第12話 ミリカ
レティナと夕食を食べ終えた後、俺はふかふかのベッドに身を預け、考え事をしていた。
……そういえば明後日にはミリカが帰ってくるな。
ちゃんと魔結晶を手に入れていればいいけど。
俺が欲しがっている魔結晶とは、洞窟などから稀に手に入る黒く綺麗な結晶石だ。
一般的には観賞用で使用されているが、極一部の人しか知らない別の用途がある。
その用途とは、この世界に数十人しか使えないと言われている"秘術"に用いられるものであった。
秘術は非常に繊細な技であり、魔力や闘気が洗練されていても、一度目の行使に失敗すればその秘術を一生行使する事ができず、なおかつ失敗の癖がつくと言われている。
そこで用いられる物が魔結晶だ。
魔結晶は初めて行使する秘術の成功率を格段に上げる効果がある。
そして、それは今の俺が1番必要としている物であった。
あぁ……早く試したいなぁ。
俺には一般的な魔法は使えない。
魔法は基本 炎 水 風 雷 白 聖
この六属性に分類されており、レティナの場合は白魔法以外の基本魔法が行使できる。
レティナが行使した
ちなみにだが、聖とは光であり、光があるなら闇も存在するという見解があるが、もちろんそれは存在する。
ただ、闇魔法だけは禁忌の魔法として知られており、行使する者の心を蝕み、廃人とさせるものであった。
そのため、今では適正者はほとんどいないらしい。
もちろんレティナも同様に闇魔法の適性はなかった。
どちらにせよ明後日の指導は行けないかな。
俺は瞼を閉じ、明後日のミリカの朗報を楽しみにして眠りについた。
……じん。
…………しゅじん。
なんだか声が聞こえる。
……じん……きて……しゅじん……
聞き覚えのある声だけど……もう少し……寝させ……て……
……ごしゅじん、ごしゅじん。起きて。
鼓膜まで届いたその声に、俺は薄目を開ける。
「ごしゅじん。起きた……? ミリカ帰った」
視点がぽやぽやとする中、真っ黒の衣装を着ている女の子が俺の肩を揺らしていた。
少し大きめなマフラーで口元を隠しているその子は、綺麗な長いまつ毛の下で大きな目をぱちりぱちりと瞬かせている。
なんだ、夢か。ミリカは明後日帰る予定だし。
俺は開いた瞼を再び下ろす。
「ごしゅじん……? ミリカ帰った。なんで目閉じる? ……嫌いになった?」
肩を先程より弱めに揺らされ続けた俺は、これが夢ではないと感じ、瞳をゆっくりと開けた。
「あ、あれ? ミリカ?」
「ごしゅじん! ミリカ帰った」
「珍しいね。ミリカが予定より早く帰って来るとは思わなかったよ」
「たまには……早めに帰る。ダメだった……?」
ミリカは初めて会った二年前よりも、感情を大きく揺らして不安気に首を傾げている。
「いや、全然いいよ。おかえりミリカ」
ミリカの頭を優しく撫でると、昔とは違い感情豊かに嬉しそうな顔を浮かべた。
ミリカは暗殺者であるが、表向きはシーフということになっている。
最大の武器は気配を完璧に消せることで油断している者や寝ている者を、気づく間もなく息の根を止める事ができる。
そんな俺も昔はミリカの暗殺対象であった。
「ごしゅじん。ただいま」
今と昔では全く違う表情に俺は安心して、思わず笑顔を浮かべた。
ミリカと初めて会ったのは二年前の話。
当時の俺はSランクに上がり、依頼もこなさないまま悠々自適に過ごしていた。
(Sランクの依頼に付いていけなくなっただけ)
(史上最年少でSランクに上がり、調子に乗っている)
(他のメンバーに申し訳ないと思わないのか)
それは様々な嫉みや
まぁ、会ったと言うよりは襲われたのだが。
その日は<魔の刻>のメンバーが依頼から帰ってきており、みんな寝静まっている深夜のことだった。
いつも通りベッドで熟睡していた俺だったが、急に目の前に現れた殺気に瞳を開ける。
漆黒の衣装を着た何者かが、俺の首元目掛けて短剣を振り下ろすのが見えた。
瞬時に反応した俺は、相手の手首と首元を掴み、地面に叩きつける。
「うっ」
声でまず女だと気づく。
次に地面に叩きつけ、抵抗もしないその暗殺者の顔見て、少女だと認識した。
