第13話 二人目の指導相手


 殺気を向けられた途端に目を覚ます。

 目が覚めると同時に臨戦体制を取り、殺気の方向へ視線を向けた。

 この一連の動作はほんの一瞬だ。

 Sランクともなれば、いつ誰が襲ってくるかも分からない。

 冒険の途中にだって、長旅になれば野宿することもある。

 就寝中に魔物に襲われて気づきませんでした、なんて通用するはずがない。

 その為<魔の刻>のメンバーは、いつ如何なる時も交戦出来るように修練を積んでいた。


 この殺気は只者じゃない。頭の中で警戒の音が鳴っている。


 「レンくん……なんでミリカちゃんと一緒に寝てるの?」


 声の張本人は気づいていないだろう。

 隣でミリカが少しだけ震えている事を。

 布団に覆い被さったミリカは、身体のシルエットで何も聞こえないと耳を塞いでいるようだった。


 「あぁ……あのまま寝ちゃったんだね。でも、大丈夫。もちろん何もしてないよ」


 ミリカを安心させるべく、俺は冷静にレティナを諭す。


 「いや……そういう話をしてるんじゃないよ? ミリカちゃんは自分の部屋があるよね? なのに、なんでレンくんのベッドで寝てる? って話をしてるの。 ねぇ、ミリカちゃん。聞こえてるよ……ね?」


