第6話 シャルロッテ・グラウディ
俺は今、ギルドマスター室でお茶を啜っている。
「……ふむ。なるほどな。それでレオン、君は彼女たちをどう思った?」
はぁ……どう思った……ね。
ここに<金の翼>がいれば多少控えていたかも知れないが、今はマスターと俺の二人だけ。
思った事をそのまま伝えればいいだろう。
「正直な所"あれ"を一週間でAランクに上げようしていたマスターの頭の中を知りたいですね。リーダーの指示は不正確。剣士と大盾、それに白魔法使いはただの足手纏い。まだシャルソロの方が強いまでありますが……」
俺の報告にマスターが、ふむ、と相槌を打つ。
「それとシャルは基本的に仲間に甘い。魔術師が魔法を使わず、短剣のみで
俺の言ってることは正しいはずだ。
……ただ一点を除けば。
ほぼ単独で
それが何かと聞かれても一切分からないが……
ただ、それはとても綺麗なものに見えた。
純粋な……真っ直ぐ突き進まなければならない気持ちのような。
「ふむ。それで……結論は?」
答えはもうマスターも勘づいているだろう。
というか、俺が最後に告げたはずだ。
「指導の件は無しで。めんどくさいからという理由ではなく、ただただ時間の無駄でしかありません。最初は 「いずれSランク冒険者になる」 って言葉に笑ってしまいましたが、今はもうその言葉自体呆れて笑いさえ起きません」
先程の雑念を振り払い、俺は言葉を続ける。
「このままいけば彼女たち<金の翼>は全員死にますね。……でもそれは俺には関係ない話です。いくら知り合いと言えど、介護なんて冒険者のすることではありませんので。もういいですか? 俺も忙しいのでここで失礼させていただきます。もっと見込みのある人材を用意してください」
少し冷たくなってしまったが、これは仕方のないことだ。
<金の翼>の為でもあるし、マスターの為でもあるから。
ここまで言えばマスターも引き止めはしないだろう。
そう思い、席を立とうとしたその時、
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺の予想とは違い、手のひらで机を叩き、焦り気味に呼び止められる。
「まだ何か?」
おかしい。
明らかにマスターはおかしい。
是是非非を客観的に捉えて決断を下す、マスターらしくない行動だ。
「何か……そうだな。アドバイスなどないか?」
「それはマスターが聞くことじゃないですけど?」
「むぅ……」
唇を紡ぐマスターはやはりいつもと違っていた。
「どうして彼女たちの肩を持つのですか?」
「別に肩などを持っては……」
「あー、それとアリサさんに聞きましたが、シャルたちを今、Aランクにさせるのは時期尚早かと」
「ん? なんの話をしているんだ?」
あれ? 話が噛み合ってないな……
正直なところマスターの真意は気になるが、今日はもう帰りたい。
早く帰ってお風呂に入りたいのだ。
久々に冒険に出たからか、少し疲れてしまった。
「……まぁ、とりあえず言いたい事は分かった。またこちらから何かあれば連絡する」
「はい。分かりました。ではこれで」
やっと終わったと安堵しながらギルドマスター室から退出する。
言いたい事を全部言えて晴れやかな俺は、パタンッと扉が閉まる音と共に……固まった。
それは数秒だっただろうか。
シャルたちが
俺は恐る恐る視線を下へと向ける。
そこには膝を組んで顔を伏せているシャルの姿があった。
「い、いつから居たの……」
何とも言えぬ緊張感で声が震える。
喉が乾き切っていたせいか掠れた声が出た。
ただ、そんなことは気にしていられない。
先程マスターに言った内容が都合の良い頭によって、風に舞う紙の様に吹き飛んでいくのを感じながら、シャルの言葉を待つ。
「……」
この状況はまずい、ていうかすごく気まずい。
まずは……そうだ。
この状況を切り抜ける為に何かしらしないといけない。
「言い過ぎた、ごめん」 と素直に謝ればいいか?
それとも見て見ぬ振りをして、立ち去ればいいか?
