なく言った言葉にレティナとミリカの行動が、ぴたっと止まった。
ん?
「レ、レンくん。人には向き不向きがあるんだよ。レンくんは物凄く強いけど不向きなところもあるって分かって、完璧な人間なんて居ないんだなって安心する」
いつもより早口に話すレティナと視線が合わない。
「ご、ごしゅじん。今日の指導。楽しみ。早くヤリタイナ」
あれ? なんか棒読みじゃない?
二人を交互に見つめても一向に視線が合わない。
「あーあ。灼熱のトマトお味噌汁また作りたかったのに」
レティナはびくっと反応。対するミリカは肩揉みの速度を上げる。
ふむふむなるほど。
そんなに不味かったのか……
現実逃避したくなる朝に、俺ははぁとため息をつくのだった。
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