 語尾になんとも言えない怒気が含まれており、ミリカがぴくっと反応する。


 「ミリカ、出てきて良いよ。レティナは怒ってないから。これはあれだよ、あのー……うん。とにかく大丈夫だから」


 布団を被っているミリカに、あやふやな言葉をかけながらトントンと軽く叩く。

 すると、ミリカはもぞもぞと顔だけを出し、不安そうな顔で俺に助けを求めた。


 「レティナもミリカが帰ってきたんだから、おかえりは?」

 「う、うん。おかえりミリカちゃん」

 「ただいま。レティナねーね。それと……ごめんなさい。ごしゅじんのお布団気持ちよくて」


 申し訳なさそうにするミリカは、レティナに頭が上がらないようだ。


 「ほら、ミリカもこう言ってるんだし。レティナも許してあげて」

 「分かったよ〜。でも、レンくんは知~らない!」


 ぷいっと身体を反転させて、扉から出て行くレティナ。


 ふっ。俺に怒りが向くとはね。これが仲間を守る事だよ。


 「ごしゅじん。よしよし」


 優しいミリカに何故か頭を撫でられ、少しだけ切ない気持ちのまま俺たちはダイニングへと向かうのだった。




 「レティナねーね。お料理、上手」

 「そうでしょ? 美味しい? ミリカちゃん」

 「すごく美味しい」


 のほほんとした二人の会話は、誰が見ても幸せな光景だろう。

 この景色を俺だけが見れるなんて、すごく幸せだ。

 でも……


 「ねぇ、レティナ。俺の朝食これだけ?」


 ミリカの目の前には、トースト二枚にサラダ、ベーコンに卵焼きといった美味しそうな朝食が並んでいる。

 俺の目の前にはきゅうり一本。

 いやなんで丸々なの。せめて切ろうよ。


 「レンくん……私の朝食美味しくないの? 酷いよ……ね? ミリカちゃん」

 「ひ、酷い。酷い。ごしゅじん。美味しそうに食べる。レティナねーね可哀想!」


 まるで言わされているかのように、ミリカは拳を突き上げる。


 「い、いただきます」


 シャキッと気持ちのいい音が、ダイニングに虚しく響く。


 「あ、あの……レティナ……せめて味付け……」

 「私のお料理美味しくないの……? レンくんにはそのまま愛情込めて作ったのに……味を強制的に変えたいなんて、酷いよ。 ね? ミリカちゃん」

 「う、うん。ごしゅじん酷い。愛情は美味しい。レティナねーねが言った。なら、美味しい。黙って食べる。レティナねーね可哀想」


 レティナに話を振られると、ミリカは否定的な言葉を使えないのだろう。

 シャキシャキという食感と質素な味に、俺はどんよりと肩を落とすのだった。


 ……仲間を守るって……大変だね。







 今日はレティナと俺、ミリカの三人で修練場へと向かう。

 ミリカがいるのは若干違和感があるが、まぁ上手い事言い訳すれば大丈夫だろう。


 「ごしゅじん。ミリカ強くなった」

 「おぉ、強くなったのか。ミリカは偉いな。早く俺を超えてほしいね」

 「レンくん……それは……」


 ミリカは俺の言葉を聞いて、明らかに気落ちしている。


 「ミ、ミリカもちろん冗談だよ? 俺を超える人なんていないから安心して」

 「流石ごしゅじん。ごしゅじんは一番強い?」

 「そうだよ。ミリカの目の前では、この先負けることはないかな」

 「ほんと? ほんと? ずっと負けない?」

 「ずっと負けないに決まってるだろ? 俺が負けると思うの?」

 「ごしゅじんは最強。知ってる。誰も勝てない」


 俺とミリカの会話聞いているレティナは、口元を押さえてくすくすと笑っている。


 あぁ。こんな時間がいつまでも続けばいいのにって……これフラグって言うんだっけ?

 あんまり見込みが立つ事は言うなって、母さんが言ってたな。


 そんなくだらない事を考えていると修練場へと辿り着く。


 「あっ! レオン……おは……よ……」


 シャルが俺が来たことに喜んだ。

 ただ、手をあげようとした腕は中途半端に曲がり、目線は俺ではなくミリカに。

 喜んだ顔の後、訝しげな表情に切り替わる。

 朝から表情豊かで元気な子だ。


 「あの……その子ってミリカさんですよね? ソロの」


 セリアがミリカと目線を合わせた後、俺にそう質問を投げかける。


 「うん。そうだよ。たまたまそこで会ってね。昔からの知り合いなんだ。俺たちが修練してるって話をしたら、一緒にやりたいって言うからね。連れてきたんだ。ほらミリカ、挨拶は?」