ただ、そんな事どうでもいい。
黒いドロドロとした感情が湧き上がる。
(殺せ。殺せ。殺せ。)
俺の部屋の扉が勢いよく開き、<魔の刻>のメンバーがレティナに付随して俺の部屋に入ってくる。
「レンくん大丈夫……? その子……か。早く殺っちゃお?」
「待て、レティナ。こいつの情報を洗いざらい吐いてから、楽にしてやろうぜ」
「うん、そうね。ここに来た時点で貴方の人生は終わり。さようなら」
みんなは余程
「お前の名前を言え」
情報を吐かせる為、首元を掴んだ手を少しだけ緩めてあげる。
「……分からない」
「誰が指示した?」
「……分からない」
「はぁ……じゃあ、お前がここに来た理由は俺の暗殺が目的か?」
「そう」
単調と喋るその少女は、闘気に慣れていないのか身体を小刻みに震わせている。
ただ、表情だけは一変の揺らぎも無かった。
「レンくん……この子情報吐かなそうだし、一回拷問するしかないね」
「じゃあ、俺に任せろ。殺さないようにすればいいんだよな?」
「カルロス……あんたじゃダメ。絶対に殺すから」
拷問か……悪くないな。
Sランクパーティーの拠点に潜入し暗殺する。
この時点で無謀にも程があるのに、一体どんな奴が指示したのか非常に気になる。
俺だけならまだしも、他のメンバーに手でも上げてみろ。
確実に血祭りに上げている頃だ。
「じゃあ、拷問するけどそれでいいね?」
俺は拘束している少女に問う。
「……分からない」
「? 何が分からない……? 今殺されないからって安心してるの? すぐ死ぬよ、君は」
「……ごめんなさい」
? 何を言っている?
この子の心情が読み取れない。
俺は黒いドロドロとした感情が、少しずつ薄れていくのを感じていた。
「何に対して謝ってる?」
「……怒った……の……ごめんなさい」
確実にこの少女は凄腕の暗殺者だ。
おそらく何人も何十人も殺っているだろう。
なのに……
「君はなんでこんな事をしたんだ?」
「レンくん!?」
「おいレオン!」
「レオンちゃん!?」
俺は拘束を解く。
この少女としっかりと話す為に。
少女は襲いかかる意志など見せず、まだ震えている身体を起き上がらせた。
「命令。一人を殺す。命令」
「誰からそう命令されたの?」
「……分からない」
「名前が分からないってこと?」
少女はぎこちなく頷く。
「そっか……でも、ごめんね。君は沢山の罪を重ねた。生かしては置けないよ」
「……つ……み?」
全く意味が通じてないのか、少女は首を傾げた。
「そう。沢山の人を殺しただろ? さっきみたいに」
その言葉を言い終えた後、俺は闘気を解き放つ。
一年振りに解放した為か、少しだけ気持ちがいい。
「っ!?」
少女の小刻みだった身体の震えがより大きく震える。
「……だから君の人生はこれで終わり。本当は拷問しようと思ったけど……まぁいいか。地獄に行って、ちゃんと罪を償うんだね。
少女の瞳を見ながら俺は剣を手に取る。
震えているのにも関わらず、少女の表情は崩れる事がない。
「……分かんない」
「そっか。じゃあ、ばいばい」
手に持った剣を少女の首元目掛けて、振り下ろした。
その瞬間、まるで時が止まっているような感覚に陥る。
少女は……
「……なんで?」
崩れることがなかった表情は、今この時死ぬ瞬間を理解したのだろうか。
悲しく呟いた少女は、まるで親に怒られた子供のように、苦悶の表情を浮かべた。
その様子に振り下ろした剣の切先を首元で止める。
そうか。この子は……
少女の表情に全てを理解した俺は、剣をそっと手元に置く。
「……やっぱり止めた。君は……名前が無いんだよね?」
「……なま……え?」
「そう。君の名前だ」
「……なま……え……ない」
「そっか。じゃあ、そうだな……ミリカ。これが今日から君の名前だ」
「ちょ、ちょっとレンくん!?」
「おいおい……レオンお前まさか?」
「……はぁ」
みんなは驚愕の表情と共に、俺の意図していることを理解したのか、肩を落とす。
「ミリ……カ……ミリカ?」
「そうだよミリカ。君は今日から俺の仲間だ」
「仲間……?」