「シャ、シャル……?」
今日見た彼女ならすぐ立ち上がり、 「別にたまたま負けただけなんだから!」 などと強情を張りそうなんだが……
なんだか思っていた様子と違っていて、思わず声がうわずる。
そして、気づいてしまった。
シャルが俺の声と同様に肩を震わせている事に。
「……っの」
何か言おうとしているシャルと目線が合うように、俺は膝をつく。
「ぞん………なの……じっ……うぅ……」
「シャル、一回落ち着こう」
何を言ってるのかは理解できないが、声を聞くことで改めて分かった。
シャルは身体を震わせ、涙していた。
えっぐえっぐと泣きじゃくりながら俺を見上げ、言葉を続ける。
「そんなのしってる……あ……っなた……たぢみたいに……なれないって……っそんなの……」
「……っ」
赤ん坊をあやす様にシャルの頭を撫でる。
でも、シャルは止まらない。
「でっ……でも……っでも……そんげ……いっ……」
綺麗な山吹色の瞳から絶え間なく流れ落ちる涙と、弱りきった表情がいつしか俺の心を締め付けていた。
「そんけい……してるっ……あなたに……」
俺はただ聞くことしかできない。
シャルが想いを全て吐露するまで。
「みぜて……やろ……とおもったの。わたした……ちは……つよくなった……んだよっ……て」
その言葉に、はっとする。
あぁ……そっか。あの時の話か……
それは四年前に遡る。
俺たちが当初Aランクに成り立ての頃、駆け出しの冒険者パーティーが依頼の補給要員として同行するという話になった。
正直足手纏いでしかならないそのパーティーを、<魔の刻>は突っぱねようとしていた。
俺たちが向かう場所は<魔の巣窟>。
そう。
駆け出しの冒険者を守りながら戦うなんて馬鹿らしい。
それなのにマスターの意見は違った。
「レオン。君は必ずSランクへと至る。今までの依頼では、仲間誰一人として傷つかずに達成してきた。だが、ここからは違う。傷ついた者たちを守りながら戦うと言うのが"真の冒険者"だ。私は君に尊敬と期待をしている」
その言葉には納得できるものがあった。
Bランクまではあっという間で、欠伸が出る程だった。
でもここからは違う。苦戦を強いられる魔物や裏で秘密裏に動いている罪人。
秘術をも使う相手と相対する場面があるのかもしれない。
そして、マスターの言う通り守りながら戦うということも……
だから、その駆け出しの冒険者を依頼に同行させた。
俺たちの噂は冒険者にも知れ渡っていて、一年という短い期間でAランク冒険者になった
当時十六歳の頃である。
「す、凄いです。こんな強そうな魔物を一撃で倒すなんて……」
手を胸の前で祈る様にしている少女は、山吹色の瞳をキラキラと輝かせていた。
「シャルたちはまだ駆け出しなんだっけ?」
「はい! そうです!」
「じゃあ、俺たちみたいに強くならないとね」
「で、でも私なんかが……」
「大丈夫大丈夫。シャルの魔力には才能があるよ。あとは自信さえ付ければ、すぐ俺たちみたいになれる」
くしゃっと金色の髪を撫でる。
シャルは一般的な十五歳とは思えない程の魔力を有していた。
修練を積んでいるのが目に見えて分かる。あとは、自信だけだ。
「な、なら……強くなったらまた……冒険に一緒に行ってくれますか? それまで冒険者を続けてくれますか?」
真っ直ぐな瞳が俺を映し出す。
こんな純粋に見つめられたら、答えたいと思うのが必然だろう。
「もちろんだよ。シャルたちが強くなったら次は別の場所に行こうか。その時は俺たちを守ってね?」
「は、はい!! 任せてください! 私強くなって……必ずレオンさんたちを守ります!」
なんで忘れていたんだろう。
四年という長い期間があったから……と言ったら全てだけど……
ただ、目の前で泣いているシャルは、この約束を生き甲斐に頑張っていたとしたら?
Sランク冒険者へとなり全く依頼に行かなくなった俺を、それでもまだ信じていてくれていたとしたら?