 「ミリカ。今日はごしゅじんに言って、連れ来てもらった。よろしく」

 「ご主人!?」

 「えっ!?」

 「ど、どう言う関係なんだ?」


 <金の翼>はミリカの発言に対して驚愕の声と共に、俺にどう言う関係か答えろという目線を送ってくる。

 ……ま、まだ大丈夫だ。いくらでも言い訳できる。


 「あぁ。ごしゅじんってやつか。ミリカは会う人会う人にごしゅじんって言うから、別に気にしないでいいよ」


 俺はポーカーフェイスを装うと、かなりいい線の嘘を吐いた。


 「”レティナねーね”。ミリカはどうする? 何やればいい?」

 「そうだね。ミリカちゃんはレンくんに指導を受けてもらおっか」


 ……うん、もう俺の嘘がばれちゃった。


 微笑んでいるレティナと、早く指導を受けたいという顔をするミリカ。

 困惑の表情を浮かべるシャルとジト目を送ってくるセリア。

 ロイに関しては、ぽか~んとしている。


 ふむふむ。これはまだ……うん。まだ大丈夫。


 「よし。話は纏まったみたいだし、ミリカとロイはあっちの端に行くよ? いいね? はい、早く来い。何も言わずに来い!!」


 ロイとミリカの有無も聞かずに走り出した俺に対して、


 「結局どういう関係よー!!」


 とシャルの言葉が木霊こだましたのだった。




 「じゃあ、まずミリカ。闘気を解放してみて」

 「把握した」

 「マ、マジかよ……」


 ロイが驚愕するのも無理もない。

 ミリカの闘気はBランクとは思えない程に洗練されていた。

 しっかりと抑制出来てるのか、膨大な闘気は歪さがない綺麗なもの。


 「これじゃあんまり指導の意味ないかな」

 「……えっ」


 俺の言葉にミリカは悲哀に満ちた表情を浮かべた。


 ……どうやらまた言葉選びを間違えたようだ。


 「いや、ミリカ。勘違いしてる。要するに、ミリカの闘気が凄く洗練されていて、今のロイの指導内容じゃ物足りないと感じるだろうなって事」

 「ごしゅじん。把握した」


 悲哀に満ちた表情が元の表情に戻り、俺もほっと胸をなで下ろす。


 「お、俺ももっと頑張らなきゃ!」


 ロイもミリカに影響されたのか、まだまだ抑制し切れていない闘気を解放し、やる気に満ちている。


 「よし。じゃあ、今日は俺も剣を使うからね。流石に二人のうち一人がミリカなら避け切れる気がしないから。異空間ゲート


 突如現れた紫色の空間から剣を取り、振り下ろす。


 うんうん。いい感じだ。


 「し、師匠……それは魔法ですか?」

 「ごしゅじん。かっこいい」

 「あっ……みんなには内緒だよ。じゃあ、指導を始めようか。二人纏めてかかってきな」


 話を逸らすようにそう言葉にすると、ミリカの隠しナイフが俺の目と鼻の先まで飛んで来ていた。

 それを瞬時に躱すと、ミリカはいつの間に体制を低くしたのか、手に持っている短剣を俺の膝に向けて、突き刺す。

 キンッと高い金属の音が鳴り、剣でその攻撃を防ぐ。

 すると、短剣を持っている逆の手から、また隠しナイフが飛んでくる。

 顎目掛けて飛んでくるそのナイフを寸前で避けた俺は、空中で一回転してから後ろへと下がった。


 「おりゃー!!」


 ミリカとは違い、隠す気もない攻撃をするロイの剣を弾き、みぞおちに蹴り込む。


 「ぐはっ」


 苦しそうな表情で吹き飛ぶロイから、視線をミリカに移した。 


 ミリカが……いない?


 全く気配を感じない。二年前よりも洗練されている気配と殺気。

 まずい、と瞬時に思った。

 どこに居るかも分からないミリカに対して、後ろに下がる事しか出来ない。

 ロイとの攻防から数秒も掛かっていないだろう。

 じりじり後ろへと下がると、何かが後ろから飛んでくる事を一瞬で察知した俺は、その飛んでくるものを反射で防ぐ。

 防いだ物はミリカの隠しナイフだったが、その本人の姿が見えない。


 「異空間ゲート


 俺は使っていた剣を仕舞い、代わりに大鎌を取り出す。

 周囲一帯見渡したが、ミリカはいない……

 となると、残るは……上だ!

 手に持った大鎌を頭上にて目一杯大きく振る。

 すると、「きゃっ」 と小さな悲鳴が聞こえ、振った大鎌を短剣で防いだミリカは頭上へと吹き飛んだ。


 やばっ!


 体勢を崩して上へと飛んだミリカは、着地出来る手段がきっとない。


 「まだまだぁぁー!」


 そこへ先程みぞおちに蹴り込んだロイが復帰して、剣を突き立てながら俺に飛び込む。


 いや、やる気があるのはいいけど……声はできるだけ抑えようよ。


 そんなことを思いながら、ロイの攻撃を軽くいなした俺は、右足でロイの左頬へと蹴り込んだ。


 「ぐへっ」


 後頭部を地面にぶつけるロイを無視し、頭上から落ちてくるミリカを受け止める。


 「きゃ……ご、ごしゅじん。ありがとう」

 「どういたしまして」


 ふぅ、とりあえず終わったか。


 それにしても……


 「ミリカ凄く強くなってるね。ちょっとびっくりしたよ」


 ミリカは抱っこされている事に照れているのか、褒められた事に照れているのか、頬を紅潮させながら俺を見つめている。


 ……正直、普通にミリカをめていた。

 ミリカは俺が負ける事が無いと思ったのだろう。殺す気で来ていた。

 それも全力で。

 あの大鎌を振ったタイミングでミリカが真上に居たのは、これまでの経験と、少しの勘からくるもの。

 ただ、どちらかが欠けていれば、俺は今頃この世にいなかったのかもしれない。

 そう思うと、ゾッと背筋が凍る。


 やっぱり油断してると、碌な事ないな。

 少し冷や汗もかいてしまったし。


 「もう少しだった? それともまだまだ?」

 「んー。まだまだだね。あと三年程修練を積めば、俺に汗をかかせるくらいはできるかな」

 「流石ごしゅじん。最強」

 「でも、師匠……汗かいてるっすよ?」

 「ロイ……ちょっと黙って」


 いい感じに締めようとした俺は、その後ロイに強めな闘気を当てるのだった。

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