「そう。これから一緒にミリカはここで過ごすんだ。そして、沢山の事を教えてやる。君が犯した罪も知ることになる」
ミリカはきっと……いや、確実に命令をこなすだけの人間ではない”モノ”だったのだろう。
感情も一切無く、ただ命令だけが生き甲斐となっているミリカに俺は同情をしてしまった。
ミリカではなく飼い主が罪人。
この子は育つ親を間違えただけ。
先程よりも少しだけ目を輝かせているミリカは、まだ善と悪を知らない。
善人が殺されるのは見て見ぬ振りはできないし、罪人は死ぬべきだ。
でも、ミリカは違う。
「ミリカ。殺しの命令を与えた人の家は分かる?」
「……分かる」
「じゃあ、まずはそこに行こうか。連れてってくれる?」
首を縦に振るミリカに俺は頭を撫でて、行くよとみんなに合図する。
さぁ……血祭りの始まりだ。
その数日後、どこかの貴族が消息を絶ったという噂話を聞いた。
まぁ、たかが噂話だ。当てにはならないよね。
あの日から二年の月日が経ち、ミリカは善と悪が分かるようになった。
感情も少しずつだが、喜怒哀楽の表情が増えていき、今では立派な一人の女の子だ。
そんなミリカは、頭の上にある俺の手に手を重ねて、嬉しそうな表情を浮かべる。
「ごしゅじん……これ」
ミリカは手を重ねていない左側の手で、何かを差し出してきた。
俺はまじまじとそれを見る。
「えっ!? 魔結晶だ!」
「早く見つかった。ミリカ凄い? きゃっ」
「凄いぞ! ミリカ! さすがうちのミリカだ!」
興奮して勢いよくミリカを抱きしめる。
魔結晶はとても希少な物なのだ。
正直なところ半ば諦め気味にミリカに頼んだのだが、まさか本当に見つけてきてくれるとは。
ミリカはレティナより小さい為か、抱きしめた頭は俺の胸に埋もれている。
「……こじゅじん。嬉しい?」
「嬉しいに決まってるよ。ちなみにこれどこで見つけたの?」
「貴族の屋敷」
……ん?
いや……え??
……ミリカは暗殺者を転職して泥棒になったのか。
ふむふむ……いや、待て待て。
「ミ、ミリカ。凄い嬉しいけど……泥棒はダメだよ?」
「その貴族は罪人。ごしゅじん教えてくれた。罪は償うべき」
ふむ。なるほど。
罪人なら……まぁいいか!
「ちなみに……処理はしたの?」
「した。罪なき人、沢山殺した……ダメだった? ミリカ悪いことした?」
埋もれていた顔をもぞもぞと出して、ミリカは上目遣いに見上げる。
「いや? まぁ、ミリカに関しては心配してないけど、尻尾を掴まれるの勘弁してね」
「把握した」
抱きしめていた身体を解放させると、ミリカは少し不機嫌そうな顔になる。
「ごしゅじん……もう少し居たかった。でも、ミリカ我慢する」
「ん、ミリカは偉いね。そう言えば最近Bランクに上がったんだって? 二年で上がるなんて凄いじゃないか」
ミリカはここに住んでいるが、<魔の刻>のメンバーではなくソロ冒険者として活動している。
正式なメンバーとしていつでも迎え入れてあげるつもりなのだが、ミリカから、 「まだ。ミリカは一人で頑張る」 という事を言われたので、その気持ちを尊重して、応援してあげることにした。
「ありがと。何かご褒美、ミリカ欲しい」
「もちろんいいよ。ミリカもご褒美を強請るようになったんだね。何でもいいけど何がいい?」
「それミリカ見たい!」
ミリカは魔結晶に指を指す。
「んー、分かった。あんまり秘術は見せるもんじゃないけど、ミリカもいつか覚えるものだからね。特別に見せてあげるよ」
「ごしゅじん優しい」
がばっと今度はミリカの方から飛びついて来たのを受け止めて、再びベッドに身を預ける。
先程まで寝ていた為か睡魔が襲ってくる。
このまま一緒に寝ているところを他のメンバーが見たらどう思うだろうか……
瞼が少しずつ重くなるのを感じながら、そんなことを思ったが、胸の中で嬉しそうな顔をするミリカを見た俺は、
まぁ、今日くらいいいか。
と瞳を閉じて、そのまま眠りにつくのであった。
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