あの時の純粋な瞳が、今は涙でぐしょぐしょに濡れている。
シャルは
昔俺と約束した仲間を"守る"という意思が、シャルを奮い立たせていたんだ。
……短剣一本で。
そんな想いも忘れて俺はなんて言った?
自分の言ったことに、今更ながらに後悔と怒りが湧き上がる。
一度
逃げながら戦うという事も出来たのに……シャルは俺に見せつけようとした。
「強くなったよ」
と。
「……ぇ……?」
俺が口にした言葉でシャルから止め処なく溢れていたものが、ぴたりと止まった。
「シャル、ごめん」
「なにに……あや…まっでるの? わ、わたじがよわい…っから……?」
「いいや、違う。君はとても強くなった。"四年前"よりもずっと……ちゃんと仲間を守れるくらいに」
俺の笑顔にシャルは目を見開く。
まるで信じられないものを見たかの様な表情の後に、堰き止めていたものが崩壊した。
手の平で顔を覆い、うっうっと嗚咽をしているシャルは、
数分が経ち、シャルは赤く充血した瞳で俺に焦点を合わせる。
「もう指導は……できませんか?」
未だに震えているせいか弱気な声が廊下に響く。
「ううん。そんなことないよ。そうだね……今日は色々あったから、明日の昼からにしよう。東で指導に適した場所があるんだ。そこでみんなを鍛えてあげるよ」
俺の提案にシャルはこくこくと大きく頷く。
「じゃあ、今日は帰ろうか。立てる?」
膝をついていた俺は立ち上がり、手を差し出す。
シャルはその手を掴もうとするが、動きはぎこちない。
そりゃそうに決まっている。あんなに人前で泣いたのだ。誰だって恥ずかしいだろう。
ここは年上の俺が、シャルの緊張をほぐしてあげるか。
「じゃあ、おんぶでもしようか?」
冗談で言った俺の言葉に、シャルは小さくコクリッと頷いた。
……えっ……まじか。
目立つ。これは明らかに目立つ。
周囲の人が俺たちを見ている。ただでさえ顔が知られている俺なのだ。
普段は外套のフードを着て外を歩いているのだが、今はシャルに羽織らせている。
黒の外套を被ったシャルは泣き疲れたのか、安心しきった様子で眠っていた。
それはシャルがぎゅっと強く俺に掴まっている事だ。
背中に小さく柔らかい物が押し当たってるが気にしない…………
気にするな俺…………
いや、やっぱり無理だろ、これ。
意識を背中に集中させながら、白魔法使いに教えてもらったシャルの宿屋へと急足で戻る。
すれ違う人たちは、皆ひそひそと耳打ちする様に話し、微笑んでいる。
街の街灯は等間隔に設置されているのに、まるで自分にスポットライトが当てられている様だった。
やっとの思いで宿屋に着くと、椅子に座りながら何かを飲んでいる白魔法使いの少女と目が合った。
「やぁ、さっきぶりだね」
俺はポーカーフェイスを装うと、白魔法使いはジト目を送ってくる。
ふっ。その程度じゃ崩せないよ。
「シャルのこと任せてもいいかな?」
俺は背中で寝ているシャルを下ろし、そのまま白魔法使いに預ける。
「シャルにいやらしい事しませんでしたか?」
「……してはいないよ」
「……して”は”?」
勘が鋭いのか、疑惑の籠った眼差しを送る白魔法使い。
……ふ、ふむ。
この視線、レティナやマリーほどじゃないが……できるな。
だが、この程度俺には効かなーー
「して”は”?」
「う、う、うん」
俺はひどく動揺してしまう。
ポーカーフェイスなど、まるで砂のお城のように簡単に崩れていた。
「……」
「……」
うん、分かったから。
邪念があった俺が悪いから、その顔もう止めてくれ。
白魔法使いの痛いほどのジト目に耐えられなかった俺は、
「じゃ、じゃあ、シャルのこと頼んだよ」
と言い残し、その視線から逃れるように宿屋を後にするのであった。
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